七日の夕日に死を願ふ
お久しぶりです。星野紗奈です(*^-^*)
少し前に書いたものをここに投稿しておこうと思います。
そんなに長くありません。
それでは、どうぞ↓
2050年7月7日。日本の医学は近年、劇的に進歩している。その大きなきっかけは、数年前に「人を生き返らせる」手術に成功したことだった。
2047年、MRPが「人を生き返らせる」手術に成功した。この報告は、世界中で大きな話題となった。MRPとは、想像でしかなかったこの「人を生き返らせる」手術を実現するために世界各国の有力な医学者が集い結成したグループの事である。MRPが研究を開始したのは2031年、それから16年の時を経て手術に成功したのだった。とはいえ、いくつかの条件がある。一つ目は、死亡してから30時間以内であること。二つは、遺体のけがが小さいこと。遺体の損傷が激しい場合、命を取り戻しても衰退が早い可能性が高いのである。三つめは、この生き返る手術は一度しかできないこと。いや、この言い方では語弊があるかもしれない。手術自体は何度も行うことはできるが、二回目以降は細胞がその手術の作用に慣れ、命を吹き返さない可能性が高いらしい。その他細かい条件があるという情報もあるが、現在公に発表されているのはその三つだ。
「人が生き返るなんて、すごいよな。まだ信じられねえ」
「そうだね。お話の中だけだと思ってたら、自分たちが生きている間にそんなことができるようになっちゃったんだもん」
ヒロとスズは、がらんとした教室に残っていた。窓に手をついて、二人とも似たような格好で、校庭のずっと奥に沈んでいく夕日を眺めていた。夕日の赤は二人の目を焼きつくしそうなほどまぶしい光を放っていたが、それでもじっと見つめていた。その景色は庶民的だが、美しいと表現するのが最適だった。
二人はしばらく、MRPについて話していた。話していたといっても、ほとんど「すごい」しか口にしていなかったが。最近は、こういった普通の会話の中で、現代人の語彙力のなさをよく実感させられる。だからといって別に何かを変えようとするわけでもないのだが。
そんな「すごい」しか出てこない単純な会話に飽きたのか、スズは会話の方向性を変えた。
「そういえばさ、今日七夕だよね」
「あ、そうだな」
スズに言われ、ヒロは今日が七夕だという事実を思い出した。今朝まではしっかりと覚えていたのだ。会話の内容が薄くなったらこれを話題にしよう、なんてことまで考えていたというのに。どうやら、またおじいちゃんに一歩近づいてしまったようだ、とヒロは思った。
私たちが生まれてすぐのころ、七夕という古風な行事は社会の情報化により消えかかっていた。しかし数年前、一部の若者の運動により活気を取り戻した。今は、昔の様な七夕祭りが多くの地域で行われている。
「七夕ってさ、願い事を短冊に書くんだよな。なんでなんだろう……」
「ヒロはもう書いたの?」
「ああ、まあな」
ヒロの家は、朝から笹を家に持ってきたり、短冊や色ペンを用意したりと、いつも以上に騒がしかった。彼の両親は、伝統行事と密接に関わってきたそうで、七夕のような行事にはすごく力を入れている。ヒロが小さかった頃は、妹と二人で織姫と彦星の衣装を着せられたこともあったらしい。軽いトラウマはあるものの、ヒロにとっても七夕は好きな伝統行事の一つである。
「なんてお願いしたの?」
「『世界の平和が続きますように』ってさ」
「なんか普通だね」
「悪かったな、普通で」
こんなことを言っているが、世界平和は普通の事ではない。二人が生まれる10年ほど前までは、あちこちで戦争が起きていたのだから。それは、日本も例外ではなかった。終戦してから数年経ち、歴史の授業で大きく取り上げられるようになったから、彼らが知らないはずがない。しかし現在はほぼ元通りの状態に戻っているから、身近に感じられなくても仕方がないのかもしれない。
「スズは願い事とか書いたのか?」
「まだ書いてない。多分、家に帰ったら書くよ」
「そうか。じゃあ、願い事は決まってるのか?」
「まあ、一応」
ヒロがどんなことを願ったのかと聞けば、スズは愛おしそうに夕日を見つめ、こう言った。
「『一回で死ねますように』って」
ヒロは、言葉が出なかった。決して、馬鹿らしいと思ったわけではない。目に見えない何かが、大きな黒い塊が、彼女を押しつぶしてしまうのではないかと不安になったのだ。彼女が背負っている何かに恐怖し、息をすることさえ苦しくなった。
しばらく、静寂が続いた。のんきに吹いている風とゆっくりと沈んでいく夕日だけが、ヒロの心を冷ましてくれた。
「ああ、別に変な意味じゃないよ。ただ、生き返りたくないだけ」
スズはじっと、夕日を見つめているだけだった。ヒロには、彼女の言っていることがわからなかった。それは、早く死にたいと言っているようなものではないか。人間は誰しも、本能的に、もっと長く生きたいと願うものではなかったのか。そのためにMRPは研究し、手術を成功させたのではなかったのか。
ふと、母の言葉を思い出した。そういえば、母も同じようなことを言っていたではないか。最近は聞かないが、MRPの手術が成功した当時は、生き返らせなくていいとよく口にしていた。心がまだ未熟だったため、あの頃の僕にはよくわからなかったが。いや、今も理解できていないということは、まだ子供のままなのだろう。
これだけ考えたにも関わらず、結局、ヒロはスズに何も言うことができなかった。
「じゃあ、私は帰るね」
その一言だけを残して、スズは教室を出て行った。赤く染まった教室で、僕は立ち尽くすことしかできなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!