四話目
資料をもらった次の日は、明菜との食事会が開かれた。学校では大人しく聡明で可憐な雰囲気を放つ人間だと思っていたが、その実彼女はとんでもない女優だった。大人しいなんて言った奴はきっと目に穴が開いてるとしか思えないほどに、なんというか男気に溢れた人間だった。素質者としての育てられ方か、持って生まれたものかわからないけど、一言で言い表すとすればまさしく指導者というものだった。あっけに取られている僕をよそに、テキパキと当日の予定を組み立てていき、付き添いで来ていた教会の人間には性格を半分仕舞い込んで指示を飛ばし、最後には僕を指名したのは自分だと告げた。二人きりの部屋で赤茶髪を耳にかけながら勝気な表情を浮かべた彼女に、僕は言葉が出てこなかった 。
斯して僕は父や兄だけでなく、明菜の使い駒となったのだった。
彼女は周りを良く見ている。そしてそこで今何が一番必要な行動か、それをきっちりと導き出せる才がある。何も分からない僕が見ても的確な指示と人選、そして何より大きな結果を残している彼女が、今回の神奈秋斗の件で僕を指名した理由は今でも理解していない。
神奈一家がラングエンドに到着する日も、朝から教会の仕事があると言ってエクソシストフロアに入ったきり出てこなくて、結局扉が開いたのは時間ぎりぎりになってからだった。エクソシストフロア前の窓から外を見つめていた僕は、やっと出てきたかと挨拶をするでもなく、一見だけしてまた窓を向いた。窓ガラスに雨が当たって跳ね返る。その角度は区々で、一筋だった水の線が他方へ割れていくような感じ。その軌道に僕や家族を乗せる。ある軌道は雨樋に、ある軌道は土に、ある軌道は惨めに窓に張り付いている、それから先は見えないからわからない。
「お待たせアレン」
「本当に」
「新しく数人が行方不明になってるそうよ」
ああそう。それは僕の声にはならなかったけど、明菜には届いたようだった。ここ最近同じ言葉を毎日聞いている。
窓の外雨の中一筋のライトが見えて、僕は腰掛けていた出窓の部分から立ち上がった。明菜は数人の教会人を引き連れて僕の後ろを歩く。
神奈秋斗、十六歳。七月一日生まれ。学校生活の成績は何をとってもいたって普通。でも、教会側が秋斗にさせるよう父親に依頼した知能傾向テストでは大きな成果を出した。
「あれが知能傾向百七十を越えた男か」
雨の階段を下りながら傘で隠れた秋斗を見る。横で明菜が百七十と呟いてにんまり笑ったのが空気で分かった
教会の人間がはじめに言葉を発した。今日のために覚えてきたのか、ナプジャの言葉だった。一瞬秋斗のかさがゆれた気がして、その中にいる本人を見るために今度は僕が声を発した。
「こんにちは。ナプジャからの旅路は遠かったでしょう」
僕の言葉が通じたのか、秋とはゆっくりと傘を上げる。僕が秋斗に話しかけていることは周りから見れば明らかだったけど、秋斗は傘を上げて合った視線を受けて初めて気づいたようだった。
「神奈さん。この少年が神奈秋斗くんですか?」
「ええ」
「はじめまして。秋斗くん。僕の名前はアレン。アレン=セヴァリー。今日から君の」
そこまで言って明菜の視線が気になった。唇をぴたりとくっつけてしまった僕に、秋斗は不思議そうにしている。
「なに」
「友達、よ」
明菜の言葉に片眉を上げてわかってる、と呟いて再び秋斗に向き直る。いくら僕でも、護衛に付くことになりました。なんて緊張させることは言わないさ。まあ、資料を頭に思い浮かべながら話していたから、明菜が止めてなかったら言っていた可能性はあるけども。
「今日から君の友達だよ」