妖精の卵
イーナさんとの話は獣人の国での出来事になり、奉納音楽祭や狸獣人のマロンの話にもなった。
「へぇーこれがそのマロンの魔力を吸い取った球? 綺麗ねぇ」
巾着の口を開いて見せてあげた。
「絶対触るなよ! 本当にやばいやつだから」
「ほほぉーぅ! これはひょっとして妖精の卵かも知れんのぉー」
いきなり現れた所長がしきりに「ほほぉーぅ」と言いながら僕らの間に割り込んできた。
「妖精の卵ですか? 聞いた事が無いな」
「わしも古い文献で見たような見なかったようなあいまいな記憶じゃがな」
「まぁ流れている魔力の流れも綺麗な物だし変なものでないのは間違いないから大事にしときなさい」
普段はのほほんとした雰囲気の所長がその時だけは真剣な表情で言った。
「ふぉっふぉっふぉ、この巾着の魔力の循環方式も素晴らしいの。いやぁいいものを見せてもらったわい」
そう言うといつもののほほんとした雰囲気の所長に戻った。
「いい物見せてもらったお礼に何かいい話を聞かせてやろう。何か聞きたいことはあるかの?」
「そうですねドワーフの国はどんな感じなんですか?街並みとか王城とか」
「そうじゃのぉ、ドワーフの国は地下にあるんじゃ」
「地下にあるんですか?」
「もちろん地上にも施設はあるが、主要施設はほとんど地下にあるんじゃ。元々鉱山の近くに住んでおったから、掘り出した鉱石をすぐ加工できるから地下に住みだしたんじゃなかろうか。まぁ物心ついたころには地下で暮らして居ったし、それが当たり前じゃったからあまり深く考えたことはないの」
「ふぉっふぉっふぉ、むしろ他国に行くと地上で暮らして居たのに驚いた位じゃ」
「なるほど」
確かに物心がついたころからそんな生活だとそれが当たり前になるか。
「そしての他国の人が一番驚くのが地下が涼しい事じゃ。活火山があるからの地上は暑く普通は地下も暑いんじゃが、涼風機が地下の温度を下げているから地下は涼しいんじゃ。王立魔法技術開発研究所が設立された理由がこの涼風機じゃしの。あの素晴らしさは実際に体感しないとわからんとおもうぞ」
「ドワーフの国は暑い国だと聞いていたものですからそれは楽しみですね」
「うむ、他にも色々あるがついてからのお楽しみじゃ」
「坊ちゃまそろそろ野営の支度をいたしましょうか」
と爺やが声をかけてくる。
「いつの間にかそんなところまで来ていたか。よしじゃあそろそろ野営の準備をしよう。爺や結界魔法を頼む」
僕が爺やにいつも通り結界魔法の準備をお願いすると、
「爺や殿、結界魔法の際にこの魔法石を使ってみて下され」
と所長が懐から魔法石を取り出す。
『悪しき者は侵入敵わず……展開……さらに二重に展開……結界発動』
爺やが結界魔法を発動させると、
「こ、これはちょっと涼しい! というより適温になっている!」
僕は思わず声をあげてしまった。
「その通りじゃ、これはただの魔法石ではなく空間に干渉し温度を適温に保つように開発された魔法石なのじゃ」
「ドワーフの国の人はこれが普通なんですか?」
「いやいやさすがにこれは一般にはまだ広まっていないわい」
「もう! 所長ったらすぐに自分の研究成果を自慢したがるんですから。これはまだ発表すらされてないんですよ」
イーナさんが少し頬を膨らませて言う。
「ふぉっふぉっふぉ、よいではないか。いわゆるユーザービリティテストじゃ」
「もう! またそんな覚えたての単語まで使ってごまかして!」
「いやはやすごいですねドワーフの国の技術力は、今から国に行くのが楽しみですよ」
ドワーフの技術力に圧倒されながら、その日の晩はイーナさんが晩御飯を作ってくれるというのでドワーフの国の名物ドワーフ芋をごちそうになった。
ドワーフ芋は通常の芋とは違い少し甘い芋だ。それを蒸かして食べるのがドワーフ流らしい。
「さあできましたよ~」
熱い芋をハフハフ言いながら食べる。ほくほくしており少しどころかかなり甘くておいしい。
「好き……」
マリナも気に入ったみたいだな。
「これはデザートのような甘さですね、食べ過ぎに注意しないと」
とお腹をさすりながらリリアが言うが、さすると同時に横に揺れる胸に目が釘付けになる。
い、いかんな。王子としても自制しなければ……。
皆が寝静まった頃、僕だけに向けられる気配に目を覚ます。
悪意はなさそうな気配だが……一体誰だ。
皆を起こさないようにそっと寝床から抜け出すと、月明かりに照らされたマロンが焚火の近くに座っていた。
「お前は!」
「しっ! 静かに! 皆起きちゃうわよ。害意は無いわ」
「何だ? 何の用だ?」
「うふふふふ、お気に入りの坊やにちょっと警告しに来たのよ」
「警告?」
「ええ、ドワーフ国のどこかでうちのギルドの幹部の一人が悪さをしているわ。具体的に何をしているかは知らないけど何かしているのは間違いないわ」
「そいつはその名も狂人カスパル、魔法の実験が好きで普段は研究室から出ないけど、ひとたび研究室を出ると非道な実験をすることで有名よ。魔法の実験の為に村を一つ焼き払ったり、川を堰き止めたりしたのは有名な話よ」
「なぜその情報を僕に教える?」
「さっきも言ったじゃない。坊や、いえティムちゃんの事が気に入ったからよ。それにわたくし、裏ギルドの中でもカスパルは大っ嫌いなのよね! やり方がスマートじゃないのよ」
「そうか、ところでどうやって結界魔法を抜けたんだ?」
「あらあら質問ばかりね? わたくしの事がそんなに気になるのかしら?」
「やめてくれ! 純粋に気になっただけだ」
「うふふ、そういうことにしときましょうか。結界魔法は悪意のある者は通れないけど悪意の無い者は通れるのよ」
「それでも結界魔法の判定は厳しいと思うけどな」
「わたくしが美しすぎるからよ、うふ」
ハッキリ言って気持ち悪いが、マロンの心根は善人なのかもな、そうでないと結界魔法をすり抜けるの難しいはずだ。
「さてと、そろそろ退散しないと怖い猫娘に引っ掻かれるわ。じゃあねティムちゃんまたいつか会いましょう」
そういうとマロンは暗闇に溶け込むように消えていった。
「ふぐり男……」
いつの間にかマリナがそばに来てそんなことを言う
「マ、マリナそんな言い方はやめなさいっ!」
「タイツ男……」
「ドワーフの国に裏ギルドの幹部の一人がいるそうだ。そんな情報を教えてくれた。明日皆にも詳しく話すよ、今日はもう寝よう」
そう言うと僕達は皆を起こさないように寝床に戻った。




