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それ使い方間違ってるよ

 うーん……。

 私は腕を組んで考える体制に入る。なにしろ触れられないし声も届かないのだ。干渉できないとなると、タマを見つけたところでまるで意味がない。このままタマがどこかに行ってしまっても見送ることしかできないし、それを瑞希に知らせることもできない。無力すぎる。いや、なんとか、そこをなんとかできないか……! 私は頭を捻るが、何も思い浮かばなかった。テレビに話しかけて展開を変えろと要求されているようなものだ。無茶振りもいいところである。振ったのは私だが。

 私はぐぬぬと唸りながらも、ふとタマを見てみた。そこで私はタマがお座りポーズから動いていないことに気付いた。それどころか、こっちをじいっと見ている。

 まさか……。

 私はあることを思いついた。一歩横に動いてみる。すると、タマの首が合わせて動いた。

 これはまさか……!

 私は自身の首辺りに手をやる。私は死んだときのままの制服姿で、マフラーを巻いていた。寒がりなせいで、帰ってきてすぐストーブをつけてコタツに入ったからだ。そのマフラーをほどいて、タマの前に垂れ下げてみる。タマはそれに注目した。そして揺らしてみる。タマは、前足でそれを引っかくようにして弄ぼうとした。

 やはり……!

 タマには私が見えているようだ。猫が何もいない空間を見つめていたりするが、あれは人間の目には見えない何か、例えば私のような幽霊を見ているに違いない。なら、声も聞こえるのだろうか。試してみよう。

『タマ? 私がわかる?』

『んにゃ、わかるにゃ。』

 答えてくれた。これならなんとかタマを一晩ここに留めておけるかもしれない……って。

『しゃべった? しゃべったよね?』

『んーにゃ? しゃべっとらんにゃ』

『しゃべってるじゃん! しかも結構おっさんぽい声で!』

『まあオスだし、そこそこ年も食ってるしにゃ』

 これは一体どういう……花子さんは動物と話せるのか? そんなこと言ってなかったぞあいつ。それとも幽霊特典なのか。ていうかやっぱ猫って語尾が「にゃ」なのか。私はマフラーを巻きなおしながら考えた。しかし答えは当然ながら出なかった。とりあえず現実を受け入れるしかない。私自身が非現実だけど。

 最初はびっくりしたが、よく考えればこれは好都合だった。タマと会話できるなんて予想だにしなかったが、これならタマに明日までここに留まってもらう難易度はぐっと下がる。なんせ説得できるのだから。ということでタマと交渉を始めようと試みた。ところが私がタマのいた場所を見ると、忽然といなくなっていた。慌てて周囲を探すと、少し離れたところを悠々と歩いているタマのお尻を見つけた。

『待って、ちょっとタマ! ちょっとタンマ!』

 微妙に洒落っぽいことを口走ってしまいながらもタマに追いつく。タマは振り返ると、そこに座って待ってくれた。そして私は今度こそ交渉を始める。

 タマにまず自己紹介して、事情を話した。タマは一回しか会ったことがないにも関わらず、私のことを覚えていた。純粋に嬉しかった。

 タマが言うには、脱走した理由は、いつも家の中でしか生活していなかったので一度外に出てみたかったのだそうだ。満足したら帰るつもりだったらしい。私が瑞希がとても心配していたことを伝えると、まあそりゃそうか、と言って、じゃあ帰るかにゃ、続けた。

 良かった。ここに留まってもらって瑞希に見つけてもらうことばかり考えていたが、自分で帰ってくれるならそれに越したことはない。これで瑞希も明日は晴れた顔で登校できるだろう。私は胸を撫で下ろした。しかし、タマは突然こんな提案をしてきた。

『いや、やっぱり気が変わったにゃ。あんたが言った通り、明日ここで瑞希に見つけてもらうにゃ。それまで、遊び相手になってくれないかにゃ?』

 なんでやねん。関西出身ではないが、思わず関西弁になった。

『”にんげん”と話せる機会なんて、そうないから面白そうだにゃ』

 死んでるけどね。猫に面白がられるなんて、人生何が起こるかわからない。いや、もう終わってるけどね、人生……。



 とりあえず、落ち着ける場所までタマを案内した。避難場所パートII、校舎裏の川。そこの川原なら割と静かだし、猫なら容易に行ける。

 そこへ行く途中、なんとなく髪を手ですいたとき、ヘアピンが一つ無くなっていることに気付いた。残った一つを取り外して見てみると、黄色のものだった。ということは白のが無くなっている。あれ? なんで……あ、能力を使ったからか! そういえばこれを渡した彼がそんなことを言っていた。じゃあもう使えるのは二つ目の能力だけか。私はそう思いながら、黄色のチューリップをあしらったヘアピンを元に戻す。

 はっとして後ろを確認すると、タマはちゃんとついてきていた。

『にゃ?』

『いや、ちゃんといるなって』

『もちろんにゃー』

 それを聞いて、私は安心した。私たちは川原に到着すると、腰を下ろし、少し休憩した。おもむろにタマがしゃべりだす。

『芽吹といったかにゃ? 瑞希の友達さん? お主はなんで小生と話せるにゃ?』

『渋い声で小生とか昔の文豪かお前は……』

 それならそこは我輩にしとこうよ。名前はもうあるけど。

『理由は恐らく、私が死んでるからだと思うよ』

『死んでる?』

『そ。こういうこと』

 私はそう言ってタマに手を伸ばす。それは私の予想通りタマをつき抜け、タマを貫いたようになった。タマはその様子をじっと眺める。

『……これは驚いたにゃ』

『そんな驚いてるように見えないけど……』

『失礼にゃ。ほっぺたが落ちそうにゃ』

『それ使い方間違ってるよ』

 猫と漫才のようなやりとりをする。いや、漫才のようなやりとりをしている場合ではなかった。本題に入らねば。いや待てよ、もうタマは瑞希のもとへ帰る気でいるわけだから、これ以上交渉は必要ないのでは……。

『猫も木から落ちるにゃ?』

『それは猿に任せておきな』

 ということは、タマが退屈しないように相手をすればいいのか。タマも遊び相手になってくれ、と言っていたことだし。それに、話し相手ができるのは私としても嬉しいことだった。

『猫に真珠にゃ?』

『おしい! 意味はそんなに変わってなさそうだけど!』

 猫押しだな。まあ猫だしな。間違ってるけど。やけに川の水面がきらきら光っていると思ったら、もうだいぶ日が傾いていた。オレンジ色になりかけの太陽の光が、私たちを照らしていた。しかし私の影はなかった。影はタマのものだけ。

『ところで芽吹とにゃら』

『なに?』

『小生はお主と話せて嬉しいにゃよ』

 なんだ突然。デレか。いや別にツンツンしてなかったけど。

『瑞希がお主のことをよく話していたからにゃ』

『えっ、そうなの?』

 私は虚を突かれて、裏声が出た。瞬間的に恥ずかしくなったが、相手が猫なので平静を装った。瑞希が私のことを? それは知りたいけどちょっと怖いような、妙な感覚だった。……でもやっぱり気になる。知りたい。

『それって、例えばどんな?』

『そうだにゃ、例えば――』

 それからしばらく、タマの口から瑞希がしていた私の話を聞いた。ときどき質問をしたり、されたりしながら時間を忘れて話した。気付くと、すっかり辺りは暗くなっていた。私は死んでいるので、食べなくても寝なくても平気なことがわかっていたが、タマは生きているので、一夜を過ごすのに向いた場所に案内することにした。タマは、すまないにゃ、と言ってついてきてくれた。別に寝なくても平気だが、寝てもいい。今夜はタマといっしょに寝ようかな。触れられなくても、ぬくもりを近くに感じる夜は久しぶりだから。


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