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この誕生日プレゼントはどうかと思う。

作者: 薄雀

今更分ければ良かったと、後悔。長文、会話文多め。それでも、オッケーな人スクロール。

私は、昨日めでたく二十歳になった。そう、大人の仲間入りである。現在短大に在籍しており就活も終わった。そう、後は卒業まで楽しい毎日が待っているのだ!


ガチャ、…………ガチャガチャガチャ。ガチャガチャ、ガチャガチャ。


「なんっで、玄関が開かないの?!」


いつもなら、スムーズに開くはずの玄関が開閉を拒む。

「不在?母、不在?」

だいたいこの時間帯は、母がいるはず。なのに、こんなに音をたてているのに、来ないということは………いない。

しぶしぶ鞄を漁って、鍵を探す。いつもはこの作業がないため、イライラしてしまう。あ。

「あった」

思わず口にしてしまいながら鍵穴に差し込み、………あれ?

「ちょ、今度は刺さらない?!ちょっとなんっで、もう!」

そこで、インターホンの向こうから物音が聞こえ、いないと思っていた母の声が聴こえてくる。

湖由こより、ふふふ無駄よ』

「はぁ?お母さんいるなら開けてよ!鍵、開かないんだけど」

『だから、無駄よ。午前中のうちにここの鍵を変えたの。湖由が持っている鍵では絶対に開かない』

「いや、だから開けてよ」

『昨日の誕生日プレゼント、忘れたの?』

「…………あれ、冗談だよね?お母さん」

『ふふふふ。私が冗談を言ったことあるかしら?』

「もう、いい!いいから開けてよ!」

『ポスト見てちょうだい』


インターホンの近くに設置されたポストを開ける。白い封筒。開ける、思わず捨てる。


『あら、今捨てたわよね?ダメよ、その封筒に入った鍵があなたの新居よ?ふふふふ…それと、その地図に載ってるからそこね』

そう言うと、ブツッときられ反応をしなくなった。


「ちょおっとー!やめてよ!」

『あ、荷物は既に新居に送ったわ。お幸せにね、お母さん…孫を楽しみにしてるわ』

「いーやー!!」



*****


遡ること数時間前。

誕生日だからと、友人に誕生日会を開いてあげると言われてたのを、両親にどうしてもといわれ後日にしてもらった私。プレゼントは当日の方がいいでしょ?と友人たちにプレゼントを渡されほくほく顔で家に帰宅。待ち構えていた両親に半ば引き摺り込まれるようにリビングへ。テーブルについた私の目の前に座った両親、私の隣には兄が既に席についていた。


なんとなしにみんなで食事を初め、いきなり母が涙をぼろぼろと溢し出した。私は慌てるも、父と兄は至って冷静で。

「お、お母さん?!」

「こら、おまえ。泣いてももう遅い」

「そうだって、母さん」

「だって、だって!」

意味も分からず、私はひとりアワアワするなか母は涙を拭って封筒をテーブルの真ん中においた。

「………?なぁにこれ」

「湖由、あなたの二十歳のプレゼントよ」

「これは、俺から」

母の次に兄はずいっと差し出してきた小さな箱。とりあえず、箸は置いて兄のプレゼントを受けとる。

「ありがとう」

「開けろ」

「は、今?!」

兄が頷き、父はじっと私をみている。母は、また涙を溢し顔がぐちゃぐちゃだ。全くもって意味がわからず混乱は増すばかり。

兄がくれたプレゼントを開ける。

「ナニコレ…」

ちょこんと存在していたのは、カードだ。はい?なにこれ、ゴールドカード?なわけないよねー。

「そっちを開けろ」

兄はもぐもぐとひたすら口に詰め込みながら、母がおいた封筒を指差した。まって、兄。詰めすぎ。

「ぐふっ、うぐっ」

「ちょっと、お兄ちゃん詰めすぎ。ほら、お茶ー」

背をさすってあげながらお茶を差し出す、すぐさま流し込む。

「ふぅ、詰めすぎた。すまんな、妹よ」

「何その口調」

年が離れた兄だが未だに子供っぽくて、心配になる。まぁ、子供心を忘れてなくて、兄がつくるものは子供にはバカウケだけど。これでもオモチャメーカーで優秀な社員として働いているのだ兄は。

「可愛いくねぇな、湖由」

「いや、可愛いとかの問題?」

「結婚、できねーぞー……あ!」

「その前に、お兄ちゃんじゃん。もう、28でしょう?三十路だよ、三十路」

「わーってるよ、んなこと。」

ぶっきらぼうに言って、またもきゅもきゅと詰め込んでいく。あ、また。

「うぐっ!うぐっふっ」

「ちょっとお兄ちゃんてば、ばか?」

「そ、そそそうだぞ。動揺しすぎだぞ、ほ、歩酉ほとり

「そう言うお父さんだって、ビール溢してるよ」

ガチャガチャと手が震えているのかビールジョッキに瓶をぶち当てながら注いでいるため、お父さんの手元はビールの海が広がっている。なんなのだろう?みんなして、様子が変だ。いまだにお母さんは、泣いているしお兄ちゃんはさっきから喉に詰まらせているし、お父さんはビールを溢している。おかしい。



私はお母さんが置いた封筒に視線を移した。これを置いてからというものお兄ちゃんとお父さんの様子が変。お母さんはこれを出す前からだけれど。思いきって封をあけて中身を取り出した。


「………なに、これ……こ…んいん届。婚姻届?!」

徐に目を動かして、妻の欄を見てしまう。なぜか、


秋月湖由あきづきこより、なんで私の名前?!誰が、書いたのよ!!

「ちょっと、すぐさま結婚しろって?無理よ、無理!私の人生はこれからよ!」

「彼氏いねーくせに」

ボソリ、呟いた兄に無言で蹴りを入れる。

「いってぇー!おまっ、いてぇだろ!」

「お兄ちゃんこそ彼女いないくせに」

「それは、それだ!の前に、謝れよ!めっちゃいてぇぞ?」

痛みに顔を歪ませながら言う兄の顔面に婚姻届を押し付ける。

「うばっ!おまっ」

「これは、どういうこと?ふざけるにもほどがあるし。お母さん」

「よぉく、見なさい」

母の顔は、破壊された。ぐちゃぐちゃすぎて、私は一瞬怯む。まじで、破壊されている。

「お母さん、顔がやばいことに。」

「それは分かってるわ。もう、あなたをお嫁にいかせると考えると……」

はぁ?意味が分からない。収拾がつかず、父をみた。

一生懸命にテーブルを拭いて、チラリとこちらの様子を見た。視線があう、動揺したのか注いだコップをおもいっきり倒してしまいまた、ビールの海が誕生した。ああ、父もだめだ。

「お前、大事にしろよな。それ母さんが震える手で必死に書いてたんだぞ?」

「お母さんが書いたの?!ちょっと、どういうことか説明してよ!」

もう一度、確認をした。夫の欄まで、埋められていることに気づいてしまった。


萩野雨嶺はぎのあまねって、誰?」




********



うんともすんとも言わなくなったインターホンの前にいつまでも立ってる訳にもいかない。父はたしか出張だといっていたし兄はここより離れた場所に会社の寮を借りて生活している。昨日は、あれを渡すために家族が揃ったんだ、そう今更ながら気づいた。


「……どうしよう……」


即座に捨てた、白い封筒。その中に入っているのは、婚姻届だ。しかも、二枚目だ。だって、昨日あのあと『こんなの、こうしちゃえばいいもんね!!』と破り去ったから。しかし、母も諦めない。

『ふふ、甘いわ。湖由よりも私の方が上手よ!』と、複数枚の婚姻届を取り出してきた。それさえも破ったというのに!捨てても捨てても手元に戻ってくるという呪いの人形よりも恐ろしい。呪いの婚姻届。

私はそれを広げて、ため息をはいた。

誰も帰宅しないから、一緒に入り込むという手段は使えない。なら、残る手段は……





「………ここ?」

地図に記された住所を辿ってたどり着いた大きなマンション。

「『sakuraba』マンションの14階………か。14階?!え、の何号室とかって書いてないし!ちょっとそこまで書いてよね?!」

とりあえずマンションの門前で騒いだら通報モノだ。なにせ、二十歳。新聞に名前が載っちゃうのは勘弁。

昨日兄が誕生日プレゼントだからとくれた、カード。よくよくみてみれば、カードキーだったのだ。それも、このマンションの。

エントランスに入るためにそれを使えば難なくセキュリティ解除され、自動ドアが開いたすぐさま体を滑り込ませてエントランスあったソファで一息ついた。

「つうか、かなり高そう」

チラチラと、見てくるのはあれか?コンシェルジュとかいう人だろうか?まあ、不審だろうね。見たこともない顔だろうし、さてと落ち着いたところでとりあえず14階まで行くとしよう。


─────チン、エレベーターが着いたことを知らせ扉が開く。降りると、直ぐにドアが目に入った。しかし、このドアであることは確証できない。横を見て唖然とした。

「もしかして、この階全部?!」

他にドアもなく、表札に目がいく。


『萩野』、ああ正解か。インターホンに人差し指を伸ばす、けれど震える手がなかなか押してくれない。というより、押したくないというのが本音なのだけれど。

『リンゴーン』、押してしまった!うそ、え?っておもいっきり押してしまっている私の指。結局は押さないと収拾がつかないのだけれど。

『はい、……湖由?』

インターホンの向こうから聞こえてきた、低音の男性の声に思わずびくりとしてしまう。ああ、ついに対面か。なぜか、震える手に力をこめて、返答をする。

「は、はい。えーと、秋月湖由です」

『開ける』

直ぐに空けられたドアの先に立っていたのは、黒髪に整った顔立ちの男。表情はなく、無言で見られている。思わず顔を伏せて、恐る恐る訊ねる。

「萩野雨嶺さん?」

「そうだけど」

「これ!これって納得いかないですよね?!」

ポケットから取り出したそれは、くしゃくしゃになった婚姻届だ。

無言でそれを受けとると、彼はビリッと破りながら

「とりあえず、入ったら?」

促されて、部屋のなかへとお邪魔する。

「お邪魔、します……」

「一応、君の家でもあるから言わなくていい」

そう言われても、…………ってあれは私の部屋にあったクッション!

「今朝、送られてきた。君のだろ?」

「え、あ、はい」

正座で、テーブルの側に座っていると男、萩野雨嶺さんがマグカップを持ってキッチンから現れた。

「お茶しかないけど」

「あ、はい」

置かれたマグカップと、彼が飲んでいるマグカップは色ちがいのお揃いで何故か私のマグカップには妻って書かれてある。……ツッコミまち?じゃないよね。うん、だよね。

「あの!この結婚っておかしいですよね?本人の意思がぜんぜんくまれていないですし、それにほとんど知らない人と結婚なんて出来ませんよね?」

「知らないの?家の両親と、君の両親が仲が良くて子供同士で結婚させるのが夢ってやつ」

「はい?!でも、私知りませんよ。あ、雨嶺さんのこと」

「小さいころは、たまに会ってたけど。まあ、だいぶん前だし」

無表情のまま淡々と話す彼。手元には破られた婚姻届。二枚目の婚姻届は彼によって破棄された。残念、母よ。

「そもそもこれは、有効じゃない。本人が書くべき欄を他人が書いている。まあ、バレなければ受理されてしまうが」

「そうなんだ」

って、待って。勝手に持ってかれて、受理されてしまったら。私は、既婚者になってしまうってことだよね?!

「……いくらなんでも、本人の意思は尊重する。しばらく、様子をみる。その為の、同居だときいている」

その言葉に、ホッとした。小さい頃に会ってたとしても覚えていない人と結婚なんてできるわけない。


「…………そんなに嫌なのか…」

ぽつり、彼が何かを言った気がした。



******



「飲み行こーよ、湖由も二十歳になったことだし!」

「いくいく!」

飲みに誘われた私は、即座に雨嶺さんに連絡をする。仕事中だろうから、メッセージを送った。

あの日から、私は雨嶺さんと同居を始めた。なにせ、帰っても入れてくれないし野宿なんてのは、もってのほか。ホテルなんて借りるお金に余裕もなく、私の部屋もかなりひろく内鍵もあったのでそうなった。

雨嶺さんは、27歳。兄より1つ下で、けれど兄より大人だ。なんていうか、紳士的だがいつだって無表情だから何を考えているのか分からない。なんでもスマートにこなすけれど、料理はあんまり得意じゃなくて私が今では料理担当だ。


『わかった、外で済ませてくる。早く帰ってこないとダメだから』


少し経って帰ってきたメッセージに目を通して、過保護だとさえ思う。もう、子供じゃないのに早く帰ってこいだとか。いつだってそう、早く帰ってこないと迎えにいくっていわれる。本気で言っているから困る。仕事で疲れているのにそうさせるわけにもいかないから、早めに帰ることをいつもしている。


「湖由、今日の飲み会で男紹介したげる」

「は、はい?!」

「彼氏、いないでしょ?この前、彼氏ほしいっていってなかったけ?」

「あーうん」

たぶん、言った気がする。けど。彼氏じゃなくて、婚約者がいるのはいるんだよねー。断りずらい、だって、彼氏が出来たことないのに婚約者だよ?根掘り葉掘り聞かれるにきまってる。

「湖由、かわいーのにねぇ」

「ハハハ、ありがとう」

苦笑いを浮かべると、怪訝な顔をした友人は即座にお洒落しないとね!と意気込み、私を引きずっていくのだった。




「ねぇ、湖由ちゃん?」

「はい、なんでしょーか」

「可愛いね」

「はぁ」

私は、とある男と攻防を繰り広げていた。この男、隙はあらばボディタッチしようとしてくる。ウザイ。せっかくの飲み会が全く楽しめないことに苛立ちが募った。

とりあえず、こいつに嫌気がさしたので

「あの子、あなたのこと格好いいって言ってましたよ。さっき、すれ違い様に聞いたんです」

嘘だけど。見ず知らずの人間、可愛いくて目立つようなカウンター席に座っている女性を指差す。

「まじ?」

「すれ違いざまだったので、曖昧ですけど」

と、言い残してすぐさま逃げる。

「なんなの、あの人。顔はいまいちのくせに、格好いいとか思ってるしボディタッチしようとしてくるし」

「何言ってんの?あいつ、学年でイケメンだって言われてるモテ男子だよ?でも、ないなーボディタッチは」

友人が、はぁ?とか言いながら言う。ボディタッチはウザイ。いくらイケメンでもそれはないよねーとも。


まって、あれがイケメン?そうか、私ってば、雨嶺さんを見すぎてイケメンの度合いが上過ぎた?雨嶺さんを基準にしちゃいけないのか、あの人すんごく整っているから。


「あ、あの人超かっこよくない?!」

飲み会の席にいた、あまり親しくはない女子が声をあげた。みんな、その先に視線を移し、確かに!とハモる。

………………まって、確かに格好いい!けど、なんでいるの?!


「もう、21時だ。帰るぞ」

ラフに、シャツとパンツ姿で現れた雨嶺さんはそう告げた。なんで、場所が分かるの?!

「え、誰のお迎え?!」

「お兄さん?!超イケメン!」

そう周りが騒ぐと、雨嶺さんは迷わず私を指差した。

「ちょっとどういうこと?!」

友人は、驚き問い詰めてきた。どうしよう、困る。

「まって、大丈夫です。湖由ちゃんは俺が送るんで」

「結構。」

「お兄さん、過保護すぎたら嫌われちゃいますよ!」

「お兄さん?じゃない、湖由の婚約者だ。」



あ、終わった。みんなの視線が私に刺さる。グサグサと。こんな、平凡な顔の癖にって。

「ほら、帰るぞ。……これ、湖由の分の飲み代。あとは楽しんでくれ」

そう言うと、私の鞄を掴むと

「わっ!な、何してるの?!」

私を肩に担いでスタスタと歩き出す。

「帰る。」

まって、爆弾落として帰るなんて無理!なにがなんでも弁解しないと、後が恐いんだって。

「もう、おーろーしーてー!この人誘拐はっ「すみません、ちょっと彼女酒に酔ってて」

酔ってなんかいません!そう口にしようとしたが、雨嶺さんのきれいな手が私の口をふさぐ。ふがふがしか言えない。くそう、なんだっていうんだ!



帰りつく頃には私は暴れすぎて疲れはてた。

「もう…いい加減に下ろしてくださいよ。逃げませんよ、私」

「すぐそこだし、湖由は軽い」

「もう、気持ち悪いですー!吐き気に襲われて……うっ」

「ま、まて!あと少しだから、まて!」

「まてま、…うっ」

疲れ果て、こんどは吐き気に襲われて散々だ。なんだっていうんだ!私に門限はないはずなのに!まあ、楽しい席ではなかったけどさっ!友達とワイワイ飲めるようになったのに!あんまり、飲んだ経歴はありませんけども。


即座にトイレに駆け込み、吐き気と格闘。吐くことができずに、余計に辛い。うう……本気で泣けてきた。

「飲みすぎだ、ほら水」

リビングにフラフラとした足取りでたどり着くと、雨嶺さんがグラスを差し出してくる。それを素直に受け取って、ちびちび飲む。

「あ、美味しい……」

「ライムを軽く絞った。喉がすっきりするから、俺はいつも飲むんだ」

そう言う雨嶺さんの手元にもグラスがあり透明な水にみえるからきっと雨嶺さんも飲んでいる。

喉を潤して、ぼんやりとしながら化粧落としシートで化粧を落として行く。面倒なときはいつも、これだ。念入りに拭いておかないと後が大変だとは、知っているけど朦朧とした私の意識はフェードアウトしていく。



「あ、寝た?」

雨嶺さんのその声を最後に聞いた。



****



「はっ」

突如目覚めた私は、飛び起きた。

やってしまった、化粧完璧に落としていない!

………あれ、落としてる?顔に違和感がない。

「あ、起きた?大丈夫?二日酔い?」

覗き込んでくる雨嶺さんの美形っぷりに声をあげそうになるのを堪えて、

「雨嶺さん、びっくりしました!」

「ごめん?…ま、大丈夫そーだ」

そのまま、雨嶺さんはスタスタとリビングの方へ消えた。ポットが沸く音がする、すぐに注ぐ音が聞こえてきた。

「飲む?」

「は、はい!」

ちょうど喉が渇いていたので、ありがたく頂戴する。マグカップには相変わらず、妻とかかれている。

「あれ?冷たい……」

てっきり温かい飲み物かと思えば、普通に水で驚く。

「あれ。コーヒーがよかった?」

夫、と書かれたマグカップで優雅に飲み物を飲める人なんて早々いないと思う。雨嶺さんは、絵になるから驚きだ。マグカップが、夫と書かれているというのに。


「今度からお酒禁止」

無表情でそう告げる雨嶺さんに、ムッとする。この人のせいで、悪酔いしちゃったのに。というか、あれはお酒のせいじゃない。乗り物酔いだ。

「そんな顔しても、ダメ」

「なんで、雨嶺さんが決めるんですか!」

「夫、だから。」

「まだ違います!それに、私はこの婚姻に賛成してません。雨嶺さんはいいんですか?」

「湖由、諦めなよ。」

雨嶺さんは、それ以降黙りを決め込んだ。む、負けた。


ジュウッ、「あっつい!」

キッチンから聞こえてくるその声に、今までぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。慌ててベッドから飛び起きて、キッチンに駆け込む。

「どうしたんですか?!」

指をくわえた雨嶺さんがこちらに視線を向けた。

「火傷したんですか?!早く冷やさないと、水ぶくれになって痛いですよ!」

さっと、冷蔵庫から保冷剤を取り出して近くにあったタオルにくるんで渡す。

「もう、料理は私がします。いいから座っていて下さい」

「頼りきりはダメだ。君がずっとご飯を作ってくれるわけはないから。それにここまでやったんだし」

そう、だよね。私がずっといるわけじゃないのだから。すこし、寂しくなった。が目前には卵の成れの果てだ。これ、なんて料理?頭を傾げつつ考えたが1つしか答は出ない。

「これ、スクランブルしすぎですよ?」

「…………スクランブルはしていないはずだが」

ああ、なんてこと。このぱらっぱらの卵は一度もスクランブルされてないはずなのに、スクランブル通り越して散り散り。

「なにを作っていたんですか?」

「卵焼き?」

ぱらっぱらの卵をすこし摘まんで味見。うん、味がしないね。


「味付けしました?」

「出来上がって醤油をかける?」

「なわけないです!」

冷蔵庫から卵を取り出して、私の味付けはこうです。と説明をしながら卵焼きをつくる。

「味付けは自分の好みで変えれますからね」

「好きだ」

唐突にそう言われ、ドキリと心が高鳴る。え、どういうこと。

「湖由の味付けが好きだ」

で、ですよねー!なに、ビックリしちゃってるのよ私ってば。


「なら、さっきの手順で」


そう言って、私は切ってお皿に盛り付けた。



*******


雨嶺さんが仕事に行ったので、このワンフロアの家にぽつんと一人ぼっち。洗顔を丁寧にして、化粧水を浸しながら携帯をいじる。


朝食の後、雨嶺さんは私の愛用している化粧落としシートを持ち出した。え、どういうこと。

「化粧したまま寝るのは、よくないと聞いたことあるから落としておいた。気づいたら、途中のまま寝てた。よく分からなくて、もう一枚使ったが良かった?」

え、マジで?普通、そこまでしちゃうの?絶対違うよね、だって。友人たちがいつも言ってるし、

「彼氏家で化粧落とさないまま寝ちゃってさ、顔がやばい」

って。男性はそこまで気が回らない、って言ってたし!!

「あ、ありがとうございます?」

「持ち出してどこに片すのか分からなくなった」

受け取って、自分でなおしておきますと返すと、颯爽と仕事に向かっていった。


とりあえず、後のケアをひたすらやって、あ………


携帯にすごい履歴が残ってる。

あの人、本当に婚約者なの?

だとか、

婚約者とか初耳なんだけど?!

とか、専ら雨嶺さんについてだ。紹介してよ、だとか言ってるあなた。私と昨日会ったばかりだよね?とりあえず女子は連絡先交換していた中の一人。これは、下心みえみえでムカッとしてしまう。


まあ、たしかに雨嶺さんの容姿は惹き付けてしまうけれど。


仲の良い友人には、本当のことを話しておくか。とりあえず、今度おしえるからと返しておいて他は無視した。だって雨嶺さん狙いなんだもの。


─────私、なんでこうもモヤモヤしちゃうわけ?やっぱり、二日酔い?


携帯がいきなり震えだす、着信音がなって私は慌てて携帯を持ち直した。

「雨嶺さん?仕事中になんだろう?」

また、釘を刺されるのかな?ちょっと躊躇って、電話にでる。

電話の向こうから、低音の雨嶺さんの声が聞こえる。

『………湖由?』

そういえば、初対面?から雨嶺さんには湖由って呼ばれているなとぼんやりと思った。

『湖由?』

「あ、ごめんなさい。ええと、雨嶺さんどうしたんですか?」

『反応がないと、心配する。……すぐに反応してくれ。』

「ごめんなさい…」

『何事もなければ、いい。その、忘れ物をしたんだ。持ってこれる?』

申し訳なさそうにいう雨嶺さんに少し笑みを浮かべてしまった。こんな風に喋ることもあるんだ、と思ったのだ。何しろいつだってポーカーフェイスだし。荷物をまとめながら、会話を続ける。

「いいですよ、雨嶺さん必要なんでしょう?それに今日は、暇でしたし。忘れ物は何ですか?」

「ありました!持っていきますね、えっと、何時までにもって行けたらいいですか?間に合うかな…」

『1時、まだ大丈夫』

たしかに、今は11時だし。同居始めてすぐに、雨嶺さんの仕事先を知ったから場所は大丈夫。

『お昼、食べよう。何がいい?近くに美味しいパスタもあるし和食もあるし』

「え、パスタですか?食べたいです!」

最近ずっと私は雨嶺さんに弁当を渡していた。あまり、コンビニの弁当は好きじゃないが時間がないことと料理がダメだからとお昼はいつもコンビニ弁当を食べていると言っていた雨嶺さんに作っていた。なにせ、私は生活費を入れていない。バイトはやってはいるが、小遣い稼ぎにしかやっていなかった私も頑張ろうと思った矢先に生活費はいれなくていいといわれた。その代わりに、朝食と晩御飯はおねがいしたいと言われたのだ。それなら、朝食と一緒に弁当をつくることも造作ない。今日は、朝食を無理矢理作ったので弁当作りは阻止されたのだ。

『なら、パスタを食べに行こう。』

少し、雨嶺さんが笑った気がした。



バタバタ、部屋着から着替えて雨嶺さんの忘れ物をしっかりと抱いて鞄を掴み家をでる。

良く良く考えたらこの、時間帯の混み具合は知らない。



が、こういう時って案外早く付いてしまう。12時前についてしまった。うわー、どうしよう。どこかでぼんやりとしておくか。

スーツの人達をぼんやり見ながら、時間が経つのをまつ。

「お嬢さん、ここは休憩所じゃないよ?」

警備員さんがいるくらい大きな会社だと思っていたら、若い警備員さんから話しかけられて声が上ずる。

「はひっ?!」

「ああ、ごめん。でも、ここ」

「あ、え、と、あの!ここに働いている人がいて、忘れ物しちゃってて、その」

「ああ、そうなの。」

警備員さんは優しく微笑み、不審だったからつい。と言って笑った。えー、と。私、そんなに不審だった?

「ここ、社員みんなスーツだし。色がついた洋服は目立つでしょ?」

若いからか砕けた話し方で、話しやすい。

「そうですね。今日は特に明るい色着てますね、私」

自身の洋服をみる。たしかに、スーツの色ばかりのなかにこの淡い水色のフレアスカートは目立つか。じっと見ていたせいか警備員さんはくすくすと笑いだした。あ、警備員さんは笑うと可愛いんだ。

まあ、イケメンの部類に入る彼はきっとモテるに違いない。にしても、いいのだろうか?職務中ではなくて?

「警備員さん、仕事しなくていいんですか?」

「あー、それは大丈夫。あの人、俺の先輩でさ。君のこと、見張ってろってさー。最初、不審だったからね」

あーそうですか。不審で、悪かったですね!それにしても、言葉砕け過ぎだと思うのは私だけでしょうか?といっても、聞こえるのは私しかいないんでしょうけど!!

「あ、」

見知った美形がエスカレーターで降りてくる。というかこの会社すごすぎる。エレベーターもあるし、エスカレーターまであるんだよ?マジで。というか、雨嶺さんが現れた瞬間に女子たちの色めき感が凄まじい。やっぱりモテるよね。

「?……もしかして、萩野さん?ああ、あの人萩野さんっていうんだけど。相当、美形だよね。男の俺から見てもさー。モテるな、ああいうの。それに萩野さんなんでも出来るって噂だし」

まぁ、そうですね。でも、料理は出来ないんですよ。

「警備員さんもモテそうですけど?」

「そうでもないよー。ここじゃ、萩野さんいるし。出逢いないし。」

「そーですか」

「?君は、萩野さん好みのタイプ?」

「………うーん、どうだろう?整っているなーと思うけれど、見慣れたらそうでもない。みたいな?」

何故か、ほっと息をはいた警備員さんは意を決したように口を開く、

「あのさ、俺……昼上がりなんだ。だからさ、よければ…「良くない」

え?」

警備員さんはぽかんと口を開き、良くないと言った本人をみた。

「お疲れ様です、雨嶺さん。これ、でいいですよね?」

「ん、ありがとう。早く来たね」

「ごめんなさい。思ったより、早く着いてしまって。」

「俺も早く上がれたからよかった」

ほわり、笑顔を浮かべた雨嶺さん。回りの女性たちは、悶絶している。すごい、この人の破壊力。というか、私のこと誰?って視線がすごく痛い。早く、出たい。

「湖由、知り合い?」

雨嶺さんは、警備員さんに視線を向けていった。

「いえ、私が不審だったみたいで……」

「ふーん……ごはん行こう」

「あ、はい!」



「美味しい?」

「とっても!」

雨嶺さんが連れてきてくれたこのお店は、外観も内装もすごく好みだしなによりパスタが美味しい。

良かった、と微笑む雨嶺さんにちょっとドキリとする。いつものポーカーフェイスは何処へ?


「雨嶺さんは、ペペロンチーノですよね?美味しそう」

「そうだよ。」

「今度、誘って食べに来よう」

「誰を?」

「郷田、」

「ごうだ?……男?」

突然ムッとした雨嶺さんは、訊ねてくる。

「郷田美咲、友達ですっごくパスタ好きなんです!」

「そうか、食べる?」

雨嶺さんは、ペペロンチーノを私に餌付けしようとする。いわゆる、あーんというやつだ。え、恥ずかしいからしませんよ?!

「しません!」

「ん、食べろ」

なおもフォークを向けてくる雨嶺さんは諦めないらしい。

「いや、です!ほら、雨嶺さんこそ!」

私の和風パスタを口へと、近づける。ほら、どうだ?!

「和風もうまい」

あっさりと食べちゃう?!ちょっと、こっちが逆に恥ずかしいじゃないですか!!こんにゃろー!

勢いをつけて、ペペロンチーノを食べた。あ、美味しい。

「美味しい?」

「………おいひぃです」

だろ?と微笑む雨嶺さんは、すっごく美しかった。

私が赤面して、どうする?!もう、この人何考えているのかわからない!



忘れてました、ここが他人の目があるということを。



****


「こーよーりー?あの人のことしっかり吐くまで帰さないわよ!」

「ごめん、うん。きちんと話すから、その頭をぐちゃぐちゃにしないで」

しっかりセットされた頭はもうぐちゃくちゃだ。せっかくきれいにセットされてたのに。

「いーやー!」

友人一人がぐちゃぐちゃにしていくが、もう一人はあれ?、と言った。

「湖由って、髪の毛セットするの苦手じゃなかった?そんな、難しい髪型良くできたねー」

その言葉にぎくり、私は反応してしまいその友人は目ざとく見ていた。ぐちゃぐちゃにしている友人も、確かにと言って漸く止めてくれた。

「美容院いく時間、ないよね?だって、さっきの講義に出ていたんだから」

1限目の講義に出ていた私たち。そりゃそうだ、バレるよね。

「えーと、説明するから落ち着いて」

今にもまた髪をぐちゃぐちゃにしそうな友人に待て、の仕草をして止める。


「あの飲み会に来ていた人は、………結論から言うと婚約者らしいです」

「らしい、ってどういうこと?」

「私の誕生日の日、パーティー断ったでしょ?あれは、」

「お母さんとお父さんがどうしても、と言ったんでしょ?」

「うん、その日。いきなり誕生日プレゼントとして、婚姻届とカードキーを渡されたんだ。婚姻届には、妻の欄に私。夫の欄にあの人、萩野雨嶺さんっていうんだけど、雨嶺さんの名前。私、意味が分からなくて破っても破っても出てくる婚姻届。こわいでしょ?」



友人は黙って聞いている、というより唖然としていた。

「それ、本当に?作り話とかじゃないよね?」

「こんな、話つくってどうすんの?まぁ、そうであれば良かったんだけど。………で、話は戻るけど。それまで、知らなかったんだよね雨嶺さんのこと。向こうは知ってたみたいだけど、というか小さい頃に面識があったらしいけど…私は覚えてないし」


それから、話終えて友人たちはため息をはいた。

「わかった。はぁー、でも。恋人よりさきに婚約者って古いわー」

「いくら両親たちの夢でも巻き込まれたこっちの気持ちを分かってほしいわね」

「でしょ?」

にんまり、笑みを浮かべた友人。え、なに?

「けど、あんないい男でよかったじゃん。変な男よりさ」

「たしかに。しかも、今一緒に住んでるし、うまく行ってるみたいだし。もはや、すでにあんたら夫婦みたいな暮らししてるわよ」

「はい?!」

「まあ、夜の方はないのは当たり前だけど。というより、襲われてないってところが紳士?」

「ちょ、なんて話してるわけ?!襲うわけないじゃん、私と結婚するのに抵抗あるんだし!」

その言葉に、友人たちはきょとんとした。

「え、向こうは抵抗してるの?きいた限りどこにも抵抗している話はなかったけど?」

「うん、私もおもった」

「え?」




そういえば、そうだ。雨嶺さんは、結婚しないなんて言ってない。それは、どうして?



*****



『湖由、持ってこれる?』

「分かりました、持っていきますね」

『また、ランチしよう』


二回目の雨嶺さんの忘れ物届ミッション。意外とおっちょこちょいなのかな?料理以外はなんでもそつなくこなすけれど。

今日はこの前より遅くに出たが、雨嶺さんがなかなか現れない。先日お世話になった警備員さんは見あたらない。今日はシフトじゃないんだろうか、とぼんやりと思う。

「ねぇ、あなた。ちょっといいかしら?」

真っ赤なルージュが似合う、美人が仁王立ちのごとくそこにたっていた。

「私、ですか?」

「ええ、そうよ。あなた以外誰がいるっていうのよ!」

美人はそういうと、私の腕を掴みスタスタと歩を進め始めた。良かった、今日はスニーカーファッションにしておいて。危うく転けそうになったから。

「あの、痛いです!それに、あなたは誰ですか?」

「雨嶺くんの、彼女よ」

……………なに、私ってばショック受けてるの。そうよね、だって、雨嶺さんだって婚約者とか関係ないんだし。あの婚姻届は破り捨てた、彼女がいるんなら早くいってほしかった。母に言って、雨嶺さんには恋人がいるからダメだよって。そうして、家に帰れたのに……私は普通に雨嶺さんとの生活を楽しんでた。


「彼女さんですか、すみません。すぐ、出ていくので」

「は?出ていくって、なに?その前に、あんたこそ誰?」

「親の都合で婚約者らしいです。私も納得いかない婚約だったので良かったです」

美人さんは眉を潜めて、本当に?という顔をしている。赤いルージュが似合う人ってそうそういないよなぁと別に思考が行ってしまう。

「じゃあ、そんな婚約者なのにあの食べさせあいをするわけ?」

「……あれは!そう、あれは餌付けですよ!雨嶺さん、私を妹と思っているみたいです。私とは、7歳も違いますから」

あの、ランチを見られていたとは!恥ずかしい。というか、この人怒ってる。そりゃそうだ、彼氏が他の女と食べさせあいをしてたら。



「確かに、あなたは幼い顔立ちだしね。」

美人さんはちょっと納得したみたい。良かった。もう、あの家から出ていかないと。彼女さんに迷惑だし。

今日のランチも止めなきゃ。

「あの、これ雨嶺さんの忘れ物です。渡してくれますか?」

「え、ええ。いいわよ、なんでこれ」

「あ、すいません。先に謝ります。今、親から強制的に同居させられているんです。今日、出ていきますから。なんにも、ないですから安心してください」

そう言い残して、私はバタバタ荷物を纏めた。

お母さんたちには何て言おう。雨嶺さん、彼女いるから結婚は無理だよ。かな?でも、雨嶺さん、怒られちゃうかな?



「ねぇ、お願いがあるんだけど」

とりあえず、友人に電話しておこう。


****



お世話になりました。荷物は後日引き取りに行きます。と書き置きをして、萩野家を出た。

「もう、びっくりしたわよ!婚約者には、恋人がいた!とかいうからさー。で、あんた顔ひどいけど」

私の顔を覗きこみ辛辣な言葉をくれる友人。いつだってこんな感じな友人は、結構嫌われやすい。私にとっては、ずけずけ言ってもらった方がいいから一緒にいて楽だ。もう一人の友人も、そうだ。

「いつのまにか、好きになってたってわけね?」

「んな、ちがうよ!ただ、恋人がいるのに申し訳なくて」

「違うね。まぁ、なに言っても無駄だろうけど」

「………違うから。」

「とりあえず、破壊された携帯変えてきなさい」

「うい」

そう、運がないことは続く。携帯が、落としたらばりっと画面が割れてしまったのだ。今まで落としても大丈夫だったのにー!

結果、データは全部消えてました。

とりあえず、友人宅にお世話になる。しかしいつまでもここにいるわけにはいかない。友人は気がすむまでいたら?というけど…悪いし。その前に気がすむまでって、ケンカしたみたいに言わないでほしいんですけど!家に帰ってもいいけど、お母さんが納得するだろうか?きっと、嘘だと言われるに決まっている。


「洋服、取り行こう」

あまりにも荷物が少なすぎた。ちょっと考えて荷物積めれば良かった。と言っても、小さいボストンバッグに詰め込むのはちょっと無理があるか。

1週間はもったけれど、これ以上は不便だから。言い訳しつつ、萩野宅へ。カードキーで入ったものの、とりあえず渋る。一応、雨嶺さんが仕事中のはずだからばったり彼女さんとイチャイチャ中にあうことはないだろう。インターホンを押してみる、よしっ反応なーし!

出ていく、と言ったのに鍵忘れてたと今さら思い出した。まぁ、荷物取りに来るんだからいっか?いいのか?うーん、まぁいいや。

ガチャ、ドアをあけて私は思わず閉めてしまった。え、ここ幽霊でるの?!気づかなかった!……じゃないか、えーと。

「あの、雨嶺……さん?」

廊下に座り込んだ、ぼろぼろのワイシャツ姿の雨嶺さんらしき人?に声をかけた。こわいんだけど。


「…湖由?」

「えーと、どうしたんですか?ぼろぼろじゃないですか、「湖由!」

雨嶺さんはそのまま、私へと飛び付いてくる。男の体重を私が受け止められるはずもなくて、廊下へと傾いていく。

「湖由、どうして居なくなる?俺が嫌い?そんなに、結構に嫌?ねぇ、だめ?俺じゃ、ダメ?」

倒れると想定してぎゅっと目を閉じて、でもいつまでもやってこない痛みと、雨嶺さんの言葉に目を見開いた。

「ちょっと、雨嶺さん。一旦落ち着いてください、その離して貰ってもいいですか?」

「嫌。」

雨嶺さんが背に手を回していたから痛みがなかったのだと納得。それよりも、わからないのは…

「あの、雨嶺さん?私、雨嶺さんに恋人がいるとしったんです。彼女さんに迷惑じゃないですか。なんで、恋人がいるのに私と結婚しようとするんですか?」

「違う、俺に恋人なんかいるわけない。だって、ずっと湖由しか見てないのに…!」

「は、え……?」

私には、固まることしか出来なかった。

「湖由、結婚して」

私の両腕をつかんで、真剣な表情で雨嶺さんはそう言った。私は、未だ混乱状態で口を開いた。

「雨嶺さん、説明が欲しいのですが?」

とりあえず、説明が欲しかった。あの人は、恋人でなければ一体なに?




****


ボロボロな雨嶺さんをとりあえず、風呂場に押し込んで。私は、リビングで待機することにした。風呂場に押し込む際も、一悶着あったりした。

なにせ、雨嶺さんが

「嫌、湖由が逃げる」

と言って聞かなかったから。居ますから、と何度も言ったけれど信用して貰えなくて。途中から悔しくなって、そんなに信用できませんか?と言えば、雨嶺さんは黙りこみそのあと漸く、わかった。けど、逃げないでよと念押しされた。


「お帰りなさい」

 リビングに戻ってきた雨嶺さんに何となくそう告げると少し顔が綻んでいた。

「ただいま?」

「はい。お茶、飲みますか?」

こくり、頷いた雨嶺さんにお茶をそそいで渡す。そして、私から切り出した。

「まず、私が聞いていくのでそれに、答え貰えますか?」

こくり、頷いたので質問にうつる。

「先にあの人、えーと美人さんにですねあの日言われたんです。私は、雨嶺さんの恋人です。って」

「違う、あの女はしめといた。もう、大丈夫」

え、しめといたってなに?!物騒なんだけど!

「人事に頼んで、飛ばしてもらったから。」

権力行使!?というか、雨嶺さんってどんな役職ついてるの?人事に頼んで、オッケー貰えるとか……まだ、ぜんぜん若いのに。

「俺、ずっと待ってた」

「あの、どういうことですか?」


「10年前、約束した。」

10年前?私、10歳の時?やばい、まったく思い出せない。

「雨嶺お兄ちゃんと、結婚する!って湖由から言ったのに。」

なにそれ?!そんな小さな頃の、言葉を?

「え、ロリコンですか?」

そういえば、雨嶺さんは慌てて違う、違うから!と必死になった。それもそうだね、うん。ロリコン…かぁ。

「違う!断じて違う!ロリコンは幼女好きだ。俺は、湖由が好きだから。ロリコンだとか、関係ない。ロリコンなら、大人になった人間には興味は持たないだろう?」

そっか、でも雨嶺さんはいつも私のことこども扱いしてる気がするんだけど?

「………子ども扱いするじゃないですか」

「そ、そ…れは!……理性が持たないからだ!」

言っちゃったよ、この人!でも、雨嶺さんは私のことをそう見れるってことだよね?

「その、身体目当てだったりとか「違う、そうじゃない。じゃなければ、俺は他に女作ってる。」

「えーと、えと」

私は絶賛キョドり中。え、本当に?本当……?

「湖由、結婚してください。本当に、お願いします。」

「え、あ、はい?」

真剣な表情で、懇願する雨嶺さんにそう答えてしまう。

「…!いいの?」

「あ、まち「湖由、早速籍を入れに行こう。気が変わる前に、うんそうしよう。」

うわぁぁぁあ!人の話、聞いてないよぉう!

「はい、ここにサインして」

軽く渡されたペンを握る。本当に、いいの?私。流された、と言ってもいいくらいなノリで本当に結婚しちゃうんだよ?

でも、

「雨嶺さん、本当に私でいいんですか?」

「………いいもなにも、湖由だから。あの日、結婚すると言った笑顔が可愛くてまるで妹みたいに思ってた。けれど、彼女ができてもどこか踏み込めなくて。いつだって、湖由のことが思い浮かんで。どんどん成長して可愛さがまして大人の表情が出始めて、やっと気づいた。ああ、湖由が好きなんだって。ずっと、待ってた。湖由が本当に大人になるのを。湖由の両親には、湖由を下さいと前々から言ってて。2年前にやっと、二十歳になったらって了承もらったんだ。営業課長になって、漸く。」

「あの、私を好きだと気づいたのはいつですか?」

「ん?ああ、俺が20の時」

「そんな前からですか?!」

驚いた。でも、疑問。どうして、私と接触しなかったんだろう。もし、頻繁に会っていたらこんな風にならなかったかもしれないのに。

「湖由、口に出してる。……もし、会ってたら我慢できないし。理性がもたない」

「うぇ?!り、理性?」

「うん、今も本当にギリギリ。ねぇ、結婚するしダメ?」

「ま、え、まっ!」

「湖由、お願い」



私は思わずその美形に婚姻届を押し付けた。

「……痛い」

「うわ!ごめんなさい!」

「大丈夫。俺も焦り過ぎてた」

冷静になったらしい雨嶺さんは、くしゃくしゃになった婚姻届を破るとゴミ箱に入れた。そうして、引き出しからなにかを取り出すとまた戻ってきた。

「湖由、サインお願いします」

諦めてなかったー!土下座する勢いで、懇願される結婚ってあるのかな?

「これ、湖由との結婚資金。好きだと気づいたときから貯めてきた。贅沢な結婚式でも大丈夫。」

通帳を開いて、その金額に驚いた。え、本気なんだ。

でも、私の心は揺らぐ。本当は知ってる、私の心。けれど、どうしてか踏み出せない私がいる。

「雨嶺、さん。私、雨嶺さんが好きみたいです」

そう言うと、パァァアと明るくなっていく雨嶺さんに思わず微笑む。

「なら!サイン「けれど、結婚はまだ早いと思うんです。だって、私彼氏出来たことないし、その憧れなんですよ。夢見がちだと思われますけど」


雨嶺さんはじっと私をみて、微笑む。

「別に問題ない。結婚してからも、恋人のような夫婦もなかにはいる。」

「それとこれは、違うんです!」

「………湖由、結婚しないと俺は」



*******



「あの、今から嫌だとか無理?」

「あんた、なに言ってるの?!」

「どうされましたか?」

「いいえ、なにもー。この子ったら今さらマリッジブルーになっててー。ふふ、黙らせますから大丈夫ですー、お気遣いなくー」

母の叱咤にスタッフさんが駆け付けた。母は言わなくてもいいことをツラツラ言うと無理矢理スタッフを押し返した。


「ドレス選びはあんなに楽しんでたじゃないの」

「いや、今プロポーズ思い出して。もし、もしね私の子どもにお母さんはどんなプロポーズされたの?と聞かれたら言えないわ!」

『………湖由、結婚しないと俺は死んじゃう』

だとか、無理!あれが、結婚に踏み切った一言だとか逆に今の私が死んじゃう!

「バカねぇ。私の方が言えないわよ」

お母さんは遠い目をして呟いた。

『奴隷でもいい、お願いだから結婚してくれ!』

あ、それも無理だわー。だからか、お父さんはお母さんに弱いのか。知りたくもない事実を突きつけられた。


「ほら、花嫁さんは笑っていなさい!素敵な誕生日プレゼントだっためしょう?」


いいや、ぜんぜん。

この誕生日プレゼントはどうかと思う。



ご指摘いただきましたので、追記しておきます。

婚姻届を本人以外がかく行為が小説内にて出ますが、もしこちらを提出した場合犯罪行為になります。


今回、湖由の母がなぜこのような行為を行ったのかというと。


「揺さぶりに決まっているじゃない。あれだけ思ってくれる男は、早々いないわ!逃したら勿体ないじゃないの!」

勿体ない精神からのあの行為か!?

「それに、あれ本物の婚姻届じゃないしー」

「え?!」

「どーせ、気づいてないとは思ってたけれど。実際の婚姻届はぺらっぺらだったでしょ?」

確かに、母が書いていたやつは今思えば少し分厚い。

「騙したのね!」

「というか、あんたが最初に雨嶺くんに結婚するーって言ってたのに忘れちゃってるのが悪い!」


という口喧嘩を繰り広げました。本当に二人で書いた婚姻届を提出した後に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これぞ正しくラブコメって感じで、楽しく読ませて頂きました。 [一言] 母親の書いた婚姻届けは、実際に提出した訳じゃないので、本文中では気にならなかったのですが、 追記によって引っかかりを覚…
[良い点] いやあ、によによしちゃいますね〜( ^ω^ ) 湖由ちゃん!!!!お幸せに!!!! [気になる点] 赤い女(借)がどうなったのか知りたいですなぁ。 [一言] 結婚しないと俺、死んじゃう。…
[一言] >「そもそもこれは、有効じゃない。本人が書くべき欄を他人が書いている。 >まあ、バレなければ受理されてしまうが」 そもそも婚姻届や離婚届を他人が書く行為は、 「5年以下の懲役又は50万円以…
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