23・確執1(セルシュ視点1)
今回から暫くセルシュのお話になります。
セルシュの感情がメインなのであまり会話はないかもしれません。
よかったらお付き合い下さい。
俺は小さい頃から親族と仲が悪い。
俺が……というよりは親族連中が母の息子の俺を見下しているのだ。
俺の母は伯爵家でも下級の出であり、妾腹の娘だった。そんな母はその環境で辛い思いをしていたが、親父が母を気に入り婚姻したそうだ。何があったか詳しくは知らないが、今の両親は円満なので気にする問題ではなかった。
しかし、親族の集まりでは親父のいない所で母は陰口を叩かれていた。母はそれを気にするなと微笑むだけだった。
俺は親族の子供連中に母の事で因縁をつけられ時々陰で殴られたりしていた。
小さかった俺は逆らえずされるがままになり、怪我は俺が自分で転んだ事にされた。痛くて悔しくて悲しかったが、告げ口するのはあいつらに負けた気がしてその事を誰にも言わなかった。
この件に関して親父は何も言わず行動も起こさない。俺が親父に何も言ってないのでそれは当たり前なのだが、俺はあいつらのやっている事に気付かない二人にイラついて段々反発するようになった。
この時俺はまだ何も知らない5歳の子供だった。
そんな親父の元にはたまに友人としてエウレン侯爵がやって来る。この温和な感じの気のいいおっさんはよく『うちの可愛い息子に会いに来い』と言うが、俺は親父に繋がる何者にも関わりたくなかったので無視していた。
「よく来たな、セルシュ。これがうちの息子のクルーディスだ。可愛いだろう!」
ある日、俺は来たくなかったエウレン公爵家に連れてこられた。
両親がひと月程仕事で家を空ける事になり、親父は俺にこの家に滞在する様に命令した。
この時の親父は何故か『命令』という形で俺をこの家に連れてきた。当主の命令は絶対なので俺に逆らえるはずもなく、仕方なしに今俺はここにいた。
「こんにちは。クルーディスです」
俺のひとつ下のおっさん溺愛の息子、クルーディスはにっこりと挨拶をした。エウレン公爵に雰囲気は似ているが基本は母親似なのだろう。可愛らしい優しい雰囲気を持っていた。
それが俺には苦労知らずの坊っちゃんにしか映らず意味もなく苛立った。
俺はこいつの相手をするのが面倒で、余り関わらない様にしたかったのだが、こいつは毎日何故か俺が何処に行くにもちょろちょろとついて来る。……鬱陶しい。
「お前しつこいぞ。なんで俺につきまとうんだよ」
そう俺が言ってもこいつはキョトンとして首を傾げる。
「俺についてきてもなんもないぞ」
俺がどれだけ冷たく言ってもこいつにはわかっていない様だった。
「セルシュさまはたのしくないのですか」
「は?何もたのしくねーよ」
「ふふ、ぼくはたのしいです」
だから何が!
段々突っ込むのも面倒になり、こいつを無視して俺は庭に出て、日課の剣術の稽古を始めた。
相変わらずこいつは俺の側にいて、俺の稽古を見ていた。
剣を握ると、この時だけはもやもやした気持ちが何処かに消えるので、俺は家でもここでも何かというと剣を振っていた。
「セルシュさまカッコいいねー」
ぽやーんとしたこいつは、ただ俺の稽古を見てそれを楽しんでいた。見てるだけで何が楽しいんだか。
こいつはいつも俺自身に対して行動をする。家とかそういうのはこいつにとっては関係ないみたいだった。
親族連中とは違ってこいつは余計な事は言わない。俺も最近はそんなこいつの様子に慣れてきて、近くにいても段々気にならなくなってきた。
「ぼくもやってみたい」
毎日俺の稽古を見ていたら自分もやりたくなったらしく、教えて欲しいと寄ってきた。
「おっさんが良いって言ったらおしえてやる」
早速おっさんの所に確認しに行ったようだ。これで気兼ねなく稽古が出来ると思ったのに。おっさんは大喜びで許可したらしい。……誤算だった。
「セルシュさまけんじゅつをおしえてください。よろしくおねがいします」
そう言ってこいつは丁寧にお願いしてきた。
仕方ない。嘘は好きじゃない。俺は渋々こいつに剣の持ち方から教える事にした。
「セルシュさまはすごいですね。こんなにおもいのにずっともっていられるんですね」
「さいしょからがんばりすぎると次の日しんどいぞ」
剣を持つ腕をぷるぷるさせながら俺を褒める。ちょっと心配になりアドバイスしてやると。
「だ、だいじょうぶです」
こいつはぽやんとしてる割に負けず嫌いの様だった。絶対ツラいはずなのに剣を離さない根性に俺は笑ってしまった。
「おまえスゲーな」
そう言うとこいつも一緒に笑った。
それから毎日二人で剣の稽古をした。人に教える事で復習にもなるし、客観的に自分の悪い所もわかるようになって楽しいと思った。弟が出来たみたいでなんだか嬉しくなった。
「セルシュさまはおしえるのがじょうずですね」
そう言われて素直に嬉しかった。
こいつは素質はないけど真っ直ぐな性格が素直に剣に出る。少しずつだけどこいつが上達しているのがわかり、教えるのがもっと楽しくなった。
この家に滞在して半月程経ち、俺はこいつと色々話す様になった。おっさんがそれを見てにやにやするのにはムカついたけどそれは些細な事だった。
ある日、おっさん達が出掛けて、この家で俺とこいつは留守番をする事になった。
「ねぇセルシュさまは本はよめますか?」
「あー、俺本とかあんま好きじゃないんだ」
「そうですか……」
書斎から本を抱えてきて笑顔で聞いてきたが、俺の返事にこいつはがっかりしていた。悪いなとは思ったけど苦手なんだから仕方がない。
でもこいつはすぐに笑顔になり話題を変えてきた。
「セルシュさまはおっきくなったらきしさまになるの?」
「んー、まだ考えてないけどそれもいいかな」
「セルシュさまならきっといちばんえらいきしさまになれるね」
「そーかな」
「そーですよ!セルシュさまならぜったいきしさまか、このえたいのえらいひとになれますよ!」
キラキラと目を輝かせてそう言ってくるこいつに、俺はどう答えていいかわからなかった。
近衛隊の隊長は俺の親父だ。親父は王宮勤めで国王の警護をしている。俺は親父と同じ道をいくのは嫌だった。でもそれをこいつに言う必要もないのだ。
俺は曖昧に笑ってそうだなと答えた。
「そろそろ今日も稽古するか?」
「はい!」
いつもの稽古の時間になって二人で玄関への階段を降りて行くと、丁度来客らしく執事のグレアムが対応していた。俺はその客を見て一瞬で身体が固くなる。
「まぁセルシュ。丁度良かった!あなたの事をお迎えに来たのよ。一緒に私達の家に帰りましょう」
「ほら、早く支度しなさい。他人様に迷惑を掛けるより親戚の屋敷の方がお前も気楽でいいだろう?」
俺と目が合うとそう言って俺に猫なで声で呼び掛けた。
目の前が真っ暗になった。
何故親戚の奴らがここに来るんだ!
玄関にはいつも陰で母を貶め俺を痛め付ける親族連中が揃っていた。
俺が一番会いたくないやつら。
俺はまたこの連中に酷い事をされるのか。
あの苦しさを思い出すと身体の奥底から恐怖が溢れて動けなくなる。その時俺は横からそっと手を握られた事にも気が付かない位自分の中の恐怖と戦っていた。
俺より何歳か上の奴らが三人、俺を見てにやにやしている。
俺はこいつらには何度も陰で殴られたり蹴られたりしている。奴らは跡が残らない上手いやりかたで痛め付けるのが常だった。
こいつらは親父がいないのをいい事に俺を連れて帰って恩を売ろうと考えているのだろう。いつも親父に金を無心している連中が考えそうな事だった。
俺にはそんな事に応える義理はない。深呼吸をしてやっと身体が動く様になり、俺はあいつらを無視して部屋に戻るために踵を返す。
玄関で奴らが俺に向かって何か騒いでる。お前らなんか知るか!
部屋に戻る俺にこいつはまたついてくる。ほっといて欲しかったが、こいつは俺の手を握り離さない。そうか、お前も怖かったよな。
「セルシュさまだいじょうぶ?」
こいつは自分の怖さより俺の心配をしてくれていた。お前こそ大丈夫か?怖くなかったか?
俺はこいつに大丈夫と答えたかったが怖くて痛くて辛かった事を思い出し、身体が震えて何も言えなくなっていた。
「だいじょうぶ。ぼくがセルシュさまをまもってあげるから」
そう言ってこいつは俺の手を更に強く握る。
俺よりひとつ下のこいつの気持ちがとても嬉しくて、その言葉に今とても安心出来た。いつしか震えも治まっていた。
「ありがとう」
今は素直にそう答える事が出来る。そうだ。俺はこいつを守らなければ。あいつらの目的は俺なんだ。
俺達は部屋に入って扉を閉めた。どうしよう。こいつだけでもなんとかしなければ。
「お前はグレアムのそばにいって、あいつらが帰った時にそれを俺におしえてくれるか?」
「セルシュさまはどうするの?」
「俺はここで大人しくしてるからさ」
「うん。わかった」
そう言ってあいつは部屋から出て行った。
グレアムの側にいてくれたら安心だ。グレアムなら有能だし、きっとあいつを守ってくれる。
奴らはきっと人の家でもお構いなしに俺を痛めつけに来る。あいつがここにいなければ嫌な思いもさせなくてすむ。
俺ではあいつを守れない。早く大人になって、誰よりも強くなりたい。強くなりさえすれば、俺は自分だけでなくあいつの事だって守ってやれるのに。
でも今は俺はひ弱なガキだからそんな事出来ない。
これからやって来る恐怖が早く終わればいいと縮こまる事しか出来なかった。
セルシュ視点のお話は暫く続きます。
読んでいただきましてありがとうございます。




