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幕間 酒場にて

「だめだ、だめだ!素人は黙ってろ」

 いつもは人当たりの良い、営業主任に頭ごなしに言われてカチンと来た。


「確かに俺は経理で、営業は素人ですが。どうやれば売れるかはわかる、そうすればこの商会の苦しい資金状況を改善できる。あんなにも分かるだろう」

 俺より相当ベテランなのだ、理解できないはずはない。


「そんなことは分かっている!」

 だよな!


「じゃあ、なぜ拒否するんだ?」

「決まっている!このランペール王国ではな、教会は敵に回すな!てのが鉄則なんだ」




「マスター、もう一杯だ」

「いつもエールを飲むのに、どうしたんだ」


 王都南街区、裏路地にある酒場だ。


「良いじゃないか、ワインをくれ。俺はまだ酔っちゃいない」

 カウンタの向こうのマスターの顔が優れない。

「まあ、確かに酔ってはいないようだから、出すがね。このまま飲むと悪酔いするぞ…」

 そう言っていると、横から瓶が伸びてきた。俺の銅カップに赤ワインが注がれる。

「えっ」

「まあ、飲んでくれ!」

 瓶の方から、男の声が聞こえた。


 そちらを振り返るとカウンタの横の席に、男がいつの間にか座っている。

「あ、あんた。見かけない顔だな」

 若い。声だけ聞いたら30歳ぐらいかと思ったが、もしかしたら二十歳はたち前かも知れない。

 

「ああ、俺はシグマ・ペリドットという者だ。ここらで飲むのは初めてだ」


 どこかで聞いた名前のような気がするが。


「へえ、貴族様、いや士爵様かな。いずれにしても、ワインをありがとう」

 貴族が、こんな庶民の店に来るわけ無かった。士爵にも敬意を表するべきだが、酒場の中では、無礼講!それが王都の決まりだ。


「ああ、気にせず飲んでくれ。まだたくさんある」

「悪いな…俺は、リカルドだ」


 俺は、頭でなんだか胡散臭いという警告が出ているにもかかわらず、この若い男と飲み始めた。



「で、リカルドさん。何でそんなに不機嫌だったんだ」

「へえ。俺が不機嫌なのが分かるのか」

 機嫌は良くないが、いつも紳士たろうというのが、俺の信条だ。言動も荒れては居なかったはずだが。


「さっきマスターが、いつもはエールを飲むって言ってたじゃないか。何かてっとり早く、酔いたい理由があるんだろうと思ってな」


 当てずっぽうではないのか。


「商売がな…」

「うまくいっていないのか?」

「そういうこと…この国は、商売をやるには窮屈なんだ!」


「…確かにな」

「ん?あんたも商売をやっているのか?」

「やっていると言えば、やっている。まあ本格的にはこれからだ」


 そう言った若い男は、手にした銀色のカップを呷った。

「そのカップ、良い細工だ」


 華美な細工とは違うが、滑らかで縁も優美な局面だ、まあ厚肉だが。こんなカップはこの店に置いてなかったはずだが…。


「ああ、自分がいつも使っているやつだ」

「へえ」

 自分の手にある、店で使っているぺらぺらの銅板のカップとは全然違う。あれなら口に付けたとき、感触が良いに違いない。ただ、あれだけ厚肉ならば……。


 シグマと名乗った若者は、そこに再度ワインを注ごうとした。

「ちょっと待ってくれ。そのカップを持ってみても良いか」

「ああ…別に構わないが」


 許可を得て、そのカップを触った。

「んんん。軽…い。軽いぞ。そんな馬鹿な」


 思わず大声になり、周りがざわついた。

 慌てて、手で何でも無いと知らせる。


 あり得ない。

 これだけ厚肉のカップなのに。比重はいくつだ?材質は、銀、いや錫か。


「ちょっと、待ってくれ。何でこんなに軽い、これ錫でできているんだろ」

「そう、錫だ。ただし、その厚肉の部分は、空洞かつ真空になっている、軽く指で弾いてみてくれ」


 弾いてみると、確かに虚ろな音。錫が詰まっているわけではないようだ。

 あり得ない。


「なんで、わざわざそんなことを?軽くしたいなら、これのように薄肉にすれば…」

 この技術はすごい。それは認めるが。なんでこんな面倒なことをしたのか、さっぱり分からない。


「マスター。悪いが、このカップに煮立ったお湯を入れてくれ」

「はあ」


 若者は、5ディールの小銀貨をカウンターテーブルに置いた。ただの湯で5ディールは出し過ぎだ。マスターの表情がにんまりと変り、慌てて湯を沸かして、カップに注いだ。

 当たり前だが、もうもうと湯気が上がる。


 10秒程待って、若者はカップを掴もうした。

「おい、まっ……熱くないのか?」


 俺は咄嗟に止めようとしたが、気にすることもなく、彼はカップを掴んでゆっくりと持ち上げた。

 しかも、平然としている。彼はどれだけ我慢強いのだ?


「いや、全然熱くない。触ってみたら分かる」

 そう言って、未だもうもうと湯気を上げるカップ─後でタンブラーと聞いた─を下ろした。


「あ、ああ」

 おっかなびっくり、俺は指でちょっと触ってみた。

「あれ?」

 熱くない?

 こわごわ、ゆっくり触ってみる。

 熱くない。そして掌で、がっつり掴んだ。


「熱くない、熱くないぞぅ!」

 おっと。また皆に見られた。恥ずかしい状況だが、恥ずかしくない。


「マスター。マスターも触ってくれ」

 手を懸命に掻いて、呼び寄せる。

 そして、俺が離した、タンブラーをマスターも握った。


「こんな馬鹿な。湯を捨てても良いか?」

 シンクに湯を捨てると、内側を触った。

「熱っ!」

 マスターは、いろんな方向からタンブラーを確かめている。


 中は熱いようだ。

「真空にすることで断熱するんだ。中に熱い湯や冷たい氷水を入れても、手には熱くも冷たくもない」


「さっき、商売をやると言っていたが。こ、これを君は売るつもりか?」

「いや、今のところ、これを売るつもりはない。教会に喧嘩を売る」

「はっ?」

 今、何を言った。このシグマという若者は……。ん?シグマ…ペリドット…そうか!


「俺は魔石を売ることで、メシア聖教会に喧嘩を売る。さっきあんたが言った、窮屈さってやつをぶち壊すつもりだ」


「俺は昼間、その教会に気を遣って新しい商売を断念したんだ」

「……そうか、偶然だな」

「いや、この国で商売していれば、大なり小なり、いつかはぶつかる壁だ。まだ乗り越えた者も、ぶち壊した者も居ないが」


「何でも初めてやってのけた者は、気持ちが良いぞ。俺たちと一緒にやってみないか」

「ひ、ひとつ聞きたい」

「何だ?」


「俺をエレクトラお嬢様の執事だった親父ベルツの子と知って、声を掛けたのか?」

「ああ、そして、ストラス商会の事業をここ数年で軌道に乗せた手腕の持ち主として、声を掛けさせてもらった」


「ふふふ。この小さなタンブラー1つで夢を見たんだ。あんたと、そしてお嬢様と夢を見ても良いのかも知れないな」

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訂正履歴

2015/12/15 冒頭のやりとりを細々変更

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