思い出と妖精王
草原には道が一本だけありどうやらその道は先程見えた大きなお屋敷の方へと続いているようだった。他の選択肢も無くその道を奥へと進む事にした。
相変わらず周囲にはキラキラしたものが舞っていてとても綺麗だ。
しばらく進んでいると突然リリアが僕に聞いてきた。
「う~ん、ティムこの場所になんだか見覚えがありませんか?」
「見覚え?」
「前に話した男の子と遊んでいる夢に出てくる場所がここのような気がするんです」
「見覚えってわけじゃないけど、実は僕もここに入った時なんだか懐かしい感じがしたんだ。う~ん不思議だな」
考え込んでいるとリリアがいつの間にかいなくなっていた。
「あ、あれ? リリア……」
「おーい! リリア~どこ行ったんだ~?」
僕が慌てていると、「ティムここです」
そう言いながら大きな木の陰から現れた。
その姿を見た瞬間、突然幼い頃の記憶がフラッシュバックした。
僕はいつの間にか知らない場所に居たんだ。その場所には誰もいなかった。
誰もいない場所で不安に思っていた時に、今と同じように大きな木の陰から現れた少女。
彼女の笑顔のおかげで僕の不安は消し飛んだんだ。
まさか僕に勇気をくれたあの少女はリリアなのか……それに僕はここに来たことがある。
この記憶は……これは妖精隠しに遭った時の記憶なのか。
「リリア! 思い出したのかもしれない。僕はこの場所に来たことがある! この場所で少女に出会ったんだ」
「それが多分私です。私も思い出しました。この後その少女に大きな家に行こうと言われませんでしたか?」
「言われた! その後の記憶は無いけどそこまでは思い出した!」
「私もです! 一人で心細かったところにティムが現れて勇気づけられました」
「僕も同じだ! すごい不安だったけど君の笑顔を見ていたら不安が消し飛んだんだ」
「まぁティムもそうだったんですね。ふふふ」
「ははは」
ひとしきり笑い合った後、
「不思議な縁だな同時期に妖精隠しに遭って大きくなってまた出会うなんてな」
「そうですね。でも夢の男の子がティムでよかったです」
「僕はさっきまでは全く覚えていなかったから、なんか申し訳ないな」
「ふふふ、私も巫女になってから夢を見るようになったんですからお気になさらず」
「そういえばそう言っていたな」
「さてと! そろそろマリスの探索に戻るか」
「そうですね。今の所怪しいのはあのお屋敷ですね」
「そうだな。あのお屋敷の記憶は全くないけど今の所一番怪しいのはあそこだな、行ってみよう」
僕達は思い出の場所からお屋敷に向かうことにした。
最初は草原だった景色もお屋敷に近づくにつれて樹々が多くなりいつの間にか周囲は森の中となっていた。
森の中となっても道は続きさらに奥へと進むと大きなお屋敷の門が見えて来た。
お屋敷は石壁に囲まれており、いかにも身分の高そうな人が住んでいそうな雰囲気があった。
門は両開きの門で左右それぞれに家紋のような装飾が施されている。
僕達が門に近づくとひとりでに門が開いた。
「入っていいってことか?」
「でしょうね。行きましょうか」
門を抜けお屋敷の入り口に立つとこれまたひとりでに扉が開く。
そのままお屋敷に入ると正面は階段になっており左右につけられた蝋燭の火がまるで案内するかの様にひとりでに付いてゆく。
蝋燭の火に導かれるようにお屋敷の中を進んでいくと立派な扉の前にたどり着いた。
「明らかにこの扉の奥に家主が居そうだな」
「そうですね。入りますか?」
「う~ん。そうだな入ろうか。ノックはするべきなのか」
扉の前でそんな話をしていると部屋の中から声がかかる。
「鍵はかけていないから入っていいわよ」
聞いているだけでその声に従いたくなるような不思議な魅力のある女性の声だ。
僕とリリアは顔を見合わせてうなずくと意を決したように中に入った。
恐る恐る中へ入るとそこは客間になっていた。
部屋の中心にテーブルとソファが置いてあり左側のソファには裏ギルドのボス、マリス・レヴィナス。その対面に三十代くらいの金髪の女性が座っていた。
女性の周囲は体から溢れ出す光で薄っすらと輝きを放っていて神々しい雰囲気というものを体現したような姿だ。
「ティムにリリアよく来たわね。いらっしゃい」
「おいおい、俺とお前は今大事な話の途中だろ? 俺としてはできればお前達には退室してもらいたい」
「まぁそう邪険にしないで、この世界に入ってこられる者にも聞く権利はあると思うわ」
「ふっそうか。まぁいい俺としては邪魔さえしなければそれでかまわない」
「決まりね」
そう言った女性が指を弾くと正面にもう一つソファが現れた。
「そこに座って」
「失礼します」
僕とリリアは有無を言わさない雰囲気の中で静かに座るしかなかった。
「ティムにリリア、久しぶりねあなたたちがこの世界に迷い込んでからだから十年ぶりといったところかしら。私はこの国を統べる者、妖精王よ」
「女性だったのですね」
「そうね今代は女性型ね。代によって性別は変わるけど、あなたたちのような個人を識別する意味での名前はないわ妖精王と呼んで頂戴」
「わかりました」
「でこちらが銷魂の国の王よ」
「俺はその名前が嫌いだマリス・レヴィナスと呼べ」
「あらそう? まぁいいわ。それでは話の続きをしましょうか」
「そうだな。これ以上消滅する魂を放置しておくことは俺にはできない」
「その気持ちは私もわかるわ。しかし融合した場合の影響が予想できないわ」
「そんなものはその時何とかすればいい! 融合できればその力は手に入るはずだからな! まぁいい。また明日回答を聞きに来るからそれまでにどうするか決めておけ」
「わかったわ」
「それでは失礼する」
そう言い残すとマリスは部屋から出て行った。
「ふー、銷魂の王にも困ったものね」
人差し指を顎に当て首をかしげるとホントに困っていそうな顔でつぶやいた。
「あらあら、ごめんなさい。お茶も出していなかったわね。さぁどうぞ」
そう言うと突然テーブルの上に淹れたてのお茶が現れいい香りを漂わせた。
淹れたてのお茶に口を付ける。うん、うまい! 飲んだ後の鼻に抜ける香りが素晴らしいな。
「ふふふ、いい香りでしょう? 私のお気に入りなのよ」
「さてと! 色々聞きたそうな顔しているわね。いいわよ答えられる範囲で答えてあげる」
「ありがとうございます! 早速ですがホントに妖精王なのですか? そして銷魂の王というのは一体?」
「まず私は妖精王で間違いないわ。こちらの世界。つまりあなたたちが一般的に妖精の国と呼ぶ国の王よ。もうすぐ次代の妖精王に世代交代するけれどね。ほら以前にティム君が卵から孵してくれた次代の妖精王がいたでしょう」
「そういえばあの方はいずこに? ぜひお礼を」
「また卵に戻ったわ。次に孵るときは世代交代する時よ」
「そうでしたか。残念」
もう一度お目にかかってお礼を言いたかったな。
「後は銷魂の王の事ね。銷魂の国というのは妖精の国とは役割が違う国の事よ」
「突然だけどティム君が死んだらどうなると思う?」
「一般的には天国か地獄に行くと考えられていますが、僕は消滅して終わりだと考えています」
「なるほど。わかりやすく説明すると妖精の国が天国で銷魂の国が地獄みたいなものね。死んだ者の魂は一定の基準を満たした者は妖精の国で次の転生の時まで過ごすのよ。一定の基準を満たせなかった者は魂を消滅させられて銷魂の国でその存在が消えるまで過ごすのよ」
「まさか転生が実在していたとは……」
「まことしやかな話というのは実は真実をそれとなく伝えた物が多いのよ。天国然り、地獄然り、神然りね」
「神もですか!」
「そうよ。神から魂の管理者として生み出されたのが私と銷魂の王よ」
「私は転生待ちの魂の管理を、銷魂の王は魂を消滅させられた者を見守るためにそれぞれ生み出されたのよ」
「お互い不干渉がルールなのだけれど銷魂の王が私と融合して全ての魂の安寧の場所を作りたいと言ってきてね。私としてはそれは理想でしかないと言わざるを得ないわ。融合した後の影響もあるけど、何より世界に存在できる魂の数は限られているから、全てが一つになると転生にどれだけ時間がかかってしまうか」
「な、なんというかすごい話を聞いてしまったような気がするんですが……」
妖精王はそんな僕にニッコリと微笑みを向けると、
「大丈夫! 完全に記憶を消去するのは難しいけれど殆どの人がここでの記憶を忘れてしまうわ。一部、縁が強いというかそういう力を持った人が仄かに覚えていたりするけど。それがまことしやかな話として伝わってしまうんでしょうね」
「それすらも衝撃の事実なんですが……それに過去にここに来たことがある人がいるんですか?」
「いるわよ。あなた達もそうじゃない。それと有名なところで言えば初代グロリオーサ王もそうだし竜神流武闘術の開祖もそうね。エルフの国の初代の巫女もそうだけどエルフの巫女は代替わりすると五回に一回は来るわね」
「初代様が……」
「エルフの先代達が……」
「話を戻すけどそういった理由で銷魂の王は妖精の国へ至る扉を探し出し、私に会いに来たというわけよ。融合後の影響を考えたら、おいそれとは融合できないけれどね……」
ボーン、ボーン、ボーン、壁の柱時計が時刻を告げる。
「あらもうこんな時間。少し話過ぎたわね。生身の者があまり長居をしていい世界ではないけれど、とりあえず今日はここに泊って行きなさい。この屋敷なら長時間滞在しても問題ないわ。それじゃあこの部屋を出て右側の廊下にある部屋はどこを使ってもいいからね」
「ありがとうございます」
「それじゃあまた明日の朝に会いましょ」
そう言うと妖精王は残光を残し消えた。




