裏ギルドのギルベルト
次の日の朝、
「皆さまそれでは参りましょう!」
ヴィクター隊長は朝から元気そうだ。
どうやら裏門から北の方角に風妖精の山はあるようだ。
しばらく進むと街道が北と北東に分かれている地点に来た。
「こちらです」
リリアが北東の道を指さす。
「リリアはこの山に来た事があるのか?」
「ええ。以前に同じメンバーで下見に来たことがあります。
魔法が使えれば、あの三人もあそこまで大きな怪我をせずに済んだのですが」
リリアがうつむきながらギュっと手を握る。
「回復薬は?」
「ヒューマンの国と違って回復薬は貴重品ですし、先に奇襲を受けた二人が回復魔法が使えるので、持ってきていませんでした」
なるほど、他国では回復薬って意外と貴重なんだな。
王城では普通に膝擦りむいた位でも使っているな。
風妖精の山と言われるだけあってなかなか風が強く、風が樹々に当たりごうごうと音を立てている。
山道の傾斜が少しきつくなってきた。リリアも少し苦しそうな顔をしている。
意外にもマリナが平気そうな顔で登っている。
獣人だから体力は結構あるのかな、そういえば狩りをしていたと言っていたな。
「鍛えてる……」
僕が言いたいことを察知したのかマリナが言った。
実はマリナがこの中で一番体力があったりしてな……。
それから一時間ほど登ったところで、神殿らしき物が見えてきた。
「あれが風妖精の神殿です。さあ中に入りましょう」
リリアがどんどん先に進む。
神殿の中は先程のごうごうといった風の音のうるささとは対照的で、静かで神聖な空気が辺りを包んでいる。
百メートルほど中へ進んだところで祭壇が見えた。
そういえばこの山道も神殿内部も全く魔物が出なかったな。
この神聖な空気が辺りを包んでいる事が関係しているのだろうか。
「それでは加護をいただいて参ります」
リリアがそう言い祭壇の前に立つと膝立ちになり目を瞑り手を胸の前で組む。
何やら祈りを捧げているようだ。
五分ほどそうしていただろうか、おもむろにリリアは頭上の花冠を外し祭壇に捧げる。
すると、どこからともなく現れた光の粒がどんどん花冠に吸い込まれていく。
やがて眼を開けていられないくらいの光が辺りを包みこみ、一際光ったと思ったら、祭壇の上には薄っすらと光を帯びた花冠があった。
「これで花冠に加護がいただけました。エルフの国に戻り、工房の祭壇に捧げにまいりましょう」
リリアは花冠を被るとそう言った。
それまた被るんだ。薄っすらと光っているから少し目立つな。
そんなことを思いながら神殿を後にした。
順調に山を下山し街道の分かれ道に差し掛かった時だった。
嫌な気配を感じる。
「皆、気を付けて何か来る!」
僕は皆に注意を促し、その気配の主がどの方角から来るか探る。
気が付くと真っ黒なスーツを着た大柄で黒髪をオールバックにした男がリリアの隣に居た。
「ほう、お前がエルフの巫女か。かわいいではないか俺の嫁にしてやろう」
リリアの肩を寄せるとそう言った。
「リリア!」
僕は気が付くと男に切りかかっていた。
まずいな、いつ接近されたか全く気が付かなかった。こいつはかなり強い。
僕の剣は空を切り、男が離れた場所に現れる。
「転移魔法か!」
こいつ詠唱をしなかったぞ! 空間魔法のかなりの使い手だ。
「いきなり切りかかってくるとは、野蛮人は恐ろしいな。」
男が服の埃を払いながら言う。
「俺はレイブンフットの幹部、愛を求めし者ギルベルト・ノイマン。以後お見知りおきを」
「レイブンフットのギルベルトだと!」
ヴィクター隊長が驚いた表情で叫ぶ。
「有名なのですか?」
レイブンフットは裏ギルドとして有名だけど、ギルベルトは初めて聞いたな。
「他の幹部はあまり姿を見せませんが、ギルベルトは夜な夜な町や村に現れては、自分の気に入った女を攫う極悪人として有名です」
「はっはっは、攫うなんて人聞きが悪いな。ちょっと俺の嫁になってもらうためについてきてもらうだけさ」
「黙れ! このクズ野郎が! ハンスの奥さんを攫いやがって、死ね!」
ヴィクター隊長が激高して剣を抜いて切りかかる。
隊長、人が変わってるぞ。
それにしても隊員の奥さんに被害者がいたのか。そりゃ激高するな。
ギルベルトは転移して躱す。
「はっはっは、そんな遅い動きでは俺は捕らえられんぞ!」
転移は厄介だな、だが捕らえることは可能だ。
『万物を縛る氷面顕現……範囲拡大……対象固定……縛れ』
僕を中心に半径三十メートルの地面が凍りつき、ギルベルトの下半身が凍る。
これは敵を凍らせて動きを封じる魔法『束縛する氷面』だ。
「これは! なかなか味な真似をするな。しかし!」
「フン!」
ギルベルトの姿がぶれたと思ったら、下半身の氷がバリンと弾け自由を取り戻す。
おいおい、あれを魔法も使わずに破るとは……。
「次は俺から行くぞ!」
背後から気配を感じ、前に飛び出す。
後ろを振り返ると、剣を振り下ろしたギルベルトがにやりと笑いながら、
「今のを躱すなんてなかなかやるじゃないか」
そう言うと今度はそのまま切りかかってきた。
僕はその攻撃を剣で受け、カウンター気味に左手で『紫電』を放つが転移で避けられる。
今のカウンターでの『紫電』を避けるか……。
転移はなかなか厄介だな。
そう考えていると、風の衝撃波がギルベルトを襲う。
「これでもくらえ」とヴィクター隊長が風魔法で援護してくれる。
「多人数は面倒だな」
そうギルベルトが言うと、僕とギルベルトは見知らぬ場所に居た。
転移魔法か! ここはどの辺りだ?
「さあ! 一対一でじっくりやり合おうではないか」
そう言うとギルベルトは転移魔法を使わずに切り込んできた。
ん? なぜ転移魔法を使わないんだ。
ひょっとして魔力の残りが少なくなってきたのか?
ギルベルトの剣を躱しながらそんなことを考えていると、
「魔力はまだまだあるぞ。俺は剣でやり合うのも好きなんだ」
「こんなものもあるしな」懐からブルーの液体が入った瓶を取り出し揺らしながら見せる。
「魔力回復薬か、そんなものまで持っているとは」
魔力回復薬は五年ほど前にグロリオーサ王国で開発された薬で、文字通り魔力を回復させる薬だ。
市場に出回りだしたのは最近のはずだがそんなものまで用意しているとは。
「しまった! どうせならあのかわいこちゃんと転移したらよかったな。ここは早く終わらせて戻るか」
ギルベルトはそう言うと魔力回復薬を一気に飲み干した。
「ではいくぞ!」そういうとギルベルトが左後ろから現れ切りかかってくるが、僕は転移先が分かっていたかのように難なくそれを受ける。
「ほう! 転移魔法の弱点を知っているのか」
そう、転移魔法には弱点がある。転移する際に転移先を一瞬見なければならないのだ。
「俺が弱点の対策をしていないと思うか?」
そういうとギルベルトは懐から目の部分が網目状になった仮面を取り出し装着する。
「俺の顔が隠れてしまうのが難点で普段は付けていないが、これで目線は見えまい」
確かに自分の弱点の対策をしてないやつはいないか。
目線を見なくても集中していれば気配でわかるが……やはり転移魔法はやりにくいな。
何か打開策は無いか……。
何かないかと考えていると、ギルベルトの影にナイフが刺さる。
「こ、これは! 『影縫い』」
ギルベルトの表情から余裕が消える。
「坊ちゃま! 今ですぞ」と爺やの声が聞こえた。
『影縫い』は爺やの得意技の一つで対象の影を固定することで本体も動けないようにする技だ。
空間自体も固定されるので転移でも逃れることはできない。
爺やナイスだ! 僕は得意の『灼熱の輪』を発動する。
動けないギルベルトを囲むように灼熱の輪が出現しギルベルトを捉える。
激しい爆発音とともに辺りを真っ白に染める光が包み込みギルベルトの居た辺りが煙に包まれる。
爆発による衝撃波が僕の顔に当たる。熱っ!
くっ、少し威力を上げすぎたか。
煙が収まってくると黒焦げの物体が目の前に現れドサッと崩れ落ちた。
少し魔力を込めすぎたかな、消し炭になっちゃったな……と思っていたら、どこからか笑い声が聞こえる。
「クックックッ、ハーッハッハッハ、まさかこの俺がここまで追いつめられるとはな。『デコイ』が間に合わなければ消し炭だったわ」
いつの間にか少し離れた場所に現れたギルベルトがそう言った。
くそ! まさかあれを躱されるとは!
僕が驚愕していると、
「それにまさか『影縫い』を使える者までいるとはな、少しこちらが不利なようだ。ここは一旦引かせてもらおう!」
そう言うと現れた時と同じように忽然と姿を消した。
周りの気配を探るが奴の気配は無い。どうやら退散したみたいだな。