かませ犬
小一時間ほどガストンさんと話をしていると、
「ただいまー」
と買い物に行っていた三人と双子が帰ってきた。
さすがに双子はマリナから離れていたが今度は手を繋いでいる。
二人とも結構なお姉ちゃん子だな。
「あらあら、あなたティムさんとずいぶん仲が良くなったのね。」
「おう! 未来の息子だからな! ってのは冗談にしても、こいつはいいやつだ気に入ったぜ! ドワーフんとこみたいに王族なのに気取ってないし、所作を見たらわかるこいつは強いやつだ!」
「強いことはいい事だ! 血沸き肉が躍る。俺の細胞の一つ一つがこいつと戦いたい!こいつと戦わせろ!と叫び……」
変なスイッチが入ってしまったガストンさんの話をぶった切る。
「ドワーフの王族に知り合いがいるんですか?」
「ん、ああ、うちの国はドワーフの国とは結構仲がいいからな。うちが食料をあっちが技術を、お互い協力し合っているのさ」
よかった。こっちの世界に戻ってきてくれたようだ。それにしてもドワーフか。
ドワーフの技術力は世界一だからな。魔法馬車や通信石なんかもドワーフの国で作られたものだ。
それにしてもドワーフの王族に知り合いがいるなんて、ガストンさんさすがだな。
そんな話をしていたら入口の方から元気な声が聞こえてくる。
「こんにちはー! マリナが帰ってきたと聞きましたがー!」
「おう! 犬獣人んとこのラッセルじゃねえか耳が早えな! 入んな!」
入り口から入ってきたのは焦げ茶色の耳をピンと立てた十四~十六歳くらいの犬獣人の男の子だ。
「マ、マリナ! 無事でよかったよ~」と駆け寄ってくるが、双子が両手を広げ道をふさぐ。
「金魚のふんやろう! どっかいけ! ねえちゃんに近づくな!」「近づくな!」
「マットにリリー! 金魚の糞なんてひどい! 僕はマリナが好きなだけだ!」
「嫌い……」
「ほらみろ! ねえちゃんも嫌いって言ってるだろ! どっかいけ」「いけ!」
「嫌いは好きの裏返しなのさ。マリナも照れているだけさ」
マリナが僕の袖を引っ張り「婿……」と言った。
「む、婿って、お前誰だよ! マリナから離れろ!」と今にも噛みつきそうな勢いで言ってくる。
「僕はティム。旅をしている商人の見習いだ」
「商人見習いがマリナに手を出すな! 早く離れろぉ!」
「そうは言われてもな。僕から近づいているわけでもないし」
「な、なにおー!離れないってんなら決闘だ、決闘! 僕と決闘しろ!」
「いや、いきなり決闘って言われてもな……」
ガストンさんが耳元でささやく。
「そいつは普段は良いやつなんだがマリナの事になるとちょっとアレなんだよな。
今までも結構問題起こしてるし、お灸を据える意味でも受けてやってくれねぇか。そこそこの使い手だがティムなら余裕だろ。俺もティムの実力を見たいしな。にっしっし」
最後のがガストンさんの本音なんじゃ……。
「わかった。その決闘受けよう。ルールはどうする?」
「武器は木製、魔法はありだがもちろん部位欠損や生命を奪う行為は禁止だ。
もしルールを破った場合は、その旨を町中に張り出した上で衛兵に突き出す」
通常の決闘ルールだが町中に張り出されるというのがグロリオーサ王国と違うな。獣人の国独自の物か。
「僕が負けたらマリナの事は諦めよう、僕が勝ったらマリナと結婚する!」
おいおい、いきなり結婚とかぶっ飛んでるな。
「いや、それはマリナが決めることで僕は決めれないぞ」
「問題ない……」
マリナいいのか! まあ負ける気はしないけど、ちょっと気合を入れる必要はあるな。
「マ、マリナ! やっと僕の事認めてくれるんだね!」
「ティム勝つ……問題ない……」
「クソッ!クソッ!僕はかませ犬にはならんぞ!」
犬だけに、って笑えないよラッセル君。
「よし! 話がまとまったところで俺が立会人になろう。隣の道場が開いてるからそこでやろうか」
「はい! あんな商人見習いのヒューマンには負けません!」
お灸を据えてくれか……う~んどうしようかな。
あまり強い魔法は論外だしな、殺傷力の低い魔法でいくか。
ガストンさんの案内で僕らは隣の道場に移動した。
道場とはいっても建物ではなく地面が土の少し広い場所といったところだった。
四方には結構大きい結界石がある。あれで外への音や魔法を防ぐのだろう。
「さあお互い好きな得物を使いなさい」
壁にずらりと練習用の木製武器が並んでいる。
「僕はこれで」とラッセルは木製の槍を選ぶ穂先が丸くなっているタイプの物だ。
ほほう! 意外だな犬獣人は剣を好むと聞いたが槍か。
「僕は素手で」
「フン、槍に対して素手とは舐めているのか?」
「僕は魔法も使えるからね」
「それじゃあお互い用意はいいか? 始めっ!」
開始と同時に僕の腹めがけて槍の穂先が飛んでくる。
僕がそれを躱すとそれを見越したかのように穂先が横に薙ぎ払われ僕の腹に命中する。
「ウッ!」その衝撃に思わず声が漏れてしまう。
ラッセル君がどうだと言わんばかりに僕の顔を見てにやりと笑う。
年下だからとちょっとラッセル君を舐めすぎていたみたいだな。
戦いに油断は禁物ですぞ! と爺やに昔教わった事を思い出す。
僕は意識を集中し魔法を詠唱する。
『泰山鴻毛……不可視……両腕……発動』両腕に魔法で『不可視の小手』を顕現させる。
「『不可視の小手』か! その程度、ハッ!」
再度ラッセル君の槍が僕を襲うが、
「フン!」と僕が腕を払うと槍がボキリと嫌な音を立てて折れる。
「ば、馬鹿な不可視の小手に槍を折るほどの破壊力は無いはず……」
「これはただの『不可視の小手』じゃないぞ、小手自体の重量は重くしたが、実際に僕にかかる負荷は軽く、羽のように扱えるようにした不可視の小手だ。『不可視の小手・改』ってとこかな」
「そ、そんなのありか……」
僕は驚いているラッセル君に素早く近づくと軽くラッセル君の腹を殴りつける。
ラッセル君は「うぅっ!」と腹を抑えながら悶絶してしまった。
うわ! ちょっとやり過ぎたな。加減が難しい。
「そ、それまで!」ガストンさんが慌てたように言う。
「リリア!」大丈夫だと思うけど一応リリアに見てもらおう。
リリアが急いでラッセル君に近づき状態を確認している。
「気絶しているだけですね。一応回復魔法を掛けておきます」
「ありがとう。ちょっとやり過ぎたな」
「いい薬……」
ラッセル君哀れなり……。
気絶したラッセル君を道場横にある救護室のベットに寝かし、僕らは客間に戻った。
「いや~ティムは俺が見込んだ通り強かったな! ラッセルだってなかなか強いんだぞ。一撃でやられたけど」
「僕はまだまだですよ。それよりラッセル君は思ったよりもできますね、僕も一発もらってしまいました」
「ああ見えて犬獣人の族長の息子だからな。普段は真面目な好青年なんだがなぁ……。マリナが絡むと豹変するんだよなぁ……。普段はいいやつなんだがなぁ」
としきりにいいやつなんだがなぁと言っていた。
意識が戻ったのかバタバタバタと騒々しくラッセル君が客間に入ってきた。
「しょ、勝負の行方は!」
「ラッセルお前の負けだ! マリナの事は諦めるんだな。ガッハッハ」
ガストンさんがそう告げる。
ラッセル君は徐々に戦闘時の事を思い出したのか、歯を食いしばり涙を流しながら床を叩くと、
「うう~くそ! くそ!」そして「うわ~ん」と言いながら出て行った。
今時「うわ~ん」ていう奴いるんだな。
皆が気まずい空気に包まれている中、
「婿……」一人だけニンマリしているマリナがいた。
「ま、まぁラッセルの事は後で犬獣人の族長に慰めるように言っとくよ。それより母さんそろそろ晩飯の用意しようや」
「そ、そうですね。じゃあ飛びっきりおいしい料理をご馳走します」
「うひょ~母さんの料理はうまいからな! ティムちゃんも期待してくれよ!」
うひょ~って、うわ~んもそうだがなかなか現実に言っている奴は少ないな。




