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銃のある風景  作者: MENSA
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最終章

 

最終章

 

 今回の事件の元となった、3Dプリント銃のデータを作製した男の身元が割れた。

粉末金属を使用できる、業務用3Dプリンターの納入先リスト中の個人購入一覧に、含まれている人物であった。

 表向きの顔は、エンジン部品を販売する自営業者で、大黒の主要取引相手の一人だった。家宅捜査を掛ければ、彼の裏の顔が次々に露見する材料が出てきた。実用器八種、試作器十二種、模倣器三種が押収され、それらはすべて、ことあるごとに試射を繰り返していた事実が確認された。改良データについては、買い付け分も含め、実に二十数種類にも及んでいた。

 二次元では、すでに無銃社会による安全神話は崩壊していた。そのことが世に露見したところで、世間の平穏さはいつものように何食わぬ顔で繰り広げられていた。それは、足立金属も例外ではなかった。

「仕事のほう、どうなんだ?」

 門脇が気持ちのいい声で問いかけたのは、足立金属の新しい従業員として迎えられることとなった隼斗である。彼は、グレーの作業着姿で、上から下まで清潔にまとめられ上げていた。顔だって、いつもと違う。気持ちがこれまで散漫化していたのが、一つにまとまったといった引き締まりがあった。

「もちろん、しっかりやらせていただいています」ぎこちない敬語だったが、しかし爽やかさは充分だった。

「そりゃ、けっこうなことだよ」と、野武が感心気味にうなずいて言う。門脇はふと、彼の被っている作業帽が気になって、ぱっと不意討ちで取り上げた。

 綺麗に刈られた、坊主頭だった。自慢の金髪は、もうどこにもない。

「どうしたんだ、それは」

「いえ……」と、彼は辟易して、門脇から作業帽を奪い返した。「自分でやったんですよ。社長に働いてもらいたいって言われてから、なんだか目が覚めるようになって……。それからはもう夢中でしたね。気付いた頃には、全部ばっさり、とやっていました」

 それだけ嬉しい感情が彼に沸きあがったのだろう。仕事を得たというだけの喜びに留まらないものが彼の中にあるようだった。

「……しかし、これまで君は社長を怨んでいたんだろう? そういう感情は、どこにやったというのだろうか?」

「もう、そういうのはないですよ」と、彼はうつむいて言った。「二人きりになって話し合ったんです。これまで誤解して過ごしていたことのあれこれがはっきりと分かって……見当違いなところに自分を置いていたって、思い知らされたんです。ですから、これからは遅れていた分を取り返すつもりで、付き合っていけるはずです」

 則昭たちの努力は、決して無駄なことではなかった。彼に引き継がれた愛情は、きっと、この先もずっと守られていくもののはずだろう。

「母についても、見直してみようと思っています」と、彼は顔を上げずにつづける。「事件のその日まで、何かと対立していたわけだけど、全部自分が悪かったのだと反省して、いちから見直そうと思っているんです」

「それは、いいことだと思う」と、門脇は一先ず歓迎の意を示す。「だが、それこそ従来の君とは違った生き方になるということだ。それについて、君は本当に無理なくやっていけるというのだろうか?」

「もちろん時間は掛かるのでしょうけれど……、やっていきたいんです」隼斗の眼差しは、純粋だった。「大事な存在だって、今になって分かったんです。こうなった今、いまさらそんなことをしたって意味がないとかいう人もいましょうが、でも、自分には意義があることだと思っています。母さんはおれのことを想ってくれていました。だから、それを恩返しするためにも、償いは必要なんです」

 決意は固いようだった。決して、仕事を得たことになどによる、勢いに押されて発された言葉なんかではない。

 二人の愛情の継承者――

 隼斗は、本当の意味でそういった存在になったのだ。

「愛情を示してくれ」と、門脇は言った。「わたしが見届けるよ。だから、精一杯ここでやってほしい」

 願いを込めた一言だった。その思いがそのままに通じたのか、彼に強い首肯があった。

 直後に、すべてを台無しにする、人の怒鳴る声が飛び込んできた。則昭だろう。隼斗を呼んでいるようであった。彼は平謝りしながら、工場に駆けていった。まだ、仕事は不慣れで、不手際が多いようであった。姿が見えないのに、則昭の怒鳴りつける声は、すぐそばから聞こえてくるようだ。

 なんにせよ、彼らは和解した。この結末は、佐貴子がいつの日にか逆転すると計算したとおりであった。また、則昭が願っていたとおりでもあった。なるべくして、隼斗はそうあるべき位置に就いてくれたということでいい。そこから先は、彼ら次第だ。愛情の分だけ、関係が続けられる。実質的な繋がりなどは彼らにないのだから、関係が続こうが途中で終わろうが、そこは彼らの自由意志による。

「いってきま……す」と、事務所のほうからあくび混じりのやる気のない声が聞こえた。それを発したのは、スーツ姿の那須であった。着慣れないワイシャツに首を絞められるというぐらいに、無理に着込んでいる様子であった。対して、彼を見送る相手は、さっぱりとした顔でいる小春だった。門脇と目が合うなり、あ、と声をあげた。

「なぜ、彼がスーツを着ているんだ?」と、門脇が先に問うた。

「営業担当に変わったんですよ」と、那須が足を止めて言った。「大黒さんの穴埋めです。それが自分になったんです。なにぶん、その分野では敵わない相手ですので、三木さんにも手伝ってもらっています。おれ一人じゃ、役不足ってわけですよ。だから、三木さんの助けはどうしても必要なんです」

 彼は額をハンカチで拭きながら営業に出ていった。その背中を見つめていると、小春が横に並んできた。野武はいつの間にか、見えなくなっている。隼斗と則昭の様子でも見に行ったのかもしれない。

「転換期に入ったようだね」と、門脇は小春に対して言った。「普段、機械職人をしている人まで営業に出るとは、大変だ」

「そうでもないですよ」と、小春は言った。「案外、上手くやってもらっています。それに、新しい機械の方が、完全に軌道に乗ったんです。それで、那須さんの分の仕事が浮いちゃって……、営業に回ってもらうしかなかったんです。いまは、島田さんが梱包、搬出担当をしていますけれど、そのうち島田さんにも営業にでてもらうのかもしれません。あ、鵜飼さんと、細貝さん、三木さんについてはいつも通りということで」

 彼女が従業員たちの人事を把握しているということは、すでに次期社長として始動し始めた証拠と受け取っていいのだろう。隼斗が引き入れられることで、立場が変わることはない。こういう形こそが、足立金属のベストなのかもしれなかった。

「預かっている旧型機のほうは、あと少しで返される見通しとなったことを、ご報告しますよ、次期社長さん」と、門脇は言った。

「その呼称はよしてください」と、彼女は照れ臭そうに言った。「旧型機の方、お待ちしております。でも、ここで言いますと、新型機の二機目の導入が決まったんです。ですから、それはあくまで予備機として使うことになるはずです」

 追加融資が認められ、さらに発展していくことが約束されたようだった。これは、小春の采配によるものだろう。則昭としても認めなければいけないだけの手腕が発揮されているというべきだった。

「期待していますよ」と、門脇は言った。「それで、現社長はともかくとして、あなたは隼斗と上手く付き合っていけるんですか?」

 自分でも妙な質問かもしれないと思いつつ、門脇は問うた。

「これだけのことがあったんです」と、小春は明朗に言った。「上手く付き合うとか考えずに、乗り越えていくしかないに決まっています。いまのわたしたちは、前しか見ないことにしたんです。振り返るのはずっと後ですよ」

「なるほど、そういうことですか」

 丸藤佐貴子に、大黒……。彼らの不慮の死を越えて、ここは存在している。さらには、北山の死ということもあった。暗い歴史を打破するには、精神力しかなかった。発展していくだけの気概と、環境は整っている。彼らは今後も上手くやっていけるだろう。

「いま、隼斗さんには3Dモデリングの勉強をしてもらっています」

「それは、あなたの指導で?」

 彼女は愛想良くうなずいた。

「そうです。が、隼斗さん自身も自分で勉強してくれているようです。将来的には、わたしと二人で3Dモデリング業を中心にやっていくことになります。彼には、恋人さんがいるわけですし、その人のためにももっと頑張ってもらわないと駄目ですね」

 北山志保里や、母、早苗のことが思い出された。隼斗の頑張りは、北山の死の報いにもなるはずだった。則昭としてもそのつもりで招聘したはずだ。是非とも、3Dモデリングの技術を体得してもらいたかった。

 しかし、その点について、引っ掛かるものがないわけではなかった。

 一連の悲劇は、3Dプリント銃が凶器になったのだ。見方によっては、そうした凶器を製造するだけの手掛かりを隼斗に与えてしまうということでもあった。

「ときに、君は3Dプリント銃について、どう思っているか考えたことがあっただろうか?」門脇は時間を置いてからそっと訊いた。

「さっそく懸念事項として、見ているんですね」と、小春は門脇を見透かしたように言った。「もちろん、それは怖ろしいものです。隼斗さんがそれに着手するようなことがあってはなりませんし、するべきではないでしょう。ですが、幸せになった隼斗さんにそのような心配を向けることの意味があるでしょうか? わたしは、ないって思います」

「ずいぶんとはっきり言うね」

「確信を持っていますから」と、小春は娘らしい微笑みを振りまく。「3Dプリント銃は、悪用する人の問題であって、3Dプリンターそれそのものが脅威であるということではないと思うのです。たしかに、技術を持っている人が、悪意に傾いて……という恐れはあるでしょう。一旦悪利用しようと思えば、いくらでも量産が可能ですから、そこは怖ろしい可能性を秘めています」

 しっかりとした口調だった。3Dプリンター専用の3Dモデラーとして、すでに地位と見識を確かなものにしているからだろう。

「それでも、破壊的な工作道具としてこれが使用されるのは、別の話です。いち個人がこうしたことに手を染める可能性は低いものでしかないように思えます。銃の3Dデータ制作となれば、時間がかかりますし、現行のABSでは間に合わないオプションを装備しなければいけません。推進薬のつまった弾丸もそのひとつです。こうしたものが凶器として完成するにはいくつもの過程を踏まなければいけないのです。個人の悪意は、そこまで長く持続するでしょうか? 仮にそうだったとしても、選択肢としてはリスクが高すぎるように思えます。そういうのは、あれなんですよね。銃本体よりもずっと、手に入れるのが難しかったりするんですよね。わたし、色々詳しく調べましたから、知っています」

 弾丸を手に入れることは、銃本体よりも高い代償を支払うことがままあるのは、事実であった。門脇は、彼女がそこまで押さえているのは、3Dプリンターを扱う会社の管理職として危機管理を意識した結果だろう、と受け取った。

 いずれにせよ、門脇としては3Dプリンターを使った事件がこうして起こってしまったことから、模倣の事件が起こることについて引き続き警戒、防犯に努めなければいけなかった。

 事件が続発するようなことがあれば、規制強化は免れない。とくに金属を扱う3Dプリンターについては、懸念点について議論が重ねられていくべきだった。

「君がそれほどまでに言うぐらいだ」と、門脇は小春に対して言った。「よほど、隼斗に対して信頼感を持っているらしい」

「信頼関係の方は、まだこれからですよ。いまは、彼について信用しているというのに過ぎません。ですが、今後の彼について、注目しておいてくださいよ。まず、凶器を作り出すなんていう、怖ろしいことに手を出すようなことはありませんから」

 技術を持った上で、それに着手しない。まして、隼斗にはそれを作り出していいだけの動機を持っている人間なのだった。

 これは、今後の隼斗の生き様でもって、3Dプリンターと人とのあるべき付き合い方が示されるということに違いなかった。

 果たして彼はそれを、小春の思い通りに体現してくれるのかどうか?

「どうだろうか」と、門脇は曖昧に言った。「そう期待したいところだが、我らとしては見守っていかなければいけない。もし、あなたが思っている通りに健康的な使い方だけしかしないというのであるならば、おおいに歓迎したい所なんだが」

 3Dプリント銃。

 そんなものは、もう二度と凶器として使われないことを願いたいところであった。

 しかし、時代はそれを許さないように思える。また、どこかで人の悪意でもって、それは製造されるはずだった。

 そういえば、3Dプリンターというのは、どういう感情であれ、人の心をそのまま形に表現するという点で、優れた機械と言えた。

 それが悪意でなければ、いいだけのことなのだ――

「なんでも隼斗さんは、3Dプリンターで作りたいものがあるそうですよ」と、小春は口尻を持ち上げながら言った。「会社の仲間たちが使う、共同工具ですよ。自分が練習用にそれを作って、会社の備品として使ってもらいたいんだそうです。きっと、仲間として認められたいという希望があるんでしょうね。そういう思いがある限り、ずっと大丈夫ですよ。ここは、一人で成り立っている工場じゃないんですから」

 当面の所、隼斗を信じるしかなかった。そして、彼を取り巻く仲間たちに期待したいところだった。事件の当事者となったからこそ、彼らが希望なのだ。

「長い時間を掛けて、成長させてやってくれ」と、門脇は言った。

「もちろん、そうですよ」と、小春は微笑んだ。「問題なくできると思いますよ。それができるだけのゆったりとした時間がここには流れているんです」

 時は、少しずつ移ろっていく。

 その変化に、人は翻弄され、情が移ろっていく。憎しみも、苦しみもみんな、流されていけばいいと、門脇はいまや、希望ばかりが満ちる工場を俯瞰しながらそう思った。(了)

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