誓い
そこは暗く重苦しい魔力を孕んだ空間だった。威圧感に満ちた男の声が響く
「……それで?」
暗褐色の岩や金属を組み合わせた壁に、黒曜石を敷き詰めた艶がありながら威圧感を備えた床…敷かれた絨毯も金縁に赤の美しいものだが暗さと相まってまるで血の色のように見える。そしてその豪華さからここが権力者のいる部屋なのは容易に伺えた
天井は明かりがないためぽっかりと闇が浮かんでいるように真暗だった。僅かにある壁掛けの蝋燭の明かりに照らされるのは、全身艶消しの黒い鎧を纏った壮年らしき男だった。はっきりと顔は見えないが、酷く不機嫌な様子だった
「ッ…報告ニヨルト先見隊ハ全滅。後続隊モ魔術師1名、武装兵2名ヲ残シ、ホボ壊滅…【白き賢竜】ハ倒シマシタガ、巣ハイマダ見ツカラズ。卵ノ確保モマダ、トノコトデス…」
報告をしたオーグル…立派な鎧を着てるところからそれなりの立場にいる将なのだろう。体格では己が勝っているにも関わらず、目の前の鎧の男に完全に萎縮している。
黒い鎧の男はため息をつき
「随分な被害だな…魔術師がそこまでやられては今後にひびく」
表情は暗くて見えないが僅かに怒りを含んだ言葉に将は慌てて答える
「モ、申シ訳アリマセン!ソレト生キ残ッタモノノ情報ノ中ニヒュームラシキ者ヲ見タトアリマシテ…」
「竜がヒュームを守った、か?」
「オソラク…近年稀ニミル凶暴ナ竜ダッタトノコトデス…」
「そのヒュームとやらの情報を集めろ。そして探索隊を編成し直し早く巣を見つけだすのだ…下がれ」
オーグルの将は足早に退出していった。…ふん、竜を仕留めただけましか。オーグル共め魔力の扱いが悪い…卵の件もどうにかせねば…
黒い鎧の男はなにか考えこむように黙り、その姿は闇の中に溶けるように見えなくなっていった………
足が重い。どれだけ走ったのか…最後に爆発音が聞こえてからは森は恐ろしいくらいに静かだった
自らの荒い呼吸音だけがやけに響いている気がする…湖まであとどれくらいかはわからないが、とりあえず追手はいないようだ。少し陰になった岩の側に腰掛け、外套を脱ぎ背負い袋を下ろす
クーがもぞもぞと出てきて膝に乗りこちらを心配するように見つめてくる。疲れ、申し訳なさ、ありがたさ…それに恐れ…いろんな気持ちの混ざった、さぞ複雑な表情をしていることだろう…
命をかけて助けられることのなんと辛いことか。仕方ないとはいえ己の無力感に、怒りにも似た感情を覚える。この子…クルクスだけは守れるようにならなければ
二度とこんな気持ちはしたくもないしさせたくもない。生まれて初めてかもしれない強い目標を子竜に誓う
「聴いてくれクー…いやクルクス。おれは君を守り、立派な竜にするとここに誓う…君のために必ず強くなる…!」
どうすれば強くなれるかなんてわからなかったが、それでも誓わずにはいられなかった
クーは真っ直ぐおれの目を見てくれていた。魔力を込めながらならより強く気持ちが伝わる、となんとなく思ったが正しかったみたいだ。
…よし息もいくらかととのったし、もうひと踏ん張り進もう。距離はわからないが日が落ちる前にはヒュームの領土に入っておきたい
クーを背負い袋に入れ外套を着直し、方角を確認して歩きだした
…1時間くらいたっただろうか。蒸し暑さの続くジャングルのような森を歩いていれば当然喉が渇く。オーグルたちは水筒みたいなものは持っていなかったし、竜の隠れ家で僅かに飲んだ水が最後に口にしたものだった
ミスティラの口振りじゃ町までそんなに距離があるような感じではなかったが、予定が大幅に狂ったのだ。食料はむりでも飲み水くらいは確保しておきたい
渇きの限界がくるまでに湖に着けるだろうか…
『クキュルルッ』
「なんだ?…なにか見つけたのかクー?」
クーが鳴き声をあげ、「こっち見て!」と言ってるのかしきりに明後日の方角を差す
進行方向からずれた木々の間に赤っぽい木の実…果物?のようなものがある。食べられるならありがたい、足早にそこへ向かう
「林檎…にしては長細いし柔らかいな」
林檎をそのまま引き延ばしたような果実が生っていた。ただ色がかなり濃い赤をしており、見方によっては毒にもみえる。…芳しい甘い香りがしなければかじろうとは考えなかっただろう
とりあえずひとかじり…おかしな味ならすぐ吐き出せばいい。プチュッと瑞々しい音がした
「……うめぇ」
…また次回に