エヴァ奪還
グレンの隣まで速度を落とし、事情をかなり大雑把に聞いた。
「バッカス殿、貴族が暴走しました」
本当に大雑把だった。貴族が暴走してこの状況らしいが・・・へ? どうしたらいいの?
俺は意味が分からないのでセレナにこの状況をどうにかしてもらおうと思い、とりあえず聞いてみたのだが・・・。
「セレナこの状況を打開できるか」
「お安い御用です」
するとセレナは後ろを振り返り走るのをやめた。
右手を前に魔法を繰り出す・・・「原始の氷塊」
後ろから追ってきていた騎士達が一瞬で氷漬けに。
俺達は唖然だった。俺と他の二人は違った意味でかもしれないが。さすがにここまでやるとは思ってもみなかった。打開する事ができるか聞いただけで、まさか氷漬けにするとは、死んでいないか心配になる。
グレンとジハードも唖然としている。バッカスが連れているのだから強いかもしれないとは多少考えていたが。目の前の光景は異常だった。
騎士達を全員、氷漬けにしたセレナは此方を、俺だけを見てニッコリと微笑み「終わりました」とだけ言って近寄ってきた。まるで小さな子が褒めてくれと言わんばかりに。
セレナを撫でる俺、しかし顔は引き攣る。セレナにお願いするのはよく考えて出すことを心に決めた。
さて、追ってくる騎士が全て氷漬けになり詳しく状況を聞いた。
しばらく状況整理が追い付かないが何となく分かった。
「とりあえず、エヴァが牢に連れて行かれて貴族が反逆したってことだよな?」
「その通りです。そしてグロークの目的は神になる事です」
そこだけが分からない。
神っているの? てか四種族しかいないじゃないの?
俺はここの世界に転生する時にそう説明された。彼女はこの世界の事は全て知っている感じだったが・・・思い違いだったのか?
まぁいい。とりあえずエヴァの救出とクソ貴族の討伐だ。
俺達はまずエヴァの部屋まで移動した。
エヴァの部屋に入ると口を開くジハードから衝撃の言葉を聞くことになる。
「バッカス様、グロークは姫様を・・・」
ジハードはそこから少し言葉を止める。俺はそれをせかせるように「なんだ?」聞いてしまった。
「グロークは姫様に無理やり子を宿そうと・・・」
無理やり子を宿す? いったいどうゆう事?
意味が分からない。いったいどうやって子を宿すと?
唖然としている俺に今度はグレンが顔を怒りで歪ませながら言った。
「姫様を無理やり犯すと」
ブチ
俺は気がつくと立ち上がっていた。当たり前だ! 無理やり犯す? 殺す。
俺の中の一番許せない行為、それをするだと。
俺はこの世で一番許せない犯罪が女性を無理やり犯す行為だった。それはこの世界に来る前からだ。そんな奴は死刑にするべきだと本気で思っていた。そして今の俺は自分の知っている人間、恋人にその行為を行おうとしているクソがいる。
死刑? そんなものじゃ生ぬるい。
俺は我を忘れるほど怒り狂っていた。
血が滾る。
頭の中、心の中が黒く、黒く塗りつぶされていく。
全身が熱をもち、体に変化が起こる。
そう、魔王種の降臨。
セレナは膝を着き顔を下げている。他の二人は呆然と口を開け俺を見ていた。
唖然とする二人に俺の今の状態を説明するだけの余裕はない。俺は聞きたい事のみを聞いた。
「エヴァが入れられている牢はどこだ」
グレンは我に返り、しかし彼の威圧感に耐えるように、必死に、必死に声を出す。
「き、貴族会議室の、ある、べ、別館の地下で、です・・・」
「全員殺すぞ」
俺はセレナにそう言うと下げた頭を起こし一言「畏まりました」とだけ言い立ち上がった。
やっと声が出せるまでになったジハードは最後に。
「どうか、どうか姫様を、どうか助けて下さい」
そう言うと二人して大きく頭を下げた。
俺は何も言わずに・・・いや何かを口にするほど理性が保たれていなかった為、そのまま部屋をでて別館に向かった。
別館に向かう途中で複数の騎士達と遭遇するが俺の威圧感、殺気に脅えてしまい逃げる事もしない。俺が直接こいつ等に手を出さなくてもいいと判断しセレナに処理させる。
セレナは指示を受け、先ほどの凍結とは別に完全なる死を騎士達に放った。
「冥府の審判」
セレナが魔法を唱えると騎士達の前に大きく歪んだ空間が発生。そして中から死を具現化したかのごとく骨のみの姿の王、ハデスの降臨だった。
召喚されたハデスは騎士達に手を開いて向けるとそのまま手を握り空間へと帰って行った。ほんの一瞬の行動だったが・・・。
騎士達はピクリとも動かず心臓の動きを止めていた。ハデスにより魂のみを冥府へと持っていかれているのだ。
死んだ騎士達を見る俺だが、何も思わなかった。人の死が目の前にあるのだが今の俺はこの騎士達も俺の報復対象だったからだ。しかしセレナに殺させたのは、俺が人を殺す一番最初の人物をグロークと決めていたからだ。その後で、もしも生きている貴族、騎士がいたのなら殺してやろうと思っていた。
待っていろよ。エヴァに手を上げてなくてもお前に恐怖の限りを叩き込んでやる・・・
未だに俺の心の中は怒りしかなかった。
グロークを絶対に許さない。
グロークに加担した奴も許さない。
全員殺してやる。
俺はずっとそのことを考えながらも牢へと急いだ。
しばらくして鉄格子に覆われた扉を前にした。もちろんその前にいた騎士達はセレナによって殺されている。
何の躊躇もなく扉を開き中に入ると、騎士が一人牢の前で待機していた。
見たことある奴だな? 初めての模擬戦の奴か
興味のなさそうな目で騎士を見るとこちらに話しかけてきた。やはり自信満々な表情で。
「やっと来たか。まちわ・・・ぐほっ」
「えっ」
俺はセレナを見てさすがに驚いた。
ランドが話しかけてきた時にすでにセレナが魔法を唱えて撃退した。先ほどのただの騎士達と同じように早々に殺してしまおうと。
俺にはここがエヴァのいる終点、ゴールだと分かり、見たことある騎士(名前を忘れたが)から少しでも情報をと考えていた矢先の出来事。いやむしろこの状況なら誰しもが話を少しは聞くであろう状況なのだ。しかしセレナは迷わず騎士を殺した。
まぁしょうがない。そう思い騎士がいた牢に近寄ろうとすると一人の男が慌てた様子で出てきた。グレンから聞いた人物像で出てきたのがグロークと気づきセレナを止めた。(セレナはランド同様、いきなり殺そうとしたのだった)
「貴様、どうやってここまできた!!」
こいつは馬鹿なのか? そんな事どうでもいいだろ。
俺はその言葉を無視してグロークの傍に一瞬で移動し軽く腹を殴り動けないようにした。
動けないグロークを目を細くして睨みつけた後に牢に目をやると・・・
裸のエヴァが座らされていた。すぐさまエヴァの元に行き縄を解いて自身が着ている上着をエヴァに優しく羽織らせた。
エヴァは暫く呆然としたがすぐに目に涙を浮かべ抱き着いてきた。
「うわああー。こ、怖かったのじゃ」
俺に抱き着くと泣き叫んだ。今まで強がっていた心が解れ、やっと素直に泣けたようだ。俺は優しくエヴァを包み頭を撫でて落ち着かせた。
少しの間俺の腕の中で泣き、落ち着いたエヴァに問いかけた。
「がんばったな。エヴァ、お前はあいつをどうしたい?」
俺の中でグロークを殺すことは決定しているが、エヴァの意志を聞くのも忘れていない。
俺のそんな問いにエヴァは涙を拭いキリっとした顔で。
「グロークのしたことは許されることではない。よって牢に幽閉したのちに処刑とする」
姫様の、国のトップを意識する発言。
俺はもう一度問う。
「エヴァ、お前の本心を聞かせろ。姫としてではなく、一人の女の子としての意見を」
エヴァは俯きまた涙を浮かべながら俺を見た。
無理やり子を産まされる恐怖。それは俺が想像もできないほどの恐怖だと思う。俺なら・・・とかではなく誰しもが此奴の顔を二度と見たくない、特に女性ならそれ以上だと思った。
「この世からいなくなってほしい。二度と童の前に顔を見せないでほしい。同じ恐怖・・・それ以上の恐怖を知って死んでほしい・・・」