73話 聖皇国への旅路(3) 磐座
どうやら、まだ見ぬ俺を呼び寄せたモノの威圧感で足が動かないようだ。
「ぼ、僕達、ここで待ってるよ!ねっ、エレさん」
「そ、そうですね」
ここに置いていくなら、最初から連れて来ない。
「ラムダ、俺の手を握れ。そう指を絡めるように」
「うん」
素直に手を握り合う。
「エレは、こちらだ」
「はい」
こっちも握った。
「どうだ?」
「う、うん。あれっ?動けそう。エレさんは?」
「私も歩けます」
俺と接触したことで、威圧を減損できているのだろう。俺は、無意識にそうなると思った。不思議な気分だ。
3人で手を繋ぎながら、丘を登る。
この状況。
論理的には結構恥ずかしいはずだが、まったくそうは感じられない。
11個の夢幻晶を埋め込んだ副作用は無いと思ったが、そうでもないようだ。
進むに従い、威圧が、ますます強くなってくる。
普段の俺であれば歩みが滞っただろうが、今や何の枷も無い。
歩くこと10分。一枚岩の頂にたどり着いた。
そこには、まるで何かに研磨されたように艶やかな平面があった。
磐座──
神の居場所と頭に浮かぶ。
「言い伝え通り……」
呆然としたエレが呟く。
体長は20mを超えるだろう。蒼い竜が蜷局を巻くように横たわっている。
俺達を認めたのか、鎌首を持ち上げた。
【人の児よ!よくぞ来た】
音声では無く、頭に響く波動で話しかけてきた。念波とでも呼ぶか。
「威圧の波動を止めろ!嫁達の気分が悪そうだろうが」
ラムダもエレも、顔が蒼い。
【汝の他は来るべきでは無かったが──いいだろう】
威圧が弱まり、ラムダの手の戦慄きが静まった。
しかし、手を離すと、2人はその場にへたり込んだ。
俺の前に、伝説の魔獣、竜が居る。
地に棲む地居竜だ。
なぜ伝説か?
生ける者が誰も、しっかりとは眼にしたことがないからだ。
言い伝えに拠れば。
──曰く、吐息一吹きで城一つ壊滅させた。
──曰く、一蹴りで山を抉った。
──曰く、翼一薙で島を津波が襲った。
ただ、ここ数百年、歴史に姿を現しては居なかったのだが。
それが俺達の目の前に存在し、息をしている。
角が密生する三角の頭。
縦に開く瞳が俺を射抜き、鋭い牙が並ぶ顎が懼れを抱かせる。
そして、蒼く艶やかな鱗が威風を醸す。
「それで、俺に何の用だ?」
【汝が夢で申した通り、夢幻晶を分けて貰いたい】
「自分で飛んで、採りに行けば良いだろう!今までもそうしてきたのではないのか?」
【無論、できるならそうしている…】
はあ?
【…飛べぬのだ。この数ヶ月で時の流れが速くなり、目眩がしてな】
げっ!
それって、俺が封印したジュダの呪いの影響……だよな。
俺には分からないが、竜ほどの感受性になれば、時間の歩みが速まっていることが感覚でわかり、それ故に逆に不調に陥っているのだろう。時差呆けみたいなものか。
俺の責任ではないが。
「そうか。満更関わりがないわけでもない。対価によっては分けてやる」
俺を見上げるラムダが、竜からお金を取るんだ!って顔で呆れている、
【そこに我が眷属が集めた黄金がある】
黄金か。
行使した感覚がない天眼が働き、この巨大な一枚岩の脇に築山程の黄金を見つけたが。
数十トンはある。
そういえば、竜は光り物が好きで、蒐集癖があると聞いたが。正しかったようだ。
王国の金相場は1gで10ディール固定だ。1kg1万ディール。10トンで1億ディールだ。悪くない。聖皇国では…どうでも良いか。
どうせ分けてやろうと思っていたからな。
「いいだろう」
俺は、紫夢幻晶を20個ほど出庫して、先に出した皿に受けた。
【食べたことの無い色だが、確かに夢幻晶だ!】
…食べるのか。竜よ。
「以前は、どんな色を食べていたのだ?」
【橙色だ!そういえば過ぎし日に人の魔術士とやらが、紫の夢幻晶を持つという話を聞いたな】
なるほどな。原典の知によれば、紫は天然には存在しないらしい。
採って食べていたなら橙色だろう。
それから、その魔術士とはおそらく、始祖3賢者が1人メガエラ・アメリウスに違いない。流石は始祖と呼ばれるだけある。
「紫夢幻晶は、橙を生成して作るんだ。試食してみるか?口に合えば、この皿の上全部と、あの金全てと交換でどうだ!」
【承諾した!】
皿をラムダに渡し、夢幻晶を1つ摘むと、竜の顔目がけて放る。
大きな首が、ばくっと食いついた。
咀嚼してる。
【美味じゃ!紛うことなき至高の美味。金を全て持って行くが良いぞ!】
屑石を出庫して、高く固めた。その上に夢幻晶を持った皿を置く。
手を離すや否や、そこに竜の首が飛んできた。
皿は言うに及ばず、屑石の高坏ごと喰らいやがった。
ガリボリ噛み砕いている。
【躰の隅々の力が漲るは…飛べる、飛べるぞ!】
竜が一振り羽ばたくと、空中にその巨体を持ち上げた。
【その先に川がある、古の人の児のように辿りて外が出るが良いぞ!さらばじゃ!!】
竜は再び羽ばたくと、虚空の彼方に飛び去った。
「ああぁぁ」
へたっていた2人が立ち上がった。
竜が居なくなって、エレとラムダは元通り動けるようになったようだ。
「さて、対価を回収しないとな」
一枚岩の磐座を降り、竜が指し示した場所に生きた。
目が眩みそうな眩しい小山がある。
「これ、全部?一体いくらなんだろ?」
ラムダとエレは、膝から崩れ落ちている。
「長居は無用だ、入庫するぞ!」
俺が何回かに分けて、黄金の小山を入庫していると…頭上から威圧が来たが、先程と比べれば、段違いに弱い。
【キサマ シテイル ナニヲ】
彼方から亜竜が飛来した。
「2人とも下がれ!」
─ 八龍 ─
妻達を障壁魔術で囲って護る。
「お前の主の承諾を得てある物と交換したのだ」
【ココニ イナイ アルジ シンジヌ】
竜よ、ちゃんと伝言していけよ。
亜竜も同じく念波を使うが、たどたどしいな。
「信じぬなら、どうする?」
【クイ チギル】
「そうか!では掛かってこい」
【コシャクナ】
亜竜は上空から大きく顎を開いて急降下し、数瞬前に俺が居た場所を無為に噛んだ。
俺の血を味わえぬと知るや、片足を地に付け膜翼を折りたたみ身を捩った。
棘尾が音速を超えて飛んで来る。
「遅い」
野太い鞭を軽く避けると、縮地で亜竜の脇に回り、〇距離で。
─ 気弾圧縮 3連 ─
衝撃波を受け、三度奴の脇が半球状に凹む。鱗が弾けて飛び散った。
【ゴッハァア】
涎を吐瀉しつつ悶絶した。
「今、降参すれば許してやるぞ!」
【ニンゲンノ ブンザイデ】
膜翼を羽ばたかせ、宙に浮くと顎を多く開いた。
口腔へ光の粒子が集まっていく。
ゴッガァーーーーー。
灼熱の吐息だ。
─ 多層 八龍 ─
中級障壁魔術を幾層にも展開し、防備を重ねる。
俺に効いてないと知りつつも意地になって、亜竜はブレスを吐き続ける。
芸の無い。
─ 玄天翔 ─
うおっ!
飛翔魔術を行使。少し速くと意識すると、思いもよらぬ勢いが出た。
自分で自分の速度にビビるとか、情けない。
しかし、まあ、目的は達した。
亜竜は完全に俺を見失い、鎌首を左右に振り回して探している。
おまえの頭上だ!
─ 迅雷 5連 ─
キシャァァァァアアアア。
何の溜めもなく瞬時に発動し、稲妻が虚空から迸り亜竜の五体を直撃した。
ヤツは、地に落下しながら節々から煙を上げる。
流石は竜族の端くれ、しかもゾンビではなく生体だ。電撃程度では死んではいないようだ。
「どうだ、まだ続けるか?」
念波を返して来ない
とりあえず反撃は来ないだろう。
ラムダ達に掛けた障壁魔術を解除した。
「ちょ、ちょっと。死んだの?」
「いや、魔獣結晶にならないから、死んではいないだろうが。反撃はしないだろうよ」
「それにしても、あなた」
「なんだ?エレ」
「亜竜を退けるには、一軍を持ってと言われるのに」
「そうか、ワイバーンゾンビの時は居なかったもんね、エレさん」
もちろん話したが。できるだけ、もうやめて下さいねと言われたのだが。
「それにしても、圧倒的だったね!やっぱり夢幻晶を全部埋め込んだから?」
「まあな。とりあえずここを出たら、いくつかは取り出すとしよう」
皆様のご感想をお寄せ下さい。
ご評価も頂けると、とても嬉しいです。
誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。