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お兄ちゃんは本当は私と熱い接吻をかわしたい

 次の試練の場へと通じる通路は、長く険しかった。ただでさえ足場が悪いのに、灯りの一つもついておらず、真っ暗なのである。矢を発射する装置やら真白(ましろ)人形やらを制作する予算があるならば、洞窟全体に電灯を設置して欲しかった。お金を掛けるところを全力で間違っている。


 ようやく光が見えてきた。俺はほぼ四つん這いになりながら、その光を目指して岩場を上がった。



 光の先に広がっていたのは、ファンタジーの世界だった。


 辺り一面を覆っているのは見上げ切れないほどの高さまで伸びた大木。どこからか鳥のさえずりも聞こえる。足元に生え放題に生えているのは、植物館でしか見ないような西洋の奇妙な形をした植物。草地は中心に向かってせり上がり、50cmほどの小高い丘を形成している。


 その丘の頂上には祭壇があり、それを囲むようにして花束が捧げられている。そして、その祭壇の上でドレスを身に纏い仰向けになっている少女は―



 真白だ。正真正銘本物の真白だ。



「ようこそ、白雪姫の世界へ」


 スピーカーから例の低い声が響く。このことは、スピーカーの声の主は真白ではないこと、そして、今回の真白誘拐事件は自作自演ではなかったことを意味していた。

 


「お前、真白じゃなかったのか……」

 

「違う、と最初から言っていただろう」

 

「じゃあ、もしかして……」


 俺と真白に詳しくて、かつ、真白を簡単に誘拐することができて、かつ、こんなバカげたダンジョンにお金をかけられる人物といえば、思い当たるのはあの人しかいない。

 


「お前はお袋か?」


 カチッとスイッチを切る音がスピーカーから流れた。おそらくボイスチェンジャーをオフにする音だ。

 


「さすが和生(かずき)。正解よ。私はあなたのお母さんよ」


 お袋の声は耳障りなくらいに甲高い。これをあんな低音にかえてしまうんだから、ボイスチェンジャーの性能って本当にすごい。

 


「お袋がなんでこんな真似をしたんだ?」

 

「真白から相談を受けたのよ。最近、お兄ちゃんからの愛が感じられない、ってね。だから、和生の真白への愛を確かめるためにこのダンジョンを作ったの」

 

「オカシイだろ!母親として娘のブラコンを止めるべきだろ!逆に協力するなよ!」

 

「私たち夫婦は、あなたたちが恋愛し、結婚することに賛成してるの」

 

「は?親父もか?正気か?近親婚だぞ?」

 

「だって、私たちはせっかく今まで築いた財産をどこの馬の骨か分からない人間に渡したくないから。あなたたち二人が結婚して、子供も作ってくれれば、私たちが死んで、さらにはあなたたちが死んだとしても、私たちの財産は全て私たちの血の繋がった者へと相続され、利用されるでしょ。私たちにとってこんなに安心できることはないわ」


 発想が狂ってる。これだから成金は……

 


「とにかく、和生、これが最後の試練よ。もうやるべきことは分かってるわね?」

 

「どうせ、真白を王子様のキスで目覚めさせろ、とでも言うんだろ」

 

「その通りよ。恥ずかしがっちゃいけないわ。両親公認なんだから。さあ、早く。制限時間はもう7分を切ったわ」


 祭壇の横の、本来の白雪姫の映画ならば背の低い木が一本立っているところに、陸上競技の公式戦で使われるような電光式のタイマーが立っている。それによれば、俺に残された時間は6分47秒。



「真白は今どういう状態なんだ?」

 

「特殊な毒薬を飲んで気絶してるわ」

 

「特殊な毒薬?」

 

「そう。大手製薬会社7社に協力してもらって開発したやつよ」

 

「こんな下らない遊びに盛大に他人を巻き込むなよ……」

 

「この毒薬を飲んだ者は、気絶し、そして6時間後に死ぬの」

 

「おい……真白が死ぬかもしれない、っていうのはマジだったのか……」

 

「そうよ。この電光式タイマーの時間が0秒になったとき、真白が毒薬を飲んでからちょうど6時間が経過する。つまり、このままだと今から約6分30秒後には真白は死んじゃうということ」

 

「マジかよ……」

 

「だから、真白に熱い接吻をしなさい。この毒は、和生のキスに含まれる王子様成分によってのみ解毒されるわ」

 

「また下らないものを作りやがって……っていうか、俺のキスにはそんなよく分からない成分が含まれてるのか?」

 

「そうよ。大手製薬会社7社が和生のキスに含まれる成分を調査研究したのだから間違いないわ」

 

「恥ずかし過ぎるわ!勝手に変なこと調べてるんじゃねよ!!」

 

「とにかく、無駄話をしてる場合じゃないわ。早く真白と甘い甘い口づけを交わすのよ」

 

 俺は祭壇の上の真白に目を遣った。右手をダランと伸ばし、左手はお腹の上にちょこんと置いた状態で目を閉じている。お袋の話によれば、真白は気絶していて、今まさに天国へと旅立とうとしているらしい。


 

「ごめん。悪いが、俺にはできない」

 

「は?和生、何言ってるの!?」

 

「実の妹とキスをするなんて、俺にはできない」

 

「和生、血迷わないで!このままだと真白は死んじゃうのよ!?」

 

「いや、でも、できない」

 

「真白に死んで欲しいの!?」


 お袋はかなり焦っている。ただでさえ甲高い声がさらに高くなっていく。

 


「真白に死んで欲しいわけがない。ただ、俺は真白の兄貴だから。兄貴である以上は、真白とキスすることは絶対にできない」

 

「和生、冷静になりなさい!たとえば、真白が心臓発作で倒れたとして、和生は真白に人工呼吸をしてあげないの?」

 

「人工呼吸とキスは別物だ」

 

「ふざけないで!!和生の下らない道徳観念なんかよりも、真白の命の方が大切なのよ!!」


 お袋はこの期に及んで正論を並べ立ててくる。無茶苦茶なダンジョンを作り、無茶苦茶な薬を開発して、真白をこんな目に遭わせているのは自分だというのに。


 俺はその場で座禅を組んだ。そして電光式タイマーを眺める。


 残り時間6分……5分30秒……5分……4分30秒……



「和生、バカじゃないの!?自分が何してるか分かってるの!?」

 

 お袋がヒステリックになって喚き散らしている。耳栓で耳を塞いでもそれを貫通するくらいの超高周波で。

 


「お袋、本当にごめん」

 

「謝っても何にもならないわ!!早くキスしなさい!!」

 

「本当にごめん」

 

「世の中には妹萌えに憧れてる人がたくさんいるのよ!!こんなに可愛い妹がいる和生は恵まれてるんだから、思う存分妹を堪能しないと彼らに失礼よ!!」

 

「妹萌えに憧れてる奴は、みんな妹がいない奴なんだよ。実際に妹を持つ人間からすれば、妹萌えなんて絶対にありえない」

 

「じゃあ、現実に妹がいながら、この妹萌え小説を書いている筆者は何なのよ!?」

 

「ただの変態だろ」



 残り時間4分……3分30秒…3分……2分30秒……

 


「和生、一生のお願いだから、真白にキスして!!愛の無いキスでも良いわ!!」

 

「そういう問題じゃない」

 

「真白が実の妹だということは一旦忘れなさい!行きずりの女を無理矢理ホテルに連れ込んで、睡眠薬を飲ませて眠らせたとでも思って!」

 

「どんなシチュエーションだよ!!」

 

「高校生の和生にはまだ早かったかしら……」

 

「大人になっても絶対にそんなことしないわ!!」



 残り時間2分……1分45秒……1分30秒……1分15秒……

 


「ポスターのJSにキスできるのに、生身のJKにキスできないなんて不健全にも程があるわよ!!」

 

「どう考えたって、JSとキスするよりも実の妹とキスする方が不健全だろ」

 

「おそらくそこは人によって評価が分かれうるわよ!?」



 残り時間1分……50秒……40秒……30秒……


 

「なんでそこまでして頑なに拒むの!?まさかこれがファーストキスなの!?」

 

「違う!」


「まさか、毎日めいりんとキスしてるから、とか言い張るんじゃないでしょうね?」

 

「…………」

 

「図星かい!!」



 残り時間25秒……20秒……15秒……10秒……

 


「和生、今まで隠してたんだけど、実は和生と真白は血の繋がった兄妹じゃないの」

 

「え!?」

 

「実は真白は空から舞い降りてきた天使なの」

 

「親バカめ……もっとマシな嘘をつけよ……」



 残り時間4秒……3秒……2秒……1秒……

 

 俺は目を閉じた。

 

 お袋の説得は言葉ではなく、単なる悲鳴に変わっていた。

 

 

 ピピピピピピピピピピピピ……

 

 タイマーの電子音が人造の森に虚しく響き渡った。


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