夕食と心遣いと
いつの間にか眠っていたようだった。ドアをノックする音で目が覚める。
「ティム様失礼いたします。夕食のご用意ができました」
「はい、すぐに用意します」
そう言って身だしなみを整え部屋の外に出るとメイドさんの案内で食堂に向かった。
食堂はとても広く僕達以外にも城の兵士やメイドさんも席に座っている。
僕は王の隣の席に案内され着席した。
「ハッハッハ、どうだい驚いただろう? うちの国では夕食はできるだけ大勢で食べるのが決まりなんだ。大勢で食べた方がおいしいし、何より盛り上がるだろう?」
かなり変わった決まりだな。周りを見る限り王だけ特別な料理というわけでもなさそうで、皆と同じものが並んでいる。王様も皆と同じ物を食べるのかな。
それに大勢で食べるのが決まりと言っていたが、給仕のメイドさんや他の兵士は別で食べるのかな。
「今給仕している者や警備の兵士はすでに食事を終えているので気兼ねなく食べていいぞ。基本的に王は最後に食べるのだ」
それこそ変わっているな普通は王様が最初に食べるものだと思っていた。
「失礼ですがかなり変わっていますね。普通は王様が先に食べると思いますが」
「昔は王が先に食べていたが俺の代から王は最後に食べるようにした。俺は色々なことに気を使うからな、食事位はゆっくり気兼ねなく食べたいんだ」
その気持ち、ちょっとわからないでもないな。
うちの城でもそんなつもりはないだろうが給仕のメイドさんの視線が気になる時はある。
「それと基本的に城で食事をする場合は皆同じメニューになるので悪しからず」
「いえ、僕はおいしい物が食べれれば何も気にしません」
「ハッハッハ、おいしい物か! 言うではないか。その辺りは安心してくれ俺が太鼓判を押すぞ」
食事のメニューは炊き立てのご飯にオーガ肉のカツ、クルミと青菜の和え物、キャベツの千切り、みそ汁といった料理が並んでいる。
ご飯は目の前に御櫃から自分の好きな分だけ装うシステムである。
「オーガ肉のカツは珍しいだろう? 俺も数えるほどしか食べた事が無い。クルミはエルフの国の物を、野菜は獣人の国の物だ。コメはもちろんヒューマンの国の物で、みそ汁もヒューマンの国の味噌を使っている。今日だけは特別に用意させた。気に入ってもらえると料理長も喜ぶ」
各国の物を使った料理に懐かしさや心遣いを感じる。こういう歓迎は僕も勉強になるしありがたい。
「私クルミの和え物、大好きなんですよね。懐かしい」
リリアが感激した様子で喜んでいる。
しまった! クルミなんかはエルフの国の周辺でしか取れないからエルフの国で買った物があったんだ。
道中一度もクルミを使った料理を作っていない。マリナの時もそうだが、僕は少しそういう心遣いが足りないな。
僕が一人苦い顔をしながら反省していると、「お腹痛い?……」とマリナが僕の肩をたたく。
「いや、ちょっと反省中」
「そう……」
「食べて……元気出る……」
「そうだな、ありがとう」
せっかく王がおいしい料理を用意してくれたんだ。暗い顔で食べたら申し訳ないな。
食後のデザートに楕円形で表面がつやつやしたものが出てくる。
「これはスイートポテトと言って今ドワーフの国で流行っているデザートだよ。ドワーフ芋を使ったデザートで簡単なのにおいしいと評判でわたしも大好き」
そう説明してくれたイーナさんは口いっぱいにスイートポテトを頬張っている。
おっと! 喉に詰まったようだ。あわてて水を差し出す。
「ティム君ありがと。ふぅー危なかった」
慌てすぎだ。そう言いながら僕もスイートポテトをいただく。
これは確かにおいしいな。ドワーフ芋は蒸した時はほくほくしていたが、これはしっとりねっとりしていて甘さも丁度いい。大きさも二口くらいで食べれる大きさなので食べやすい。
けど慌てて食べたらのどに詰まりそうではあるな。
デザートを完食し満足していると、微妙な振動を感じる。
「またか! 最近地震が多いんじゃ。ここは地下じゃからあまり感じないが上では結構揺れとるぞ。ここ何日か地震が起こる回数が増えとるんじゃ。ボルカン山で何か起こっているのかもしれんのぉ」
「火口で悪さしている奴がいるよ」
か細い声だったがこれは妖精の囁きだ! 火口で悪さをしているか……これはマロンが警告してくれた狂人カスパルが関係している可能性があるな……。
よし! 明日火口に行ってみよう。
王にはまだ黙っておくか、間違いだったら困るし……けど所長にだけは念のために言っておくか。
食事が終わり各自部屋に戻る。
「あ~おいしかったな。カツもよかったけど、クルミと青菜の和え物もおいしかったな」
「ティムの為に今度クルミを使ったエルフの料理を作ってあげますよ」
リリアがうれしいことを言ってくれる。
「そいつは楽しみだな。僕も何かクルミを使った料理を考えてみるよ」
「クルミは栄養豊富ですが食べ過ぎるとお腹を壊してしまいますので気を付けてくださいね」
「ハハッ、マリナじゃあるまいしそんなに食べないよ」
「失礼……」そう言いながらマリナが睨んでくるが、「事実だろう?」
僕がそう言うと「むぅ……」と不満そうな顔をして黙ってしまった。
じ、自覚はあるのか。
そんなことを話していると部屋に着いたので皆と別れた。
僕の部屋には風呂があるがどうやら僕の部屋が特別というわけではなく、一部屋に一つ風呂があるようだ。やはり風呂が自室にあるのはうれしい。
ゆっくり風呂に浸かり疲れを癒すとその日は朝までぐっすり眠った。
翌日、所長にボルカン山の火口に行きたい旨と理由を話したところ、
「なるほど、妖精の囁きかそれは信憑性が高いのぉ。フーム、どうしたもんかのぉ」
所長が何やら考え込んでいる。
「よし! 決めた! わしも付いて行こう。そして念のため王にも報告しておくわい。イーナが」
「ハイハイ、報告しときますよ」
そう言いながらイーナさんが奥の部屋に向かった。
「それじゃあ、ボルカン山の火口に向かうとするかのぉ。さすがに火口まで行くのは年寄りにはきついのであれで行くことにするかのぉ。それじゃ皆一旦地上に出ようか」
そういうと所長は足取りも軽く大階段を上っていく、僕らも慌ててそれに続いた。
大階段の入り口を抜け地上に出るとさらに門とは反対の方に向かっていく。
それにしても地上は暑いな、さっきまで快適だったから余計にそう感じる。
「ここじゃここじゃ」
所長がなにやら長方形の大きな建物の前で止まり、建物の横のスイッチを押すと建物の正面の壁が上に上がっていき建物の内部が露わになる。
そこには一台の魔法馬車のような物があったが、外観が長方形の箱の横に昆虫の脚が付いているといった奇妙な外観をしている。
箱の部分は客室だろうがそこもかなり大きく作られていて、一目で普通の魔法馬車でないことがわかる。
「ふぉっふぉっふぉ、これは今実験中の魔法馬車じゃ」
「結構独特なフォルムをしていますね。これで火口まで行くんですか?」
「そうじゃ、まぁ乗ってみればすごさがわかる、とりあえず乗り込もう。こっちじゃ」
そういうと所長は客室のドアを開け中に入って行った。
僕も恐る恐る中に入る。中はかなり広く普通の部屋の様になっていた。
ソファがあり部屋の隅にはベットまである。あれは台所じゃないか、そんなものまであるのか。窓も大きく作られており外がよく見える。
「これは……殆ど家ですね……」
「ふぉっふぉっふぉ、正解じゃ。台所、トイレ、風呂、ベットを完備した家型の魔法馬車じゃ。こっちに御者席がある」
そう言って部屋の前に取り付けられた梯子を上るとそこはガラスのような物で半球状に覆われた御者席があった。三人ぐらいは入るスペースがある。透明になっているので辺り一面がよく見える。
「あまりに大きすぎる故、街中など人がいるところでは使えぬが、ボルカン山は人が居らんからの~この家型魔法馬車の実験に丁度いいんじゃ」
確かに移動するには快適だが大きすぎて細かいところまでは見えないから危ないな。
御者席から降りてきたところで、
「そろそろイーナも来る頃じゃし、皆出発の準備じゃ!……といっても御者ぐらいしかやる事は無いがの、ティム殿とわしが御者をするでな皆はくつろいでいてくれ」
所長がそう言うと気になっていたのかマリナは窓から外を覗いているし、リリアはソファとベットの柔らかさを確認している。
さすがに爺やは、はしゃいだりせずそんな皆の様子をニコニコしながら見ていた。




