妖精王と銷魂の王
妖精王が残光と共に消えた途端「ふはー」と大きく息を吐きだす音が隣から聞こえた。
「ティ、ティム。よく普通にしゃべれましたね。私は存在に圧倒されてしまって常に息を止めているような感じでした。あー苦しかった」
「いやいや、僕も緊張はしていたけど何とか大丈夫だった。以前マリスに会って圧倒的な相手に対しての耐性ができたのかもな」
「そうでしたか。それにしても、はぁ緊張しました」
「ふふふ、とりあえず部屋に行って休もうか」
「そうですね。そうしましょう」
部屋を出て右側の廊下を進むと扉に僕の名前が書いてあった。
「あれ? この部屋僕の名前が書いてあるな」
「こちらの部屋には私の名前が書いてあります」
「名前の書いてある部屋がそれぞれの部屋ってことか。けどいつの間に」
「妖精王のお屋敷ですからね。これぐらいは当たり前なのかもしれません」
「そう言われてみればそうだな。それじゃあまた明日」
「また明日」
そう言いながら部屋の扉を開けるとさらに驚いた。部屋は僕の部屋だったのだ。
扉に僕の名前が書いてあるから僕用に用意された部屋だろうと思っていたが、文字通りの僕の部屋で、グロリオーサ王国にある僕の部屋そのままだった。
配置してある家具も同じだし、クローゼットの中身も同じだった。
「ま、まさかな」
僕はベットの横のサイドテーブルの引き出しを開けそのまま引き抜く。抜いた引き出しを裏返してみるとそこには僕が爺やにも秘密にしていた大人の絵本があった。
「こ、これまで……。ここは僕の部屋なのか……」
僕が愕然としているとコンコンとノックの音がした。
僕は慌てて引き出しを元に戻しドアを開けた。
「は、はい……どうぞ。なんだリリアか。どうした?」
少し慌てた様子のリリアが入ってきた。
リリアは部屋の中を物珍しそうに眺め、
「ここはティムの自室ですか?」
「ん? そうだけど。ってことはリリアも自分の部屋があったのか?」
「そうなんです! 驚きました」
「リリアの部屋もか。ここは空間が繋がっているのかそれとも似た部屋なのかどっちなんだろう」
「多分ですが、私達の部屋を再現しているような気がします。空間が繋がっているとしたら私の部屋の花は枯れているはずですが、出かけた時のままです」
「なるほど。ってそんなにじろじろ見られるとなんだか恥ずかしい」
「ふふふ、ティムの自室はこんな感じなのですね。意外と物が少ないのですね」
「うん。ここはほとんど寝るだけに戻るって感じかな。ほとんど研究室か道場か書物庫に居る事が多いから」
「なるほど、ティムは努力家なのですね」
「う~ん。努力とはちょっと違うな僕は欲深いんだ」
「魔法をもっと使いたい。爺やの様に格闘術もできるようになりたい。誰かに何を聞かれても答えれるくらい知識が欲しい。って感じで欲深いんだ」
「そんなに自分を悪いように言わなくても、照れているんですね。うふふ」
「い、いや違うからな!」
「うふふ、ティムのかわいいところも見れましたしそろそろ私も部屋に戻りますね」
「かわいいところって……。まぁいいや。明日からどうなるかもわからないし今日はゆっくり休もう」
リリアが部屋に戻ったので、僕もベットに寝転んだ。
うわ~この感触はやっぱり自分のベットだな。すごいな。
その日は久しぶりにぐっすり眠れた。
目が覚めると朝日が顔に当たり眩しい。こんな細かいところまで再現されているのか。
僕は感心しながら素早く着替えるとリリアの部屋に行ってみる。
「リリア起きてるか?」
「はーい。すぐに出ますのでちょっと待ってください」
「わかった」
僕は壁に寄りかかりながらリリアを待つことにした。
待っている間色々な事を考える。
これからどうなるのか、元に戻った時どうなるのか、妖精王とマリスはどうなるのか……。
色々考えていたらいつの間にかリリアが目の前にいて僕の顔を覗き込んでいる。
「わわっ! びっくりした。全く気が付かなかったごめん」
「なにら難しい顔をして考え込んでいましたよ」
「うん、色々とね」
「とりあえず昨日の部屋に行ってみましょうか」
「そうだな」
部屋の前に立ち扉をノックすると
「開いているから入ってきていいわよ」
と妖精王から返答があった。
「失礼します」
そう言いながら入るとそこは昨日のテーブルではなく円卓になっていて奥に妖精王が座っていた。
「丁度いいところに来たわね。もうすぐ銷魂の王も来るはずよ。あなたたちはここに座って頂戴」
「僕達も話し合いに参加してもいいのですか?」
「聞くだけなら文句は言われないと思うわ。口を出してはダメよ」
「わかりました」
しばらく待っているとノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
そう妖精王が声をかけると昨日とは打って変わった禍々しい気配を漂わせたマリスが入ってきた。
「あら、今日はえらく禍々しい気配を出しているわね」
「そんなことはどうでもいい。回答を聞こうか」
「やはり答えは否よ」
「だろうな。そう言うと思った。仕方が無い融合は諦めてその力を取り込ませてもらう。力ずくでな!」
「私達が争えば魂に悪影響を及ぼすわよ」
「それは一時だけだお前を取り込んだ後に正せばいい」
「問答無用ってことね」
マリスが妖精王に対して禍々しい魔力を放つ。
妖精王は両手を突き出し目の前に光の壁を作り出しそれを防いだ。
「力は互角のはずだから決着は付かないわよ」
「神から生み出されたままの状態だとでも?」
時間が経つにつれて妖精王の光の壁が徐々に黒く染まっていく。
「こ、これは! 銷魂の王あなたなんてことを!」
「気が付いたか! そう銷魂の国の者の力を取り込んだ!」
「あなたそんなことをしたら銷魂の国の者達は存在が消滅して何も残らないのよ!」
「仕方が無い。どのみち魂が消滅した者はその存在が消滅する運命! それが遅いか早いかだけだ!」
「あぁなんてこと。確かに魂が消滅した銷魂の国の者はいずれ存在が消滅する運命ではあるけれどだからってその力を取り込むなんて……」
「さあ、そろそろ手が届くぞ!」
「まずいわね。仕方が無いちょっと早い気はするけれど」
そう言った妖精王が手を振るうと光の球が飛び出し空中に溶けるように消えていった。
「何だ? ここまで来たら何をしてももう遅いぞ!」
そしてついにマリスの禍々しい魔力が妖精王を包み込み引き寄せる。
マリスと妖精王は一つの黒い渦となり禍々しい黒い光を放つ。
黒い光が収まりそこに居たのは全体的に黒くなったマリスだった。
「これが妖精王の力を取り込んだ俺の力か……ふむこれなら」
僕とリリアは動けなかった。禍々しい魔力に圧倒され硬直してしまっていた。
「さて残念ながら目撃者には消えてもらうしかない」
マリスはゆっくりと振り返りながら僕らの方を見た。
「ここでの記憶は忘れてしまうんじゃ?」
「そうだが時々思い出す者もいるから念には念を入れておかなければな。俺が作り出す新しい世界の礎になってくれ」
「さらば!」
そう言うとマリスは妖精王を取り込んだ禍々しい魔力を僕に向けて放った。
その瞬間自分の中の思いが溢れ出す。
参ったな。こんなところでマリスに取り込まれて終わりなんて……。
色々やりたいこともあった。
リリアの事ももっと知りたかったし
マリナには色々な事も教えたかった。
イーナさんから新しい技術も教えて欲しかったし
爺やに竜神流武闘術の技を教えてもらいたかった。
あれ? 何もないな、そう思って目の前をよく見ると綺麗なエメラルドグリーンの光がマリスの禍々しい魔力を防いでくれていた。
こ、これは一体……。
「みなみなさま初めまして、ティム以外はね。僕は次代の妖精王。いわゆる妖精王子さ。おっとそういやもう当代の妖精王か」
「き、きみは……あの時の」
「そうそう! あの時の妖精王子さ。さっき卵から孵ったばかりのなりたて妖精王さ」
「な、なんだと! 妖精王は俺が取り込んだはず」
「そうさ、けど世代交代は完了していたのさ。君が取り込んだ力は搾りかすみたいなもんさ。それでもそこそこ力はあるけどね」
「し、搾りかすだと……」
「まぁいい。搾りかすでもこの力があれば生まれたばかりのお前など敵ではない」
「参ったな。実際そうだから侮れないんだよね」
「さぁその力も取り込んでやろう」
そう言うとマリスは今度は妖精王に向け手をかざす。
手をかざされた妖精王の体の周りを黒い靄が包み始める。
「やっぱり抗えないか。このままでは非常にまずいね」
「はっはっは。そのまま大人しく取り込まれるがいい」
「させるか!」
僕はマリスに向け『灼熱の輪』を顕現させる。
マリスを囲むように灼熱の輪が現れるが、マリスがふっと息を吹きかけただけで消えてしまった。
「い、息を吹きかけただけで……」
僕は驚愕しながらも今度は詠唱して同じ魔法を顕現させる。
『灼熱の炎よ顕現……輪……展開……絞めろ』
先程と同じようにマリスがふっと息を吹きかけるが今度は消えない。
『灼熱の輪』はマリスを締めるとマリスを飲み込みそのまま炎上した。
「う、上手くいったか!」
「上手くいった! と思った時は上手くいっていないことが多いものだ」
炎が収まりマリスが煤一つ付いていない綺麗な姿で現れた。
「燃えてすらいないのか……」
「残念ながら存在そのものが格上になった今の俺にはヒューマンの魔法などどれだけ魔力を込めようが効かん」
「そ、そんな」
先程まで黒い靄に包まれていた妖精王がいつの間にか僕の隣に居た。
「ティムのおかげであの靄から脱出できたよ」
「しまった。ティムに構いすぎたか。まぁ取り込まれるのが伸びただけだ」
「確かにこのままでは取り込まれるのも時間の問題か……君たちを巻き込みたくは無かったけど仕方が無い」
「ティム! リリア! こっちへ」
そう言うと妖精王は僕達を部屋の外に連れ出す。
「今更どこへ行くつもりだ」
「銷魂の王! 油断したな」
そう言い扉を閉めると扉に手をかざし『縛!』と叫ぶと扉に大きく『縛』と光の文字が浮かんだ。
「よし! これで少しは時間が稼げた」
「君たちの力が必要だ。今から祈りの間に向かう。ついてきて」
僕とリリアはお互いを見てうなずくと妖精王の後について行った。




