お兄ちゃんは本当は私のことが大好きだ
スピーカーの悲鳴はやがてすすり泣く声に変わった。自分が飲ませた毒によって愛する娘を殺してしまった悲しみは、想像するだけで胸が張り裂けそうな程である。
俺は目を開け、立ち上がると、祭壇を目指してゆっくりと丘を上り始めた。よく分からない構造をしている植物が足に絡まって少し歩きにくい。
祭壇の上の少女はまるで眠っているかのようであった。本物の白雪姫さながらにドーランで顔が真っ白に塗られているのはお袋の仕業であろう。小ぶりな唇も、長いまつげも、着せ替え人形のようで愛らしい。俺は真白のフワフワの頬っぺたにそっと手を遣る。
そして、親指と人差し指で頬っぺたを思いっきりつねった。
「痛ーーーーーーい!!お兄ちゃん、何するのよ!?」
真白は慌てて上体を起こすと、俺を睨みつけた。真白の身体に降りかかっていた花びらが四方に飛び散る。
「感謝しろ。寝たきりのお姫様を起こしてやったんだぞ」
「話が違う!!王子様はお姫様をキスで起こしてあげるんだよ!!」
「話が違う、はこっちの台詞だ!!気絶したフリなんかしやがって!!」
「二人ともちょっと待って!!どういうことなの!?」
驚いたお袋が大慌てで口を挟む。できれば説明はしたくないのだが、この状況になってしまった以上、適当にお茶を濁すことはできないだろう。
「お袋、見ての通りだ。真白は毒によって気絶なんてしていない。気絶したフリをしてただけなんだよ」
「お兄ちゃん、なんでそれが分かったの?私、迫真の演技をしてたのに……」
「真白、右手を伸ばし、左手をお腹に遣った状態で仰向けになってただろ?自分では気付いてないかもしれないが、それは真白が眠るときによくする格好だ。おそらく、真白にとって一番楽な格好なんだろうな。毒を飲んで気絶したならば、自分でポーズは選べないはずだろ?その格好を見て、真白に意識があることに気が付いたんだ」
「えーーーー!?じゃあ、違う格好で倒れてたら、お兄ちゃんを騙せて、キスしてもらえたってこと!?」
「かもな」
「えーーーー!?」
真白はまた祭壇に倒れ込んだ。ゴンッと頭を強く打った音がしたのだが、俺のキスを逃したショックで、その痛みにすら気付かないようだった。
「ちょっと待って!!どうして真白は気絶しなかったの!?この毒の効果は本物のはずよ!!」
「ああ、本物かもしれないな」
「じゃあ、どういうこと!?」
「おそらくだが、真白の毒は、真白が毒を飲んだ瞬間に解毒されたんだ」
「は?」
「解毒のキスのタイミングは、毒を飲んだ後じゃなくても良いということだろうな」
「どういうこと!?」
「その、解毒に必要な王子様成分っていうのは、一度キスをすると、キスをされた者の体内に長い間留まるんだと思う。で、すでに王子様成分を注入された者に毒を飲ませても、毒は飲んだそばから解毒される。すでに解毒剤が体内にあるから」
「それってつまり……」
俺の最大の秘密を明かさねばならない日が遂に来てしまった。しかも、その相手が実の母親だなんて胸が苦しい。
「俺は少し前まで真白と兄妹の一線を越えた関係だったんだ」
自分でも顔が赤らんでいるのが分かる。そのまま駆け出して、森の中に消えてしまいたい。
「お兄ちゃん、照れてるところも可愛いぞ」
いつの間にやら祭壇の上から降りていた真白が、俺の頬っぺたを指でツンっと突いた。
「兄妹の一線を越えた関係っていうことは、つまり、男女の関係ってことかしら?」
「それはここでは言えないな」
「言っちゃったらこの小説にR18指定を付けなきゃいけなくなっちゃうもんね」
「おい!!真白、黙れ!!」
叱ったにも関わらず、真白は満面の笑みだった。こんなに嬉しそうな真白を見たのは久しぶりかもしれない。
「そうだったのね……」
お袋の声はどこかホッとしているようにも感じられた。俺が言うのも難だが、この家族は完全に狂ってる。
「でも、高校3年生になる少し前くらいから、お兄ちゃん、急に私に冷たくなって、私のことを突き放すようになったの。どうして?」
「いや、それは……」
「私のこと嫌いになったの?嫌なところあったら言ってよ。直すから」
「別に嫌いになったわけじゃないんだよ」
むしろ―
「真白のことを本当に愛し始めたからなんだ」
場がシーンと静まり返った。先ほどからずっと騒がしかった鳥のさえずりまでもがなぜか止んだ。変なところで空気を読みやがって。
この沈黙を破れるのは、俺しかいなかった。
「真白を愛し始めたからこそ、こうやって一時の快楽に溺れて兄妹間で関係を結び続けることは良くないと思い始めたんだ。このままだと真白の人生を壊しかねない、そう思い始めたんだ」
「お兄ちゃん……」
「世間っていうのはステレオタイプでガチガチなんだ。兄妹間の恋愛なんて右から左で拒絶されてしまう。双方が愛し合っていれば何の問題もないはずなのに、特に理由もなく兄妹愛はタブーなんだ。この関係を続けていたら、真白は絶対に幸せになれない。真白は俺以外の立派な男性を見つけて、子供を作って、そうやって普通の人生を歩むことによって幸せになるしかないんだ。そのためには、俺が真白を諦めるしかないんだ」
「お兄ちゃんがそんなことを考えてただなんて、私知らなかった……」
「そのために俺は、真白が俺のことを嫌いになるように努力をした。理由もなく真白に冷たく接した。めいりんを好きになったフリをして、真白に俺のことを諦めてもらおうとした」
「じゃあ、本当はめいりんのことは好きじゃないんだね?」
「ああ、あんなブスな子供のことを好きになるわけないだろ。ブスな子供の熱心な追っかけを演じれば、真白が呆れて俺のことを見捨ててくれると思ったんだ」
「お兄ちゃん、無理させてごめんね。ブスのポスターにキスするのは辛かったでしょ?」
「ああ、吐き気との戦いだったよ。目の前にこんな美少女がいて俺に尽くしてくれているというのに、それを避けて、わざわざお金を払ってブスりんのライブや握手会に通うのも心苦しかった」
「ブスりんに無理矢理魂を売ったのも、全部私のためなのね」
「そうだ。俺は真白のことを誰よりも愛している。このダンジョンのクイズだって、本当は全問答えが分かってた。でも、全問正解すると俺が真白離れできてないことがバレると思ったから、わざと半分間違えた。さすがに正答数ギリギリのクリアは白々しかったかもしれないがな。本当は知ってることは全部答えたかったよ。真白のスリーサイズは、上から、75、56、82だろ」
「合ってる……けど、別に今言わなくても良いよね?お母さんに知られるのはいいけど、読者の人に知られるのは恥ずかしいよ……」
真白は小さな手で小さな顔を覆った。そういう仕草もいちいち可愛い。
「とにかく、俺は真白と普通の兄妹であることを演じていたんだ。普通の兄妹のように、妹に興味のない兄を必死で演じていた。真白は寂しく思ったかもしれないが、俺だって寂しかった。でも、それが俺の真白への真実の愛の形なんだ。ベタベタするだけが愛じゃないんだよ」
「お兄ちゃん……」
「真白、分かった?」
「うん。分かった!!」
真白は元気よく返事をすると、俺をギュッと強く抱きしめた。
そして、俺の唇に自分の唇を押し当てた。
「お兄ちゃん、大好き!!」
真白は何も分かってない。でも、そういうところも含めて俺は真白が大好きだ。
(了)
この小説を読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。今回の作品では今までにないくらいのアクセス数をいただいたので、本当に感謝しています。
僕は今まで「ライトノベル」を書いたこともなければ読んだこともなく、それどころかアニメもほとんど見ないしゲームもほとんどやらない、ということで「ライトノベル」には恐ろしく縁遠い存在でした。
「リア充爆ぜろ」と思った方、それは間違いです。僕は二次元には疎いものの、三次元のアイドルについてはかなりコアなヲタクですので。ただし、めいりんほど若い子には手は出していませんのでご安心を。
そんな僕なので、「ライトノベル」といえば妹萌えでしょ!的な安易な発想で筆を進めてみました。しかし、この作品が果たして「ライトノベル」として成立しているのかどうかはよく分かりません。そこは読者の皆様の判断に委ねたいと思います。
僕が今回の小説でこだわったところは、各部のタイトルです。真白の独りよがりかと思っていたタイトルが、最後まで小説を読んでみると実は……という逆転が、推理小説ファンである僕の、この小説を書いた最大の動機です。
しかし、ユーモアにも相当こだわりました。ちなみに個人的には第2部と第6部が自信作です。
次回作は、今作である程度手応えを掴んだユーモアと、僕がどうしても書きたい推理小説とを融合させた作品にする予定です。タイトルは、「引きこもり民俗学者と漁村連続殺人事件(仮題)」です。
そして、1ヶ月半ほどの間、毎日このサイトに小説を投稿し続けてきた僕ですが、最近インターン等で少しずつ忙しくなってきましたので、投稿活動はしばらくお休みします。
次回作は9月の初旬からアップし始める予定です。
同時進行で、今回の「この不思議過ぎるダンジョンは、俺の妹愛を試そうとしている」のスピンオフも書ければな、と思っています。
今後ともよろしくお願いします。