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75話 聖皇国への旅路(5) 予言

 ギギギ……。


 重い音と共に、その扉は開いた。

 白い尼僧服の若い女性が入ってきた。


「ん?明るいわ?」


 あっ、そうか。消してなかった。

 女性が入って来て、立ち並ぶ俺達に気が付いた。


「……ついに」


 ついに?

 俺と目が合った。少ししか驚いたふうはない。

 この状況ならもっと驚いて良いはずだが。どういうことだ。


 全身服と頭巾に覆われたこの女性。細身に細面。

 疳の強そうな眉だが。青白い顔色にあまり生気を感じない。


「永く、長らくお待ち申し上げておりました。仮面の…聖者様方?」


 長らく待っていただと?

 ちなみに、俺達3人は身元を隠すため、ついさっき鼻から上を隠す仮面を被った。


─ 修慧しゅえ ─


 中級鑑定魔術を使って、この女を観る。

 名前はノトゥス、25歳女性。教皇庁ラディウス礼拝堂付き上級巫女。

 ふむ。メシア聖教会にも巫女みこが居るのか。


「巫女よ。我々が今日ここに来ることを知っていたのか?」

「外典9に書かれていますので」


「公開した外典は8まで…」

 エレが割り込む。


「おっしゃる通り。8までしか公開していませんが、実際は13まであります」

 まあ世の中そんなものだ。何にでも裏はある。

 9以降は、記録ではなく予言めいたことが書いてあるに違いない。


「その外典に何と書いてある」

「満月の昼、聖者が、この川神殿にやって来られると」

 ここは川神殿と呼ばれているのか。


 今日は確かに満月だ。


「それで?毎月満月の日にやって来ているのか?」

「その通りです、聖者様」


 まあ、なんて奇特な、というか物好きな。


「先程から聖者、聖者と言っているが。我々のことか?」

「大結界を越え、竜と対峙して、この川神殿に至った者。それを聖者と」

「メシアと同じか」

「その通りです」


 ふむ。結構高い位置づけだな。

 祭り上げられるのは良いとして、当然崇め奉るだけではなく、何らかの狙いがないはずがない。それは何だ?


「で、この後は?」

「私のお役目は、誰の目にも止まること無く、皆様をさる場所へお連れすることです」


 この女は知らないということか?


「いいだろう」


 彼女は、俺達が付いてくることに微塵も疑いもなく、すたすたと歩いて行く。

 神殿の間を出て、通路を追っていく。


 ラムダが、俺の横に寄ってきた。

「ねえ、ねえ。ボクたちどうすればいいんだっけ?」

 小声で尋ねて来る。

「対応は俺がする。とりあえず、何か驚くことががあっても声を上げるな。いいな」

「うん。わかった」


 反対のエレに寄る。

「エレの知り合いに会うかも知れないが…」

「流石に教皇庁には、知り合いは居ません」

「ならいいが、例え知っている人間と会っても、驚いた顔を見せるな」

「わかりました」


 神殿近辺は大理石で壁を設えていたが、数十m歩くと煉瓦貼りとなり、そしてさらに岩肌を刳り抜いただけの壁になった。緩やかなカーブと昇降があるものの、基本まっすぐの1本道の通路が続く。


 徐々に断面が狭くなって来たが、普通に立って歩けるほどの広さはある。

 それにしても、手堀?もしくは、魔術で掘ったようだな。このトンネル。

 1000m弱も続いてる。


 再び煉瓦貼り、大理石貼りとなって扉が有った。

「こちらで少々お待ち下さい」


 ん、なんだ?


 扉を薄く開けて戸外を窺うと、巫女は出て行った。

 慧眼によると、ここは湖の畔だ。

 そして、巫女はものの30秒程で戻ってきた。


「聖者様方、それではどうぞ」

 静かに扉が開いた。


 石造りの建物の中に出た。屋内の船着き場だ。

 1艘の大型ヨットが泊まっていた。


「こちらに乗って頂きます」


 む。ヨットには誰も乗っていない。この女1人で操船するつもりか?

 一瞬そう頭を過ぎったが、感知魔術が建物の外に人が居ることを知らせる。4人だ。


「聖者様方には大変恐縮ですが、船倉に入って頂きます。それから戸を外から閉めさせて頂きます。今日は良い風ですので30分ほどで着くと思いますが、私がこちらを開けるまで、船頭達に気づかれぬようできるだけお静かにお願い致します」


 巫女の真剣な顔に、思わず頷く。

 俺達が乗り込み、船倉の戸が閉められた。


「これからどこへ連れて行かれるんだろうね?」

「しっ!」


 暗くて見えないが、ラムダのことだ、しまった!と言う顔をしているだろう。


「それでは、向こう岸に戻って下さい」


 外から巫女の声が聞こえ得てきた。

 おおっとか男の声もしている。

 誰か乗ってきたのだろう、船が揺れる。


 30分足らずで、また外がざわついた。

 目的地に着いたのだ。

 感知魔術に拠れば、大きい建物の奥側だ。


 接舷が済んだのだろう。人が降りていく感じがある。

 数分後。


「それでは、また来月お願い致します」


 男達の返事があって、また静かになった。

 がりがりと音がして、船倉の戸が開いた。


「お待たせ致しました。降りて下さいませ」


 川神殿に似た作りの屋内船着き場だ。

 船外に出たが巫女の他には、誰も居ない。


「あの扉の向こうまでは、お静かに」

「ああ」」

 無人の桟橋を渡り、船着き場を横切って扉の中に入った。


 ふう。

 声を出さずに息を吐く。


「礼拝堂の裏がこうなっているとはな」

「そうですね。礼拝堂付きの聖職者にでもならなければ、入ることはありませんので」


 まずは階段を3階分ぐらい登る。それから、続く廊下をひたすらん歩く。

 全ての窓に厚手のレースカーテンが掛かっている。日差しは透けて差してくるが、外からは中を窺い知れないだろう。


 長いな。それに、この廊下。さっきから1つも、扉を見ない。

 つまり、続く部屋はない。おそらく1つしか。

 5分以上歩き続けただろうか。

 通路が行き止まりになった。


「こちらです」


 何の溜も無く、巫女が行き止まりの壁の手前にあった扉を開ける。

 小さな部屋だ。

 中には誰も居ない。


 粗末ではないが、華美でも無く、ただ古い調度が並んでいる。真ん中に布張りのソファがある。

「こちらに掛けてお待ち下さい」


 巫女が出て行った。


 俺の両脇に、ラムダとエレが座る。


「ふう。しゃべらないってのは、結構疲れるね」

「そうですね」


「これから、結構な地位の聖職者が来ると思うが、俺に任せておけ。ただし頭は下げるな」

「な、なんで?来た人が大司教様とかでも?」

「ああ」

「結構罰当たりなこと言ってるよ。シグマ」

「いいんだ」

「まあ…任せるけどさあ」

「私も、お任せします」


「それから、俺がこう腕を横に上げたら、即座に掴むんだ。いいな」

「うん」

「はい」


 ばたばたと足音が聞こえてきた。

 勢いよく、扉が開いた。


 総白髪で恰幅の良い男が飛び込んできた。

 象牙色の、僧服を着ている。


「お、お待たせしました。ロテールと申します」


 ロテール?

 俺とエレは顔を見合わせてから、肩で荒い息を吐いてる男を見下ろす。


 慧眼を行使したが、跳ね返される。僧服に刺繍された紋章が魔術を無効にする効果があるようだ。


「教皇ロテール3世か」

 聖メシア教会に疎い俺だが、流石この名前は知っている。


「御意にございます…はぁはぁ」

 額に汗を浮かべている。普段あまり運動していないだろう、それで、慌てて走ってきたのだろう。


 それにしても。この男が…。

 教皇。

 一瞬頭を頭を過ぎったが、まさかと思っていた。


「大変失礼ではございますが。皆様が聖者たるあかしをお見せ頂けませんでしょうか。伝えに拠れば聖者はお一人とありますので」


「証?」

「はい」


 3人だから疑われているのか。まあ別にどうでも良いが。


「我らは、自らを聖者とは思っていない」

「では」


「確かに、大結界は越えた。竜とも談判した。そして竜の言に従い、川を下ったところ、そこなる巫女と会ったまでだ」


 ちっ。

 完全に何者かに踊らされているな。


「誠にございますか?」

「ああ」

 教皇は、頭を抱える。そして巫女を見た。


「猊下、外典の9に聖者は聖者たることを認めずとあります」

「知っておる」


「ならば、聖者の右手を検めよとの言葉に従われてはいかがにございますか」


 右手?

 右手には…それを、両者にさらした。

 紅い瑪瑙の指輪が、中指に填まっている。


 教皇と巫女が顔を見合わせる。

 エレの方から、息を飲む音が届いた。

 この指輪がどうかしたのか?


「そ、その指輪は、どちらにて手に入れられましたか?」

「川の畔に埋まっているのを、見つけたのだ」

「恐れながら、見せて頂くわけには」


 いやと言いかけて、先程までびくともしなかった。が、なぜだか今はなぜだか抜ける気がして、左手で摘む。そして、全く力を入れること無く、指輪が引き抜けた。


 誰の意思だ?

 俺はそれをテーブルの上に置いた。好きにしろ。


 巫女が手に取る。

 内側を検めている。こめかみを押さえ、頭を振ってから居住まいを正して、それを教皇に渡した。


「ここに刻まれた、ヤナイとは、メシア様の真名にござります」

 巫女が吐き出した。


「外典の3に曰く。荒れる川を鎮めんと。我、指輪を天に掲げ、水面に投げた」

 エレが、やや怒ったように言葉を紡いだ。


「御意!」

「愛を込めてとは、やはり妻セシリアより贈られた指輪でしょう」

「メシアは生涯独身と聞いたが」

「教皇庁では、妻に相当するセシリアが付き従ったと言うのが、現在の定説になっています。公開はしておりませんが」


 結局。あの指輪がメシアの所持品だったいうことが分かったのか。


「これにて、皆様が聖者である証が立ちました。これまでのご無礼、ひらにご容赦下さりませ」

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