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62話 披露の宴(前)

「この部屋だ」

 エレクトラは、にこやかに入って行く。


 館の竣工のお披露目に招いたのだ。彼女がどの程度滞在するかは分からないが、ここは俺の根拠地だ。エレクトラの部屋があって然るべきだ。


「わぁ。明るくて、気持ちの良いお部屋ですわ」

 表情は、嬉しそうだ。


「今住んでる館の部屋よりは、狭くて済まんが」


「シグマ様が一緒にいらっしゃれば、広さなどどうでも良いのです。大体、ついこないだまでおりました修道院の部屋など、この半分で、しかも、セリーヌと同部屋でしたのよ」


 そう答える顔に屈託はない。


「それから、そのサマルードの館は、シグマ様の物にして戴こうと思っています」

「いや、それは」

「だって、私達夫婦になるのでしょう」

「そうだが…」


 エレクトラが俺に詰め寄る。

「嫌です!」

「ん?」

「私も、ラムダ様と同じように、シグマ様とできるだけ一緒に行動したいのです。もちろん、お仕事とか足手纏いになる場合は、その限りではありませんが」


「ああ。俺もそのつもりだ」


 まあ、そのためには、ラムダのようにエレクトラも強化しなければならないが。


「その時に、サマルードの館に帰ることができるなら、私の決心が鈍るかも知れません」


 退路を絶っておくと言うことか。言い覚悟だ!


「…ですから、あの館は閉めて下さい。シグマ様のご意向に合わせて、売って戴いて構いません」

 閉めるとは、空き家にするということで、当然奉公人は解雇か転属させることになる。


「いや、そこまでしなくても」

「今朝、館を出てくるときに、そうするかも知れないと執事に申したところ、そろそろ歳が歳なので暇を貰ってもよいかと思って居たそうです」


「ふーーむ。わかった。エレがそこまで考えているなら、そうしよう」

「はい」

 エレクトラは、なかなかの器量がありそうだな。

 それはそれとして。


「で、その執事に子供は?」

「えっ?ええ、執事のベルツに子供は居ますが」


「どんな人間だ?」

「リカルドという名前の男です。歳は私より10歳ほど上で、30歳ぐらいだったはずです。今は王都に居ると聞きました」


「なぜ王都に?」

「商売人になると言って10数年前に家を出ました。確か、スト…そうストラス商会というところに、下働きから入って、今はある部門を任されていると」


 ストラス商会と言えば、中堅の商会だったな。部門の責任者なら、少なくとも能力はある。後は……。


「ふむ。信用できる男か?」

「家に居た頃、真面目で良く気が付いて自分から動く人でしたが。家を出てから会っていませんので、今はなんとも」


「分かった。これから事業をするのでな。営業をする人間が必要なんだ」

「雇われると?」

「ああ、人物が良く、その男がその気になればな」


「はい。では、シグマ様のお気持ちのままに。それで、他に必要な人材は?」


 ふむ、深窓の令嬢かとも思ったが、打てば響くところがある。

 思わず俺は、口角を吊り上げた。


「諜報系、情報収集の人間が居れば最高だ」

「それはまた、難しいところを……母方の実家オニキス家は、母が亡くなった段階で、あの館を除いて、ルイード家に吸収されましたので。そのような人材は流石に心当たりは居りません・・・いえ、そう言えば…」


「なんだ?」

「ルイス家縁の者達をどうするかと、ターガス殿がこぼしていました」

「あの家は取り潰しになったのでは?」

「それで家臣、奉公人をどうするかと。オニキス家を吸収するときに丁度ルイス家を興したので、そちらへ人が流れたと聞いたことがあります」


 ふむ。新参のバルドーの専横を許した家臣たちだ、あまり期待しにくいが。まあ、あまり選り好みできる状況ではないな。


「ターガス殿預かりなのだな?」

「はい」

「では近々会いに行くとするか。それより、折角部屋を案内したんだ。よく見て不満なところがあれば言ってくれ」


「はい。そうですわね……家具も落ち着いた感じの色で、落ち着きますわね」

 とりあえずラムダの好みで選んだことは伏せておくか。


「あと、ベッドが意外と大きい……」

 そう言ってから、理由に気付いたらしく、頬を染めた。


「……えっ、えーと。それはともかく、こちらの扉はなんですの?」

 その目で確かめろと、手で指し示した。


「何ですの?楽しみですわ」

 開けると通路になっている。

「あら、お風呂に、トイレもあるわ。夜遅くなったとき良いですわね。それと、突き当たりに、また扉が……ここは?」


「俺の寝室だ」

「シグマ様の……」


「つ、つまり、廊下に出ることなく、互いの部屋を行き来できる……トイレもお風呂も?」


 エレクトラは先程にも増して真っ赤になった。頬に手を当てながら身を捩っている。愛らしくて良いのだが、予め言っておかねばな。


「それで、悪いのだが。対面にも扉があるだろう」

「ラムダ様のお部屋につながっているのですね」


「ああ、そう言うことだ。それで、この扉だが、紋章魔法が施されていてな。俺かエレしか開けられない。それから、エレの部屋の方からは、俺とラムダがこの部屋に居るときは、ノブを回しただけでは開かないようになっている。ただし、エレが扉を3度ノックすれば開く。逆にあちらの扉は…」

「私とシグマ様が、この部屋に居るときは開かないのですね。かち合って気まずい思いをしなくて良いと…」

「そういうことだ」


「妻が2人居る家では、こういった気遣いは必要なのかも知れませんね」

「済まんな」

「いえ。私は嬉しいんですよ。ラムダ様と私と同じように扱って頂けることが」

「そうか…おっと時間を食い過ぎたな。アンナとラムダが戻ってきたようだ…」


────────────────────


「エレ様、おひさしぶり」

「ラムダ様、お元気そうで」


 第一応接に、ラムダとエレクトラ一行が揃った。

 あとはサラとセリーヌも居る。


 うーむ。視線の火花か散るかと思ったが、ことのほか和やかだ。

 まあ、角突き合わせられるよりは百倍マシだが。少し気が抜ける。


「その”様”だが、やめにしないか」

「うーーん」

「でも、シグマ様の仰る通り、少し他人行儀かも知れません」

「そうだね…じゃあ、エレさんでどう?」

「では私は、ラムダさんで」


 まあ、始めはそんなものか…。


「じゃあ、ボクは宴の準備を手伝ってくるよ。村の人にばかりして貰ったら悪いからね」

 そう言って、ラムダは部屋を出て行く。


 竣工を祝う宴の準備は、メイド、ハンス夫妻だけではなく、小作人や村人の婦人連にも手伝って奨めて貰っている。


 最初は、村人まで動員する気は無かったのだが。

 ”高貴な貴族様一行が昨日我が館に来るのを見た。あれはメガエラ王女だった”とか噂が流れたようで、村長のトーマスという人が気を利かせて昨夜やってきて、手伝わせて欲しい旨申し出てくれた。村を挙げてのイベントになりつつある。

 礼を言うと、親父さんの生前の行いに少しでも恩返ししたいとのことだった。


 まあ、実際のところ、メガエラ王女は帰ったが、大賢者様は逗留しているし、伯爵様一行も昼前までにお越しになる。これぐらいはしても良いかもしれない。


「それでは、私も」

「お嬢様!」

 サラが止める。

「何ですの?」

「お嬢様は侯爵様のご令嬢なのですよ!そのようなことは、下々の者にお任せあって…」


「サラ!私を、この村で浮いた存在にさせたいのですか?それ以前に私は還俗は致しましたが、一部を除いて、心情的にはまだ尼僧シスターなのです。労苦を分け合うべきです。そういうわけで、私も参ります」

 エレはサラを振り切って、ラムダの後を追った。


 一部を除いてと言うところは気になるな。

 それにしても、やや打算的ではあるが、エレは人情の機微は分かって居るな。この土地ではラムダに出遅れているからな。


「ところで、エレは家事は得意なのか?」


「修道院・では・全部自分で・やるの。最低限・はできるの。サラの10倍はマシなの」


 そうか、それは良かった。最後の悪口はさらっと言ったな、セリーヌ。

 やはり、サラの女子力は低いんだな。


「お嬢様は、シグマ殿と会ってから、変わってしまわれた」

「しょ、正直に・なった・だけ」


 サラよりセリーヌの方が、エレのことをよく分かって居るようだな。まあ修道院の分は年月の分付き合いも長いしな。




 俺がゼノン商会に手配し、整備してもらった庭に出ると、ハンスが寄って来た。


「御館様!」

「どうした?」


「準備は鋭意進めておりますが、当初見込んでいた人数より倍増しておりますので、料理の材料が足りません」


「ああ、それについては手を打ってある。今から手に入れてくる」

「そうでしたか。ありがとうございます」


 じゃあ、そちらを先に済ませておくか。


─ 泡影ほうよう ─

─ 玄天翔げんてんしょう ─


 俺は、 不可視の迷彩魔術と飛行魔術を行使してから、黄色転移結晶を使う。




「御館様。お帰りなさいませ」

「「お帰りなさいませ」」


 俺は、王都の館へ飛び、厨房に入った。


「用意は出来ております」

「おお。これは」


 平台の上に、ずらっと大皿と銀食器の上にオードブルから肉料理までが、用意されている。


「ありがとう。大変だったろう」

「いえ。昨晩、鷹のご連絡を頂きましたので、準備ができました」


「あと、この寸胴にスープが。タンドリーチキンはもうすぐ焼き上がりますので」

「悪いな。スーリア、こんなにたくさん」

「はい。でも、ココちゃんが買い出しに手伝ってくれて、重たいのを持ってくれました」


「ありがとうな。ココ」

「うん」

 頭を撫でてやるととても嬉しそうにはにかんだ。


「ココさん。”うん”ではありません」

「はっ、はい。御館様」

「よろしい」


 スーリアは周りに気を使えるし、メイド長のマーサもしっかりしている。今回のような急なイベントにも柔軟に対応できたし、この館も良い感じで回っているな。



「焼き上がりました」

 窯から出てきた鶏から、香ばしい匂いが一気に広がる。

「よし」

 できたてを入庫したのを皮切りに、どんどんと皿を収納していく。


「スーリア、替わりの寸胴鍋だ。俺が造った」

「えっ!これを、御館様が造られたんですか」



 最近、ゴーレムや金属製物品を、生産職になったのか!と言うぐらい造りまくっている。

 土木工事もしているが。


「形がいいです。それに、この丈夫さ。綺麗なメッキ。すばらしいです。これは買ったら、私の月のお給金ぐらい…」

「うぅぅん。スーリアさん!」

「ああ、私にくれたのではなくて、館の備品だということは、十分分かって居ます。でも、ありがとうございます」


「いやいや。みんな済まなかったな。では、俺は村に戻るよ」


「「「いってらっしゃいませ」」」




「うわーー全部おいしさそう。でも、こんなにたくさんのお料理どうしたの、シグマ?あれ?でも、このお皿見たことある」


 鋭いなラムダ。持ってきた大部分の料理を出庫した。


「ああ、王都の館で用意して貰ったのと、保存用に屋台で買った物だ」

「そうなんだ。あっちに行ったら、ちゃんとお礼を言わないとね…じゃあ、ご婦人方、並べてくださーい」

「はーーい。奥様」


 うーむ、完全に手なづけている。ラムダのことは知らぬ者は居ないのだろうが凄いな。


 エレクトラはどうだろう…テーブルで皿の置き方やらを手本を示しながら指導しているようだ。あっちはあっちで働いているな。


「あと、タンドリーチキンを10羽分と寸胴鍋にスープを貰ってきたけど」

「うん。そっちは寸前に出して頂戴。あと、ありがとうね。シグマ。これで100人ぐらい来られても大丈夫ね」


「奥様。野菜とソーセージを切り終わりました。生地も捏ね上がって、窯の前に置いておきました」

 中年の婦人に声を掛けられている。


「ああトランさん。ご苦労様。じゃあ、皆さんに合流して配膳してくれる」

「はい。奥様」

 にっこにこだ。


「シグマ!あの窯と材料で、何を作るつもりなの?」


 庭の片隅に煉瓦で作り上げた窯を指さす。

「それは、できてからのお楽しみだ!」

「まあ、良いけど」


「おお、帰って来たか」


 ふらっとカーラさんが現れた。

「ああ、おはようございます」


「ふむ。思ったより大掛かりになったのう」

「はあ。城から、先触れがあり、同行者が3倍になったと。昨日、殿下がこちらに来られたことが噂になったようで」


「ああ、昨日ドミトリー城へも行ったようだ。噂の出所は、伯爵自身じゃろう」

 俺もそう思っていた。それ以外に拡散速度が説明付かないしな。


「それと、伯爵一行は10分程前に、城を出たからのう。後30分ぐらいで着くじゃろう……おおう。旨そうじゃの。昼になるのが楽しみじゃ」

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