銀十字
ミスティラとのやりとりの間にも子竜は殻を叩き続け、小さな穴が空きだしていた
チラチラと爪のようなものと鼻先が見え隠れしている
大きさとかだいぶ違うがあれだ、ヒヨコの孵化がこんな感じだ
『もう少しですね。自然に出てくるまで触らないで…』
割れた殻を退けたくてやきもきするが、じっと耐える。叩かれる度に穴は広がり、5センチほどになりもう鼻先がさっきからヒョコヒョコと見えている
その動作が可愛すぎて手がのびそうになるのを理性でブレーキをかける
唐突だった。子竜の動きが僅かに止まったかと思った瞬間、パキィッ!と勢いをつけて鼻面を外へ出す
ぐいぐいと左右に蠢き、下顎の半分くらいはもう見えている。フスッフスッと鼻息粗く頑張っているのがまたかわいいじゃないですか
「もう少し…そう…あとちょっと」
どこか引っ掛かったのか眉間?あたりで止まってしまっている…一際大きくフスーッっ息を吐くと
『…キュルルル……』
悔しいんだろな、もう少しだから。産まれる前から不機嫌な声出すなよ…魔力の繋がりでわかったが、女の子だ
『…魔力を送ってあげてください。力が足りないのかもしれません』
そういうもんか。ならばと今度は卵の中に意識を集中して、先ほどのように魔力を集中する。うむ二度目ともなるとイメージもバッチリだ
そして殻越しに子竜に向かって魔力を流してみる
『ニョッ⁉』
変な声が出たな…と思ったら卵が跳ねた。子竜が興奮しているのか卵のなかでバタバタ暴れている。大丈夫かと覗き見ようと穴を覗くと
パリパキッガズッ!と殻の上半分が割れ、音がしたと同時に鼻になにか…いや子竜が、ぶつかった
「おちち…」
元気に産まれてなによりだが。おてんばさんめ…ちょっと涙でちゃったじゃないか
軽く涙をぬぐい、まずはちゃんと顔見せてあげなきゃと気合い?を入れる
…この世界に来て2度目のフリーズを体験する
まず目に飛び込んできたのはまるで新雪のようなくすみのない真っ白な身体だった。ミスティラの荘厳な白とは違い、柔らかな…清純さを感じる白だ。大きさも小型犬くらいだが翼のおかげで、か弱さはあまり感じない
こちらを見つめている眼はサファイアの原石のような深い蒼…ミスティラよりもずっと濃い色だった。パチクリとする仕草はまるで仔犬のような可愛さがある
首をちょっとかしげているのは何にぶつかったのか理解できていないからなのだろう
そして子竜の額…傷痕のように銀色の十字架が浮き出ていた
おれはしばらくの間身動きもせず、呼吸も忘れ見とれてしまっていた
『キュルル…』
と子竜が固まっているおれを心配したのか、鼻に鼻をくっつけてきた。おてんばかと思ったが優しい娘じゃないか…大丈夫だ、の意味もこめて頭を撫でてやる
鱗はとても滑らかでちょっと冷たさを感じるが、嫌な冷たさではなくずっと触れていたい心地よい冷たさだ
「よくがんばったな」
子竜は目を細めて気持ちよさそうに撫でられている。額の十字はやはり他のところとは感触が違ったが触っても特に嫌がる素振りはない…個性的な模様みたいなものか
とりあえず完全に殻から出してやるため抱き上げてやる。見た目より重いんだな…やっぱ筋肉の質が違うのか
抱き上げられて嬉しいのか尻尾がゆらゆらしている…犬だなぁ
『元気に産まれてよかった…』
ここまで気配を消して見守っていたミスティラが安堵のため息をつく。親を託したとはいえやはり自分の子供だ、嬉しくないわけがない
ミスティラに気づいた子竜がおれにしがみつき警戒をする…がどちらかというと困惑しているように感じる
「大丈夫だ…怖くない。…お前にとっても大事な方だぞ」
親だ、と明言してやれないがそれはミスティラの意向だ。すでに信頼できるのはおれだけになってしまっているようだが…彼女にも親らしいことをさせてあげたい
…一つあるじゃないか
「ミスティラ…この子の名をつけてやってくれ」
『いいのですか…その子が産まれた時点ですべてをあなたに任せようと考えていましたのに』
「本当の親が名付けてくれればこの子にとってかけがえのないものになるだろうさ」
それは自然にでた言葉だったが…ミスティラは涙を流しはじめてしまった
『ヨシヤ…あなたとの出逢いはこの子にとって、それ以上にわたしにとっても意味があるように思えます。ありがたくその子に名をつけさせて貰います』
ミスティラは慈しむような眼で子竜をしばらく見つめた。子竜は身体こそおれにしがみついているが、顔だけはミスティラのほうを向いていた
『……十字架…そうその額の模様と、あなたに運命を背負う者としての意味を込めて…』
「クルクスか。なかなか可愛い響きだしいいんじゃないか。なぁ」
クルクス?と通じてるかはわからないが呼び掛けてみる。尻尾がフリフリしてるし耳もピクッと反応した
どうやら気に入ったようだ
ヒロイン登場回でした