33・△
それは兎も角、今侯爵家グループでは『△』の人物が三人。
その中にモーリタス・チャルシットがいた。
後はヨーエン・ソニカトラ、ダルトナム・メルリス……まぁこの辺は知らないし興味もないから放置でいいかな。
「父上、このモーリタス・チャルシットは騎士団長様のご子息ですよね」
「ああ、それな」
父上は苦々しい顔をして投げやりに返事をした。何かあったのだろうか。
「チャルシット団長は好ましい人物なのだがな」
父上はお茶をひと口飲んでふぅとため息をついた。
「表立って公表はされてないがここのガキは最近町の悪ガキとツルんで、父親の名を笠に着てやりたい放題なんだ」
「えっ!?」
マジですか!正義の象徴みたいな立場の親がいてもそんなんなっちゃうの?そーゆーのは勘弁して欲しいんだけどなぁ。
「これにはチャルシットも頭を痛めているのだがな、職務上今は帰宅出来ないので諫める事も出来ないんだ」
あー、親としてそれは悩み所だよね。
子供は気になるけど流石に仕事は休めないし。しかも自分は指導する立場なのにその子供が悪さしてるなんて、ちょっと顰蹙ものだよね。そりゃあ親として何とかしたいだろうなぁ。
わたしもそこは超個人的な理由で早急に何とかしていただきたいですよ。
「そんな悪ガキでもパーティーには出るらしいからな。その時の状況次第で評価も変わるかもしれんが、変わらない場合は……」
「その場合は?」
「……まぁ色々やりようがあるのさ」
父上は笑顔でそう言ったがその目は笑ってはいなかった。
しかしぞっとする様なその笑顔も一瞬の事で、すぐにいつもの優しい父の顔になる。
滅多に父上のそんな顔を見る事はない。普段は子供大好きな親バカさんですからね。でも、仕事の時には時折こういう顔になるとロンディール様から聞いた事がある。
そんな時、父上は大抵悪い事を考えているらしい。
モーリタスに一体何をしようとしてるのだろう。父上って子供だろうと容赦なく酷い事しそうだよね……。
「……では父上、印がないのは?」
わたしは敢えてそんな父の思惑をスルーして無難な質問で話を逸らした。
「印がないのは可もなく不可もなく。まぁ一般的な人物という扱いの者だ」
「それは悪い評価もいい評価もないって事ですか」
「まぁそうだな」
そんな話を聞いたところでわたしはそれほどその話には興味がなかった。気になるのはやっぱり『攻略対象』なんだよね。
あ、そうだ。後一人気になるのがいたっけ。
わたしは伯爵家グループの表を見た。えーと……。目的の人物は。
結構な人数の中、本当に中程にその名前はあった。
『ランディス・コートナー 11歳 △』
……デスヨネー。
まんまとさんかくでしたね。
セルシュも会った事なくても知ってた位だし。
まぁ落ち着きのないランディスくんには妥当な評価なのかもしれない。こればっかりは今後の本人の努力次第だしね。頑張れランディス。
「なんだ?気になる名前があるのか?」
「はい。セルシュが剣の指導をしている伯爵家の子息がいて」
敢えてセルシュの名前を出してみた。
ランディスに『師匠』と言われていても、実際師匠らしい事をしてるのはセルシュだけだしね。まぁ名ばかりの師匠なんていないも同然ですから。敢えて父上に言う必要もないよね。
「ああ、お前とセルシュが『師匠』をしているというコートナー家の子息か!」
あれっ?既に知っていたとは思わなかった。
そうか、父上は情報通だったっけ。やっぱり父上には隠し事は出来ないか……。まぁその話の出所はシュラフだろうけどさ。
「知ってたんですね……」
イヤな顔をしているだろうわたしに父上はそれはもう楽しそうな顔を向けた。
「僕は何もしてないのでその肩書きは返却したいんですけどね」
「俺はお前が指導してここの子息が随分変わったと聞いているが?」
「いや、そんな事はないです。ランディスは元々ゆっくり考えさえすれば地道に努力出来るんです。ただ今まで誰も気付かなかっただけですよ」
そう。だってランディスはわたしやセルシュの言葉を理解しようと一生懸命努力をするもの。今までは誰もそこまで付き合わなかっただけなのよね。
「でもそのきっかけを与えたのはお前なんだろ?クルーディス」
「どうなんでしょうか」
わたしは首を傾げた。わたしはアイラの手紙があったからこそランディスを叱った訳で。本当のきっかけはアイラだと思っている。
わたしの言動はその手紙がなければなかったものだから。
「実際僕は大した事してないですし、ランディスは今はセルシュに剣の指導をみっちりしてもらってますから『師匠』の肩書きはセルシュだけでいいと思ってます」
「……まぁお前がそう言うならそれでもいいけどな」
少し残念そうに父上は呟いた。
期待に沿えなくてごめんなさい。
「大事なものを見せていただきありがとうございました」
まだ何か言いたそうな父上の事をスルーしてわたしは立ち上がる。もう用は済んだので、早く部屋に戻って悪ガキモーリタスの対策を考えたかった。
「おいクルーディス、こっちは見ないのかい?」
父は令嬢達が記載されている表をわたしの手に渡した。
ばさっと無造作に渡されたそれにちらりと目を落とすと丁度伯爵家グループが見えた。一瞬知ってる名前が視界に入る。
「ええ、もう充分です。色々勉強になりました」
「そうか」
「父上、大事なリストなんですからもう少し丁寧に扱って下さいよ」
父に少し乱暴に渡された令嬢リストをわたしは丁寧に折り畳んで父の手に返した。もう用はないのでひと言、失礼しますと言ってわたしは書斎を出た。
自室に向かいながら最後にちらりと見えた令嬢リストを思い出してわたしはちょっと安心した。
そこにはアイラヴェント・コートナーの名前が無印で記載されていたから。
可も不可もない評価という事は害にはならないという事だ。
ランディスに引っ張られて悪目立ちしていたらと少しだけ心配していたけど、今のところアイラは貴族の中では一般的な普通の令嬢扱いだった。
「良かった」
わたしは小さくひと言呟いた。
読んでいただきましてありがとうございます。




