王子の義務と旅立ち
コンコン、コンコン、ドアをノックする音で目が覚める。
「おはようございます。坊ちゃま起きてらっしゃいますか?」
執事の爺やが音もなく入ってくる。
「あぁ爺やか、おはよう。なんだか懐かしい夢をみていたような……どんな夢だったかな」
「夢とは儚いものですぞ坊ちゃま」
爺やがなんかそれらしいことを言っている。
「ところで坊ちゃま。王が謁見の間に来るようにと呼んでおります」
「わかった。すぐに向かうよ」
ここはグロリオーサ王国、僕のお爺様カイデル・オックス・グロリオーサが治める国だ。
お爺様には息子が二人いて長男のウィンズ・ジュラフ・グロリオーサと
僕の父で、次男のアルト・ラクーン・グロリオーサがいる。
次男のアルト王子には二人の息子がいて、
一人は僕の兄で、マルク・プレナイト・グロリオーサ。
そしてその弟で僕は、ティム・カタプレイト・グロリオーサこの間、十五歳の成人を迎えたばかりだ。
僕はベッドから飛び起き正装に着替え謁見の間に向かった。
謁見の間に入るとお爺様が玉座に座っており、
両脇に僕の父で第二王子のアルト、母のライラ
また僕の伯父で第一王子のウィンズとその妻リリシア、
伯父の子供三人と僕の兄、宰相、騎士団長が並んでいる。
皆神妙な面持ちだ。
僕は片膝をつくと「ティムただいま参りました」と頭を下げる。
「うむ」
お爺様が玉座から立ち上がり僕の頭を優しく撫でながら、
「ティムお前ももう十五歳か、年月が経つのは早いものだな」
「はっ。ありがとうございます。日々学ぶ事が多く満ち足りております」
「うむ。勤勉なのは良いことだな」
「さて、今日呼び出したのは他でもない、成人となった王族男子の義務の話だ。わかるな?」
「はい。王からの親書を各国の王に届けるお役目の話ですね」
「そうだ。わしが各国の王に親書をしたためるのでその返事を持ち帰るのだ。
各国を巡る旅で学んだ知識、体験はお前の今後の人生で必ずや役に立つであろう」
「実りある旅にできるよう頑張ります」
「うむ。話は以上だ気を付けて行って参れ」
「ありがとうございます」
王族の男子は皆十五歳の成人を迎えると、エルフの国、獣人の国、ドワーフの国、竜人の国へ
王の親書を届ける旅をすることが義務となっている。
幼いころからその話を聞いていた僕は、まだ見ぬ他国へ思いを馳せていた。
高揚する気持ちを抑えながら謁見の間を後にした。
私室に戻り爺やを呼ぶ、
爺やは僕専属の執事で名前はアルフレッド・スチュアートと言うが、
昔から僕は「爺や」と呼んでいる。
爺やは文武両道、冷静沈着で結構な年なのに老いを感じさせない。
僕は幼い頃から爺やに戦闘訓練を受けているが、訓練では未だに勝った事は無い。
未だに僕の事を坊ちゃまと呼ぶのが少し恥ずかしいが、僕は絶大な信頼を寄せている。
「爺や、旅の準備は済んでいるか」
「はい、いつでも出発できます」
「ありがとう。出発は明日からだからよろしく頼む」
「この爺や坊ちゃまのお役に立てるように頑張ります」
「ああ、いつもありがとう」
この旅の御付は二人までと決まっているが、僕は爺や一人だけを指名した。
なぜなら妖精がそう囁いたためだ。
妖精とはこの世界とは別の次元に住んでいると言われている異界の者の事で、
普通の人には見えないし声も聞こえない。
妖精隠しと呼ばれる経験をした者のみが、声を聞いたりその姿を見ることができると言われている。
妖精隠しは数十年に一回起こる事もあれば一年で数回起こる事もあり、
突然人が一定期間行方不明になり見つかった時には、
その間の記憶が一切無いという原因不明の現象だ。
僕は五歳の頃、妖精隠しに遭いしばらく行方不明になっていた。
王城は大騒ぎになり町にも僕を探すようにと御触れが出たほどだ。
妖精隠しに遭っていた期間の僕の記憶は無く、寝て起きたら王城の中庭に倒れていた。
妖精隠しに遭った後は魔力がかなり増え、妖精の声が時々聞こえるようになった。
これは妖精の囁きと呼ばれている。
ちなみに僕は妖精の姿は見たことが無い。
他の人も同じで、妖精の姿を見たという話は聞いた事が無い。
妖精の囁きは多岐に渡り、命に係わる重要な事から明日の天気まで、
妖精の気まぐれで一方的に囁きが聞こえる。
自分にとって損になった事は無い為、僕は妖精の囁きには従うようにしている。
御付が爺や一人の件は、御付に誰を連れていくか迷っていた時に、
「御付は爺や一人が良いよ」と聞こえた為だ。
そんな訳で僕と爺や二人で旅立つこととになった。
旅立ちの朝、王城前は早朝という事もあり静かで人の気配がない。
「それでは父上、母上、兄上行って参ります」
各国を巡る旅は基本的に王子の身分がばれないように身分を隠し、
大商人の息子で商人見習いといった身分で旅をするので、
見送りも盛大に行われず、最小限で父と母と兄のみだ。
ちなみに爺やは僕の教育係という設定だ。
「ついにこの日が来てしまったわ。うぅ~」
「母上泣かないで、何かあればこの通信石で連絡してくれればいいから」
通信石は遠くの人と話ができる便利アイテムだ。
「わかったわ。ティムちゃん体には気を付けるのよ。何かあったらすぐに帰って来ていいのよ」
「はっはっは、ライラは心配性だな。
大丈夫、私達の息子はそんなにやわじゃ無いぞ、
それにアルフレッドも付いているしな」
「旦那様奥様このアルフレッド、必ずや坊ちゃまをお守り致しますのでご安心ください」
「ティム気を付けて行ってくるんだぞ、まあ俺の時はすんなり各国を回れたから大丈夫だと思う」
「はい! 兄上ありがとうございます。では行って参ります」
手を振りながら歩きだす。
ついに僕の諸国を巡る旅が始まった!
「爺や、まずはエルフの国セントナム王国から?」
「左様でございます。エルフの国セントナム王国の次が、
獣人の国エレファランド、次にドワーフの国ドンガラム王国、
最後に竜人の国リュノール国の順に巡る予定でございます」
この世界には大まかに言うと
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人、竜人が住んでおりそれぞれに国がある。
各国の国交は良好で、ここグロリオーサ王国にも各種族が住んでいる。
「魔法馬車は町の外に待機させておりますので、まずそちらまで向かいましょう」
「よし、じゃあいこう!」
城を抜け城下町の大通りを歩いて行く、
普段なら「いらっしゃーい。安いよ安いよ」
などと商人達の威勢のいい声が聞こえている活気に満ちた大通りだが
朝が早い為に鳥のさえずりしか聞こえないほど静かだ。
そのまましばらく歩いていくとやっと城門が見えた。
「城門の外の馬小屋に魔法馬車を用意しております」
「荷物は魔法馬車の中かな?」
「一部は魔法馬車に積んでおりますが、ほとんどの物はこちらのマジックボックスに入っております」
マジックボックスは便利アイテムの一つで、登録者のみが物を出し入れできる魔法の袋だ。
一般には出回っていないが、国に登録している商人は持っていることが多い。
見た目は小さい巾着だが見た目以上に物を入れる事が出来る袋で、
容量にもよるが、一般的には小さい小部屋に入る位の量が入る。
また生物は入れることはできないが、入れた物の時間が止まるので、
出来立ての料理を入れて、後で出来立てを食べることも可能だ。
爺やがマジックボックスに手を入れ宝石を取り出した。
「坊ちゃまもマジックボックスの登録をしておきましょう。
こちらの宝石を握りお名前をお名乗りください」
僕は宝石を握り「ティム・カタプレイト・グロリオーサ」と言うと宝石が少し光り消えた。
「宝石が消えたぞ」
「御安心を、これで登録が完了し、宝石はマジックボックスの中に戻りました」
「坊ちゃまマジックボックスの中に手を入れ、先程の宝石を思い浮かべてください」
「ん、こうかな」
僕はマジックボックスに手を入れ先程の宝石を思い浮かべながら、手を出すと先程の宝石を握っていた。
「なるほど。こうやって使うのか、便利だ」
「それでは参りましょうか」
城門をくぐり馬小屋につくと「それでは魔法馬車を用意して参ります」と爺やが馬小屋に入って行った。
すぐに爺やが魔法馬車を伴って出てきた。爺やが用意してきた馬車は頑丈そうな作りの魔法馬車だ。
魔法馬車は、馬の代わりに魔法で作られたデコイホースに馬車を引かせて走らせるこの国では一般的な馬車の事だ。
基本的に二体以上で運用し操作も手綱に少量の魔力を通すだけなので、
魔力の少ない人でも動かす事のできる優れモノだ。
「おお~結構中は広いな」
大人が四~五人寝ても余裕がありそうな位広い。
「広さだけでなく、快適な旅ができるように、衝撃を吸収する魔法をかけております」
「おお~いいね。快適な旅ができそうだ。だけど二人で使うには少し大きすぎないか?」
「道中何があるかわかりませんので、少し大き目に致しました。大は小を兼ねると申しますし」
「なるほど。さすがは爺や、それじゃあ早速行こう!」
魔法馬車を動かすのは初めてだが不安よりワクワクが勝ち、
「僕が先に御者をするぞ」と爺やに言いながら御者台に飛び乗った。
「手綱に魔力を通すときは手綱を握った手から、極細の糸を出すイメージで行ってください」
「こうかな」
魔法馬車がゆっくりと動き出す。
「おお~すごいすごい」
「坊ちゃまいい調子ですぞ」
「結構スピードが出るな」
操作は結構簡単だし使う魔力の量も微々たる物で、これなら誰でも操縦できるな。
「よし! いざ行かんエルフの国へ」
「坊ちゃまノリノリですな」
爺やがニヤリと笑った。