報酬と旅立ち
謁見の間を出たとたんヴィクター隊長が謝罪してくる。
「ティム王子! 知らなかったとはいえ王子に対して数々の無礼お許しください!」
僕はヴィクター隊長が土下座しようとするのを止めて言った。
「ヴィクター隊長! 僕は商人見習いとして接していたので何の問題もないですよ。そしてこれからも今までと同じようにお願いいたします」
「しかし……わかりました」
渋々ながらヴィクター隊長が了承してくれた。
「リリアとマリナも黙っていてごめんな」
「私は妖精様に教えていただいていたので知っておりました」
「同じく……」
「そ、そうだったのか。まぁこれからもよろしく」
なんだかちょっと恥ずかしい気分だ……。
「ところリリア、僕らの旅に同行するという事だが……」
「あれ? ダメでしたか? 私といたしましては、是非ついて行きたいのですが」
「いやぁ僕は構わないけど、危険なこともあるし、なぜなのかなって」
「妖精様のお導きです」
リリアがニッコリと微笑み僕の手を取りそう言った。
僕はドギマギしながら、
「そ、それならしょうがないな! あぁしょうがない!」
しょうがないを繰り返した。
「ティム……私の……」
そういいながらマリナが二人の間に割り込んできた。
「マリナちゃん大丈夫、ティム様を独り占めしませんよ、。ティム様は皆の物です」
いやいや僕は誰のものでもないけどな、まぁしいて言うなら王子だから国民皆の物かぁなどと思っていると、
爺やが「坊ちゃまモテモテですな」とニンマリ笑う。
爺やこれはモテているのではない。悲しいかな年頃の女の子がかかる、王子様への憧れがそうさせる病でそのうち治るものなのさ。
「それでは宝物庫に参りましょうか。そちらでお好きなものを一つ選んでいただきます」
ヴィクター隊長に案内され宝物庫に入る。
おぉ! すごいぞ。かなりの魔力を持った品々が所狭しと置いてある。
「国宝級の物は別の部屋にありますので、こちらにある品はお好きな物を選んでいただいても結構です」
「巫女様も王から餞別に一つ持って行っていいと言付かっております」
リリアは大事にされているんだな。
などと思いながらいろいろ見ていると一つ気になった物があった。
大事そうに透明なケースに入れられたこぶしの半分位の小さな球だ。
中に濃い緑色の煙が、封じ込めてあるようにゆっくりと渦巻いている。
「ヴィクター隊長、これは?」
「ティム様それに触れてはなりませんぞ! この球はいつの間にか宝物庫に在った使用用途不明の物で、触れただけでかなりの魔力を吸われてしまう危険物です。不思議な事に捨ててもいつの間にか宝物庫に戻ってきてしまいまして、悪い気配はしませんが気味が悪いので放置されている物です」
おぉ! すごいな、謎物体じゃないか!
「手に取ってみる場合はこの布越しに見てください。工房で作られた布で包むと魔力を吸収されません」と深緑色の布を渡される。
なるほど。しかしどのくらい魔力を吸われるのか興味があるな。
ちょっと触れてみるか、僕は球を直接指先で触れてみるが何ともないな。
すぐに指先を離そうとするが指先が離れない。
あれ? 指先どころか体が動かないぞ。
僕が混乱していると、球が薄っすらと光りだし魔力が吸われる感覚とともに、ドクン! と生物のような鼓動を感じる。
「危ない!」の声と同時に僕の手がはたかれ球が地面に転がる。
ヴィクター隊長が怒った様子で「触れてはならないと言ったでしょう! 魔力を完全に吸われて干物になりますよ!」
こ、これは! 今の一瞬で僕の総魔力の三分の二ぐらいが吸われたぞ!
「すいません。どのくらい魔力が吸われるのかと思いまして、助かりました」
「危ないところでした。その球は死ぬまで魔力を吸われたりはしませんが、かなり魔力を吸われますのでお気を付けください!」
「助けていただいてありがとうございました」
僕はヴィクター隊長にお礼を言うと、
「褒美の件ですが、僕はこれにしようと思います!」
どうせもらうなら珍しい物の方が良いし、なんか気になるんだよな。
深緑色の謎物体を指さすとヴィクター隊長が驚いた顔で、
「そ、そんなものでいいんですか? 今危険な目に遭ったばかりなのに……まぁどれを選んでいただいてもかまいませんが」
「それではこちらの布と巾着をお渡ししますので、こちらでお持ちください」
僕は巾着に謎物体を入れると懐にしまった。
僕以外の皆もそれぞれ決めたようだ。
爺やは魔力を流すと風を起こす扇子を選んだ。
「暑いときには欠かせませんからなぁ」と言いながら扇子を仰いでいる。
爺やらしい選択でいいと思うけど、それ仰がなくても風が出るぞ。
マリナは風を纏うことができる羽のピアスだ。
珍しい品ではないが色々応用出来て便利なものだ。
「これは使用者の鍛錬次第では、早く移動できたり浮くこともできるピアスです」
羽のデザインがマリナによく似合っていてかわいい。
「マリナはこの間魔力を認識できるようになったばかりだから、今度僕が使い方を教えてあげるよ」
「ありがとう……」
リリアは風のマントにしたようだ。
「こちらのマントは飛び道具はもちろん魔法もある程度防ぐことができるマントです」
結構実用的なものを選んだんだな、しかし若葉色のマントがリリアに良く似合っている。
「それでは本日泊っていただくお部屋にご案内いたします」
そういうとヴィクター隊長が使用人を呼ぶ。
「王の賓客だ。本日泊っていただくお部屋にご案内してくれ」
と伝えるとヴィクター隊長は「私はこれにて」と立ち去って行った。
「私も旅の用意と引き継ぎがありますのでこれにて失礼いたします」
とリリアも自分の部屋に戻って行った。
使用人に個別に部屋を案内され部屋で一息つく。
夕食は後程部屋に持ってきてくれるようだ。
皆で一緒に食べるのかと思っていたがどうやら違うらしい。
食事が運ばれ一人で寂しく食べていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」というとリリアが部屋に入ってきた。
「あら、お食事中でしたか」
「丁度今終わったところだ。どうかした?」
「食後のお茶をご一緒しようかと思いまして」
「いいね。お茶は僕が入れよう」
「ティム様はそんなこともできるんですか?」
「ああ、昔爺やに鍛えられたから。ところでリリア僕に敬語を使うのと、そのティム様っていうのはやめにしないか。前から気になっていたんだけどこれから一緒に旅をするしティムって呼んでよ」
「わかりました。けど敬語はこの話し方が標準ですので慣れてください。名前の様は頑張って取ってみます。殿方を呼び捨てにするのは少し恥ずかしいですが……。ティ、ティムこれでよろしいですか」
頬を桜色に染めながら言うリリアがかわいい。
「ばっちりだね。これからよろしく」
そういうと彼女に僕が淹れたお茶を渡した。
僕もお茶を飲み一息つくと気になっていたことを聞いた。
「所でなんで僕たちの旅に同行することにしたんだ?僕としてはリリアの回復魔法に期待しているからありがたいけど」
「むぅ、回復魔法だけですか?」と頬を膨らませる。
「い、いやまぁその僕も男なのでかわいい娘と旅ができるのはドギマギしてなんといいますか、一般的にまぁその……」
「うふふ、冗談ですよ」リリアが僕の顔を上目遣いで見ながらにっこり微笑む。
実は……とリリアが真剣な表情になり語った。
私は元々孤児で孤児院で育ったのですが、五歳の頃に妖精隠しに遭い魔力がかなり増え、巫女候補生の条件を満たした為、国預かりの巫女候補生となりました。
国預かりとなった巫女候補生は、王城でエルフの巫女になる為の様々な勉強や鍛錬をします。
最終的に成績が優秀な者が先代のエルフの巫女からお役目を引き継ぎ、正式なエルフの巫女となります。
当代は私がエルフの巫女となったのですが、エルフの巫女となった日から時々、夢で男の子と遊んでいる夢を見るようになりました。
男の子の顔や遊んでいる場所などは思い出せないのですが、ティムが裏ギルドのギルベルトから守ってくれた時に感じた膨大な魔力の中に、夢と同じような懐かしいやさしい魔力を感じたので、その夢が妖精隠しに遭った時の記憶で、その夢の男の子はティムではないかと考えるようになりました。
ティムがその男の子かはわかりませんが、ティムの旅に同行していれば、何か思い出せるのではないかと考えたのがティムの旅に同行したい理由です。
そういうとリリアはしゃべってのどが渇いたのか、僕の淹れたお茶をおいしそうに飲み干した。
妖精隠しに遭った人で、その時の記憶を覚えている人がいるという話は聞いた事が無いから、もし妖精隠しに遭った時の記憶だとしたらすごい発見になるな。
「なるほど、そういう理由だったのか。しかし残念ながら僕の方は全く記憶がないからなぁ」
「いえいえ、これから何か糸口が見つかるかもしれませんし、それに私、他所の国に行ったことがありませんので、そちらも楽しみなんです!」
「それは同感だ! 僕も楽しみだ」
ボーン、ボーン柱時計が時間を告げる。
「あぁもうこんな時間か! 少し話し過ぎてしまったな」
「そうですね。明日も早いですし、そろそろ部屋に戻ります。おやすみなさい」
「おやすみ。良い夢を」
リリアが帰った後、ベッドにどさっと倒れこみ夢について何か糸口が無いか考えていると、いつの間にか寝てしまっていた。
翌日オルヴァー王から親書をもらい城を後にすると、城下町で食料や消耗品、リリア用の日用品などを購入し門に向かう。
「寂しいかい?」リリアが懐かしいようなさびしいような顔をしていたのでそう聞くと、
「色々あったなぁと思い出しちゃいまして……ですが旅への高揚感もあるんです」
「僕の場合は旅への高揚感しかなかったな。まぁ気楽にいこう!」
はい!と言いながら振り返るとリリアは王城に向かって一礼した。
「今までありがとう! そして行ってきます」
まるで行ってらっしゃいと答えるかのように一陣の優しい風が吹いた。