裏ギルドのマロン
「ご案内するつもりが助言をいただいてしまいましたでちゅ」
そういうマシューさんが、鼻をヒクヒクさせている仕草がかわいい。
「次は広場にご案内しましょうか? 獣人王の像と王のブブゼッラもそこにございます。特にブブゼッラはクリスタルでコーティングされておりましてすごい綺麗ですよ。なんでもドワーフ族と獣人の友好の証としてドワーフ族から贈られたという話です」
ハリソンさんが誇らしげに話す。
クリスタルは劣化しないことで有名なので、絆が永遠に続きますようにと誓いの意味で、友情の証や婚姻の証に贈られることはあるが、それはクリスタル自体だ。
クリスタルがコーティングされた物となると、王族でもなかなか持っている者は少ない。
クリスタルをコーティングする技術はドワーフの中でも少数の者しかできない為、貴重なのだ。
「クリスタルコーティングですか、実物は僕も見たことはありません。楽しみですね」
「見えてきました。あれが獣人王の像と王のブブゼッラです」
広場の真ん中は階段状になっておりその頂上に耳が大きく鼻が長い大きい獣人の像が見える。
獣人王はゾウ獣人と呼ばれる獣人と伝えられている。
ゾウ獣人とは昔絶滅してしまい今はいないとされる幻の獣人で昔の文献にも絵などは残っておらず、姿形が文章で残っているのみでそれによると体はとても大きく鼻が長く耳も大きいとされている。
獣人王の像もなかなか見応えがあるがやはり王のブブゼッラがすごい。
太陽の光を浴びてキラキラと輝いていてとても綺麗だ。
クリスタルは見たことがあるけどここまでの輝きは放っていない。
クリスタルコーティングだからこそ、この輝きが生まれるんだろうな。
僕らが見惚れているとガストンさんが現れ王のブブゼッラに近づいていく。
そういえば今年の奉納奏者はガストンさんだと言ってたな。
今から練習でもするのかなと考えていると、ハリソンさんとマシューさんが慌てた様子で、
「おい! ガストンどういうつもりだ!」
「王のブブゼッラは練習日に吹くとき以外触れてはいけない決まりでちゅ! 今年の練習日はもう終わってまちゅ!」
「今すぐ降りろ!」
そんな二人の言葉を無視しガストンさんは王のブブゼッラに触れようとする。
ビービー! けたたましい音が聞こえたと思ったら王のブブゼッラの周りに結界が張られ、ガストンさんが弾き出される。
「おいおい……こりゃどういうことだ。慌ててみんなを追ってきたら俺がもう一人いるぞ」
僕達の後ろから驚いた表情のガストンさんが現れる。
あれ? ガストンさんが二人いるぞ、どっちかが偽物か?
「ふっふっふ、穏便に済ませたかったけど仕方がないわね」
王のブブゼッラ近くにいたガストンさんからモクモクと煙が上がり、中から金や赤のキラキラとした服を身にまとったスラっとした人物が現れた。
下半身は脚の形がわかるようなピチっとしたタイツのような物を履いている。
顔には白い化粧を塗っており口びるは口紅を塗っているようで真っ赤で、頬はうっすらとピンク色だ。
髪は黒く、髪型は栗のような髪型で天を突くように尖っている。
「みなさま~初めまして。わたくし裏ギルドの幹部をしておりますマロン・メルホルンと申します。美しい物や可愛い物が大好きな乙女でございます。気軽にマロンちゃんって呼んでね」
とウインクした後、優雅にお辞儀する。
うわ、こいつはあぶないやつだ。
見た目も危険だが戦闘能力から見てもかなりの強者だと僕の本能が告げる。
「あれ? 見た目が違うけどこの臭いは狸獣人のグスタフ・ヴォッシュの臭いじゃねぇか!」
ガストンさんが驚いた口調で叫ぶ。
「ガストン、あなた相変わらず猫獣人なのに鼻がいいのね。今はマロン・メルホルンよ。グスタフなんて呼ばずにマロンちゃんて呼んでね。ウフ」
パチリとウインクを決める姿に背筋が凍る。
「なんで裏ギルドの幹部がこんなところに」僕がそう問いかけると、
「あらヤダ、かわいい坊やね。食べちゃいたい」そう言うと僕の方に近づいてくるが、マリナとリリアが立ちふさがる。
「あらやだ、そんな怖い顔しなくてもちょっと味見するだけのつもりだったのに」
味見って何されるんだ……。
「まあいいわ。王のブブゼッラは前から欲しかったんだけど、中々チャンスが無くてねぇ。けど今年の奉納奏者がガストンって聞いてピンと来たわけ、ガストンに化ければ簡単にいただけるんじゃないかしらと、そう思ってやってきたってわけよ。ウフ、けどまさかこんな装置があるなんてね」
「ガッハッハ! お前のような不届き物がいるかもしれんからな、万が一のことも考えてドワーフに頼んで登録者以外近づけない装置を作ってもらったんだ」
「なるほどそういう事ね。まぁ仕方ないわね。じゃあわたくしはこれで……『幻』」
マロンがブツブツ言って『幻』と一際大きく言い放つと辺りがキラキラとした物に包まれる。
あれ? ここはどこだ。ふわふわと漂っている感覚になり自分がどこにいるかわからなくなる。
宙に浮く感じとはこのような事なのだろうか。
僕が少し放心していると、「こっちだよ」と正面の方から声が聞こえる。
僕は何とか呼び声に答えるように正面に駆け出そうとするがなかなかうまくいかない。
頭では前に行こうとしているが体が思うように動かない。
それでも何とか正面に向かうと周りとは違い白く光っているところがある。
「そこだよ」また声が聞こえた。
白く光っている空間を抜けると周りは森だった。
目の前にはマロンが驚いた表情でこちらを見ている。
「あらやだ! まさかこんな短時間で幻術を抜け出して来るなんてびっくり」
「アレが噂に名高い幻術魔法か! 一部の獣人しか使えないと聞いていたが」
「うふふ、そうよあれがわが狸獣人に伝わる幻術魔法よ。あれを破るなんてあなたなかなかやるわね」
と言い終わるか終わらないかの所で、僕の横に現れ僕の頬を舐める。
うわああああ! 僕は頬をゴシゴシと拭いながら慌てて離れる。
まずい! これでは相手のペースに乗せられてしまう。
僕は頬をバシッと叩く。一旦混乱していた思考を冷静に切り替えマロンと対峙する。
ここは一気に制圧する。僕は片手を振り上げ『灼熱の輪』を顕現する。
マロンを『灼熱の輪』が捕らえ燃やし尽くすと思われたが、『灼熱の輪』の四方に切り込みが入り締めることができず『灼熱の輪』は霧散した。
「うふ、『切り裂く風』はこういう使い方もできるのよ」
今のは風魔法の『切り裂く風』か『灼熱の輪』の締めないと発動できない弱点を突かれたか。
しかし『切り裂く風』を防御に使うとは……こういった発想は魔法使いとしてのセンスが問われる。
マロンの魔法使いとしてのセンスはなかなかのようだ。
僕はマロンに向かって駆け出すと飛び蹴りを放つが軽くいなされる。
後ろ向きに着地すると振り向きざまに抜刀し剣を振るが、トンファーと呼ばれる棒に短い握る部分が取り付けられた武器で受けられる。
珍しい武器を使う様だな。近接主体の場合だと武器としては優秀だ。
「うふ、このトンファーはエルフの国で作られた物だから、ちょっとやそっとの攻撃では傷一つつかないわよ」
とトンファーを上下左右と自由自在に振る様がちょっとかっこいいなと思ってしまった。
トンファーに対し剣一本ではやりにくいな『不可視の小手・改』で行くか。
『泰山鴻毛……不可視……両腕……発動』
僕は『不可視の小手・改』を発動させるとマロンに殴りかかる。
「ちょっと詠唱が独特だけど『不可視の小手』ね」
そう言いながらマロンがトンファーで受けるが、受けたとたん顔つきが変わる。
「あら、これはただの『不可視の小手』じゃないわね。かなり重いわ」
「なかなかやるじゃないの。フンッ」そう言うとマロンの体が一回り大きくなった。
「うふふ、ちょっとムキムキになっちゃうのが玉にキズだけど、こっちの方が力が入るのよねぇ」
そう言うと『不可視の小手・改』を弾く。
「今度はこっちから行くわよ」そう言うとすごい速さでトンファーを振り回して来た。
後ろに飛び避けると、カウンター気味に左腕を突き出すがこれも躱された。
カウンターは結構得意なんだがな……。
ここまで僕の手を封じられると、短期決戦に持ち込むしかないな。
僕はまた駆け出すと飛び蹴りを放つ。
マロンは「それはさっき見たわ」と軽くいなそうとするが、
いなそうとした途端、『紫電』がマロンを襲う。僕は『紫電』を足から放つこともできる。
「あばばばば」と声にならない声を発しマロンが倒れる。
これで片が付いたかなと胸をなでおろしていると、倒れていたマロンがむくりと起き上がる。
「ムフフフフ、なかなか刺激的だったわ。坊ややるじゃない。けど残念だったわね。わたくしはちょっと痛みに対して耐性があるのよね」
あれでもダメなのか、参ったな……。
『風よ……彼の者を……拘束したまえ』そう言いマロンが腕を振るうと、僕に空気の塊が当たる感覚がした。
さらに空気の当たったところから何かが這っているような感覚が腕や足に伝わると、僕はいつの間にか空気の層のような物に空中に磔にされているような格好になっていた。
「ウフフ、さーてどう料理しましょうか」といつの間にか目の前に来たマロンが僕の頬を撫でる。
まずい! 色々な意味でまずい!
拘束を解こうと腕や足を動かすが、まったく解ける気配がない。
く、くそ何とかしないと!




