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お兄ちゃんは本当はロリコンなんかじゃない

「ただいま」


 家のドアを開けると、玄関でエプロン姿の真白(ましろ)が正座をして俺の帰りを待っていた。



「お帰りなさい」


「ちょっと待て。どうして俺が帰ってくるタイミングが分かったんだ?まさか、ここでずっと正座してたわけじゃないよな?」


「そんなわけないじゃん。お兄ちゃんの足音が聞こえたから、玄関まで迎えに来たんだよ」


「お前は犬か!?」


「妹なんだから、お兄ちゃんの足音と他の人の足音を聞き分けられるのは当たり前でしょ?」


 翻訳すると、「妹」という生き物は、人間とは一線を画した別の生き物だということらしい。



「お兄ちゃん、お風呂にする?ご飯にする?それとも……私にする?」


「ご飯にしよう。もう腹ペコだ」



 真白は舌打ちをしつつも、台所の方に歩いて行った。この三択は毎晩の恒例行事になっていたので、無駄なエネルギーを使わないで済む回答方法と、それに対する対処方法をお互いが既に身につけていた。


 台所と隣接するリビングのテーブルに、まるでイタリアンのコース料理のような目にも鮮やかな料理がどんどん並べられていく。真白の料理の腕前は一級品だ。料理だけでなく、掃除も洗濯も完璧にこなす。真白はまだ高校2年生だが、花嫁修業など一切要することなく、明日にでもどこかに嫁ぐことができるだろう。もちろん、本人にその気がないことは火を見るよりも明らかであったが。



「召し上がれ」


 ピンク色のエプロンを付けたまま椅子に座った真白が満面の笑みで言った。



「いただきます」


 俺はオマール海老のフリットに齧り付く。相変わらず塩加減が最高だ。



「そういえば、真白、庭から煙が出てたが、あれはなんだ?まだお盆にはだいぶ早いよな?」


「ああ、あれはただ要らないものを燃やしてるだけだよ」


「要らないもの?」


「お兄ちゃんの部屋に飾ってあったポスターとか……」


 俺はゴルゴンゾーラチーズピッツアの上に散りばめられていたキャビアを思わず吹き出した。



「めいりん……」


 俺は立ち上がると、ゾンビのようにふらふらと台所まで歩き、鍋に汲んだ水を頭から被った。



「お兄ちゃん、まさか火の中に飛び込む気!?」


「ああ……」


「落ち着いて!ただの焚き火だよ?飛び込むほどのスケールじゃないよ?」


「めいりんが火の中で悶えているんだ。冷静になんてなれないよ」


「え?ポスターだよ?焼いてもめいりん本人は痛くも痒くもないよ?マジで落ち着いて!!」


 俺は真白の制止を振り切り、靴下のままで庭へと駆け出した。



 しかし、もう手遅れだった。燃やすもののなくなった火は既に自然鎮火しており、真っ黒な(すす)だけが風に舞い上がっていた。俺はその場に崩れ落ちる。



「めいりん……」


 一足遅れて俺を追いかけてきた真白が俺の背中を優しく撫でる。



「お兄ちゃん、ちょっと変だよ。アイドルに恋愛感情を抱くなんて、普通じゃないよ」


「兄貴に恋愛感情を抱いているお前にだけは言われたくない」


 俺は泣きながら、散らばった煤を拾い始めた。



「遺灰集め!?」


「めいりん……」


「しかも、めいりんって11歳だよね?お兄ちゃん、ヤバイよ。ロリコンだよ」


「ブラコンには何も言われたくない」


「お兄ちゃん、今からでも遅くないよ。めいりんから私に乗り換えようよ」


「妹を好きになるなんてありえない」


「え?大津皇子とか柿本人麻呂は妹への愛を短歌にしてるよ」


「あれは、妹と書いて、イモ、と読むんだ。イモは恋人っていう意味で、決してイモウトを意味しない」


「現代のライトノベルだって妹への愛をテーマにしたものがたくさんあるよ」


「あれは全部ファンタジーだ。この小説のジャンルだってファンタジーになってるだろ?妹愛なんて現実にはありえない」


「ロリコンだってファンタジーだよ?現実だったら法律違反だよ?」


「法律が間違ってる。悪法は法じゃない」


「え?お兄ちゃん、今、ボソッと怖いこと言ったよね?」


 俺は変わり果てた姿になっためいりんを、右手でギュッと握り締めると、その手を胸に当て、目を閉じた。



「めいりん、君は俺の心の中でいつまでも生き続けてるよ」


「どうでもいいけど、お兄ちゃん、シャツが真っ黒だよ?洗濯するの私なんだからね?」

 



 シャツを着替えるように散々捲し立てる真白を無視し、俺はめいりんを胸に抱いたまま食卓に戻った。


 せっかくの美味しい料理も、真白の凶行のせいで台無しだ。フォアグラのテリーヌを見ても、イベリコ豚プロシュートトリュフ和えを見ても、全く食欲が湧かない。



「そういえば、お兄ちゃん、次の日曜日空けておいてね」


「何かあるのか?」


「忘れたの?」


「うーん、思い出せないな……」


「お兄ちゃんと私が同棲をはじめて419日記念日だよ」


「同棲、という表現はさておき、419という数字に何か特別な意味があるのか?」


「素数よ」


「素数のたびに祝うのか?数学者同士のカップルだってそこまで酔狂なことはしないぞ?」


「とにかく、その日はデートだからね。私のスケジュール帳にそう書いてあるから」


「自分のスケジュール帳通りに他人を動かせると思うなよ?真白、ごめん。その日はどうしても外せない用事があるんだ」


「何?用事って?」


「秋葉原でめいりんのライブがあるんだ。めいりんのデビュー2周年記念ライブ」


「めいりんって9歳でデビューしてるの?この国大丈夫?っていうか、それって、私と同棲をはじめて419日記念日より大切なの?」


「間違いなく大切だ。それにチケットだってもう買ってある」


「チケットって、お兄ちゃんの部屋の机に置いてあったやつ?」


「ああ」


「それもポスターと一緒に燃やしといたよ」


 燃え尽きた。俺が。



「だって、その日は私とのデートなんだよ。そんな年端もいかない女の子の学芸会もどきに行ってる場合じゃないでしょ?」


「ああ、そうだな」


 餓死する寸前のガンジーのような心境だ。この偏狭な妹の愛を、俺は全て受け入れよう。



「だいたい、めいりん、ブスだし」


「ああ、そうだな」


 ん?今、我が妹はとんでもないことを言わなかったか?


 まあ、いい。もうどうにでもなれ。



「今日は一緒に寝ようね。私、今日、安全日だよ」


「ああ、そうだな……って、おい!それはマズ過ぎるだろ!安全日とか関係ないわ!365日不健全デーだわ!」


「もう、お兄ちゃんったら、草食系男子なんだから」


 うふふ、と真白は頬を赤らめた。もしかしたら俺の妹は悪魔なのではないだろうか。今度、玄関に塩をまいてみて、妹が家の中に入って来れるかどうか実験してみようか。




 幸か不幸か、真白と二人暮らしをして41……えーっと、何日だったけ?まあ、そこはどうでもよい。その日のデート……ん、デート?まあ、そこもどうでもよい。とにかく、その日の真白との約束は実現しなかった。

 


 本来ならば真白が朝の五時に起こしてくれるはずだった。そんな早い時間に起きて一体どこに行く予定だったのかは分からないが、スケジュール帳は、真白が行きたい場所でビッシリ埋まっていたらしい。


 しかし、朝の五時を過ぎても、六時を過ぎても、真白がベッドの俺に飛び乗ってくることはなかった。



 朝の九時に自然と目が覚めた俺は、とりあえず台所とリビングを探す。真白はいない。


 今度は真白の部屋のドアをノックする。真白の返事はない。


 次に、俺はスマホを取り出し、真白の番号にダイアルをした。真白は出ない。


 俺はふう、と大きく深呼吸をする。


 となると、次に俺のすべきことは―



 俺はスマホで、某ネットオークションサイトに接続した。



「クソ、今日のめいりんのライブのチケット、メッチャ高騰してやがる」


 俺が落札ボタンを押そうとした瞬間、スマホの画面が切り替わった。


 真白からの電話だった。


 俺は天井を見上げた。まさか、真白が監視カメラで俺の行動を見ているということはないだろうな?


 俺はさすがに真白対して疑心暗鬼になり過ぎていたようだ。その証拠に、電話の相手は真白ではなかった。男性の低い声は俺にこう言った。



「お前の愛する妹は誘拐した」

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