74話 聖皇国への旅路(4) 川下り
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
残った金塊を入庫し終わると、竜が語っていた川を探すことにした。
慧眼に拠れば、この先もう少しの所だろう。
生い茂る低木を避けつつ進む。
「水の音が聞こえますわ」
エレの言の通り、程なく川が見つかった。
川幅は7から10m程、水深も深いところで2mと言うところだ。水量もそこそこある。
巨大な隕石孔たる大結界の中に降った雨が、少し上流から伏流水として地上に溢れたのが、この川か。幸いなことに再び地中に落ちることはないらしい。
らしいというのは、大結界の向こうが感知魔術で見通せないからだ。魔素が薄いだけでなく、結界というだけあって魔術が阻まれている。
それは良いとして、乗って行けと言った船が見当たらない。
「シグマ。竜の言っていた船ってこれじゃない?」
ここに来る道すがら、竜との会話を二人に聞かせていた。竜が送ってきた念波自体は、2人には伝わってなかったようだ。
むう。船というより筏だな。丸太同士を結束する綱が切れてなければだが。
今は残骸でしかない。
ラムダが丸太を手で掴むと、ガサっと粉々に崩れた。
「だめだね。こりゃ」
いやいや、そんな物に乗るつもりはないぞ。
例え筏が復元できたとしても。
それにしても、あの竜。何と言うか全体的に大雑把だな。まあ、千年も生きる物とは、そういうものかも知れない。
「秘史に拠れば。メシア様は、この川を筏で下ったと記されています」
「エレ、その秘史とは?」
「メシア教典、外典の3に記されている物語です。メシア様が如何にして神通力を得たかについて書いてあります」
「へえ。秘史っていう割に、エレさんは知っているのね」
「100年ほど前までは、大司教となるまで知ることができなかったのですが、聖コンスタンツァの改革があり、開示されたのです」
「ふーん」
これまでの経験上、ふーんと返事する時、ラムダは余り理解はしていない。
「でも、メシア様が、筏で下ったんなら。この残骸があるのは変ねえ」
しかし、その後、強烈な勘の良さを見せるから怖い。
そうだな。この木も綱も、放置されてから精々数十年と言うところだろう。鑑定魔術の結果もそうだ。
色々気になる点はあるが。
「それで、船は無いし。どうします。あなた」
エレは現実的で良いね。
「いや。3人でよければ船はある」
まあボートだが。
「ええ?じゃあ船探さなくても良かったんじゃ?」
なんだか少しラムダが怒ってる。
「まあまあ竜の言うことは、確認してみないと」
エレが宥めた。
「そうだけどさあ…シグマ。なんで船なんか持ってるの?」
「ああ、館の裏の川で鱸を釣ろうと思って」
「ははは、子供達の、エレ様に!って言葉を根に持ってるし」
悪かったな。
俺はやや大きめなゴムボートとオールを出庫した。
「何これ?全然浮きそうに無いけど」
「そうですね」
まだ、ふにゃふにゃな状態だ。
「これに空気を入れるんだ」
─ 煽 ─
一気に膨らむと、U字状の筒と3本横にまっすぐな筒の気室があるボートができた。
「なるほど!こうなるんだ。それに入ってるのは、空気だから軽いんだね。シグマ、やるねえ!」
「これに乗ってな…ふーむ」
この川、なかなかの速度ではあるが、平均速度は時速12kmから15kmというところ。ここからボートで下ると、大結界にたどり着くまで4時間、さらに外に出るまで2時間は掛かる。やってられない。
「何?」
「ここから、これに乗って下ると、外に出られるのが夕方になる」
「それは困りましたね」
「ええぇぇ。ボクは楽しいけどな」
確かに、嬉しそうな表情だ。
「だって、シグマのことだから、食事とか用意してくれてるんでしょ」
「用意はしてるがな。転位しよう」
「仕方ないか」
一旦ゴムボートを入庫して、皆で手を繋ぐ。
─ 玄天移 ─
転位した先は、川が緩やかに蛇行した内岸だ。差し渡し100m程の砂や礫が堆積したが平地だ。
微妙に魔素が少なくなっている。もう少し下れば大結界に入るようだ。
ラムダ達は、辺りを見回しているが。特に怪しい感は慧眼に出てこない。
「さて、少し早いが昼食にしよう!」
「ここで?」
「ああ、この先は船に乗るからな」
そう言いながら、コテージを出庫する。土作りのドーム状住居だ。
「なるほどね。これならいいか」
「私も入って良いんですかね?外から見たことはあるんですけど、入ったことなくて」
「もちろん。早く入ろう、日が当たっても少し寒いし」
ラムダとエレによるコテージの探検が終わって、一服した。
次は、食事だ。
食べてからボートに乗れば、嘔吐のリスクはあるが、大結界を抜けたとして食べられる状況かどうかわからないしな。よって、消化の良さそうな物を少なめに食べて、十分休憩を取った。
そして、俺は一足先に外に居る。
ラムダとエレは、コテージで何事か話してる。ガールズトークってやつか。
さっき、2人で話すからとラムダに言われ、どうぞ!と応じたら、空気読めよって顔をされたので、出て来たのだ。
それより。そこに、なんか埋まってる。
腰掛けやすい岩に座って水面を見ていると、その手前の川岸で感知魔術に感が有った。
そもそも、休憩をこの場所にするため転位したとき、何か誘われる気がしたのだが。
これか?
もっと慎重に物事を!と心のどこかで思っているのだが。なんというか夢幻晶を11個埋め込んでから、細かいことが全く気にならないのだ。
それはともかく。
小さいな…が、強い魔力を放っている。
何だろう?魔道具か?
1mほど地中だ。
─ 地槍 ─
初級土属性魔術を使う。
地面が鋭く、円錐状に隆起した。
俺は立ち上がり、歩み寄った。
土でできた槍の先端に、狙い違わず捕らえた物が、紅く照り返した。
指輪?
装飾性の少ない角のとれた、幅広な形。
石…瑪瑙で、できた指輪だ。
内側に何か文字が刻まれて居る。
─ 澪 ─
水を生成して洗う。
עם אהבה לינאי
神聖文字だ。
ヤナイへ、愛を込めてか。
かなり古そうな指輪だが、デザインに癖がなくて、元居た世界でも使えなくもないだろう。
俺は、何気なく右中指に擬した。
光が滑り落ちて指に填まる。第2関節と第3関節の間まで。
何の抵抗もなく。すうっと。
「おっ」
ん?抜けないんだが。
げっ、これって呪われた指輪ってやつじゃ?
そう言いつつも、魔力は感じるものの邪悪な感じはしないから、まあ呪いの装備では無いだろう。
石鹸を付ければ、すぐ抜ける。最悪砕けば良い。コテージに戻ろうかと思ったら、2人が出てきた。まあいい。このまま行こう。
「シグマ。この服は何?鎧にしては柔らかいし」
「ウエットスーツだ」
うーむ。そのファスナー作るの大変だったんだぞ
「う・ウェット…?で、さっきから視線がなんだかいやらしいんだけど」
まあ、ぴったり躰に貼り付き、彼女たちのすばらしい体型が、完全に浮き立っている。 俺も着てるが。
「別に、見たいときは真っ裸にして見るから、どうということはないだろう」
「そりゃそうか。ははは」
コテージを入庫して代わりに、別の物を出した。
「さて、さらにこれを着てくれ。」
ライフジャケットを、二人に渡す。さっきの釣りに備えて作ったものだ。出した瞬間に、俺は装備した。ヘルメットは無いが、まあ良いだろう。
「脱いだ鎧は入庫してっと。で、羽織って、この金具?で、前を留めるのね。へえ、カサの割に軽い。なるほどこれなら、川に落ちても浮かぶと。本当にシグマはいろんなこと考えるよね。感心するよ」
感心というより、呆れの成分を感じるのは気のせいか?
エレが着るのを見ながら、ラムダも着込んだ。
大結界では、魔術が使えないからな。
ボートを出庫して、水辺に浮かべる。
「二人とも押さえているから乗ってくれ!」
グライダーの時の拒否反応とは違い、素直に乗った。
まあ、船は彼女たちも見たことあるしな。
俺も後尾に乗り込みオールで川底を押して、川の中央に漕ぎ出した。
徐々に速度が出てきた。ここから2時間程か仕方ない。
魔素が薄くなり、気分が悪そうな感じのエレが、なんだかそわそわしている。
逆に下り初めは、うきうきしていたラムダは、今は居眠りしてる。
「エレ!」
「はい」
「さっきの秘史の話。続きはないのか?」
大結界に阻まれて見えないので、気になっている。
「あります。この先、大結界と外輪山を抜けて、湖に至ったと記されています」
「ふむ、その先は?」
「湖を渡り、そこに教会を建てたのが、聖ラディウス礼拝堂ひいては聖都の始まりとされています」
確か、荒れ野に礼拝堂が建ち、教団が成長するにつれ、その周りが村になり都市となって、国ともなっただったな。
「わかった。助かる」
「いえいえ」
エレがはにかんでる。
川を下りながら、魔素の量が底を打ち、徐々に復活し始めると、目前に外輪山が立ちはだかって来た。論理的には、水が流れているので別にぶつかる訳でないことは分かるが、やはり目で見てみないことには、どうなるのかなと考えてしまう。
さらに30分が経過、そろそろ大結界を抜けるかと思えてきた頃、川が徐々に左に曲がり始め、流れが外輪山に平行に近くなってきた。それと共に川幅が狭まってくる。
「んあ?」
寝てた、ラムダが起きた。
「わあ、流れが急になってる!」
右に左に、ゴムボートは振られるが、どうということは無い。
「二人はしっかり綱を掴んでいるんだ!」
山肌が迫り、大きく右に回り込んだときに、山の襞の中に川が分け入った。
「良い景色!」
速度は時速30kmを超えているが、ラムダには余裕がある。
そのときだった。川が大きく曲がった直後に、壁があった。
煉瓦で築いた、人工の壁だ。
そこにアーチ状のトンネルが大きく口を開けており、川が底に吸い込まれた。
感知魔法の感が戻ってくる。
既に俺は魔術を使えるようになっていた。何時でも、魔術玄天移で瞬間転位できるよう準備しつつ、この先がどうなるか、行けるところまで行ってやろうという気で居る。
天眼によると、トンネルの終端はあと数百メートルで来る。
─ 点灯 ─
ゴムボートの突端に付いた魔石サーチライトを点ける。
「おおお」
視界が回復して、先頭に乗るラムダが叫ぶ。
その先は湖だが、その前に障壁があることが見えた。
「俺に任せろ」
「任せてるから」
「はい」
数分後。前方に金属格子が見えた、水は通るが、ボートは無理だ。
激突!
─ 玄天翔 ─
転位ではなく、飛行を選んだ。
ボートは水面を離れ、不自然にも右側に開けた空間に舞い降りた。
─ 篆刻 ─
天井に魔法の紋章を刻み、空間を照らした。
「ふう。助かった」
「そうですね。やっぱり頼りになります。あなた。ありがとう」
「うん、ありがとう」
ゴウゴウと音を立てて流れ下る川というよりは、水路の横に差し渡し数十m程の空間、いや部屋があった。
壁と床、それに林立する柱が全て大理石だ。
「何ここ?エレ、知ってる?」
あれ?呼び捨てだ。
「いいえ、ラムダ。ただ…」
こっちもだ。
「神殿のようか?」
「…おっしゃる通りです。あなた」
祭壇らしきものもあるし、儀式に使っているのだろう。
天眼によれば、あの柱の向こうに通路が隠れている。
「で、なんでお前達は、互いを呼び捨てにするようにした?」
二人で顔を見合わせた。
「なんていうか…竜と遭った時は、流石に死んでしまうかなって思ったんだけど…」
「伝説の魔獣、それを見た者は命を落とす。そう言われてますからね」
「でも。死ななかった。さっき食事しながら、ああボク達生きてるねって!」
そういうことを話していたのか?
「だからボクは、もう細かいことにこだわるのはやめようって!」
「ええ、私ももう遠慮するのはやめようって!」
ふむふむ。真の仲間になったんだな。
「そう言ったわけで、今日から3人一緒に寝ることにしたから」
はぁ?
「そうですね。一人だと、本当に淋しいですから」
「だよねえ」
結論へのつながりがよくわからないが。そこまで言われては、夫たる者、叶えてやらねばな。
「な、何で脱ぐの?」
ん。もうウエットスーツは必要ないからな。
「2人も脱げ、脱いで普通の装備に換えてくれ」
「ふふん。ボクたちが着替えるところを見たい?」
「…見たい!」
ラムダも、エレも紅くなった。
「…正面切って言われると、ちょっと。……やっぱり、そういうことは、夜ね、夜!」
結局彼女たちは、柱の陰で着替えた。
「ん?」
「どうしました?あなた」
ラムダもこっちを見ている。
「誰かが、こちらへ来た。あの扉の向こうだ」
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訂正履歴
2016/01/02 あとあと数百メートルで終わる→あと数百メートルで来る。
,私たちが着替える→ボクたちが着替える




