迷子
お盆休みの真ん中、予備校もさすがに休みで一日暇になった私は、にぎやかなショッピングモールに来ていた。秋物がすでに並び始めていて、色とりどりの洋服やアクセサリーで、欲しいものもいろいろある。
「かなえ~、どこに行ったの?かなえ~」
ふらっと立ち寄ったフードコートで、若い女性が誰かを探していた。迷子だろうか、心配そうな表情を見て、とっさに声をかけてしまった。
「あの、迷子ですか?」
「はい、娘が、ちょっと目を離したときにいなくなってしまって」
「かなえちゃんですよね。私も一緒に探します。特徴は?」
「白いワンピースです。ピンクの帽子をかぶっています。6歳です」
「分かりました、探してきますね」
それからしばらく、辺りを探しても全く見つからない。迷子センターにもいってみたが、かなえちゃんらしき子の情報もなかった。館内にはもういないんじゃないかと思い、フードコート近くの出入り口から外に出る。
「暑いなぁ、熱中症になっちゃうかも。急いで探さな…きゃっ」
急いで飛び出そうとしたところを誰かに腕をつかまれる。その直後、目の前を猛スピードの車が横切った。
「危ないですよ、ちゃんとよく見て……あなたは」
振り向いたところに立っていたのは、あの時の少女だった。確か千朱と呼ばれていた。前回と同じく中学校の制服で、何か大きなものを背負っている。
「千朱さん…でしたよね」
「はい、このようなとこで会うとは思いませんでした」
「まさか今日も…」
「いいえ、黒に無理やり連れてこられました。女の子なのだからおしゃれに興味を持てと」
おしゃれなんてどうでもいいとつぶやく彼女は、どこにでもいる女子中学生だった。あの日のことはきっと見間違いだったのだ。
「千朱、臨時の仕事だ…あれ、君は」
「黒、遅いです。ではさようなら。行きますよ」
「あっ、そうだ。今迷子の女の子を探してて、白いワンピースでピンクの帽子をかぶった子を見ませんでしたか?」
そう言った途端、黒と呼ばれている男が、ぴくっと反応したように見えた。
「私は知りません」
「お、俺も知らない、悪いな、急いでるから」
と言って走り去る二人。何か隠しているように思えて後ろをついていくことにした。ショッピングモールの裏にある、まだ開発されていない自然公園に入っていく。ボロボロになった立ち入り禁止の看板の前で私は立ち止まる。
「やっぱりついてきてましたか」
「だめだよ、お嬢さん。危ないでしょ?」
外されたチェーンの向こう側に二人が立っていた。
「怪しかったんです、かなえちゃんのこと何か知っているんじゃないですか?」
「黒、話してしまえばいいのでは?」
「はぁ、邪魔しないのであればついてきてもかまわないよ。覚悟はある?」
「分かっています。たぶんそういうこと…」
そういうこと、かなえちゃんは死者…。きっとこの二人はかなえちゃんを殺しに来たんだろう。この先にいるのかもしれない。
「仕方ない、行こうか」
二人について自然公園の中に入っていく。まったく整備されていない森の中のようで歩きにくい。しばらく進んだところで視界が開けた。5メートルくらいの崖の下に大きな沼が広がっていた。その崖の上にその子はいた。白いワンピースにピンクの帽子、間違いなくかなえちゃんだろう。
「かなえちゃんっ!」
私は思わず声をかける。こちらに気付いた彼女が私たちを見てにっこり笑った。
「お姉ちゃんたち、誰?」
「私は、梓紗。お母さんが探してるよ。一緒に戻ろう」
「邪魔はするなといったはずですよ?」
後ろから、ヒュンっと刀を振る音がする。振り向くと千朱はすでに臨戦態勢に入っていた。
「でも、最後にお母さんと合わせてあげても…」
「いくら記憶が書き換えられるとしても、私たちは人のいるところで殺したいわけではありません。この子を殺すタイミングは今しかない」
「はい、動かないで。邪魔をしないという約束だったよね?」
黒に後ろから取り押さえられる。あばれてもびくともしない。そして千朱がゆっくりとかなえちゃんに近づいていく。
「あなたに恨みはありません。しかし死者は死者。安らかに眠ってください」
「ううん、大丈夫。見つけてくれて、ありがと、おねえちゃんたち」
簡単に振られた刀は、かなえちゃんの頭を切り落とした。どさっと草の上に重いものが落ちた音が聞こえた後、一瞬で、噴出した血も、転がった頭も、倒れた遺体も消えた。
「こういうのは子供の方が自分のことを理解してる。彼女は自分が死んでいることに気付いていた」
「意味が分かりました、黒、あそこに」
千朱が指さした方、沼に浮いている枯れ木に引っかかるようにして白い何かが浮かんでいる。近くにピンク色の帽子が浮いていた。
「ここから落ちて死んでしまったのでしょう」
「最後に母親に会いたかったことと、自分を見つけてほしかったという思いが彼女を死者にしたんだろうね」
黒が携帯電話でどこかに電話を掛ける。たぶん110番ではない。
「これで臨時任務は終了です。そうだ、梓紗…」
「えっ?」
「私たちの連絡先です。主に黒のものですが。あなたはどうやら死者に関わることが多いようです。何かあったら電話してください」
「う、うん。けどなんで私の名前…」
「さっき自分で言っていたことを忘れましたか?」
あっ、さっきかなえちゃんに…でももう覚えているなんて。
「殺すことが、その人のためになることもある。あの子にとってはこれが最善だった」
電話をかけ終わった黒が、そういいながら戻ってくる。
「俺らはここで失礼するよ。これ以上ここにいたら面倒なことに巻き込まれる。梓紗さんも早くショッピングモールに戻ったほうがいいよ、じゃあ」
「失礼します」
二人は、自然公園の奥に向かって進んでいった。忠告通り、私はひとりでショッピングモールに戻る。そういえばあのお母さんは今どうなったのだろうか。記憶が書き換えられているとしたら…忘れてしまっている…のか?
「協力お願いします、行方不明の姪を探したいんです」
「協力お願いします。少しの情報でもいいのでお願いします」
ショッピングモールの正門のまえでビラ配りをしている集団がいる。一枚もらうと、そこにはかなえちゃんの顔写真が載っていた。特徴はさっきのまま、あの沼に浮かんでいた時の姿のままだ。そしてモールの中に入ってすぐのところで、あのお母さんが泣き崩れていた。
「見つかったらしいけど、死んでいたって警察から」
「裏のとこの沼で崖から落ちたんだって」
「私がちゃんと見てなかったから…かなえ…」
何かすっきりしないまま、家路につく。これでかなえちゃんは報われるだろう。けどあのお母さんにとって本当に幸せだったのはどちらなのだろうか。偽物だとしても、かなえちゃんと一緒に居たあの時間の方が幸せだったんじゃないだろうか
家に帰っても誰もおらず、テレビをつけてみる。たまたまそのニュースがやっていた。
「…1週間前から行方が分からなくなっていた、中川 かなえちゃんが今日発見されました。本日12時ごろ、警察に〇〇にある自然公園の沼に何か子供のようなものが浮いてると通報があり、駆け付けた警察官によって沼から引き上げられました。警察の調査によると沼の北側にある崖から誤って転落したと思われ、管理会社の管理責任が追及されています。次の………」
事実は時として物語よりも残酷で、それを知っているのは極わずかな人間だけ。




