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66話 妻たちと過ごす日常

 朝か。

 えらく、はっきりとした夢だった。


 既に初冬の時期だが、今日は窓から日が差し込んでいて暖かい。


「おはよう。シグマ」


 暖かい理由がもう一つあった。

 首を巡らせると、俯せのラムダと目が合う。


「おはよう」


「さっき…」

「ん?」

「ずいぶん、はっきりとした寝言を言っていたわよ。どこだーーって」


「ああ、夢を見ていた」

「夢?」


 ラムダがこちらに身体を向けたことで、何者にも包まれていない乳房が目に入って来る。

 ここ数日で何だか丸みを増したような。


「シグマは、おっぱいが好きだよね」

「いや、そんなことは…うっ」


「ほら、大きくしてる…」

 ラムダは、むき出しの素肌を俺に擦りつけてくる。


「…朝だからな」

「それだけ…?」

 ラムダは、上目遣いで吐息を俺の首元に吹きかける。


「でも、お預け!」

 ラムダはシーツを跳ね上げて起き上がると、見事な双球を見せて、ガウンを羽織った。


「ん?」

「今日は。ボクはここで寝ないし、ボクの部屋にも来ないでね」


 俺が小首を傾げていると…。


「その推理ハズレだから」

「何も言ってないぞ」


「……3晩連続じゃない」

「嫌だったか?」

「嫌な訳……そういうことじゃなくて、ばか!」


 確かに、ここ数日ラムダと同衾してる。


「シグマは、ずるいよね!」


「うん?」

「ボクが言い出すのを待ってるよね!!」

「何のことだ」


 ラムダは後ろを向いた


「もういいよ。昨日で、エレさんとの公示期間は終わり。つまり今日時点で、エレさんとの婚約も成立してるだろうし」

「ああ」


 ラムダの肩が一瞬強ばったが、ふっと息を吐いて、再び吸い込んだ。


「今夜は、エレさんと一緒に居てあげて!」

「ラム…」

「言わないで、気持ちがブレるから。じゃ、じゃあね」


 ラムダは振り返らず、自室に通じる通路へ消えた。




 気付いたか。


 そして、ラムダは状況を見据えて、妬心を理性で押さえ込む。そう仕向けることが最善と思っていた。

 

 ずるい……か。ずるいよな。俺。

 同時に2人の妻を持てば、どうやってもそうなる。

 自分のためだけに狡猾にならぬようにしないとな。


────────────────────


「いただきます」


「どうぞ。ああ、それはアンナが取り分けます」

「ほう。今日は魚のパイ包みか。大きいな」


 夕食のテーブル。銀の大きなトレイの上に、姿のまま乗っている。

 

 取り分けて貰った切り身をそのままで食べる。

 スズキだ。

 オリーブオイルの風味も効いているが、これはやはりスズキの鮮度が良かったのだろう。


「旨い!アンナ。旨いな」

「おいしいです。アンナさん」

 正面に座った、エレクトラもにこやかだ。


「このスズキはどうしたんだ?」

 村には魚屋など無い。


「ああ、この前、御館の宴会で来ていた子供達が、持ってきてくれたんです。そこの川の上流で獲れたそうです」

「へえ」

「エレクトラ様に差し上げてくれって、言ってました」

「えっ?私?」


「ええ。ピザ?ピッツア?でしったけ。ありがとう!って」

 何だと。


「うふふ。御館様がむくれてらっしゃる」

 アンナが口と腹を押さえながら笑ってる。


 子供ってのは、正直な上にむごい。


 俺が、竈と材料を用意して、レシピを──彼等にとって、そんなことは知ったことじゃない。俺と、エレクトラがピッツアを焼いて、彼女の方が旨かった。それが全てだ。

 まあ、その分、変な思惑が無くて良い……とでも思わなければやってられない。


「そ、そんなことはない。美人は得だなって思っただけだ」

 白ワインのグラスを呷った。


「ああ、御館様、そのソースも付けて召し上がって下さい」

 脇にあった黄色いソースを付けて食べてみる。バターの豊かさに、ほんのり酸っぱさが加わって一段と風味が良くなった。


「うん、これはいいな」

「でしょう。ラムダさんが、教えて下さったんですよ」


 ああ。確かに、アンナにしてはモダンなソースだと思った。

 が、ラムダなら分かる。王都で色んな店に行ってたからな。


「そのラムダさんのお姿が見えないですが」

「ええ、何でもご実家に用があるそうで…今夜はそちらにお泊まりになると仰って、出掛けられました」

「そうでしたか」


 気を利かしたのか、それとも隣の部屋にすら居るのがいやだったのか。


「さて、スージーさんは、ちゃんと煮込んでくれてるかしら?」

 アンナは奥の厨房に引き込んだ。


「ん!ステラ、そこを開けてくれ」

 メイドロイドが、俺の意図通り窓を開けた。


 夜風が入ってきて、やや肌寒い。

 すうっと音も無く飛来した鷹が、窓を通り抜ける。ばさばさと減速したかと思うと、俺の肩の上にふわりと止まった。


「こらっ、食事中だぞ」


 言葉とは裏腹に、頭を撫でてやり、出庫した紅色魔水晶を食べさせてやる。

「ご苦労!」

 そう言って脚管から、紙を抜き取る。


 窓を閉めたステラが俺の横にやってくると、鷹2号は彼女の肩に飛び移った。

 そのまま、部屋を辞していく。屋根裏の鷹小屋に運ぶのだろう。

 それを目で追うエレクトラに知らせた。


「王都の館から連絡だ。エレクトラとの婚姻の公示期間が終わった。結果として異議申し立ては出なかった」


 彼女はふうっと息を吐いた。


「今夜は、俺の部屋に来てくれ」


 エレクトラは、大きく目を見開いた。

 そして、無言で頷くとそれっきり下を向いてしまった。


「さて、シチューが出来ました」

「おお、これも旨そうだな」

 スザンナが俺にスープ皿を運んできた。

 アンナが、エレクトラの横に行った。


「あら。エレ様、ずいぶんお顔が紅いですね。もうワインはやめておきますか?」

 まだグラスに半分残る状況をアンナが見ている。


「そ、そう、じゃないけど……今日はやめておきます」


「なら、俺もやめておこう」

 エレクトラが、俺をちらっと見ると、また下を向いてしまった。



────────────────────


 今日も同じ夢を見た。

 行かねばならないらしい。


 覚醒して来て、すぐ脇の寝息に気付いた。

 そちらに寝返ると、エレクトラが安らかにこちらに向いて眠っている。

 こうやって見てみると、本当に整った顔立ちだ。


 頬をつついた。

 彼女の眠りは意外と深いようだ。

 その後も鼻の頭やら唇をつついたり摘まんだりしても、多少身じろぎはするものの起きる気配がない。

 そうこうしている内に、被ったシーツがずれ、すばらしく豊かな胸が露わになった。


 うーむ。ラムダに言われたが、図星だったな。

 魅入られるように、手を伸ばした。


「キャーー??」

 叫ぼうとも、この部屋の防音は完全だ。

 それにしてもあれだけ顔に触っても起きなかったのに。ここは相当敏感らしい。


「あっ……おはようこざいます……旦那様」

 エレクトラの顔が、みるみる紅くなっていく。


「おはよう」

「すみません。私の方が遅くまで寝ているなんて……妻失格です」

「夕べ疲れたんだろう」


 エレクトラは、ぎゅっと目を瞑り、首筋まで真っ赤になった。


「あ、あのう……続きは?……さっき触って…」

「ああ、悪い。また夜にな」

「はっ、はい」


 ふーっと、エレクトラは息を吐いた。


「エレ!俺たちは夫婦になった。だからこれからはエレと呼ぶ」

 エレが起き上がり、俺も続いた。


「うれしい…」


「さて、夕べ言ったように。一緒に行って貰えるかな」

「はい。喜んで」




 俺は、わざとゆっくりと食堂へ向かった。


 そこには、既に帰ってきていたラムダと、エレクトラが居た。無論俺は感知していた。

 何やら朗らかに話しているようだが、少しぎごちない感じがするのは気の所為か。


「悪い。待たせたな」

「ちょっとね」


 スザンナとステラが給仕している。

 朝は、パンとチーズにベーコン目玉焼きだ。


「いただきます」


 それを見ていたエレが口を開いた。

「あの。シグマ様」

「ん?」


「その昨日も気になっていたんですが…いただきますって?」


「ああ、俺の一族の出身地域の風習でな。こう、手合わせてだ、食事を摂り始める前に、いただきます。終わったら、ごちそうさま。そう言うんだ。両方とも、食材を作ってくれた自然、農家や狩猟家、料理を作ってくれた人、そして費用を負担してくれた人に感謝する言葉だな」


「そうでしたか。私もやって良いですか?」

「構わないが」


 いただきます。



「シグマ…」

 今度はラムダだ。


「ん?」

「さっきの話しで、神に感謝ってのが出てこなかったんだけど、どうして?」

「そうだな。自然と神は同じなんだよ」


 エレクトラも

「そうなんですか?シグマ様」

「ああ、別に俺はその宗教の信者という訳では無いが、まあ、習慣だ」

 薄く、神道と仏教混交だ。


「でも。なんだか、とっても懐かしい気がするから。ボクもそうするよ。ごちそうさまから……そうだ。さっき、エレさんから聞いたけど。サマルードに行くんだって?」


「ああ。この後な。ラムダも一緒に行くか?」

「あのさあ。ボクが一緒に行ってどうするの。侯爵様に挨拶するときに、微妙な感じになるでしょ」


「ああ、城か…」

「えっ?婚約の挨拶はしないつもりなの?」

「ラムダさん」


「ああ、エレさん。甘やかしたらだめだからね。シグマは何でも知ってるし、しっかりしてるように見えて、実は常識がないんだよ」


 おいおい。突っ込みどころありすぎだろ。


「そ、そうですけど…」

 同意かよ?エレ!


「だからね、ちゃんとボク達が付いててあげないとね!」

「そうですね!」


 ちぃ。共闘してるよ。

 この2人が仲が良いこと自体は悪くないけどな。


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