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76話 聖都にて(1) 融和

「…これは、お返し致します」


 対面に座った教皇ロテール3世が、テーブル上に指輪を戻してきた。

 この紅い瑪瑙めのうの指輪が、メシアが川を鎮めるために、投げ込んだものとはな。

 その後、筏で川を下り、竜と対峙することで得た法力を使い、数々の奇跡を起こし、秘蹟を行って信者を増やした…だったな。

 今回、聖皇国に来るに当たり、ランペール王立図書館でざっと仕入れた知識だ。

 原典の知は、メシア聖教会が隆興する前の、知識体系だ。


 メシアが起こした奇跡の一部は、原典の知にある魔術や情報を応用…俺に言わせれば盗用…したものだということと断じていた。

 先人の業績を、後進が享受するのは当然の権利だが……権威によって無期限に独占して壟断ろうだんするのは、社会の敵でしかない。


 今は面談している。この件は、また別の機会に考えよう。


「それで?教皇が、聖者にへりくだるのはなぜだ?」


 ロテール3世の眼が、俺の顔を射た。

「教皇といえども人間。我ら教団の者も、民衆も、天にまします神と精霊とメシア様の御前では等しく迷える者に過ぎません。天より遣わされた聖者を尊ぶのは当然でございます」


「その精霊とは、竜のことか?」

「竜は精霊の象徴とされております…」


 あの大雑把なやつが象徴か。

 では、精霊と魔獣の違いは?とか問い正したくなったが、やめておく。


「…竜は、自らに匹敵する者のみに対峙するとされていますから。それだけでも聖者は尊いのです」

「その点に対しては、見解をことにするが…それで、教団の者達は、聖者?我らに何を望むか?」


「…ありがとうございます。古の言い伝えに拠りまして。満月の日に聖者が至りて、大いなる示唆を賜ると」


「示唆?」

「いえ。今でなくて結構です」

猊下げいか!」

「うむ」

「5日後の最高聖職者会議では、いかがにございましょう」

「それは良い考えだ。上級巫女よ。聖者様5日後に、全て枢機卿の他、主立った者が集まる会合がございます。そちらで、示唆をたまわりたく」


 ふむ。

 俺は考えるポーズを取った。

 これはある意味チャンスだ。

 が、不味いこともある。


「我独りならば、叶えてやらぬこともない」

「ありがとうございます。是非お願い致します」


「ふふふ。只な…」

「はい」

「我に語らせれば、後悔するやも知れぬぞ」

「聖者様が何を話されるにしても、それは神の思し召しにござります」

「その示唆が教団に仇なすとしてもか?」

「……おそらくではありますが、そのようなことにはなりますまい。その時点では、教団の障りになるように見えて、きっと周り回れば、生きとし生ける者の為となるお言葉を授けて下さるものと信じております」


 流石は教皇となっただけのことはある。なかなかの胆力の持ち主だな。などと俺は後から考えれば、随分と不遜ふそんなことを考えていた。


「うむ。5日後の何時からだ?」

「午前10時からでございます。10度大鐘が鳴ります」


 教皇は、巫女に頷き合図をした。


「では、それまでこちらに御逗留ごとうりゅうを!」

「いや、それには及ばぬ。この部屋に10分前に来れば間に合うか?」

「はい。でも、外からここに入るには…」

 右手を上げて巫女を制する。

「それは任せてもらおう」


 俺は、ソファに座りながら、両肘から先を上げた。

 ラムダとエレは忘れること無く、それを掴んだ。


「ではな!」


─ 玄天移げんてんい ─


 礼拝堂から、500m程離れた聖都辺縁部の路地に、3人は転位した。

 まだ日暮れには間があるが、人通りは無い。

 俺が仮面を外すと、2人も外した。


「これからどうします?あなた」

「最短でも3日ほど早く着いたことになっているからな…」


 外輪山の中腹にある巡礼路を歩けば、7日の行程。

 途中から山を降り、川を下る船便に乗れば、3日の行程。


 聖者の一件がなければ、入国履歴を気にせず、エレの修道会へ行こうと思ったが。

 ここは、まともなアリバイを作っておいた方が良いだろう。


「ここに聖都に来た理由は、印可を貰うことだが、修道院へ行くのは早くても3日後だ」

「そうですね!」

「えっ、なんで?」


 エレは理解したようだが、ラムダはピンと来ていないようだ。


「俺達が、聖者だと疑われないようにするためだ」

「ああ!聖都に着いたのは今日じゃ無いよ!ってことにする…でも会議は5日後だよね」

「聖者が現れるのは満月の日だ。だから巡礼者としての俺達は、3日後に来たことになれば良い」

「なるほどね」


「とりあえず、持ってきた別の巡礼者の衣装に着替えて、宿を取ろう」


────────────────────


 俺達は、巡礼者の中でも裕福な、例えば大商人が滞在するような宿に泊まることになった。

 1泊500マディア。

 普通の街道沿いの宿相場と比べると、25倍と高価、しかも前払い制だ。

 

 その代わり、料金さえ払えば身元の詮索などはしない。

 訳あり宿泊者御用達の宿だ。


 俺は、10泊分を前払いで支払って、部屋に通された。


「へえ、外見そとみは大したことないけど、中は凄いんだね。この宿!」


 宗門の都で、華美に過ぎるのは、流石に外聞が悪いのだろう。

 ただ、それは外から見える部分の話で、中に入った者が見る光景はその限りでは無いわけだ。もちろん、高価な料金を取っているのだから、逆に言えば豪奢なのは誠実だ。


 ボーイに案内された部屋は、寝室2つに大きめの居間、トイレと風呂まで付いている。

 貧しい巡礼者が泊まる木賃宿とは、対極にある宿だ。

 確かに部屋が広いだけでなく、壁も厚い。調度も良い木材を使っており、デザインも落ち着いている。


 感知魔術の修慧が無意識に発動し、部屋の中を探る。特に紋章魔法などの感は無く、盗聴などのおそれはないことがわかる。


「どうしたの?」

 眉間に皺の寄った表情が気になったのだろう。

「なんでもない」


 居間の壁沿いにあるソファに座る。

 そして、胸の前に腕を交差させ、集中する。

 ふーーーーぅ。


 長く息を吐くと、躰の要所に位置するセフィラに光の魔方陣が微かに見え、埋め込んだ紫夢幻晶が露呈した。

 取り出したのは、両手両足の4つ。都合まだ7つの紫夢幻晶が埋まっている。


 それを素早く、虚空庫に入庫した。



「どう?」

「ああ。何というか、落ち着いた気がする」

 埋め込んだときには、あまり実感なかったが、気分的に昂揚していたことが今になって分かる。

 そして、徐々に肩と腰へ疲労感が表れた。


「疲れたみたいだね」

 横にラムダがやって来た。

「ああぁ」

「まあ、夢幻晶を全部埋め込めば、凄く強くなって、それはそれで…***…なんだけどさ…」

 なんか最後の方が良く聞こえなかった


「…でも、なんだか。ずっと入れてると体にあんまり良くなさそうだよね。ねえ、エレ!」

「そうですね、心配です。もう、あなたの躰は、あなただけの物ではないのですから」


 2人ともそんな顔するな。

 疲れを見せた俺の顔が悪かったのか…。


「まあ、まあ。そうは言ってもさ、ボク達若いしさ…」

「そ、そうですね」


 …下げたり上げたり忙しいことだ。


「それにしても、今日は寿命が縮まったよね。竜の話は、お昼に散々したから、もういいとしてさ。教皇様だよ、教皇様」


「ああ」

「それが、ロテールと申しますだって!ふふん、お昼にも言ったけど、リスィ村やドミトリー城で話してもさあ、誰も信じてくれないよ」

「そうですね。私も修道女でしたが、教皇猊下とお会いすることなど、思いも寄りませんでした。ああいうお顔されていたんですね」


 まあ、この世界にはテレビや写真も無いからな。聖皇国外の一般人が間近で顔を見るなどは、よほど条件が揃わないとあり得ない。それゆえ彼女達の興奮が分からなくもないのだが。


「それで、教皇様はシグマに示唆をもらうって仰っていたけど、どうするの?この前教団を…ぶっつぶすって言ってたよね」


「おいおい。肝心なところを端折はしょるな。利権構造をぶっつぶすと言ったまでだ。別に教団自体をつぶすわけじゃない」


「そうだっけ?」

「確かにそう仰っていました」

「エレが言うならそうなんでしょ!」

 おい!


「まあ、任せておけ。気の済むようにするさ」

「そうだよね。シグマに限って口当たりの良いことだけ言って、お茶を濁すわけないか」

 その後、暫く寛いでいると、扉がノックされた。

 感知魔法によれば、宿の者だ。

 俺が出ると、キャスター付きのトレイに、夕食を乗せてきていた。


 チップを渡して下がらせる。


─ 修慧しゅえ ─

 毒の類いは、入っていない。


「ああ。ボク、おなかすいたよ。後は任せて!」

 そう言って、ラムダが寄ってきた。


 部屋の一角にあるダイニングテーブル脇にトレイを運び、皿を並べる。ラムダが、皿に被った錫でできたドーム状のクロッシュいを取った。


「鶏の蒸し焼きだあ。美味しそう!」

「聖都は地鶏が有名ですからねえ」


「「「頂きます」」」


 寿命が縮まったと言っていた割には、2人は健啖家ぶりを見せ、夕食をあっという間に平らげた。

 空になった食器をトレイに乗せ、廊下に出しておく。


「料理も美味しかったし、なんだか落ち着くし。よく、こんな宿を知ってたよね。シグマ」


「ああ、彼女に教えてもらったからな」

「彼女?」


 部屋の隅の空間にノイズが広がった。

「あっ、アンジー……じゃない!誰?」


 寛ぎから一転、ラムダが身構えた。


「ラムダ様。お初にお目に掛かります。アガサと申します」


 女子としてはかなり低い声を発した。

 濃紺の長袖の上着に、同色のスラックス。身にぴったりとした服装になっている。首から上は、目立たない化粧で、黒髪をまとめて結っていた。


「アガサ……さん!?」

「はい。御館様、そしてエレクトラ様の配下にございます」

「そうなんだ…。初めまして。よろしくね」

「はい」


「アガサ。なかなか、早かったな」

「いえ。例の魔道具をお預かりしていますので。それにしても街道を使われた形跡なく、突然発信があったときは、正直驚きました」

「うむ」


「では、状況を」

「はっ!」

 エレが命じ、応えた。


 アガサの報告に拠れば、聖都に特段の異常はないとのことだ。物価の変動もなく、巡礼者の数も平年並みらしい。


「ふむ、わかった。ご苦労」

「では、予てのご命令通りに致します」


「ああ、消えた…よ。アンジーで慣れてるとは言っても驚いちゃうよ。シグマ。彼女もシーフなの?」

「さあな。自分ではシノビと言ってたが…」

「シノビ?」

「諜報を生業とする者達の、古くからの呼び方だそうで」

「へえ。なんだか東方ぽいね」

「そうだな」

 俺は真顔で答えた。


 うーむ。やることが無くなった。

 ソファに座ってまったりしていると…。


「あなた。お風呂の準備ができました。お疲れでしょうから、お先にどうぞ」

「そうだな。そうさせて貰うか」


 浴室に入ると、なかなか広い浴槽があった。エレが準備してくれたのだろう、湯がたっぷり張られている。

 ちょっとぬるめだが、ゆっくり浸かるには都合が良い。


 首まで浸かる。

 やはり、風呂は良い。

 風属性魔術で、手軽に清潔さを得ることもできるが、気分が全然違う。

 ぼんやり今日起きたことを振り返っていると、眠気が来た。


 ん?少し寝ていたかも知れない。

 パッシブで発動中の感知魔術の慧眼が、アラームを出したので目が覚めた。


 脱衣所に誰か居る。2人?

 って、ラムダとエレだ。

 とっさに寝たふりをする。


「あっ。静かだと思ったらやっぱり寝てる」

「今日は疲れたんでしょう」

「せっかく美女二人が、裸で入ってきたのに。もったいない」

「ふふふ」


 眼は瞑っていても、何をしているかは手に取るように分かる。

 水面を極力揺らさないように、静かに浴槽に入って来た。

 そうっと俺の両脇に寄ってくる。


「あっあぁん」

「いやぁぁぁん」


 なまめかしい喘ぎ声が、浴室にこだました。

皆様のご感想をお寄せ下さい。

ご評価も頂けると、とても嬉しいです。

誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。


壟断:権利や利益を独り占めすること。


訂正履歴

2016/1/23 3日後→5日後

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