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70話 指輪

 ペリドット商会の初回経営会議を終え、新館奥側に戻って来た。

 奥側は私生活の場であり、ここは家族が使う居間だ。広さは50平米程、畳なら28畳程度だ。南向きのテラスに面しており、開放感がある。中央に10人ほど掛けられるソファセットにテーブル、壁際にも転々とソファが置かれている。

 その一つにラムダが座っていた。


「シグマ。会議は終わったのね?」

「ああ」


「お疲れ様!エレさんも。真ん中に座って座って。今、お茶淹れるからさ」

 俺の後から、エレも戻ってきていた。

「いえ、私は何も。それより、本当によろしかったんでしょうか。ラムダさんは商会の方には…」


「…ああ。いいのいいの。私には向いてないし。奥向きはボク中心で、表向きはエレさん中心で。分担しようって言ったじゃない」


「ですが…」

「まあ、いいんじゃないか?あまり経営陣を我が家の者で占めるのは芳しくないしな」

「そうかも知れませんが」



「どうぅぞ」

「おっ、ありがとう」

「ありがとうございます」


 出してくれた、カップを薫らして一口喫する。

「うん、相変わらず旨い」

「本当に!」


「いやあ、シグマが淹れてくれた紅茶は、もっとまろやかになる気がするし」

「そうか?俺はこっちの方が好きだけどな」

 味がすっきり、際立ってる。

 料理もそうだが、豪快にやっているように見えて、出来映えは外さないんだよな。センスがあるのだろう。


 エレは羨ましそうに聞いている。

「そう?まあボクは家事は好きだし。さっきの話だけど得意なことやればいいんじゃない?」

「はあ…」


「ところでさあ。シグマにしては、商会の立ち上げをかなり急いでるじゃない。何かあるの?この後」

「ラムダには隠し事できないな」


 エレが、えっと言う顔をしている。

「まあ、つきあい長いしね。ああ、エレさん。大丈夫!シグマは思ったより単純だから、すぐわかるようになるって」

「そうだと良いのですが…」


 なんだか複雑な気分だが、まあいい。


「ずばり!シグマは旅に出る気だよね!」

「そうなんですか?」


「ああ」

「あの寝言!あっ…」

 そう言って、エレは自分の口を押さえた。

 部屋の温度が数度下がった気がする。


「……ああ、やっぱり。ボクの時も口走ってたからね…で、どこ行くの?」

 ラムダは大人だな。まあ、後で貸し2だからね!とか言う気だろう。


「マディス聖皇国だ!」


「「聖皇国?」」

 ハモった。


「理由は2つあって。エレの法術士としての印可を聖都ラディウスにある本庁に出してもらうのが1つ……」

「インカって?」


 エレが俺に代わって答える。

「そうですね。簡単に申しますと、法術士としての能力と技能を、メシア聖教会の活動以外での使用しても良いという許可です。またメシア様の祝福を受け、能力や回復力がそこそこ上昇すると言われています。個人差があるようですが」


 実際のところは、印可を受けないと能力の伸びが頭打ちになるので、それを解除してもらうところが大きい。


「へえぇ。あっ、そうだ。そもそも法術士と魔術士ってどう違うの?今まで、ボクの周りには法術士の人って居なくってさあ」


 むう。ラムダの脱線癖が出てきた。

 止めさせたいところではあるが、今までのパーティーの状況とは違う。大きなリスクがある旅に出ることに対して理解が必要だ。しばらく様子を見よう。


「魔力を使って、術を発動や行使するところまでは同じです。聞いた話では使用する術式の系統が違います。法術士は、回復系と支援系が強く、攻撃系と機動系は弱いという特性が有ります。ただ、それは大まかな差であって、特に上級者になればなるほど、区別が付き難いらしいです。あと、法術士はそもそも数が少ないですし、印可を受ける前は大体は大きめの教会に所属していますので、あまり見かけないでしょうね」


「ああ、そういえばシグマは両方使えるよね」

「まあな。ただ回復系の方が魔力消費が多い」


「魔力消費って、シグマが言ってもなんだか、説得力無いよね」

「ええ、湯水のように使われますし」


 はいはい。


「それで、教団本庁に行けば、エレさんは印可をもらえるの?」

「はい。還俗する前に、修道院の推薦はもらっていますので、ほぼ確実です」

「ふーん」

 ラムダも頷いて、大方理解できたようだ。


「それでだ…もう話を戻してもいいか?」


「ああ、ごめん」

「私も済みませんでした」


「で、その法術士の能力を上げてもらう以外の理由だが…呼ばれているんだ。聖皇国のある場所にいる存在に」


「それが夢?」

「その存在というのは…?」


「わからない。人間ではないようだった」

「つまり危ないってことね。だから、もしものことがあっても大丈夫なように!って焦って備えてると」

「……そういうことだ」


 ラムダ。鋭すぎるだろう。

 俺が驚いていると、エレも呆然とした表情だった。


「エレ…エレ。どうした?」

「えっ。いえ。ちょっと。なんでもないです」

 なんだか、どぎまぎしてる。気になるな…。


「シグマは、考え違いしてる」

「何?」

「備えているのは、私達やみんなに迷惑掛からないようにしたいんだろうけど」

「まあ、そうだが…」

「無駄だから!」

「はあ?」

「気を遣ってもらったり、心を砕いてもらうことは、うれしいけどさ。シグマが居なければ、ペリドット家も鉱山も成り立たないんだから、無駄だよ」


「いや…」


「でもね。だからと言って、ボクは旅に出ないでなんて言う気はないから」

「はあ?」

 支離滅裂な気がするが。



「だけど、これだけは憶えておいて!」

「なんだ?」

「シグマが死んだら、ボクも生きて行く気なんかないからね。これから子供が生まれたら、エレさんに委ねてボクも後を追うからね」

「そ、そんなの困ります。私だって」

「だめだ!俺の後を追うなんて許さないからな!」


「ふーん。じゃあ、シグマが死ななければいいだけのことよ!ねえ、エレさん」

「その通りです!」

 無茶苦茶な論理だが、俺は反論できなかった。


「では、聖皇国には行くが、精々死なないように努力する」

 それで二人は、納得したように頷いた。


「話は変わるが。2人に渡したい物がある」

 俺は両腕を突き出し、2つの箱をそれぞれの掌に出庫した。


「箱?」

「凝った形ですね」

 上面が緩やかに丸く角も面取りされた優美な形だ。


 ラムダが茄子紺色の、エレが暗金色の箱を手に取った。

「上が貝のように開くから」

 手で形態模写する。


「こうかな?……わあぁ!!…」

「指輪ですね。これを私たちに下さるんですか?」

「そうだ!ランペール王国には無いが、俺の祖先の国では、婚約、そして結婚する女性に指輪を贈る習慣があるんだ」

「そうなんだぁ」

「いいですね!」


「よし。俺が填めてやろう。ラムダ、左手を」

「うん」

 彼女のわずかに節立った左中指をつまみ、薬指に小さな環を通した。


「綺麗!」


 自分の手を、様々な角度に回し、華開くような笑顔で観ている。

 ラムダの瞳に菫色の輝きが映った。


「エレ!」

「はいっ」


 エレの滑らかに細い指へ、同じように填めてやった。

「う、美しいです」

 

 エレは、溜息を吐きながら、手の甲を陶然と眺めている。


「ねえねえ、シグマ。説明してよ!」


「ああ」

 ラムダの指輪は、プラチナだ。形は槍を持つことを重視して、凹凸が少ない甲丸と呼ばれる断面のアーム選んだ。


「環で挟み込んだ真ん中の宝石はブルーダイヤだ。その両脇にあしらっているのは…」

「知ってる、うちの名前の菫青石アイオライトだよね!?」

「そうだ!」


「いやあ、シグマ!ありがとう!いい趣味してる。大好き、この色味!」

「ははは、そうか。気に入ってくれて俺もうれしいぞ」

「うん」

 ラムダは喜色満面で、はしゃいでる。


「あ、あのう……」

 エレが済まなそうに、声を掛けてきた。

「ああ、エレのも説明しようか?!」

「是非お願いします!」


 こちらは、金色のリングで、所謂エタニティと呼ばれる角張った環の外側中央に溝を作った形だ。

「環はエレクトラの名前にちなんで、エレクトラムという名前の金と銀の合金だ!」

「まあ。そんなものがあるんですか……」

「そして、中央を溝に沿って、ぐるっと途切れなく取り巻いている宝石は紫夢幻晶。俺が作った」

「はあ…」


「あっ、あれだ!」

 ラムダが、顔を出してきた。

「えっ」

「シグマが、身体に埋め込んだやつ」

「躰?」


「まあ、それはいつか話すとして。その指輪は、その夢幻晶と内面に刻印した神聖文字によって、エレが法術を使うときに消費する魔力が、3割位は減るはずだ」


「そ、それは、国宝級の魔道具では?」

「さあ、どんなものかな」

「そんな貴重な物を、私に……ありがとうございます!大切にします」

 エレは、立ち上がって、深々とお辞儀カテーシした。

「どう致しまして」


「えぇぇ。良いなあ!」

「ラムダ、お前の指輪も負けてないぞ」

「そうなの?」


「ああ、ダメージを受けても生命力(HP)減少が抑えられ、自然回復が倍にはなる」

「……凄い。それは凄いお宝だね。だ、大事にするね」


 俺とラムダは、笑いあった。


「出発は、3日後にしよう。考えてたより早いが、セリーヌは地下工場の主に成ったし、キアラはカーラさんが自らシェラ境に連れて行ったし、他にやることもない」


 セリーヌは、ゴーレムの整備の他、魔石機械をよく操り、主力商品の生産を任せられるところまで来ている。


「そう言えば、この頃セリーヌをほとんど見ないね」

「私もさっき会議で会いましたが、終わったらさあっと居なくなってしまって」

「シグマ、知ってる?」


「ああ、地下工場から一歩も出たくないって言って、そこで寝泊まりしてる」

「まあ!」

「あそこに?!ボクらも行ったことはあるけど、何であんなとこが良いんだか?さっぱり分からないよ」


 セリーヌは、最初ガレージの床に、寝袋をおいて寝起きしていたのだが。見るに見かねて部屋を増設してやり、バス・トイレ付き2DKの住居にしたところ、一生住む!とか言っていた。

 当初は冗談だとばかり思っていたが、最近自信がなくなってきた。


「では、出発の日は決まりでいいな?」

 2人は揃って首肯した。


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