69話 実演展示会(後)
カーラさんは、軽く咳払いをすると、いつもより大きい声を出した。
「ドミトリー伯爵。そしてここに集った商人達よ、聞くのじゃ!」
教会関係者を除き、皆が畏まる。
「良いか。今シグマが見せたゴーレム共は、人の役に立てるために作られたものじゃ。だからこそ、儂はシグマに商うことを許したのじゃ。しかし、便利な物には、毒もある。あのゴーレム達も例外では無い。人を害すること、軍事に使えれば強き兵ともなると、皮算用しておる輩も居るであろう」
辺りを睥睨する。
鷹のような眼力だ。睨み付けられた人の中には、思わずたじろぐ者もいた。
「そのような、不埒なことに使うようなものがもし居れば、どこなりとも儂が行って、滅ぼしてくれよう。これは脅しでは無い。皆の者、肝に銘じ、他の商人、貴族共に伝えるのじゃ。良いな」
都市一つを消し飛ばすことができると言われる、大賢者の威圧だ。
居並ぶ商人、役人達は皆震え上がった。
そして。
人嫌いで通って居るラティス卿が、今日ここに来たのは、そういうことかと理解した。
が、伯爵は畏れること無く進み出た。
「大賢者様。このドミトリー伯ヨハン、元より同意でございます。仰せに従うことを、ここに誓います。また、我が配下にも遵守させます」
「そうか。良い心掛けじゃ。これから商人達が姦しく、ゴーレム達のことを喧伝するであろう。ドミトリーの城とこの地を見に来た者達に、儂の言葉を伝えるのじゃ。よいな!」
「はっ!」
応える声が響いた。
カーラさんは、再び辺りを見渡す。
「用は済んだ」
そう言い残すと、一瞬にして姿を消した。
「ふぅーーー。あれが鷹と呼ばれた女傑か。結構なお歳と見えたが衰えを見せぬな。さて儂の方も用は済んだ。城へ戻ろうぞ」
そして、グズるロキシアを馬車に押し込めると、伯爵は騎乗の人となった。
しかし、商人達はそれからが本番だった。
俺に商談を持ちかけ、ゴーレムの売価を聞いてきたが、いずれと言って煙に巻いた。
最後に、ゼノン商会の面々が来た。
「流石はシグマ様!相当期待をして、こちらに参りましたが、実際はさらに上を行かれました。本当に驚きました」
「そうか」
「先程話された商会の者も申したでしょうが、我がゼノン商会にあのゴーレムを扱わせては戴けないでしょうか」
「ゴーレム達に何をやらせるつもりだ?塩湖はここの他にはそうは無いぞ」
「無論です。農業、そして土木工事、築城…最後のは、かなり怪しいので避けるとして、そうですな、鉱山の採掘などもよろしいかと」
「ふふふ。流石はパウロ殿。既に我が鉱山で、前の専用型を導入している」
「どちらが流石というべきか。是非お見せ頂きたいものです。ん?まさかそちらで、夢幻晶の原料が?」
「うーむ。油断ができない人だ。だが商売として組むには良いかも知れぬ」
「そうですとも。是非に!」
「ああ、ただし条件がある」
パウロさんは、ゴクッと唾を飲んだ。
「じょ、条件とは?」
「単刀直入に言おう。そこに居る、シーナさんが欲しい!」
なっ!
パウロさんは、凄い勢いで彼女の方へ振り向いた。
「シーナ君ですか?」
当人は、当人で間抜けにも自分を指差している。
「わ、私は21歳ですが、よろしいのですが?」
「?…いや、そんなものだと思っていたが!」
パウロさんは、目を硬く瞑り、握った拳をぶるぶると震わせている。
「す、済みません。ゼノン商会の鉄の掟があるのです。人だけは売るなと。私もその一員として、いくら商売になるとは言え、従業員を妾として差し出す訳には参りません」
「妾?誰が妾と言った!」
「では、3人目の妻にされると?」
2人で身を乗り出して来る。
「んん?もしかして、俺の言い方が悪かったか…パウロさんもシーナさんも。勘違いしているようだ。俺の妻とか妾とか、そういう関係として欲しいと言った訳じゃない」
「「はあ?」」
「つまり、我が鉱山と商売の協力者として、しばらく貸してくれ、これから作る俺の商会に出向してくれないか?というお願いだ」
「あっ。ああぁ…」
シーナさんは、安堵したのか脱力して、膝から地に崩れた。
そして、こちらを見上げる表情は、何だか怒っている。
「はっはは、ははは。そういうことですか、2人の奥様のこともあるので、まさかとは思いましたが…いや失礼しました。危なく誤解するところでした」
まさか?いやいや。
完全に俺を色惚け男と思ったよね。
知り合いですらこれだ!世間とはこんなものと思わなければならないか。
「それで、シグマ様。シーナ君にどのような役割を期待しているのですか?」
「ああ。営業部門を任そうと思う。つまり、販売の総括だな。王都が主かも知れないが、各地に飛び回って貰うことになるだろう」
「ふむ。落ち着いて考えてみれば、悪い話ではないですな。私がシーナ君なら是非やってみたいぞ。やはり商売の醍醐味は伸び代だからな。シーナ君そうさせて貰え。そうだな、3年、いや5年程、シグマ様に預かって貰うが良い」
「そんなあ」
「嫌なのか?」
「…まあ、そういう訳では無いです。とても面白そうではあるのですが…ただ、その婚期が、また」
この世界の適齢期は15歳から18歳だ。
一般の女性は初潮が来れば結婚可能との認識がある。貴族はそれに囚われず婚約させるが。
「勤める先は変わるが、割合は変わるだろうが、仕事自体ははさほど変わらない。問題ないな」
一瞬大違いですと言う目をしたが。数秒後にシーナさんは悟ったような、諦めたような面持ちとなった。
「わかりました。シグマ様のところでお世話になります」
「いや、世話になるのはこっちだ。よろしく頼む」
「はい」
シーナさんは、やっと微笑んだ。
それから2日して、シーナがやって来た。
部下になったこともあるし。心ではシーナと呼び、口ではシーナ君と呼ぶことにした。
今はさらに10日経ち、晩秋となった。
新館の大広間に居る。別の人間も。
静かな室内にカーン・カーン…と小さな鐘の音が10回響いた。
ハンスが口を開いた。
「定刻となりました。会頭お願い致します」
「ああ。ペリドット商会設立を宣し、初回の経営会議を始める」
俺は、8人に向けて宣した。
その会議メンバーを紹介しよう。
ハンス。
副会頭兼経営会議議長兼鉱山部門臨時責任者。
俺の不在時に代理として総括する。
鉱山部門を臨時としているのは、別途人材のアテがあり、就任を待っているからだ。
ちなみにペリドット家家宰も引き続き勤めている。
シーナ。
専務兼営業部門責任者。
セリーヌ。
生産部門臨時責任者。
ゴーレムを見せたところで嬉々としていじくりだし、整備面で才能を見せた。
責任者は俺が兼任しても良いのだが、やる!と譲らなかったので、臨時を付けて任じた。
リカルド。
財務部門責任者。
ストラス商会で経理職をしていた。そしてエレクトラの実家の執事の息子。
彼を雇った経緯は別の機会に話すとしよう。
ペレス。
法務・契約部門責任者。元はアイオライト士爵の部下だ。
ジョルジュ。
総務・労務部門責任者。ハンスの知り合いで、元鉱山従業員。
クラウス。
資材・物流部門責任者。シーナと同じくゼノン商会からの出向で来て貰った。
エレクトラ・ルイード。
情報部門責任者兼会頭秘書
秘書は絶対譲らないというので任じた。そのため情報部門の多くの機能をアガサ・ラピスに委譲することになるだろう。
「ペレス君。設立の状況を」
壮年の白いヒゲが見事な男が立ち上がる。
「はい。王都の商務省に、商会設立を申請し、シグマ・ペリドット様を会頭として認められました。所期の目的を達しました」
「ご苦労だった。続けてくれ。ハンス」
「はい。では1号議案から。リカルド君」
なかなか渋い中年男性が立ち上がった。
「はい。商会の資本金と資産を報告します。資本金は150万ディール。筆頭出資者は会頭で、100万ディール。続いてエレクトラ様の25万、同じく伯爵の25万です。資産は主として無形資産となりますが、今後50年間のペリドット鉱山の独占採掘権、ペリドット家私有財産の鉱山回りの土地の建物の使用権、夢幻晶・ゴーレム製造設備の独占使用権です」
つまり、出資はして貰ったが、出資者は全て来春には身内となる。事実上商会は俺の持ち物、要するにオーナー社長ということだ。逆に言えば全責任も俺にある。
クラウスが手を挙げた。
「どうぞ」
「はい。ただいまリカルド殿から報告されました、独占採掘権、独占使用権については、対価として、そこでの生産物について売上の50%をペリドット家に支払う義務を負っていることを、各位にはお忘れ無く」
皆々頷いている。
再び、リカルドが続ける。
「財務担当と致しましては、会頭の無借金経営方針を尊重致しまして、今年度の販管費を含む営業経費を75万ディール、予備費を75万ディールとしたく、提案します」
「異議のある方は挙手を………無いようですので、会頭ご裁可を!」
「是とする」
俺は、予定通り承認した。
「ありがとうございます」
リカルドが、一旦立ち上がり会釈した。
「なお会頭の議決権は単独で50%を超えておりますので、出資者最高会議による議決を省略できます。…」
出資者最高会議は、株主総会のようなものだ。
「…続いて第2号議案。ジョルジュ君」
「はい。第1に商会の鉱山部門の契約技師として、ハンス殿から紹介のありました3名を雇うこととしました。ペレス殿に契約を進めて戴いています。それから、アイオライト士爵に依頼し、従業員募集の準備を進めています。第2に生産部門ですが…」
そこで、セリーヌが手を挙げた。
「この前・訊かれた、必要・人員を・計算したの。夢幻晶の梱包に5人。あと整備員・が10名程欲しいの」
「ジョルジュ君。セリーヌ君の要求に対しては、前者の5人だけでよい。後者は俺が用意する」
「承りました」
セリーヌが、何故?という顔で、ぽかーんとしているが放って置こう。
「財務部門は3名、法務1名、総務3名、資材12名です。シーナ殿、営業は?」
「営業は8名を申請します」
これも是とした。
「次。3号議案。シーナ君」
「はい。当面の主力製品となります、夢幻晶につきまして、標準価格を審議戴きたく。営業部門としましては、紅色品ですが、重量当たり総熱量が10分の1程度の燃料用結晶魔石に対して、7倍となる1kg3500ディールを卸値にしたく考えております」
確か、赤い屑結晶は一粒5gぐらいで15から20ディールぐらいだ。販売価格は1kgで1500ディール。卸値は、おそらくその3分の1の500ディール位だろう。
熱量が10倍だから、値段も10倍の5000ディールとしてしまえば、価格競争力は無い。だから7掛けして、3500ディールと設定したのだろう。
「よろしいですか」
クラウスが手を挙げた。細身の銀髪の品の良い40歳がらみの男が、低い声で意見を述べ始めた。
「私は、シーナ殿に賛成です。皆様やや安い思われているかも知れませんが。流通量は重量が10分の1で済みます。よって物流費用も抑えられますので、相応かと存じます」
「会頭いかがでしょう?」
ハンスが尋ねてきた。
「俺は1kg当たり2500ディールで良いと思っている」
「2500!安すぎます」
クラウスだ。
が、異を唱え終わったところでたじろいだ。隣のエレがきっと睨んだからだ。俺はそれを手で制した。
この会議は、恐怖で発言を封じ込めるのは良くない。
「会頭。2500ディールとすれば、夢幻晶の需要は倍増するかも知れませんが、おそらく現行製品の価格は暴落します。そうなれば…」
シーナの諭すような口調に被せて、エレの典雅な声が響いた。
「そうなれば、メシア教会を完全に敵に回す。それは困るということですわね!?」
そう。教会は敵に回すな!それが、我が国の商人の暗黙の了解だ。
「事前に皆に話した通りだ。我が商会の目的は、単なる商売に非ず。メシア聖協会の利権構造の一部を崩すことだ!」
ペリドット商会の役員に任ずるに当たって、同意を確認してある。
「結晶魔石の商売は、暴利を貪り過ぎている。これを突き崩さねば、メシア教会を頂点とする旧態依然とした秩序体系を変えることはできない」
まさか…。
誰かの呟きが座の間に消えた。
同意は取ったが、ここまでの全面戦争を予感させる喧嘩腰の勢いまでは、予測していなかったのだろう。
「魔石技術を独占し、停滞させている状況を変えたいと思っている。そもそも、夢幻晶を売って、穏やかに共存できると思うのは考えが甘いというものだ。セリーヌ、今の夢幻晶の生産量は?1ヶ月の最大生産量は、どの程度まで上げられる?」
「今は・だいぶ抑・えて、1日500kgなの。最大・だと1日1トン、1ヶ月で20トンはいける!」
「20トン!?1kgを2500ディールでも、5000万ディール!年間で6億ディールですか?」
「この国の結晶年間需要は、4000トンと言われていますので、その内かなりの割合を賄うことができることになります。ただし、その大部分は聖皇国からの輸入ですので…」
マディス聖皇国。
ランペール王国に対して、カローナ大公国を挟んで西南に位置する。
メシア聖教会の総本山にして聖地であるラディウス、そこで教皇が国を統べている。
主な産業は、農業と巡礼者を主な対象とした観光、それに魔石鉱業であり、狭い国土ながら富裕な国である。
エレクトラのために、行こうとは思っていたが…。
「いやあ、ハンスが持ってくる話だから、一筋縄では行かないとは思っていたが。死ぬ前に咲かせる一華が、ここまで大輪だとはな」
「ジョルジュ…君。経営会議中だ!不規則発言は…」
俺が手を挙げて止める。
「皆、伸るか反るかだ。思うところを言って貰おうか」
「会頭…」
ハンスは頭を抱えた。
「ははは…。私はてっきりシーナ嬢と共に左遷かと思ってましたが、パウロ様には感謝しないと」
クラウスだ。
「そうですね、商人をやっていれば、信者であっても聖皇国のやり方を面白く思って居る者はいません。後はお嬢についていくことにしましたんで」
リカルドも続く。
「私は…」
「ペレス君。意に沿わないと有れば…」
「いいえ。私は、法に反しなければ、やれば良いと!」
なかなかに堅物そうだが、保身に走る者ではないようだ。
「あーあ。結構物好きが集まっちゃったわ」
「あなた・も、その1人・よね。シーナ」
「あら、意外と気が合いそうね。セリーヌさん」
「分かりました……では、3号議案の結論として、1kg2500ディールに反対の方は挙手を……居ないと。会頭ご裁可を!」
「是とする!」
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