五話目
「・・・はじめまして。神奈秋斗です。アレン、さん」
「ノー。ナプジャの綺麗な言葉は好きだけど。敬語というものは良く分らないんだ。それに同じ年なんだからアレンでいいよ。僕も秋斗って呼ぶことにする」
とりあえず懐に入ることからはじめよう。明菜との会議で友達になるのが一番早くこちらの計画に移せるという結論に至った。もらった資料の内容からして警戒心は強いが、他国という不安定な場所であればそこに入ることは容易だろう。そう思っていたが、それは甘い考えだったようで、握手というものをしようとした瞬間、秋斗は傘を下ろしてしまった。思わず苦笑してしまったのが神奈の頭首、神奈健人に伝わったようで、彼は直ぐに咎めるようなスピードで秋斗の腕を掴んだ。表情から何をしようとしているのかは明白で、僕は健人に声をかけざるを得なかった。
「健人さん。こんなところでは何ですので、教会にご案内いたします」
「あ、はい。申し訳ない」
「構いません」
僕の一言で下ってきた階段を再び上りだした。資料には簡易なものしかなかったが、健人は少し感情が出やすい性格のようだ。ふと見た明菜は何か考えるように足元の階段を見つめながら上っている。何か作戦に背いた事をしたかな。いや、大丈夫なはずだ。
上りきって、神奈家を教会の会議室に通す。ちらりと見た明菜はいつも学校で見せる笑みを顔に貼り付けている。あくまでも裏で動くということかも。ならば尚更僕は前へ出ないといけない。
「改めて。ラングエンドへようこそ。急な呼び立てをしてしまいごめんなさい」
「構いません。白羽の矢を立てていただいたのだから一所懸命の協力をさせていただきます」
健人は人懐っこそうな笑みを浮かべて右手を出した。先ほど秋斗としそびれた握手か。僕はそこに手を合わせて相手に笑みを投げかけた。健人はこちらの正装に合わせたような服装で背筋をピンと伸ばして立っている。それでも僕よりかなり小さい。明菜が秋斗の方に歩いていったのを横目に、国の気候などの当たり障り無い会話を広げる。健人は少しばかり心を開いてくれたようだった。
「アレン」
話を遮るように明菜に声を掛けられて、礼をして健人から離れる。壁際に寄るようにして顔色を伺えばいつに無く真剣に何かを考えていた。
「アレン。あの子はこの方法じゃだめ。作戦は無し。上に呼んでくれる?三人で話をしましょう」
明菜は一方的にそう言って教会の人間に他の家族をもてなすように告げて会議室を出て行ってしまった。勝手なものだな、と思いながらも自分の使命を全うする為に溜息を飲み込んで、今まさに家族に話しかけようとしている秋斗に声をかけた。
「姉ちゃ…」
「秋斗。明菜が三人で話をしたいそうだから僕に着いてきてくれるかい?」
にっこりと笑いながら小さく首を傾けて、拒否ができないように間合いを詰める。秋斗は少し回りを見渡した後、小さく頷いた。