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銃のある風景  作者: MENSA
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第二章

第二章

 

     1

 

  町工場が居並ぶその通りは、機械くさい臭いよりも、カルキくさい臭いに溢れかえっていた。鉄錆に侵されて疲弊した金属機器たちが、日干しも同然に、外に投げ出されている。それらを覆う防水シートは泥汚れにまみれ、ほとんど元の緑色が失われていた。

「わたしがこちらまで足を運んだ理由、分かっていますか?」

 門脇は、目の前の男に、ゆっくりと言った。

 足立則昭。

 昨日から、一目見てやりたくてならなかった男だ。怒鳴りつけてきそうな迫力を秘めていたが、決して粗暴一色ではなかった。話し合えば分かり合えそうな気安さは、どこかしら感じ取れる部分は残されていた。

「佐貴子のことだろう」と、彼は言った。「どうせなら、自分から出てやってもいいとまで考えたが、どうも、そんなことまでやる義務があるのかないのか、あと一歩の所で判断がつかなくてね」

 彼に導かれ、門脇と野武は、事務所内の社長室に入っていった。工場手前もそうだったが、室内は静けさが保たれていた。社長室は、踏み心地も確かな厚ぼったい毛氈が引き詰められた部屋で、質素な雰囲気ばかりがあった。備品も、灰皿から壁掛けの時計まで、贈与と赤字で書かれたものばかりで、いちいち味気がない。

「今日は、従業員の方は、どうしたのです?」と、門脇は勧められたソファに腰かけるなり、持ち出した。

「ちゃんと、出社してますよ。今は、工場の奥のほうで、仕事をしているはずだ」

 スクリーンドアから、工場の様子が見えている。彼の言うとおり、開け放しにされたシャッターの暗闇の向こう側で、人影が動いているように感じられた。

 若い女子職員が入ってきて、盆に用意された茶が二名分差し出された。緊張しているのか、彼女の指先にわずかな震えがあるのを、門脇は見逃さなかった。

「本題に入ってよろしいでしょうか」と、門脇は茶を一口すすってから言った。「あなたの過去にまつわることです」

「聞かれたことには、誠意を持ってお答えしますよ」と、丁寧ながらも、険のある口調で彼は応じた。

「かつて、丸藤佐貴子さんと、恋人関係であったことは事実ですか?」

 野武から佐貴子のポートレートが如才なく差し出された。近影の佐貴子の姿は、健康的で、人目を引き付けるような魅力があった。

「失礼」と言って、彼は写真を手に取りあげ、じっと眺めやった。その観察は、さり気ない風である。が、装っていると分かるだけの気配が何となしに感じられるところがあった。

「事実だ」と、彼は写真を机にさっと戻して言った。「こいつは、元、一緒に暮らしていた女だ」

「いつ頃のことでしょう?」と、野武が問うた。

「最初の出会いは、二十五年ぐらい前だったと思う」

 当時も、今と同じ工場を廻して、あくせくと日銭を稼ぐ日々に明け暮れていた。が、螺子やコイルといった、数で稼ぐ小口生産に過ぎず、いまよりもずいぶんと生活が厳しかった。彼は営業を取るのが得意ではなかっただけに、そうした従業員を捜すことから始めなければいけなかった。

 ところが、やってくるのはどの男も、則昭と反りが合わないような、計算高い人間ばかりだった。

 雇い入れ、衝突を繰り返すその度に、その巻き添えを食う形でその男のみならず、他の従業員までもが工場から去っていった。そんなとき、佐貴子が彼の目の前に現れた。飲食関係の配達をしていたことから、縁が通じたのだ。

 彼女は心が広い女で、来るもの拒まずといった博愛主義なところがある人だった。則昭が気を許し、悩みを相談するようになったのは、彼女のことを認めた結果だ。そのうち、二人の距離は埋まっていき、彼女はいつしか従業員同然の扱いとなった。貢献度は大きかった。収支の関係について無駄を指摘し、業務のスリム化が彼女の指導の下、押し進められた。大黒という、優秀な営業マンを連れてきたのも、彼女であった。

 基盤が整って、経営が軌道に乗らないはずがなかった。

 やがて、火の車だった経営状況に一区切りがついた頃には、二人の存在は互いになくてはならないものまでになっていた。歩み寄りの言葉もなしに一つの家屋に居住し、それから二人三脚の日々が始まった。

「子供は、一緒に暮らすようになってから、三年後くらいに、生まれたよ」

「お子さんを儲けていながら、彼女とは籍を入れていないんですよね。それはどうしてなんでしょうかね?」

 彼は気難しそうに、一度口を引き締めた。

「それは……」と、彼は重苦しそうに口を開く。「おれ自身の問題に関わることだ。佐貴子と一緒に暮らし、子供まで生まれて幸せと言えば、そうだったんだ。しかし、心の底ではいつも焦りのようなものがあったんだ」

「焦り……?」

 則昭は、ゆっくりとうなずきを示した。

「仕事は彼女のお陰で一気にいっぱしに立ち回るようになったが、それまではどうだったかというと、ドブをさらうような仕事ばかりに明け暮れていた。正直言って、法こそは犯していないが、すれすれの行為に手を出したこともあった。いつも劣等感に苦しんでいたよ。このおれには、こうした工場を経営する力量なんてないんだ、と」

 伏し目がちの眼が門脇を捉えると、力なく緩んだ。嗤ってくれと、誘い掛けてくるような緩みであった。

「いまだからこそ、告白する」と、彼はとりわけ彼の年齢を如実に表している喉元を震わせながら言う。「ライバル会社というか、当時、同じ業種で製品の売り数を競っていた会社を汚い手を使って潰してやったことがあったんだ。佐貴子と出会ってから、間もない頃の事だったと思う」

 彼は辛そうにうつむいた。

「……そいつは、自殺したよ」と、思いつめた口調で言った。「おれが殺したようなもんだ。そんなおれが、だよ。どうしてその後、生活基盤が整ったからといって、結婚できる真っ当な人間の仲間入りができる、というのか」

 彼の懊悩は、把握した。

 競合の末に、破綻に追いやった業者について、いまも心を痛めている。そのことが、彼に暗い影を落としこんでいる。罪悪感が、彼の人生を強く規定しているのだ。顔に表れている偏屈そうな気配は、そうした過去に由来するものにちがいない。

「その汚い手、というのは?」門脇はそれとなく探りを入れた。

「もちろん、法律的に違反とかそういうわけではない」と、彼は肩を下げて言う。「根回しを使ったんだ。通じている人間にあれこれ約束し、相手の会社との契約を徐々に減らすよう、仕向けた……。こういうのは、この世界では、日常茶飯事なのかもしれない。どのようなやり口であれ、相手の心を掴んだ者の勝ちなんだ。しかし――」

 彼は次の言葉につまったきり、黙り込んでしまった。片眼がひくついている。当時の自殺の衝撃が、彼をまた苦しめだしているのだろう。

「その自殺した男は、あなたにとって、近いところにいた男なんですね、きっと」門脇は間を置いてから、ゆっくりと問いかけた。

「付き合いは社交辞令的なものでしかなかったが、まあよく知っている男だった」と、何とか気持ちを持ち直して彼は言った。「ちょうど同じ年齢なんだよ。求人票を通して、会社概要を見たことがあった。設立日も同じ年だし、資本金もほぼ同じだった。業種も、従業員数も一致しているとあらば、いやでも意識せずにはいられないだろう。……唯一ちがったのは、そいつには家族があったという点だ」

「つまり、妻がいた、と?」

「それだけじゃない。子供もいた。まだ、生まれたての子供が、な」そこで、彼の顔が一気に危うくなった。「おれがそいつを追いつめた後、その家族たちは、どうなったと思う?ものの見事に離散だ。妻方の父が、導入した大型機械についての借金の担保と保証人になっていたらしい。だから、ただの離散では済まされなかった。傷ついた上に、借金で追いまわされる地獄……。これが、彼らに与えられた試練だ」

 そこで、一旦言葉を切り、息をのむ。

「そのとき、おれはこういうことを思った」と、彼はつづける。「これは、自分にも起こりうることなのだ……だから、これから先、自分を潰そうとしてくる人間に、徹底して対抗しなければいけない、と。闘っているうちは、家族なんて持ってはならない、とも考えた。奥さんをもらって、一緒になったところで身も心も一つというわけではないだろう? 妻というやつはあくまで他人なんだ。だから、人様に迷惑を掛けるようなことをしてはならないんだ。これが、籍を入れなかった理由だ」

「しかし」と、野武が口を挟む。「お子さんについての認知は、あくまで別問題でしょう?奥さんとは書類上のつながり以外には他人同士かもしれません。ですが、お子さんについては、血がつながっているんですよ? 認知ぐらいは――」

 黙ってくれ、とでも訴えるように則昭は硬い表情をしていた。野武はそれを察して、口を噤んだ。

「どう、あなたが言おうが、おれの基準というやつがあるだろう?」と、顔を上げて言った。「そう、おれにとっては奥さんも子供も同じなんだ。血が繋がっていようが、なかろうがそんなことは関係がない。薄情かもしれんがな、おれとつながる線があって、そのことで迷惑が掛かるというようなことになってはならないんだ」

「それで、不幸に落ちていった家族たちの残像をいまも追っているんですね……」と、門脇が言う。「だから、あなたは幸せになることに対し、一種の恐怖を持っている。自分の中の殻を突き破れないまま、なんとなく生き続けている……」

「自分でも自覚しているさ、情けない男だってね」と、彼は言う。「これを解消できるものならすぐさま、そうしたいさ。だが、どうにもならないことっていうのはあるんだ。あいつにもそのことは、理解してもらっていたわけだし、不都合はとくになかったんだ」

「だったら、向こうからとくに認知を求められることもなかった、と?」

「どちらから求めるというようなことはなしに、相談という形で話し合ったことは確かにある」と、彼は言った。「子供の将来を心配したんだ。そのことで、みじめな思いをするようなことがあってはならない。そのことは、二人の共通の悩みではあった。しかし、おれは結局のところ、認知について最後までイエスと言うことはしなかった。つまり、書類に印を押していないんだ」

「佐貴子さんに説得されるようなことがあっても、やはり家族というつながりを持ってはならないという思いを打ち破れなかった、そういうことなんですね」

「認めたくないがよ」と、彼は頭を抱え込んで言った。「家族だとか絆だとか、そういった内側でのつながりというやつが怖いのかもしれんな、おれは。破綻というのが、どういうものか分かっているからこそ、そういうものに対して、どうしても抵抗がでてくる」

 普段は口にすることはない告白のはずだった。彼の面体に浮かんでいる沈鬱さが、その封印の度合いの強さを示しているようなもののはずだった。

「その、自殺したライバルさんについてなんですがね」と、門脇は言った。「詳しく教えてもらうことはできませんでしょうか?」

 彼の肩が、驚いたように反応していた。その目は、恐怖をたたえている。

「北山武宏……」と、彼は虚空に向かってぽつりと言った。「忘れられない、名前だよ。口にしたくはない、とずっと思っていたがな。まさか、こんなところで披露することになるとは思わなかった……」

 きたやま たけひろ――

 その人物についても、探りを入れることになろう。事件とは関係がなくとも、こうして浮上した以上は、調査の対象から外すことはできない。

「なあ」と、彼は突然、訴えかけるように言った。「さっきから、おれにとってはつらい話が続いているよ。それらは、例の事件について直截には、関係がないことばかりだろう?そろそろ、本題に入ってもらって、早いところ切り上げてもらいたい」

 彼の精神が弱りだしているのは、顔色や態度からして分かっていた。最初にあった勢いが今ではもうどこにもなくなってしまっている。だから、その要請には応じなければいけなかった。 

「それでは、単刀直入に伺いましょう」と、門脇は気持ちを改めて言った。「昨晩の、午後二時から三時頃、あなたは何をしていましたか?」

「その時は事務所で働いていた」と、彼は言下に答える。「ちょうど、帳簿につけていない伝票が溜まりにたまっていたんでな、処理をしなければいけなかった」

「その模様を、証明する人物はいますか?」

「あいにく、午後の操業が始まってからすぐ事務所の方で取り掛かったから、証明できる者は、たぶんいないだろうな。みんな、工場の方に出てしまったきり、それきり顔を合わせていないんだ」

 アリバイについて、空白があるということだ。これをもって、彼は決定的な証拠が出るまで、容疑者候補から外せない事となった。

「伝票の仕事をしていたのは、何時までです? それから一番最初に顔を合わせた人についてお教え下さい」

「伝票処理は、四時までやっていたよ」と、彼は考えて言った。「終わった後に顔を合わせた人……、これについてはよく分からんな。庭に出て行った先で、ご近所さんと顔を合わせたかもしれん。会話はしていないけれどよ。吉水さんという所の奥さんだ」

 吉水と顔を合わせたのが、四時頃だとしたら、その事実が現場不在証明となるだろうか。

時間的には、充分余裕があったはずだ。事件が起こったのは同じ市内であることから、犯行推定時刻である二時半に現場にいたとしても、難なく帰ってこられる範囲内にある。裏を取っても、不在証明は成り立たないと、見なす他はなかった。

「もう一度、話を戻しますが、佐貴子さんの事件について、なにかとくに思い当たることはありませんか?」と、門脇はつづけて質問する。

「わからんな」と、彼は首を捻って言った。「ここ最近、関係が途絶えていたから、あいつの事情がどうなっているのかもわからない。事件は、けっきょくおれには関係がないことなのだと答えるしかない」

「最後に、接触したのはいつなんですかね、佐貴子さんと」

「分からんな。結構経っているよ」と、彼は突如立ち上がって言った。「三、四年は会っていないんじゃないだろうか?」

「最後の対面は、どういう会話だったのでしょう?」

 彼は窓のある方に歩んで、景色をぼんやりと眺めに掛かった。側溝が伸びていくその向こうに、材木工場が建っているだけのその景色は、とくに見るべき所などはない。

「同じさ。子供についての話が中心だ」と、彼は振り返って言った。「そればかりではない、自分たちのお互いの近況について打ち明けたり、今後のことを話したり、とまあいろいろだ」

 門脇はおや、と思った。

「それを聞く限り、関係は決して断絶というような状況ではなかったんですね? お互い、ある程度、興味を持って顔を合わせているように思えます。隼斗に寄れば、なんでもあなたは隼人――つまり、息子を捨てていった男……ということだったのですが」

「二人のおれに対する心証ってやつは、それぞれちがうと思ってくれ」と、彼は言った。「少なくとも、佐貴子のほうは断絶ではなかった。おれが耐えられなくなって見離したというのは事実だが、それですべてが終わりというわけではなかった。一種の病気のようなものだと理解してもらっていたから、落ちついた頃を見計らって、生活の問題について事後もちょくちょく持ち掛けられていた。なんでも、年頃の男の子の心変わりについて、よく分からないということだったから、一種の非行防止の相談ということでいいだろうよ」

「それは、あくまで隼斗には内証の形での接触ですね?」

「まあ、そうだ。あいつのことに関わることなんだから、それは秘密にされるべきことだろうよ」

 隼斗は、彼らの接触について、実は気付いていた。その時、何かしらの親交が自分にもあるかもしれない、と子供心に期待した。だが、実際はなかった。だからこそ、彼は則昭に対し、見境のない憎しみの念を膨らませていったのだ。青少年時代に求めた愛情が適わなかったことの怨みというものは、きっと途方もなく大きい。

 ――あんなものを、オヤジと認めるわけにはいかねえんだよ

 隼斗が口にした、怨みがましい感情は、いまでも耳に残っている。それが吐き出されるだけの背景は、よく分かった。二人の間には近づきたくても、いっこうに埋まらないといった隔たった距離感がいつものようにあったということでいいはずだった。

「とりあえず、第一回の聞き込みは、これぐらいにしておきましょうか」と、門脇は立ち上がった。

「第一回?」と、則昭は眉根を寄せる。「また、来るつもりでいるってわけか?」

「事件が解決するまで、御協力下さいよ。佐貴子さんのことを知るためには、大事な人なんです、あなたは。あなただって、事件について忌まわしい感情をお持ちのはずでしょう?我らに協力することは、決して悪いことなんかではないはず」

「協力は惜しまないさ」と、彼は落ち着いた口調で言う。「自分には、それをまっとうしなければいけない義務があるはずなんだ。要請があったら、言って欲しい。それにしっかり応えるだけのことをやっていきたいと思う」

 なにやら、思案げな様子でいる。事件のことについて考えているのだろう。計算を巡らせているという風な影はとくに見当たらなかった。

「でしたら、さっそく要請してよろしいのでしょうか」と、門脇は持ち掛ける。

 彼の顔が上がった。

「なんなんだ?」

「工場の方ですよ。そちらにある機械……。見せてもらったりすることはできないでしょうか?」

 ああ、と彼は得心の顔つきになった。

「見たいのは、3Dプリンターのことだな。そいつは、うちにあるよ。しっかり、稼ぎの柱の一つになっているから、大事な機械だ。これからそいつに助けられるというような機会はますます増えていくだろうよ。いや、もうすでに、そちらのほうに稼ぎの中心が移っている段階に来ているのかもしれんな」

 どうやら、彼ばかりが目的ではないことを、彼自身も承知しているようであった。つまり、こちら側の意図をある程度、理解しているということでいいだろう。

「それは、興味深い」と、門脇は内心の思いを抑えたまま、声を高くして言った。「そこまで新型機を活用しているなんて、あなたのところがはじめてですよ」

「うちらのような零細企業なんかには不似合いの機械とでもいいたいんだろう?」

「いえ、そういうのはありませんよ」

 謙虚に言ったが、則昭はまるで聞いてない風だった。ふう、とわざとらしい息をつく。

「いいんだよ、そういうのははっきり言ってもらったって。あれは実際、うちのような零細には、不似合いな機械なんだよ。おれだって、導入した機械が、そこまで自分らの稼ぎになるだなんて期待していなかったんだ」

 彼は踵を返すなり、作業帽を被り、事務所の戸口へと向かっていった。戸を開けると、目配せでついてこい、というような知らせを受けた。門脇は野武をともなって、ゆっくりと彼の後を追っていった。

 

 3Dプリンターは、思ったよりもずっと小さい機械で、少し調子抜けすらしてしまうようなものだった。どうみても廉価版レーザープリンターといったところだ。

「うちのは、熱溶解積層方式というやつでさあ」と、則昭は得意に言う。「クリームノズルが細かく動いて、一回あたり一マイクロメートルずつ成形テーブルの上にて断面形状を積み上げて完成させるんだ。横の隙間からヘッドの部分を見てくれ。二つ分の抽出口があるだろう? 一つが、材料の出るやつで、その後方にあるのが、サポート材が吹き出るものなんだ。二つが連動して動いて、編み込むように造形していくってわけだ」

 則昭が勧めてくるままに、門脇たちは隙間を覗き込んだ。かなり大きなヘッドだった。

手のひら大サイズの立法体に、二本の顕微鏡レンズのような射出口が並んで突き刺さっている。材料が塗布されるテーブルを丸ごと支える、造形ステージと呼ばれる基台はしっかりとした安定感でもって中央に据えられてあった。

 「ヘッドの前方器に入れているのは、ABSっていわれる樹脂だよ」と、則昭はつづけざまに説明にくれる。「一方で、後方器の先端からは、赤いやつが見えるだろう? それが、サポート材ってやつだ。よく、3Dプリンターは、データさえ打ち込めばそれそのものがプリンターのトレイから飛び出てくると思われがちだがな、実際はそうではないんだよ。サポート材にすっぽりと包まれた形で出てくることが多いんだよ」

「取り除くのが、面倒そうですね」と、野武が言う。

「簡単だ」と、則昭は言下に言った。「数時間水につけておくだけでいい。それで、全部溶け消えるんだ」

 彼は資材置き場の方に出ていって、何やら取りに向かった。ほとんど、取って返すというぐらいの早さでもどってきた。

「ほらよ、これ見てみろよ。模型だよ。関連のクラウドサービスから引用したデータで練習用に作ったものなんだけどよ」

 差し出されたのは、サイズ調整用のネジがついたモンキースパナだ。粘土造形物のように、赤褐色一色の仕様ではあるが、完成度が高いために質感までそっくりで、さながら金属製のものを着色したという具合に見えている。

 最初に受け取ったのは、野武だった。

 重さの感覚にかなりのずれがあったらしく、おっと、と取り落としそうになった。

「これ、持ってみて下さいよ。吃驚するぐらいに、軽いです」と、門脇に振り返って言った。

 彼が押しつけてくるままに受け取ると、その通りだった。拍子抜けするぐらいに軽い。しかも材質は、樹脂というとおり、柔らかい。

「けっこうなもんですね」と、門脇は則昭に向かって言った。

 そうかね、と彼はうすら笑んだ。

「それだけではないよ。そこにある、調整用ネジ、まわしてみろよ」

 門脇たち二人の目が、本体頭部の調整用のネジに集まった。指先で触れると、可動性があるのがすぐに分かった。しかも、本物よりも軽く、勝手がいい。

「もっと、大胆にやってみるんだ」と、則昭は言って、自らの指で調整用ネジに触れた。ネジを挟む口が、大きく開かれるのが分かった。彼が得意にこれを見せてきた理由が分かった。

「そのネジは、組み立てて入れたものではない」と、彼は得意に言う。「それそのままの形で、プリンターから出されたものだ。どうして、ネジが可動か分かるだろうか? サポート材だよ。ヘッドから抽出されるのは、一マイクロメートルレベルだと言ったろう? ネジと、それを通すネジ穴の隙間まで表現できるわけで、3Dプリンターから射出されたときには、この穴はサポート材で埋められている。これを、水に浸すことで隙間は完全になくなり、一個の独立したネジになるってわけだ」

「なるほど、すばらしい仕組みですね」と、門脇は気のない風に言った。スパナを何度もながめ回す。「しかし、欠点がないわけではないでしょう?」

「まあ、それはそうだな」と、彼は冷めた口調で言うなり、顔つきから喜色を消した。「欠点を取り上げれば、それは切りがないな」

「たとえば、どういう欠点です?」

「熱溶解方式のプリンターにありがちなことなんだがな、まず、製造にあたって時間がかかり過ぎるってことだな。それは、全モデルに共通した欠点だ。その他にいえば、精度が少し荒削りになるということと、手で触れた感じがまあ、よくないってことだ。もっともこっちについては、3Dデータの精度にもよるんだけれどもな。あと、そういうのは、どのABSを使用するかで大きく差が出てくるし、プリンター自体の性能も関係してくる」

「こちらにある、プリンターはどうなんですかね」と、門脇は3Dプリンターを手に触れて問う。

「うちのは、まあそこそこいいものを導入している。金型を作らなくても直截目的の製品が作れるということだったから、それならいいものを買った方がいいということになったんだ。とはいえ、最上機ではないことは、すでにお分かりの通りだ。上を言えば、きりがない。そういうのは、一千万とか簡単に超えるもんだから、到底、おれのようなところには手が届かないようなものだ」

「製品の強度という問題。これは、どうです?」

「それは、成型するものによりけりだ」と、彼は渋い声で言った。「たとえば、そのモンキースパナについては、充分とはいえないものだろう。金属製のそれと同じ感覚で使えば、当然のように壊れる。そういうもんでしかない」

 なるほど、と門脇は思った。

 改めて、モンキースパナの感触を確かめてみた。なんだか実用性があるとは思えないほど頼りなさがあった。角ネジに噛ませただけで、すぐさま石膏のように崩れるというほどではないにせよ、無理をすればその箇所だけ折れそうである。

 ふと、則昭が粘着質な目つきをじっと寄越しているのに気付く。

「これで、銃を作るなんていうのは、よほど危険な行為というもんだよ」と、彼は呪わしくさえも聞こえる低い口調で言った。

「つまり、こちらからはそうしたものは作られていない、とおっしゃりたいのですね?」

「作っていない。それは、間違いないな。作ったところで、いまのうちの技術では、実用性のあるものなどは、できん。それができないとは、認めたくないがな……しかし、自分の能力を把握することは大事なことだ」

 職人意識が強い者ならば、きっと技術不完全のままに、未完成品を作るというようなことはしないはずだった。彼はまさに、その典型的な男ということでいいのだろう。

「もし、データに入っているデータが、精度の高い3Dモデリングだったとしたら……これは、話は別になってきますね?」

「なに?」と、彼の片眉が吊り上がった。「今回のそれは、精度が高いものだったとでも言うのか?」

「詳しいことはいえません」と、門脇は難なく突き返す。「しかし、一人の女性がそれでもって殺されたのは、マスコミが伝えているとおりだと思って下さい」

 彼は黙り込んでしまった。

 言いたいことのすべてを呑み込んでしまった形だ。その顔つきには、強い抑圧の気配が表れていた。その後も問答がつづくも、なんだか会話に勢いがついてくれそうにない。そのまま、尻すぼみに沈黙が深くなっていった。

「と、門脇さん。ここらで、お暇しなければいけないようですね」

 切り出したのは、野武だった。

「そうだな。充分な情報を授かった。ここらで、一旦引き上げるとしよう」

 則昭を見やると、まだ固い顔つきをしていた。疑われていることに、もどかしい感情を抱え持っているようだった。もしかしたら、彼が積極的に3Dプリンターを紹介してきたのは、それでもって自分の疑いが晴れるのだと信じていたからかもしれない。

「足立社長」と、門脇は彼に対して言う。「また後日、お付き合い下さい。その時までには、状況が変わっているかもしれませんが、まあうちらには聞きたいことがたくさんあるんです」

「先に承諾したとおりだ」と、彼はずいぶんと遅れてから言った。「要請があったその時には、協力させてもらう。だが、条件がある。それは、ちゃんとアポを取ることだ。理由なしにやってきて、付き合えと言われても困る。こちらにも都合というやつがあるからな。こっちの立場を無視してやってきたときには、門前払いをさせてもらう。それでいいな?」

「了解です」と、軽く敬礼して門脇は言った。「ちゃんとご要請どおりに連絡いたします。掛ける際は、事務所の方の固定電話、そちらでいいですね?」

 彼のうなずきを得てから、門脇は工場を出た。シャッターを除けば、ほとんど吹きさらしに近い造りだったため、外に出た感覚はごく薄かった。それでも気持ちが改まるだけの清新さは得られた。

「一番は、北山の存在、これになりましょうか?」と、野武がしばらくしてから言った。

「そうだな、北山だ」と、門脇は真顔になって答えた。「その男を掘り下げることで、見えていなかったものが見えてくるのかもしれん」

 なにかしらの気配を察したらしく、野武がだしぬけに振り返った。彼の鋭さの通り、そこには女性が立っていた。お茶を差し出す際、手先に震えがあった人物だ。

「あなたは……」と、門脇が言った。

 すると、彼女はゆっくりと丁寧なお辞儀をした。緊張を少しでもやわらげるためにそうしたのか、少し大げさでさえある動作だ。

「お話ししたいことがあるんです……」と、彼女は言った。やけに思いつめた表情だった。

「大事なことなんだね?」と、事情を察して門脇は言った。「ここが無理なら、別の所に移動したって構わない」

「いいえ」と、彼女は顔を上げて言った。「ここでけっこうです」

「それで、話したいことというのは?」

 彼女は息を呑んだ。

「3Dプリンターのことです」と、つっかえながら言った。「そこに入ってます、データの中に……お伝えしなければいけないものが、あったのです」

「データ?」と、野武が反応する。

「おそらく、銃なんだね?」と、門脇が引き取って、彼女に言った。

 重々しいうなずきがあった。

「そうです。銃のデータが……そこにはあったんです」彼女の目は、今にも泣き出しそうに危うかった。「そのデータを、わたしは見つけてしまって……。怖くなって、消してしまったんです……」

 思い切った告白だった。

 これは、捜査を進める上でも重大な情報であった。銃のデータがそこには、残されていた。つまり、則昭が本格的に容疑者候補として急浮上することになるのだった。

「申し出てくれてありがとう」と、門脇は彼女の肩を掴んで言った。「君が言ってくれなかったら、また面倒なことになっていたよ。そういうのは、早い内に申し出てもらった方がいいに決まっている」

 彼女は、ひどい罪悪感に襲われているようだった。告白は、ある種の裏切り行為とでも思っているのかもしれなかった。また、自分もそうしたデータを細工してしまったことで、加担してしまったとでも思っているのかもしれなかった。

 門脇は、一先ず彼女に、データ細工について処罰が下るようなことはないと、3D関連についての法整備事情を交えて説明に掛かった。しかし、気休めにならなかったようで、彼女からは何の反応も返ってこなかった。                   

 あとは、野武に託すしかなかった。若手の彼に代わってもらうことで、彼女の気持ちを

少しでも配慮するのだ。門脇は一人になったところで、もう一度引き返して、工場に向かっていった。

 

     2

 

 聴取部屋に請じ入れられた則昭は、終始不機嫌の様相を保っていた。無理もない、これからの予定のすべてを取り崩し、彼はいまそこに座っているのだ。怨みがましい思いをぶつけたい心持ちでいるに違いなかった。

「足立小春という、例の従業員は、ただの従業員ではないですね?」と、門脇が面と向かって問う。

「いまはまだ、一介の従業員でしかねえ」と、ふてくされ気味に則昭は答える。「……だが、あんたの想像しているとおりでいい。その子は、うちの大切な跡取りだ。あくまで、候補に過ぎん。その才がなければ、そうしたものから外れるのは、言うまでもない」

「それで、勤務二年と少しの今、評価はどうなっているんです?」

「まあ、よくやってくれている方だと思うよ。性格は、素直だ。それに、自分が納得するまでやる方だから、職人に向いている。その点だけは、及第点といったところだ」

「それでは、期待されている子ということでいいんですね?」

「まあ、そうだ、期待の星だ。すでに3Dモデリングについては全面委任となっているから、その部門においてはマネージャーのような存在みたいなもんだ」

 彼は言い終えるなり、さっと顔つきを変えて、身を乗り出した。

「そんなことよりも、聞かなければいけないことが、あるはずだろうがよ。おれ自身についてのことだ。そのために、呼び出したんだろう? どーんと、大胆に攻めてきたところで、受けて止めてやるつもりでいた。ところがどうだ、いまのあんたは、なんだかぐずぐずしていて煮え切らない態度を続けている。それとも、慎重に扱わなければいけないような、そんな危険な人物なのか、おれは?」

「とりあえず、落ちついて下さい」と、野武がいさめにかかる。

 則昭は荒い呼気を繰り返している。苛立った彼の気持ちは、そう簡単には引っ込まないように感じられた。

「そのような相手を挑発することはいいませんよ、警察はね」と、門脇は彼の顔色を確かめながら言った。「それにあくまで、あなたは公式な意味での容疑者候補としては見られていません。今日のこれは、任意の事情聴取という程度のものに過ぎないんですよ」

「いま、詳しく調査しているんだろう?」と、彼は腕組みをして言う。「その結果次第で、きっとてめえは態度を変えるに決まっている」

 3Dプリンターは、任意ながら押収品となって、いま北署の鑑識課が丹念に取り調べに当たっている。むろん、立ち上がった捜査本部から回ってきた、本部の鑑識の人間もサポートに入っているからこれは、実質合同捜査ということで良かった。データ復帰を試み、そのデータが今回使用された銃と同じものであるかどうかを確かめる作業だ。結果が出るまで、門脇は時間稼ぎをしなければいけなかった。

「態度は、変えませんよ」と、門脇は抑揚なしに言った。「どのようなことがあっても、我らは、このままです。もし態度が変えることがあったとしたら、それは、あなたが我らを挑発したときや、とんでもない嘘をついたときぐらいですか」

「安心しろ。おれは、嘘は言わんほうだ」

「では、あなたを信用して良いんですね?」

「もちろんだ」

 彼の目には、強い意思と気概が宿っている。これについて、信用して良いものかどうか、門脇は客観的判断に迫られた。

 ある種の信念を持っていることだけは確かだ。そこは認めなければいけない。

 そう思ったところで、聴取室のドアが開かれた。連絡係の男である。門脇の耳に口を寄せ、密かにこう言った。

「情報は、復帰できました。例の、3Dプリント銃そのものであることが確かめられました」

 じわじわと身体の内から沸き立ってくる熱が、門脇の中で起こった。何を告げられたのか分からない則昭はただ硬い表情をして門脇を睨み付けている。

「分かった」

 応じると、連絡係はさっと部屋から出て行った。

「何か、あったみたいだな」と、則昭のほうが口を切った。「おれは、当分、ここから出られないことでも伝えられたのかもしれんな」

「はっきりいえば、その通りですよ」と、門脇は言った。「あなたは、しばらく我らの聴取に付き合わなければいけなくなった。そうした証拠を掴んだんだ」

「本当に、銃のデータが出てきたというのか……」彼は頬を引きつらせた。「そんなもの、身に覚えがないというのに、なんで出てきやがるんだ」

 ちくしょう、と彼は足場に向かって叫んだ。

 それが、凶器の銃とまったく同じものであるということの重大性に彼はまだ気付いていない。凶器に使用された銃は、実用性を意識して実物器に独自の改良が加えられた、特殊性に満ちたものだ。セーフティが備わっていない等、単発使用しかできない銃。これは、犯人しか知り得ない情報というやつで、いまだけは、彼の前では差し控えなければいけなかった。

「どうして、身に覚えがないものがデータの中に入っていたりするのだろうか?」と、門脇は問う。

「分からんよ」と、彼は怒りをぶつけるように言う。「そんなことは、こっちが知りたいことだ」

「あなたに、覚えがなかったら……当然、知っている人間が、従業員の中にこそいるということになってきますよ」

 彼は、姿勢を変えて門脇を見た。まさか、という顔つきになっている。

「そういうことは、ねえ」首を振りながら言った。「そんなことをして、何になるって言うんだ」

 社長をやっているだけに、従業員を信じている部分が強くあるようだった。

「でしたら、今度はまた戻って、あなたが何かを知っているということになってきます。工場内の機械にそうしたデータがあったということは、どうしてもこうした質問を差し向けるべき人間が限られるのです。それとも、外部からの人間が勝手にアクセスして、こうしたデータを残していったというようなことがあり得るのでしょうか?」

「あり得ないことはない」と、彼は口を平たく横に引き伸ばして言った。「とくに、防犯に気をつけているわけではないからな。寝静まった頃に忍び込めば、誰でもできるはずだ。あとは電源を入れて、機械にタッチするだけでいい」

「では、あなたは、あるいは外部の人間がやった、とそうおっしゃるのですね?」

 彼は、目も合わせないままにうなずいた。自分でも説得力のないことを口にしているとある程度分かっているらしかった。

「しかし、そういうのは普段、システムを管理していれば分かることだと思うのですが、どうでしょう? 使用している樹脂が、ABSと呼ばれるものであることは、あなたから受けた説明で分かりました。このABSが、目減りしていれば、すぐさま気付くはずでしょう? それともこうした樹脂というのは、たくさんストックしていて、使用量について計算に入れないようなものでしかないのでしょうか?」

「減れば分かるはずだ」と、彼は言った。「しかし、今回のことはまるで分からなかった。

システム管理は、完全に人任せだったわけだし、このおれにも不備があったのは、認めなければいけん」

「システムを管理していたのは?」

「姪っ子だ」

「足立小春さんですね。一人ですか?」

「一人だ」

「彼女は、まだ二年目の子ですよ。それ以前から、例の3Dプリンターはあなたの会社に導入されていました。となると、前任者がいたことになる。これについては?」

「……三木だ」と、彼は言い難い口調で言った。「最近、うちから定年して出ていった男だ。その男に任せていた。もっとも、そいつは3Dモデリング技術を持っているわけではないから、ただの機械管理者という程度に過ぎないんだけれどよ」

 新たな男が浮上した。

 その人物について、門脇は強い関心を持った。

「いまも、付き合いがあるとかそういうことは、ないですよね?」

「あるんだ。ことあるごとに、臨時要員として手伝ってもらっている。というのも、家でじっとしているのはつらいとか向こうが言うから、甘えているんだ。こっちとしても、手が足りないというようなことがけっこうあるからな……」

 どうも、その男に迷惑を掛けたくないという思いが則昭には強くあるようだった。

「彼からも、事情を聞くことになると思います」と、門脇は気持ちを殺して言った。「避けられないことだと思って下さい。……というより、その人物はあなたにとって、どういう人なのでしょうか?」

「おれといっしょに、看板を守ってきた男だ。ある意味、家族のようなもんだ。これまでに付き合ってきた人間というのは、けっこういるがな、たいていは離れていった。それなのに、そいつはずっとおれの側から離れずにやってきてくれた。正直、おれというのは、扱いにくい人間だと自分でも少しぐらいは分かっているつもりだ。そんなおれと、ずっと付き合ってきてくれたんだから、貴重な男だよ」

「すると、性格的に言うと、穏やかな方ということでいいのですね?」

「まあ、温厚と言えば、そうだ」彼は荒い呼気を繰り返しながら言った。「しかし、言うときは言う男だ。行動力だって、ちゃんとある。顔が広いところがあって、いま手助けしてもらっているのは、彼のそういう部分をたよってのことだ」

「なるほど」と、門脇は言った。「では、けっこう、いい位置にいるということでいいようですね。他の従業員との仲について、これはどうです?」

「まあ、上手くやっているほうだよ」と、彼は短く言った。「ただでさえ、人数の少ないところだ。みんな一緒にやっていくという意識の下で、おれらは仕事をしているようなもんだ。諍いのようなことなどは、ほとんどない」

「では、その彼が退職する際は、円満だった、と?」

 彼はうなずいた。

「そう受け取ってもいい」と、言ってから、顔を引き締め直した。「だから、そいつがやったと頭ごなしに疑うのは、よしてもらいたいもんだ。このまま、おれらは良い関係ってやつを、つづけていきたいと思っているんだからよ」

「関係にひびを入れるようなことはしませんよ、さすがに」と、門脇は言った。「ただ、聞かれたことは、正直に回答してもらわないと困りますね。それに、しばらくは辛抱してもらう必要がありましょう。初期捜査というのは、どうしても優しくというわけにはいかない部分があるのです」

 彼は歯噛みした。

「こんなことが長く続くと、困るな……。会社の存亡に関わってくることだ。契約を切ってくる所が出てくるのかもしれん」

 硬い髪を押さえ、不愉快そうに掻きむしる。

 いま、彼の不安の大多数を占めているのは、自らが経営する工場のことのようだった。たしかに、銃のデータが自前の3Dプリンターから出てきたことにだって、頭を悩ませているに違いなかったが、工場のことはそれ以上のものがあるらしかった。従業員の生活を預かっている手前、責任意識があって当然だとは言える。そういう意味では、彼は従業員を思いやることのできる、社長としての素質を持った男だと言えた。見返りとしての従業員からの信頼は、ある程度維持されていると見るべきだろう。

 それにしても、銃のデータが彼らが扱うプリンターの中に入っていたのはどうしてなのか。

 結論はすぐには出せなかったが、一つだけ言えることがあった。それとは、犯人は足立金属に何かしらの形で繋がっている、あるいは関係のある人物である、ということだ。

 

     3

 

 頭の天辺から肩に掛けて、鉛でも積み重ねられたように、実に不愉快で、重苦しい感触に襲われていた。

 こうしたことは、言うべきではなかったかもしれない。

 後悔の念は、まだ消えない。だが、溜めていたことを吐き出して、つっかえが下りた部分があるのも否定はできなかった。小春が、また一つため息をついたところで、入口に誰かがやってきた。

「お嬢。何をしているんですか?」

 細貝だった。いつものように、平たい目の木訥とした表情で、小春を見ていた。

「何も、していませんよ」と、小春は背をまっすぐに立てて言った。「ちょっとだけ、考え事をしていただけです」

 今日も、いつものように工場は操業している。則昭が不在になるのは、一時的なものということだったので、止める理由は特になかったのだ。そのあいだの社長代行は、小春が務めることになっていた。無論、則昭指名による代行だ。告白したことについての罰は、とくに彼から問われることがなかった。それが、どうしてなのか小春にはよく分からなかった。自分が彼の立場だったら別の誰かに任せたであろう。

「お嬢が悩んでいることは、分かっていますよ」と、彼は近付いてきて言った。「なぜ、自分が社長代行なんかをやっているのかということでしょう? 気にすることはありませんぜ。零細ですからね。おれらみんな、社会的立場ってやつをよく理解しています。それに、職人意識を持ってやっているわけだから、社長をやりたいというような欲だってない。お嬢が、適任ですよ」

「……ありがとう」と、ぽつりとそれだけ言った。なんだか、特に喋りたい気分ではなかった。

 が、細貝はまだ話したい気分でいるようだった。

「データについてなんですがね」と、彼は言った。「あの時……消したんですね。夜中にですよ、おれが声を掛けたときのことです」

 あ、と思った。

 彼はその時のことを、やはり違和感として受けとめていたのだ。それで、今日になって真実を掴むに至ったというわけだ。

「社長、いつ帰ってくるかな」と、小春は話を変えようとした。なんだか、決まり悪い話に転じていきそうで怖かった。

「…………」

 彼は、じっと小春を見ていた。観察するような目だった。通り越して、入口へ出ていこうとしたところで、手首を掴まれ、身体に急制動が掛かった。

「いたっ」

 思わず上げた声は、悲鳴に近かった。が、細貝は手を離さない。彼の掴む手は、革手袋でも装着した上で掴まれたように、かなり皮膚にごわついた感触があった。すぐさま拒否をするようにその手を振り払いに掛かった。意図せぬうちに、乱暴な動きとなった。

「すいませんね……」と、細貝は伏し目がちに言った。

 この時、小春の手首には、まだ細貝の手から受けた違和感が残っていた。彼の手は、ひどく荒れていた。皮膚がぼろぼろに剥がれ、火傷を負ったように蒼黒くなっている箇所がいくつもあった。

「その手……」と、小春が言うと、彼は腕を隠すようにかばった。

「実は、皮膚が弱いんですよ」と、彼は言った。「検査してもらったら、なんでも機械油のなかに、自分が駄目な薬品があるみたいなんだ。駄目と言っても、あれですよ? そんな重度な皮膚病を起こすほどの状態になるとかそういうわけじゃないから。あくまで、表面が荒れるというだけのことです」

 自嘲気味に言って、自らの手を小春の前に差し出し、その手の内をじっと見つめた。思ったよりも、皮膚の荒れはひどかった。炎症に炎症を重ねた結果の、ありさまだ。

「社長さんは、知っているのかしら、このことを」

「もちろん、知っているさ」と、彼は言う。「でも、病院に掛かっていることまでは知らない。というより、言うつもりなんてない。だいたい、塗り薬なんてドラッグストアで売っているもので充分だからね。一回さっと塗れば、それで一週間は普通に保つ」

 彼は傷を隠すように、工場仕様の手袋を装着した。そういえば、従業員のほとんどが手袋を装着するのが日常的になっているだけに、その部分を隠すことが可能だった。それに、油汚れの作業が多い仕事だけに怠りなく作業具を身に付けたところで、手はいつも汚れてしまうから、疾患を抱えていたところで目立たないはずだった。

「それじゃ駄目ですよ」と、小春は叱るように言った。「ちゃんと報告してもらって、それで手当てを会社名義で受けてもらいませんと。というより、いまはわたしが社長の役を代行させてもらっていますから、わたしの指示でこれを受けてもらうことにします」

 彼は、やりにくそうに頬を掻いた。

「まさか、社長特権を駆使してくるとはね……お嬢、けっこうやるね」

 彼の笑顔は、そこまでだった。切り返した先に向けてきた彼の顔は、ぞっとするほどに平板だった。

「そんなことで、最初の質問をごまかさないで下さいよ」

 反射的に身じろぎした。

 逃れることのできない威圧を、受けていた。答えなければいけないようだ、と小春は頭で理解しつつも、なんだか強い抵抗感に抑えつけられている気分でいた。

「細かいことを言うと……、違うわ」と、観念して言った。「データを消したのは、あれからちょっと後のことなの。あなたが声を掛けてきたのは、そうしたデータを見つけたばかりの時だったの。ちょっと分からないことがあって、古いデータを参照にしようと思って、あさっていたの。その矢先に、それが見つかって……それで、あなたが後ろにいるじゃない。あの時は、ほんと飛び上がるほど驚いたわね」

 彼は薄気味の悪い微笑みをたたえた。

「そういうことだったんですね。かなり驚かしてしまったようで、すいません。ただでさえ顔色が悪かったので、かなり気になっていたんですよ」

 データを見つけたばかりの自分の様子を、小春は自分なりにイメージしてみた。かなり、見境を失った精神状態になっていたから、相当強い恐怖をたたえていたのかもしれなかった。それを受ければ、普段は無口な彼でも黙って素通りするわけにはいかなかったのかもしれなかった。

「でも、あの後、データを消したんですよね。どうして、そういうことをしたんだろうか?」 「それを、聞いてどうするの?」

 小春は困惑の感情で訊いた。彼は何が聞きたいのだろう。自分にそうしたことを訊いてくるあたり、何か疑っていることでもあるのだろうか。

「お嬢、そう困った顔をしないで下さいよ」

 彼に言われ、小春は固くなっていた表情筋に気付いて、意識的に緩めに掛かった。

「聞いて別にどうしようとかそういうわけではありませんよ」と、彼は言った。「いろいろ

気に掛かっただけなんだ。もし、悩んでいることがあるのでしたら、聞いて差し上げたい、と。そういう風に思っていただけのことなんだ」

 優しく諭すように言いながらも、彼の目にはそうした感情以外のものがあるように思われて、なんだか額面どおりには受け取れない。小春はむしろ、警戒心を持たざるを得なかった。

「ありがとう……」と、一先ずそう言った。「でも、悩んでいることなんて特にないわ。あえていうなら、工場のほうどうしようかってことぐらい」

「そうですか……」彼はいつもの低い声になって言った。「それなら、大丈夫ですよ。残されたみんな、けっこうやる気になっているからね。こういう時は、団結、それしかないね」

 手袋を手首下までしっかりはめ直すなり、踵を返して立ち去っていった。最後まで何が言いたいのかよく分からない男だった。

 これからも、こんな曖昧な関係が続くのだろうか。だとしたら、なんだかやりにくいことになりそうだ。しかし、だからといってこうした関係を解消するだけの意気と、勇気があるかと問われれば、そこは悩ましいところだった。考えるほどに不甲斐ない自分にため息をつきたくなった。

「お嬢さん……」

 何度もため息をついているさなか、声が掛かって、小春は顔をはね上げた。いつもおどおどしている、鵜飼であった。上から下まで完全な作業着支度となっているので、機械運転中に抜け出してきたのだと思われる。その彼の白いものが混じった眉は今、ひどく心配げに下がっていた。

「そんなのじゃ、駄目ですよ」と、彼は言った。「こういう時だからこそ、前向きになってもらわないと……。わたしらも、そんな風になってしまいます……」

「すいません」と、小春は言った。「いまのは、見なかったことにして下さい。ちゃんと、やりたいと思いますので」

 自分は、社長代行なのだ。だからこそ、従業員を奮い立たせる存在でなくてはならない。決意が満ちると、気持ちが芯から立ち上がってくるのを感じ取った。

「ただ、分からないことがあっただけなんです」と、小春は言った。「もし、鵜飼さんに分かるのでしたら、教えて下さい。社長が、わたしに代行を命じたのはある意味、約束がありますことから、分かることなんですが……でも、罰が与えられなかったのは、よく分からないんです。わたしは、この工場を売るような行為をしました。告白……その罪は、問われるべきことのはずです」

「この工場を畳むのも、続けるのも、社長の意思次第ですよ」と、彼は作業帽を脱いで言った。「ですから、社長というポストに就く人間は、常にそうしたことを考えていなければいけないと思うのです……。お嬢さんには、そうしたことの意識が、少しずつ芽生えているように思えます。データを消したのは……工場を存亡させたいという気持ちからだったでしょうし、それが間違ったことだと自分を律して、あとから告白に踏み込んだのは、このまま工場が操業を続けていいはずがない、と刑罰のほうを意識したからでしょう。実は、どちらも必要なことなんです。一つのことを決断するには、自分や周りを抑圧することだって、必要なんです。お嬢さんは今しがたそれをやってのけた。つまり、決断力があったということです。もちろん、社長は、その部分をしっかり見ていたと思いますよ」

 彼は最後に微笑みかけてきた。彼なりの精一杯の激励だ。小春は、気持ちが柔らかくなるのを感じ取った。

「そこまで見ていたかどうかは分からないんですが……、なんだか勇気が出てきました。とにかく、引いていては駄目のようですね。しっかりやりたいと思います。あ、鵜飼さん、社長代行としての指示です。操業中は、十分以上持ち場を離れることは、許されません。いいですね?」

「それは、失念していました」と、彼ははにかんで言った。「指示どおり、ただちに持ち場に戻りたいと思います」

 彼がいそいそと出ていこうとしたところで、小春は「あと一つ」と、呼び止めた。

「なんでしょうか?」と、彼は被った帽子をまた脱いで言った。

「ちょっと、手を見せて欲しいんです」

「手、ですか?」

 彼はグローブの装着した手を何度もひっくり返して、裏表を繰り返し見る。生の手のほうだと指示すると、グローブをゆっくりと脱いだ。露わになった彼の手は、手の額に黒い汚れと、機械で長時間押さえられたことによる赤らんだ痕が残っていた。全体的に汗ばんでいて、それが汚れを薄く伸ばしている。いずれにせよ、節の太った、職人らしい手というべきだった。

「機械油に負けちゃって、炎症起こしている人がいたんです」と、小春は彼に言う。「ですから、鵜飼さんにもあるかなって思ったんですが……ないようですね。考えてみれば、いつも作業用グローブを身に付けているわけですから、そうしたことに気付きにくい状況にあると思うんです」

「まあ、そうかもしれませんねえ」と、彼はのんびりと言った。「島田さんなんかは、脱ぐのがめんどいとか言って、昼休みでもずっと身に付けたままですよ。暑くないのかと聞いても、慣れちゃったって、言っていました」

「とにかく、そういうのがあったら、報告して欲しいんです」

「なるほど、それも社長命令ですね」彼は、うなずいて言った。「全従業員に伝えておきますよ。皮膚疾患のあるものは、報告するように、と」

「お願いします」

「はい」

 彼は愛想よく応じて、去っていった。誰もいなくなって、事務所内にずっとたたずんでいた虚無感に気付くと、長い息が洩れていくのが分かった。迷いは断ち切れていた。気持ちの持ちようで、これまで通り従業員とは付き合えていけると、考えを改めるに至った。先程感じた不安は、一過性のものに過ぎなかった。怯んではならない。自分は、一つずつ問題を解決しながら、これからももっと向上していくべきなのだ。

 ふと、ついさっきまで工場に出向こうとして、それを果たしていないことを思い出すも、いまや、すっかり行きそびれてしまっていることを理解して、決まり悪くなった。なんだか、気持ちがちぐはぐだと小春は思った。

 本当の意味で落ちつくまでには、まだ時間が掛かるのかもしれなかった。自分で淹れたコーヒーを一杯飲み干してから、長い時間ぼんやりとした。

 気がいい加減たまったところで、小春は自分のやるべきこととして、受注製品の3Dモデリング作業に取り掛かった。得意なことに耽るときは、強い安心感が自分の底から押し上げてくるように現れる。集中力が発揮されるには、充分な状況だった。

 一時間も経たないうちに、小春は無心の世界に入り浸っていた。

 

     4

 

 北山武宏の身元照会は直ちに割れた。

 則昭と競争に敗れて、会社倒産に追い込まれ、挙げ句に自殺したというのは、どうやら本当のことのようであった。妻と子供は、現在、金沢から南西方面に位置する、白山市の海岸沿いに暮らしていることが分かった。

「借金は、清算しました。父のすべての財産を投入する形で、決済を済ませたのです。その父は病気をして、二年前から共済病院のほうで入院をつづけています……。肝硬変です。長いあいだ病院にもまともに取り掛かれないほどに、貧窮の身にありましたから、それが祟ったのでしょう」

 所帯やつれの激しい彼女こそが、北山の妻である、早苗である。口を開くたびに覗ける金の詰め物が端に光る彼女の歯は、骸骨を見ているように一本一本が、くっきりとしていた。

「父は、わたしたちのせいで、人生の半分を喪ったのです。今も不幸の真っ直中にあるのかもしれませんが、そうしたことなど今日という日まで一言も口にしていないのは、いかにもわたしの父らしいというべきでしょうか」

 彼の財力で、すべては清算された。しかし、一家に残された傷のほうは、いまも残されたままのようであった。

「その父君は、あなたの旦那さんについては、なんと?」

「能力がなかったんだ、とわたしに何度も言っていましたわね」と、彼女は思案げに言う。「商売については厳しかったんですが、あの人個人を中傷するようなことは、一言もありませんよ。父は、そこまで卑しい骨柄じゃないんです。呪うなら、まず自分を呪え、とそう口癖のように言う人です」

「大変、聞きにくいことですが」と、門脇はもったいぶって言った。「競争相手については、怨んでいたのではないでしょうか? それは、あなたの旦那さんも含めての話です」

 早苗は、なにやら考え込みに入っていた。感傷的な気配はなく、ただ、言葉に迷っているといった風情の沈黙だ。

「築いた財産を奪っていった元凶なんですから、怨まないはずがないでしょう」と、彼女は言ってから軽く唇を舐めた。「ただ、口にしたことはなかったはずです。どうしてこうなったと原因ばかりを問い詰め、それで話はいつも終わりましたね。……旦那のほうは、やはり何も言っていなかったと思います。と言いますより、本当に突然の自殺でしたからね。何かを言う暇もなかったのです」

 門脇はとりあえず、彼女に証言してもらったことの感謝と、慰労を告げた。すると、彼女は途中で勢いをくじくように言ってきた。

「そのことについてのわたしの感情は、けっこうあっさりしているつもりです。……というのも、当時のあの人は、本当に苦しそうでしたから、毎日毎日、追いつめられるその姿を見ていて、早く解放してあげたいと思っていたんです。ああした形は、ともすれば最悪の結果なのかもしれませんけれども、そうしたことから解放されたという意味では、あの人には救いだったんだと、わたしは勝手にそう思っているからです」

 もちろん、北山の自殺は彼女にとってショックだったことには違いない。そうした認識で彼女自身、自分に折り合いをつけているのは、彼女の心の防衛の結果という風にも受け取れる。彼女の言った通りに、受け止めるべきではなかった。門脇は、むしろこれ以上、この問題について觝触してはいけないと思った。

「ときに、足立則昭氏は、いま、佳境にありますことは御存じでしょうか?」

「ええ」と、彼女は応じる。「それがあっての、訪問でしょうから、来意は分かっているつもりですよ。正直なことを言えば、うちのほうに、疑わしいことがないかって思っていらっしゃるのでしょう? 残念なことにそういうことは、ないわね」

 彼女は病的に痩けた頬に手を当て、軽く唇をなめた。

「だって、どういう手段を使おうが、人様から気に入られた方が、生き残るに決まっていますもの。うちの人はね、そういう人望を集めることだけは、ぜんぜん駄目な人なの。だから、もとより商売には不向きだった人なのかもしれない……それを認めていながら、どうして向こうの人を、怨むことができるのかしら」

 彼女の父の諭し通り、彼女が怨んでいるものがあるとすれば、自分自身のことにちがいなかった。

 それは、諭し主の父親の方も同じスタンスであろうことは疑いもないことである。この事実からして、二人については当面の所、容疑者候補から外しておくことになりそうだった。

 だとしたら、焦点は、彼女の娘にこそ、むけるべきではないか?

 門脇は、気に掛かって、部屋を見廻した。襖戸の一つが半分だけ開いている部屋が、廊下の向こうにあった。そこに覗けている世界は、どぎついピンクの絨毯を敷いた、いかにも若い女子が居住する空間であった。使用感のないCDコンポに、コントラストの強い演出にこだわった人気歌手グループのポスター。卑猥な感触さえ受ける豹柄のベッドカバーにカーテンが、安っぽい高級感をたたえていた。

「気になるみたいですわね」と、彼女が言った。

 門脇は、つい観察に夢中になってしまっていたことにはっとして、彼女を見た。

「娘の志保里の部屋ですよ」と、彼女は目を細めて言う。「お恥ずかしい限りですが、あのように散らかっておりまして、人様にも見せられない状態なのです」

 部屋の足場には脱いだものがそのままに散らかっていた。それも、一枚二枚ではなく、十枚ほどが団子になって、ベッド下に押し込められている。一日や二日放置しただけでは、こんな風にはならないはずだった。部屋の主が後片付けをしないということよりも、早苗がそのことについて無頓着でいるのは、どういうことだろう、と門脇はそちらのほうが気に掛かった。

 つまり、娘のなすことについて、彼女は無関心でいるということでいいのだろうか。

「彼女は、いま、なにをされているんです?」と、同行の野武が問う。

「何もしていませんわ」と、早苗はとくに顔に変化を湛えるわけでもなしに言った。「ついこないだまで、エステシャンの仕事をしてましたけれど、つづかないらしく、辞めてしまったのです。それからは、ずっと遊び歩くようなことばかりしています」

「友達の家にでも行っているのですね?」と、門脇が問う。

「男の人ですわね」

「その人について、あなたはお会いしたことがあるのです?」

「家にもけっこう、来ますわよ。困ったことに、相手のほうも、働いていないみたいなんです」

 野武と思わず、顔を見合わせた。なんだか、想像していた北山家とはずいぶん隔たりがあるように思われてならなかった。こうした現状も、競争に敗れては借金を負ってきた彼らの、不幸のつづきなのだろうか。

 その時、聞き覚えのある二輪駆動のエンジン音が聞こえてきた。門脇の脳裏に浮かんだのは、この状況ではあり得ない人物の顔だった。

「あ、娘が帰ってきたみたいですね」と、早苗が言って、立ち上がろうとした。

「娘? 娘さんのバイクですか?」

「いえ、彼氏です。二人で帰ってきたんですよ」

「ちょっと、失敬していいですかね、覚えがあるんですよ」

「はあ」

 門脇はすぐさま、家を飛び出した。自転車収納ボックスの横に、ホンダ製のHORNETが今まさに、停められていた。水冷四発キャブレーター仕様の高性能エンジンがうなるさなか、バイクシートに運転手とその後ろに、同乗者(パツセンジヤー)が付き添っている。二人とも、袖のない黒い革ジャケットをはおっていた。

「はーい」と、同乗者(パツセンジヤー)の女が門脇に手を振って、ヘルメットを外した。ウィンク一つをかます。

 金髪を後ろ一つに結い上げた、小ざっぱりした女だ。日焼けした顔に、太い黒の眉と、派手な赤の唇が際だって見える。胸元は強調するようにチャックを大胆に開いている。ラテン系の女を目指しているというような感触が彼女からありありと感じられた。

「ねえ、人のことじろじろ見てるけれど、あんた、誰なの?」

 彼女は髪留めを解くと、手際よく後ろに掻き上げた。染め上げた金髪の中には、人工的な気配の強いピンクと茶色い毛が混じっていて、かなり毛量の多いウィッグが装着されているのだと、分かった。

「おれの、知っているやつだよ」と、運転手がエンジンを停止させて言った。彼も遅れて、ヘルメットを脱ぐ。こちらは、隙がないほどに綺麗に染め上げられた金髪であった。男にしては、やや長いスタイル。ついこないだ、鉢合わせしたばかりの隼斗だった。

「君が、なぜここにいるのか、それを教えてもらえないだろうか?」と、門脇は彼に向かって問うた。

「そりゃ、こっちが聞きたいよ」と、彼は苦笑まじりに言った。「刑事さんがまさか、こんなところにまでくるとはね」

「刑事? うっそー」と、女があたり構わずに大げさに言った。「本物がきたの? うちにこれまでに来たことない種類の人だよ」

「そのうち来るかもしれないって、言っただろ。でも、こういう日が、まさかこんな早くに来るとは思わなかったね」

 言うなり、彼は門脇を見た。ちら、と野武のほうも気に掛ける。

「こいつ、知っているでしょ?」と、隼斗は女を示して言う。そのうち肩を抱いた。「おれの女なんだ。付き合っているんだ。志保里……、北山志保里だ」

 この時、北山志保里は、目をくりくりさせて、好奇心の程を発揮していた。しきりに舌をなめずりしながら、ずれ落ちそうになるチューブトップを指二つで直しに掛かっていた。

「彼女が誰だかは分かっている」と、野武が言った。「なんで、君たちが付き合っているのだろうか? いかにもおかしな関係だろうに。だいいち、我らが君に接見したその時、彼女の事も合わせて言うべきだったのではないか?」

「あの状況で、自分の彼女を報告するんですか?」と、彼は肩をすくめて言った。「それは、どうもなんだか、違うような気がしますが。と、なれそめなんですがね、おれの、実のオヤジの関係から繋がって、というやつですよ」

「君は、足立さんの事情というやつを知っているわけではないはずだろう?」と、門脇が言う。「だとしたら、彼の関係から繋がって、というのはおかしい。もっとも、君が自らの足で動いて、繋がっていったというのなら話は別なんだがね」

「それですよ」と、彼は言った。「自分から繋がっていったんです」

「いつです?」と、野武が苛立って問う。

「もう、出会って何年になるっけ」と、隼斗は、志保里に問う。

「まだ、二年前だよ。忘れんなよ」と、抗議するように言う彼女は、悪気の無さが分かっていたように、はしゃぎ気味でいる。

 二年前となると、彼らのつながりは、つい最近のことだったということになる。それは、どう考慮しても意図的な目的があっての交際発展であると考えるべきだった。でなければ、立場的に繋がりあえる関係にはないはずだった。

 もし、二人のこの繋がりについて筋道を立てるとしたら、利害関係という言葉こそが相応しい。彼らは、いったい何を企んでいるというのだろうか?

「事情が分かっていれば、繋がりに行くはずがないと思うんだがな」と、門脇は言った。「本当に、そのことを知っているのかどうか? もしそうなら、なぜ、知っているのか、それを教えてもらおう」

「志保里は、うちの実のオヤジが潰した店の跡取りっていうか、娘でしょう? ある意味、おれは、怨まれても仕方がない存在でもある。それが、どうして繋がったといえば、その事実についておれのなかで、決着をつけたい思いがあって、それで自らの足で持って志保里に接触していった……そこから縁が発展していったというだけのことなのさ」

「この人の中に、すっごい悪いと思っている感情があるんだと聞いて……」志保里が甲高い口調で語り出した。「接しているうちに、なんだかそれは本当だなって思って、惹かれていったのよ。そもそも、わたしのなかには、彼に対する怨みなんて何もなかったから、そうなっていく運命だったの」

「怨みがない、というのは、本気で言っているのですか?」野武が、真顔で問う。

「うん、そうよ」と、曇りのない口調で応える。「おじさんたちが、そう疑ってくる理由は分かっているわ。わたしだって、ある程度、事情は知っているもの。うちのお父さん、借金苦で自殺したってことでしょ? それで、取引先を奪い上げて出し抜いた人がいるって聞いたときには、その人が憎い感情を持ったけれども、でも、この人についてはぜんぜん関係ないでしょ。なんでも、その人とこの人は数年前に関係は途絶えているし、だいいちこれはこの人が生まれる前の出来事だったんだから、怨むというのは筋違い。それは、わたしにも当てはまること。物心つく前の話だから、やっぱり当事者という枠を外れて、関係ないことでしかないの」

 何となく沈黙が落ちて、間があいた。

「これまでにあった事が、君たちのつながりについての障害にはならないということは分かったよ」と、門脇が引き取る。「それにしても、まったく引っ掛かるものがないということにはならないだろう。例えば、どこかそこかでそうした話題が出てきて、傷を蒸し返される人物が、君たちの周りに出てくるはずなんだ」

「母や、お祖父ちゃんのことについて言っているのね」と、彼女が言う。「たしかに、事情を話したときは、抵抗があることをなんとなく言われたけれど、そのうち理解してもらえるようになったわ。そもそもお祖父ちゃんは、その人を怨むんじゃないって、わたしに言い聞かせてきたわけだから、それを受けて育ってきたわたしに、なんら文句なんて言えるはずもないでしょ」

「何より、おれがプッシュしていったんだよ」と、隼斗が強く出る。「そういうのは、熱意で押しつぶすしかない。だから、おれは押して押して、彼女への愛情の程を示していったんだ。惚れ込んでしまったから、もう後には退けないという思いで、攻めるしかなかったんだよ」

「この人ったら、恥を掻くということを知らないのよ」と、志保里がまんざらでもなさそうに言う。「ぶつかって、わたしも何度も恥ずかしい思いをしたけれど、いまとなっては、けっこういい思い出よ」

 両家の間に存在する溝について、決着をつけたい思いが高じて交際に発展する――そのような事実が実際あったとしても、門脇は鵜呑みすることはできなかった。

 根っからの、懐疑派だ。だからこそ、どうしても無理があることには、抵抗感を持ってしまう。とくに、彼らについては信用できる材料は、現時点で少ない方と見ていた。利害関係でこそ繋がっているという線は、当分のあいだ、取り下げられることはないはずだった。

「それで、交際に発展して、君が目指した決着には、けりがついたのだろうか?」門脇は隼斗に訊ねた。

「そういうのは、一過性で終わるものじゃないでしょ」と、彼は突き返すように回答する。「ずっと続けてこそ完成されるものであって、いつまでも答えを得られないもののはずなんですよ」

「というより、なぜ決着をつけたいと思ったのか?」

「動機のことか? 単純だよ。オヤジは、おれらのことを捨てた。おれのなかにはすごい未練があるんだ。だから、逆にもっとあの人のことを知って、嫌いになりたいと思ってね。それで、あの人を今も目の敵にしているであろう一家なる存在を見つけるなり、おれはしめた、と思ったね。これで、未練を捨てられるぐらいに、怨み節を聞ける……。ところが、殴られるつもりで出ていったのに、意外な反応を受けることになって、思わずじーんときたね。聞けば、あの人のことを、思った以上に怨んではいないって言うんだよ」

 その話は、先程早苗から聞きつけて、分かっていた。これは、商売の能力と素質の問題から生まれた悲劇であり、則昭を怨むのは筋違いであるということであった。それは、彼らの悲しみが必要以上に大きくならないようにするための、ひとつの故ある理由付けなのかもしれなかったが、それにしても寛容の精神に満ちた教えというやつで、隼人が感じ入って、単純なまでに、すぐさま共感してしまうのも無理はなかった。    

「なるほど、それで、彼らのことをもっと知りたいってなったわけか」門脇はうなずいて言った。

「もちろん、その時からすでに、志保里のことが気になっていたんだけれども……」と、隼斗は気恥ずかしそうに言う。「そのことを切り出すのは、難しかった。下心があって、接近したと思われるのは、おれとしては不本意だ。案の定そう思われたんだ。そこからは、さっきも言ったようにプッシュしかなかったんだ」

「話は分かったよ」と、門脇は言って、顔を改め直した。「それでどうなんだい? 彼らと通じ合う前と、通じ合った後の足立さんの心証は君の中で変わったのかどうか?」

「もちろん、変わったさ」と、彼は勢いよく言う。「刑事さんが知っているとおり、憎む感情までは消えていないがな。影響が出ているのは、懲らしめてやろうという感情の部分だよ。これだけは、いまおれの中で、違ったものになろうとしているんだ」

 彼の顔つきが、何やら打算的になったので、門脇は気に掛かった。

「その、違ったものというのは?」

 よく聞いてくれましたといった具合に、彼は軽快に反応した。

「あの人に対し、訴えを起こすことにしたんだよ」

 門脇は驚くあまりに、茫然とした。

「訴え……?」野武が反応した。「いったい、何を訴えるというのですか?」

「教えてやってもいい。だが、何だか簡単に口にするのは、惜しいね」

 からかうような顔つきになっていた。実にいやらしいその表情に、門脇は存分翻弄されて、腹立たしい感情が突き上げてくるのを抑えきれなかった。

「いいから、明かせ。我らに答えを求めるようなことではないだろう」

 隼斗はふふんと、鼻を鳴らした。

「認知だよ。あの人に、おれのことを自分の子供だ、と認知してもらうんだ。すでに、拒否をされているわけだから、強制認知という手段を採るわけなんだけれどよ。刑事さんは事情通だ。だから、このあたりのこと、よく知っているかもしれない」

 強制認知というのは、母子供が認知を拒否する父親に対し駆使する、民法が保証する法的手段だ。裁判所に事実関係を掌握してもらい、その認知の是非を公平視線で判断してもらう。非嫡出子と、認知された嫡出子とでは、法的な扱いが違うだけに、認知の有無は、子側にとって大きなものがあった。

「なぜ、いま、そのようなものを要請しようだなんて考えたんだ?」

 門脇の胸のうちには、彼に対する不信感が芽生えていた。この男は、放っておくと災いをもたらすタイプに違いない。今後も、気を配って、彼の様子見を続けていくことを継続しなければいけない。

「なぜって、権利ですよ」と、彼は腕を開いて、弁舌を振るうように言う。「このままでは、立場が悪いままだ。だから、自分の権利を復活させて、それでもって、自分らしく生きていくんだ。おれは、あの人の子供だと裁判所に認めてもらったら、いろいろと改心して、生き方を変えていこうと思う。これは、それができるだけの、チャンスだと思うんだ」

 一つの道筋が、自然と門脇の目の前に切り開かれた。それは、隼斗の考えている事に通じる道筋である。

 彼は、金銭的な欲得を満たそうとしているに違いない。どう考えても、結論はそれしかなかった。認知を得るだけで、相続権が発生する上に、子としてのもろもろの行使権力の幅が広がる。隼斗はそれらを得て、則昭に対し、経済面で追い立てようとしているはずだった。

 つまるところ、彼の中の憎しみの感情は別のやり口にすり替えられたというだけのことだ。彼の則昭に対する心証は、何も変わってなどはいない。変わったというのならば、それは彼の中の狡賢い手段だ。やり方を変え、彼を徹底して追いつめようとしている。

「君の生き方が変わるかどうかなどは、君次第だよ」と、門脇は内心に渦巻く感情を抑えつつ、なんとか言った。「そうした認知でもって、改心していくというのは、これは違うだろう。もちろん、その選択については君の自由だ。反対する理由など、わたしにはない。が、なんだか君の考えている事の焦点がぶれているような気がしてならないね」

「ぶれてなどはいませんよ」と、彼は穏やかに言う。「おれは、ずっとこんな感じです。いまも昔も変わっていません。な、そうだろう?」

 志保里に同意を求めるなり、彼女は隼斗に抱きついた。

「同じよ」と、志保里は隼斗の頬にキスをして言う。「どこも変わっていないわ。そこら辺、あたしはたくましいって思っているぐらい」

 二人の陽気な笑いがあたりに響く。

「刑事さん、とりあえず息子に変わって、お詫びいたしますわ」

 現れたのは、早苗だった。陽射しの強い外に出てきたことで、彼女の顔貌がくっきりと強い陰影を示して露わになっていた。頬のこけている深部は、奥歯に当たっているほどであると、この時はじめて分かった。

「いえ……」

 門脇は返す言葉に困って、へどもどした。すぐさま自分の気持ちをしっかり立てて、彼女に言った。

「話を聞いていましたのです? でしたら、彼が実行するという件についてなんですが、これはあなたも把握していらっしゃることでした?」

「ええ、まあ……」と、彼女は色艶の悪い唇を指先で押さえる。「もちろん、聞いていましたわ。強制認知……その四文字を耳にしましたのは、その子の口からがはじめてでした。そういうのがあるんですね」

「実際は、裁判に申し立てをし、調停をするわけなんですが、この段階で裁判認知が通れば、強制認知に至らずとも、認知の手続きに入ることになります。以後のことは、ちょっと分からないんですが、それで一応、完結するのでしょう」

「どういう結果であれ、わたしは彼の選択を指示したいと思っているのです」と、彼女は言った。「正式に、あの人のお子さんとなるわけでしょう? それで、彼のことが憎いものの中に含まれてしまうかもしれない、と案じられているのでしょうが、そういうことはないですよ。わたしらは、どう肩書きが変わったところで、扱いを変えることは致しませんね」

 浅い呼気を繰り返した後、彼女は隼斗をちら、と横目で認めてつづけざまに言った。

「この子が、父親に対して持っている、いろいろな不満や、葛藤……そういうのがそうしたことで晴れるというのでしたら、むしろ応援してあげるべきでしょうか。何度も申し上げますけれどもね、例のあの人に対して、憎しみの感情はないんですよ。ここでは、わたしは、どうあっても外野でしかないということです」

 彼女が本心からものを言っているとは、どうしても考えにくいところがあった。門脇の猜疑心は深まるばかりだった。

「それでは、君はどうなんだ」と、門脇は志保里に対して言った。「君は、隼斗について憎む段階にはない、と言った。それというのは、自分が物心つかないうちの出来事であって、そういうのはあくまで自分らの付き合いには関係のないことでしかない、ということだった。隼斗が強制認知……いや、調停段階での裁判認知を成立させたら、足立の正式な息子として扱われることになる。そうなると、さすがに、そうしたことは過去の出来事であるとは押し切れないこととなってくる。父のない、丸藤隼斗ではなく、足立則昭の息子である、足立隼斗になるわけなんだからな」                   

「同じことよ」と、彼女はさして考えずに言った。「やっぱり、過去の事は、わたしのお父さんと隼斗の実のお父さんのあいだだけの問題なのよ。あたしたちには、何も関係がない。引き継ぐかもしれない足立という名前だって、特に抵抗はないわ。もし、そのことがわたしたちの今後に支障をきたすなら、夫婦別姓という手段だってあるわけだし、あえて結婚しないという選択もあるのよ。いくらでもどうにでもなる。あたしはね、いま、隼斗のことだけを考えればいいの。それだけ」

 彼らがいったい何を考えているのか、理解がいよいよ追いつかなくなってきた。

 取り留めもない思考がどんどん発展していくさなか、刑事さん、という早苗の声が掛かって、門脇ははっとなった。

「この子がいま考えていることをまともに捉え、同調しようとしても無駄だと思いますわ。そもそも、わたしらは、世間とは違ったところに生きているつもりなんですから、合わせようとしたところで、それは無理なことだと思うんです」

 いくつもの観念を突き破って生きてきたのは、彼らが生きやすさを求めた結果だ。彼女の言うとおり、これは自分と切り離して考えるべき事なのかもしれなかった。

「とりあえず、調停を申し込むことになるんだな」と、門脇は隼斗に対して言った。

「そうそう」と、隼斗は志保里の肩を抱きながら言う。「すでに準備のほうはできている。いや、認知を求める調停の申し立てっていうやつは、もう実行したんだ。いま、あの人のほうの返事を待っている段階」

 すでに、実行していたとは恐るべき行動の早さというべきだった。

 しかしながら、調停のほうは、きっと不成立に終わることだろう。その後、家庭裁判所に隼斗が、認知請求事件として訴状を出すことになる。同時に申し立てする、鑑定申立書が裁判所に認められれば、則昭には拒否権がなくなる。こうして次の段階に移り、強制認知裁判の手続きが行われることになる。

 第二の段階では、鑑定事業者の出張でもって、法廷内でDNA鑑定が裁判官の面前で行われる。鑑定については、則昭側に拒否権があるが、正当な理由なくしての拒否は、当然、裁判官の心証を害するだけにしかならない。

 この申し立ての行く末は、果たしてどうなるのか。門脇にも気になってならなくなってきた。

 則昭だ。

 いま、警察の取り調べを受けている則昭に一旦中断を申し出て、すべてを報告し、彼の心境をたださなければいけない。

 彼は、現在、事件関与について否定している。それも、持久戦に持ち込む粘りを見せている。そこに今回のこの情報がかぶされば、足場が揺らぐに違いなかった。これからどう態度を変容させ、その後の対応に当たるのか、それを観察することで、事件の被害者、佐貴子に対する本当の感情を探り出すことが可能なのかもしれない。

「経過は、わたしも見守るとするよ」と、門脇は隼斗に対し、言った。「悪いがね、どちらにも加担することはできない。あくまで、わたしという立場は、第三者的立ち位置にあると思ってくれ」

「けっこうですよ」と、隼斗は言って、不敵に笑んだ。「おれとしては、誰からも手を借りるつもりなんてありませんからね。これは、おれだけの問題なんですよ」

 

     5

 

 北署に帰ってくる頃には、日が傾き始めていた。

 敷地内外側に沿って並ぶ植林が、その日一日の熱波を吸い上げて弱々しく揺れていた。門脇はそうした光景を、窓から眺めながら、感傷に耽っていた。

 吉水との接触では、収穫は得られなかった。則昭の証言どおりの時間に、顔を合わせている事実が確かめられたのだったが、それ以降は、すっぱりと空白で、アリバイ証明とはならなかった。当然、則昭は容疑者候補として今後も引き続き、厳しい監視を受ける事となる。その他、三木の洗い出しも同時進行で進められていたが、こちらも厳しい結果が出ていた。

 追い打ちともいうべき、それらよりも切実で悩ましい問題が、門脇に突きつけられていた。それは、隼斗のことである。

 彼はいま、強制認知の措置を取ろうとしているのだったが、その事にまつわる諸般の事実について、今一度、頭の整理をしなければいけなかった。

 瞠目すべきは、なぜ、事件が起こったこのタイミングなのかという点だ。考えようによっては、母である佐貴子に対する、冒涜という風にも取れる。普通ならば、もっと時間を置いて行動に移るべきではないか。

 彼は、何を焦っているのだろうか?

「どうしたのです?」と、刑事部屋の入口に野武が現れる。「お疲れでいらしたのでしたら、宿直室で休めますよ」

「分からないことがあってね」と、門脇は彼に振り返る。

「なんです?」

 彼は言って、近場の机に取りかかった。片付けなければいけない書類があるようだった。

「隼斗が、この時期に認知の申し立てをしたことだ。なぜ、この時期を選んだのか、なにか特別な理由があるのではないか、と思ってね」

「なるほど、その件は、よく考えなければいけませんね」彼は悩ましそうに考えて、顎を揉んだ。「難しい条件が重なっていますから、こういうときこそ、客観的に物事を見ていかなければいけません。そのためにも、一度感情を空っぽにしたほうが良さそうです」

 門脇は言われるままに、深呼吸に掛かった。いくらか、固くなっていた部分が解れていくるように感じられた。

「被害者である佐貴子さんが亡くなったことで、彼の身が自由になったことは確かなんです」と、野武は言う。「そのことで、一気に彼の中で縛り付けていたものがなくなったのかもしれません」

「そういうことか……」この時、門脇の中で、閃く感覚があった。「これまで我慢していたことを、実行に移した――そういう風にも受け取れる。となれば、隼斗はずいぶんと以前から、認知を望んでいたということになるか。北山家に取りかかったのは、二年前だったか? その前後から、その手のことを考えていた。当然、佐貴子さんにも相談したのではないか」

「駄目だ、と拒否されたんですね、きっと」

「そうだ。やってはいけないとまで、注意されたはずだ。それで、彼は身動きができなくなった……。彼は当時、未成年だから、当然、則昭に対し、認知の申し立てをする際には、母の同意を得なければいけない。というより、母親が法定代理人に立たない限りには、申し立ては認められないんだ。特殊な手続きをする場合は別としてな。それが、拒絶という形で突き返される。となってくると、隼斗のほうに動機ができあがってくることとなる。母親殺害の、動機だ」

「まさか、あり得ませんよ。成人した段階で、その同意は必要のないものになったわけなんですから。それとも、そのことを長らく怨んでいたとでも言うのでしょうか?」

「もちろん、現時点では、これは憶測に過ぎない話でしかない」と、門脇は言う。「だいいち、母親殺害後に、すぐさま認知の申し立てをするだなんて、いかにも軽率で、わざとらしい。彼が犯人だというのなら、自分でやりました、と自ら顕示するようなものだろう。それとも、母を手掛けたことでもって分別を失って、そうした破綻行為に走り出しているということなのだろうか」

「そういう危うさは、彼にはあることにはありますがね……」と、野武は慎重な口調で言った。「それでもやっぱり、あり得ないことです。しかしそれにしても、認知されれば、相続権を得られるというのは、大きいものがあります。則昭氏は、零細ではあるものの、一応、会社経営をしている人間なわけですし、工場や土地をあわせれば、けっこうな資産になりましょう」

 露骨な遺産狙いの、強制認知。はたして裁判所はそうした強欲を認めるのだろうか。順番としては、隼斗の子としての権利が最優先に考えられるはずだろう。

「それで、例の工場についての不動産登記は、確認しているのだろうか?」

「抵当の件について、知りたいのですよね? 例外なく、地元労働金庫の抵当に入っているようですよ。借用金は、六千万ほどです。返済は、六割程度まできていますが、期限があと二年と迫っています」

 彼はかたわらにあった報告書の帳簿を取り上げ、中身を確かめだした。

「労働金庫のほうに提出された見積もり資金繰り表についての調査が入っています。それによれば、予定ではあと一年と八ヶ月以内に完済という形を取るようです。そのためには、今のこの段階で、返済率、七十五%を達成していなければいけません」

 一割と少々、返済金の支払いが遅れているということだ。

「どうやら、儲かっているとかそういうことはないみたいだな。むしろ、苦労しているという見方でいいようだ。同時提出の実績資金繰り表のほうについては、どうなっている?」

「見積もりのほうよりも少し劣るぐらいでしょうか」と、彼は言って帳簿を閉じた。「ですから、これぐらいの遅延はある意味、想定の範囲内ではないかと。経営は決して悪い状況ではありません。健全ではありませんが、まああと少しの努力で挽回できる範囲です。……どちらにせよ、隼斗が目をつけるだけの価値があるものということでいいでしょう」

「しかし、手を焼かされることが多い仕事であればあるほど、当然、当事者には愛着というか、愛情が沸くものだ。そこに、資産的な値打ちを求めて食いついてくるやつが現れたら、腹立たしくてならないだろうな」

「まったくです」と、彼は同意を口にした。「それこそ、彼の中の感情が爆発するというような事態にまでなるのかもしれません」

「……それにしても、聴取担当のやつ、遅いな」門脇は壁掛け時計を気に掛けて言った。

 現在、則昭の聴取に挑んでいるのは、別班の男だった。その男が掛かりきりになっている手前、門脇が急を要するからと言って、割り込むわけにはいかなかった。それだけに、北署に引き返してきてから、もどかしい時間を過ごしていた。

「一応、一連のことをまとめた報告書を作成して、担当のものに渡しています。ですから、その男を介して、則昭氏には例の件について告げられているはずです」と、野武が顔を上げて言う。

「そうか、なら、手間が省けていい」

「中身は、こうです」と、彼は指を立てて言った。「隼斗がすでに、認知申し立てをしたという点、同人が、かつての則昭氏の商売敵であった、北山武宏の娘である北山志保里と交際をしている点、また、その家族と付き合いがある点。追記として、北山一家は、過去の事件についてまた隼斗という男について、これといった抵抗を持っていない点などなど、要点をまとめて書き上げました」

「充分だ」と、門脇は言った。「少し細かすぎるぐらいだ。……が、彼にしても押さえておかなければいけないことであるから、結局、そういう報告書にならざるを得ないのだろう。

というのも、隼斗が何をしでかそうとしているか、まだ答えが出せていないんだ。先手を打たれて、それで対抗手段を失うというようなことがあってはならない。そのことの自覚だけは、あるよ」

 その時、廊下の向こうから人の声が聞こえてきた。何やら連絡を取りあっている様子だ。しばらくすると、入口にぬっと捜査員の男が現れた。門脇たちの姿を認めるなり、探し求めていたように、お、と声を上げた。

「聴取、おわったぞ。……足立は、一旦、帰されることに決まった」

「なんですって」野武が、高い声を上げた。

「事実だ」と、男は言う。「これは、鑑識のほうから回ってきたことでもって決まったことだ。例の3Dプリント銃についてなんだがな、指紋をはじめとする遺留資料について皆無である、という最終報告を受けた。現場に残された足跡だって、証拠能力に乏しい程度のものしか確認できていない。一方、銃を構成するABSと呼ばれる樹脂については、成分検査では同一と判断されている。例の工場にあるプリンターで制作されたのは疑いもない事実であるということだ。則昭を引き留めることの判断が分かれる段階にあったが、決定打は、なんといっても弾丸だ」

 コルト式拳銃に使用される、45ACP弾の改良型――それが、今回の事件に使用された弾丸であった。

「知っているだろう?」と、男は語尾を大げさに持ち上げて言う。「銃を作るのは、もはや3Dプリンターが普及しつつある、現代では簡単なこととなってしまった。3Dデータさえ調達すれば、いくらでも個人での製造が可能だ。そこからちょっとした改良技術を加えれば、もうそれで殺傷能力のある凶器はできあがる。しかしながら、弾丸はそうはいかない。火薬をつめなければいけないし、破壊に見合う強度もなければいけない。今回の事件で使用されたものが、どうあっても例の3Dプリンターから製造されたとは、考えられないとなった。だから、その点でもって、足立は解放しなければいけないという判断に至ったんだ」

 現場に遺された一発分の弾丸が、判断を分けたということだ。その事実は、ともすれば何かしらの導きを門脇たちに与えているかのようであった。

「例の改良弾は、金属製だったっけ?」

「そうだ、金属製だ。例の3Dプリンターは溶解金属種には対応していない。あくまでABSだけなんだ。同じ金属の粉末を専用タンクにつめたところで、ヘッドが目づまりしてしまう」

「こうなってくると、弾丸だけ別の所から調達したということになってくるか」

「協力者がいるということですか?」と、野武が問う。

「そうだ。その人物から、横流しを受けるようなことがあったのかもしれない」

 武本から話を聞いたときに、素人が作ったものである可能性もあるという指摘を受けた事が思い出された。もし、銃の提供者が個人的密造者であったとしたら、すべてにおいて条件が一致する。さらには、その人物は、実用弾を横流しできるマーケットを押さえていることから、密造者にしてはかなり、裏事情に精通している人物であると言えた。

「処置は、あくまで保留という形だ」と、男は言った。「工場に、抱えている従業員のことを強く案じている。だから、彼は逃げる恐れがないということで、一旦手放すことにしたのさ」

 彼が再び北署に連れ戻されるかどうかは、今後の調査に掛かっているということだ。

 弾丸の出所。

 それが焦点となろう。協力者は、銃の知識だけは持っている人物だ。その人物が銃のデータ制作者だったなら、犯人はその男からデータを買い取っているはずで、二者の関係は、いわゆる取引仲間という見方に絞ることができた。

「弾丸についてなんだがな」と、門脇はだしぬけに言った。「どこからか買い付けたということだったならば、その筋のルートを探り当てなければいけない。もしかしたら、ルートを引き出すことが、事件解決の糸口になるのかもしれない」

「すでに、確信を持ったような言い振りだ」と、彼は関心を持った。「もしや、前々からその線について信じていた部分があったとか? だとしたら、根拠があったりするのではないか」

「とくに、これといった根拠はないさ」と、門脇は言った。「しかし、敷鑑捜査を実施している我らを軽く見ては困る。形のない手掛かりでいったら、いくつも掴んでいるものはあるんだ。今回把握している相関図の中に、弾丸を製造できる者は、足立を含め、複数人いるが、実際、銃一式の製造に精通し、闇マーケットに卸していそうな影を背負っている人物というのは一人もいない。プリンターでの銃製造については、それ以外の素人がやったことのはずなんだ」

「いずれにせよ、この問題の焦点は工業製品としての実弾と、3Dプリント品としての実弾とが鑑識のほうで区別できていないという点でしょう」と、野武が勢いよく言った。「あくまで火薬をつめる製造工程という根拠でもってして、3Dプリント品であるはずがないと判断しているだけであって、製品そのものの分析が報告されているわけではありません」

「たしかに、それは大いに気になる問題だ」と、門脇はうなずいて言った。

「加工されれば、そうした差が分からなくなるとみなしているのでしょうが、それにしても慎重になりすぎです。素人制作であるならば、そうした差を分からなくするというまでの実力はまずないはずでしょう。ともかく、続報に期待するしかないようですね。これで、最終報告というわけではないはずでしょうし」

「まだ、次の報告までには時間がかかるはずだ」と、男は言った。「それと、銃についての講習会を、本部と合同で検討しているという話を聞いたよ」

「合同講習?」門脇が、聞き返した。

 彼はうなずきを示した。

「なんでも、3Dプリント銃について、よく分かっていない部分を詳しく明らかにする講習のようだ。まあ、言ってみれば研究会のようなものだ。たとえば、強度、発射精度、威力、全体的な完成度……そういうのが明らかにされるみたいだ。あれじゃないか、例の採取したデータの銃との比較論でも、展開する気でいるんじゃないか?」

 データを元に銃を制作し、その精度を確かめるといった検証とは、趣向の違うものだ。方針転換が本部にあったのだろうか。

 研究会などは、これまでにも実行されてきたことだが、おそらく、定型が無視される形で口頭でのレクチャーだけに終わらず、実物器を使った一歩進んだものになるのだと予想される。本当の意味での勉強会だ。これは、銃が使われたことについて鑑識への理解を取り付けるという意味でも、充分意義のあるものになるはずだった。

「それについては、後日期待するとしよう」と、門脇は話題を変え、顔を引き締め直した。「と、さっきから、気になっていたんだがな、例の件について、足立には伝えられたのかどうか」

 ああ、そうか、と問いを向けられた男は納得のうなずきをした。

「伝えている。彼からは、とくに何もなかったよ」

「何も、ですか? 一言ぐらいは、口にしたと思うんですが」野武の目は、強く見開かれていた。

「特に何も言っていない。だから、それについてここで言うことは何もない」

 彼が最初にその話題を振ってこなかったのは、もったいぶってのことではなかった。伝えることなどはなかったのだ。だから、後回しにしたのだ。

「おかしいな」と、門脇は言った。「彼にとって、重大なことだよ。それが、何も無いだなんて……少なくとも、怒りの反応は示したはずなんだ」

 彼に目で催促をかけたところで、しれっとした表情を崩すことはなかった。

「認知申し立てや、 北山家に干渉している事実について、確実に裏で良からぬことを企んでいるから、それについて対抗しようとするはずだ、とでも言いたいのだろう? 残念だが、そうした反応も露わにすることはしなかった。彼は、落ちついていたよ」

 どういうことなのだろう、と門脇は強い疑問を持った。

 何も感情がかき立てられないというようなことはあり得ない。一番に動揺していい立場にある男だ。もしかしたら、怒りを通り越して、怒るのもばかばかしいという所まで達したのかもしれなかった。     

 もしこれが違うとしたら、隼斗が取った一連のそうした行為について、彼はあらかじめ予測していたということが言える。こちらが事実ならば、隼斗と、則昭は事件が起こる前から、何かしらの接触があったということになってこよう。

 彼らに、警察が把握できていない交際の事実があるのかどうか?

「彼がそういう態度を取っていたのは、どういう心境からゆえのものだったのかは、分からない」と、門脇は言った。「ただいえるのは、足立、佐貴子婦人、そして隼斗……この三名について、どうも我らが見過ごしている点があるのではないかということ。見えない因果関係が、彼らのあいだに巡っているのだとしたら、これについて説明できるように思える」

「そこらあたりは、君らの仕事だろう」と、男は容赦なしに言った。「話は、ここまでだ。あとは、報告会議で続きを話そうではないか。もし、他に個別に話したいことがあったら、班別ミーティングの空き時間にでも声を掛けてみてくれ」

 彼は手を振り上げて去っていった。

 後に残された、門脇と野武は、しばらく沈黙にくれた。誰もいなくなった廊下は、ひたすら静けさだけが広がっていた。

「則昭氏の件、予想外なことになりましたね」と、野武のほうが口を切った。

「その点は、他人事に捉えてはならないことだ」と、門脇は厳しさを声に含めて言った。「我らの未熟さが形に出た結果に他ならないからな。今後は、もっと丹念に洗っていかなければいけない」

「足立について、ですか?」

「全員だ」と、門脇は言った。

 野武は、しばらく、目を瞬く動きだけを繰り返した。

「それでは、一旦、洗い出しについて振り出しに戻るんですね?」

「まあ、そうなろう。犯人についてなんだが、足立だけには絞れない状況が続いている。どういう結果が出るにせよ、それを受けて、我らが愕然とするというような事態だけは避けたいところだ」

「たしかに、すんなりとまとまってくれるだろうと、高を括っていた部分があったように思います。以後、その感情は、自分の中に閉じ込めておきたいと思います。今一度、原点に立ち返って、全部を見直したいと思います」

 

 

 

 

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