森番の男
見た目や行動はともかく悪い人ではなさそうなのだが。まあお茶飲むって言ってたしなんとか話はできるだろう
小屋の中にお邪魔する…どうやら1人用の小屋のようだ。家具はいちいち大きい気がするが…住んでる本人がいろいろでかいしな
男は奥にあるキッチンに向かい鼻歌混じりにお茶を淹れだした
「フン♪フフンフ…おいおい、んなとこ突っ立ってないで座ってろい」
「あ、どうも…」
丸太をそのまま利用した椅子に腰掛ける。お尻に合わせて少し凹んでいるので意外に座り心地は良い
大きな暖炉がある…網や某狩人ゲーの肉焼き機みたいな棒があるから料理兼用なのだろう。不思議なことに火は点いているのに部屋は暑くない…集中してみると暖炉を囲むように魔力の壁がある。これで熱を遮断してるのか
部屋の壁を見れば仕留めたであろう獣…獣?やたら牙の長い熊や見たことのない捻くれた角の鹿?の首だけの剥製が飾ってある。この世界の獣はこんな凶暴そうなのか…と考えていたところに
「ほれっ俺様特性の薬草茶だ。うめぇぞ」
ドンドンッと木のカップをテーブルに2つ置く。やや濃いめな緑色をした液体から湯気が立ち上っている…匂いを嗅ぐとスーッとしたミントっぽい爽やかな香りだ
「いただきます」
おう、と男が答えおれはお茶をすする。少し苦みがあるが嫌な苦みじゃない…爽やかな香りと蜂蜜のような優しい甘味と風味で不思議と飲みやすかった
「おいしいお茶ですね」
「だろう?貴重な蜂蜜も入ってるからな。砂糖でもいいんだがあれだと甘過ぎてなぁ」
蜂蜜は貴重なのか。養蜂はしてないのかな?
「ほんじゃおまえさん。なんでこんなとこにおるんだ?この辺は冒険者がたまにくるくらいの森だぞ」
やっと話せる。どう話すか……
「えっと…実はおれ、ほとんど記憶喪失でして…気づいたら森で倒れてたんです。名前はヨシヤで年は26です」
うん異世界だし、知らないことが多いから記憶喪失にして色々知らないことにすれば楽だよね
「…そうかぁ…そりゃ大変だったなぁ」
この人絶対いい人だ。目が潤んでるもの。見た目と行動で怖そうだと思ってました、ごめんなさい
「名前と歳だけでも思い出せて良かったなぁ…俺様はこの辺りの森番をしてる、ダンってんだ。一応王国の役職に就いてる」
やはり王国の関係者か。よかったそれなら竜のことも話せそうだ
「近頃この森も物騒でな。前までは魔物が住んでるくらいだったんだが、オーグルの連中までヒュームの領土近くにやってくるようになっていてな。おまえさんは運がよかった…白き賢竜様も心配だぜ…」
白き賢竜…間違いないミスティラのことだ。ドクンッと嫌でも心拍数があがる…この人なら話しても大丈夫だ
「そのミス…白き賢竜のことでお話があります」
おれは懐から白い鱗を出し、テーブルに置いた。ダンの目が見開き、信じられないようにおれと交互に見る
「こりゃあたまげた…おまえさん、竜に認められし者か」
さすがに竜を敬う国の人だ。意味を知っていてくれた
「森で倒れていたところを白き賢竜に助けられました…それでその…どうやらおれは竜と話すことができるらしく、この鱗をあるものと一緒に託されました」
もちろん異世界人であることは伏せておくために、ちょっとだけ嘘をつく。このくらいはいいよな
「竜と…話す…?そんなことが……あるものだと?」
「クー、出ていいよ」
少し外套を捲ってやる。今までせまい背負い袋でいい子にしてたのでピョコンッと顔が勢いよく出てきた。そのまま袋から全身を出しおれの肩に足を、頭に抱きつくようにして落ち着いた
ダンはさらに目が大きくなり、かなり驚いている様子だ
「白き賢竜は自身の死を悟り、この子を…名前をクルクスと言います。託された直後にオーグルたちに教われ、命からがらここまで逃げて来たんです」
「まさか…白き賢竜様は!?」
「…おれたちを逃がすために…多分…」
両拳に力が入り、体が悔しさに震える。クーがぴったりくっついて尻尾が背中をさすってくれている…のだと思う
ダンはお茶を飲みながら考え事を始め、気まずい沈黙が流れる
「そうか…おまえさんの言っとることは真実なのだろう…竜の信頼の証と言われる鱗に、なついている子竜を見せられちゃあなぁ…」
「信じてくださりありがとうございます…話してよかった…」
「…もう30年は昔になるか。この森番を始めたばっかのときにな、白き賢竜様に会ってんだ」
ダンは元冒険者だったらしく、引退を機に森番を始めたんだそうだ。その時小屋のすぐそばにミスティラが現れてしばらくの間、見つめられたらしい。おそらく心と魂を見定められたのだろう
そのあまりの神々しい姿にすっかり崇拝してしまい、以後領土ギリギリの危険なこの場で暮らしているのだとか
「なりは小さいが…クルクス様は白き賢竜様の面影がある…それでおまえさんは今後はどうすんだ?」
「ダンさんは元冒険者だったんですよね?ならギルドとかありませんか?具体的な目標というか…強くなりたいんです」
強くなる。曖昧で大雑把な目標だが、鍛えるためにもそういう環境に身を置くのが手っ取り早い
「強くなってこの子を、クーを守りたいんです」