六話目
教会の奥にある暗い階段を上って、変わったドアノブが付いた明菜の個人部屋の扉を開けば、窓側にある椅子に腰掛けた彼女が目に入った。座っている姿勢や目つきが普段の教会にいる姿で、どうやら僕には知らされていない作戦Bを実行するようだった。こうなっては僕にはどうも出来ない。というか何をすればいいのか分からない。
「アレン、秋斗。そこに座って」
明菜は僕たちを椅子に座らせて、自分はゆっくりと立ち上がった。簡易で備え付けられている電気ポットからティーポットにお湯を注ぎ、僕と秋斗、それから彼女自身の紅茶を注いでくれた。再び椅子に腰掛けた彼女は秋斗に視線を向けて小さく問いかけるような笑みを零す。
「秋斗」
「はい」
「あなた得意なことがあるでしょう」
「そんなものない、です」
秋斗はそう言って少しだけ俯く。僕は明菜が何をしたいのか分からず明菜を見て首を傾げた。紅茶の入ったカップを傾けながら、目が合った僕ににやりと嫌な笑い方をする。折角の美人顔がその笑い方で台無しだと何度か注意してるのに。
「秋斗。あなた、なぜ私と目を合わそうとしてくれないの?アレンにも」
カップから紅茶を飲んでソーサーに置いた明菜が、両肘をテーブルに付けて手を合わせる。そのまま少し秋斗に寄って、あの嫌な表情を浮かべる。秋斗が一瞬それを見て直ぐに目をそらしてキョロキョロと視線を泳がせていた。こういうときはいつも置いてけぼりだ。面白くないが幼少期からの事もあり、かなりなれてきた気がする。最近はこれが快感でさえある。といっても僕は変な趣味の持ち主じゃない。快感と言うのを言い換えれば、生きている心地がする、ともいうだろう。虐げられてきた僕はそこに生きている意味を見出してしまった。僕がいるから周りの皆は幸せでいられる。自分より不憫な僕がいることで皆は。
「それは」
蚊帳の外で話を半分聞いていなかったけど、秋斗の声が聞こえて意識をこの場に呼び寄せた。
「それは?」
「気持ち悪いから」
「…あなた意外と失礼ね」
明菜が続きを促せば秋斗が小さく答える。すぐに少し不機嫌になった明菜が呟けば秋斗は違うんです、と焦って声を発した。秋斗がようやく顔を上げて明菜を見れば明菜は予想通りといった調子で、にんまりと笑った。
「やっとこっちむいた。貴方意外とそういうところは単純なのね」
秋斗も一瞬時間を置いて今までのおどおどとした表情から一転、片方の眉を吊り上げた。
「お前、性格悪ぃ女だな」
「お褒めに預かり光栄ですこと」
とまあ、ここまでの名前の出し方からわかると思うが、やっぱり僕は蚊帳の外だ。
「で、何が気持ち悪いのかしら?」
「それ。あー、アレンだっけ?お前も」
そう言って秋斗は明菜と僕を指差した。どうやら資料で見た通り、秋斗はあまり真面目なタイプではないらしい。言葉遣いや人を指差す行動などがそれに該当する。僕はまだ二人の行動についていけず、明菜が急に地を出した理由も秋斗が急にやさぐれた理由もわからない。
「演技です。ってのが滲み出てるぞ」
「こんなに早く見抜かれたのは初めてだけどね。否定はしないわ」
「大人しくて自信のない性格の柔らかい女は髪をあんな風に手で流さない」
「あら。それはナプジャの女性だけじゃないの?」
二人が会話する横で、僕は大して役に立ったことのない頭をフル回転させた。二人はもうそれとなく分かり合ってしまって、このままだと置いてけぼりだ。失敗できない指令なのにこのままでは任務を外されてしまう。