8話 王都へ
今週末は、もう一話行ってみます。新たなキャラ登場です。
「それで、転移ゲートは…」
「東の広場の脇だよ。忘れたの」
いや知らないんだって。
曖昧な言葉を返し、城門を出て東の広場に向かう。
「おなか空いたよ」
「そうだな。昼は大分過ぎたしな」
道々買い食いして、転移ゲートに辿り着いたのは、大凡1時間後だった。転移ゲートは、ランペール王国の中に王都や都市、辺境の中核城の36カ所に設置されている。100kmを超える長距離転移が可能だが、転移ゲートが設置された場所しか行き来できない。ゲートは、この物々しい石造りの櫓に囲まれた中にある。まあ、ゲートを悪用されれば、防衛上の問題に発展するので、どこでもこんな感じだ。
「空いてるね」
転移ゲートが混むのは、朝方と夕方だ。
「王都行きまでは、あと15分ぐらいか」
櫓の1つの壁面に、大きな時計のような物が填め込まれている。しかし、文字盤には時刻ではなく、転移ゲートの行き先が円グラフのように描かれている。そして針が差しているところが今の行き先を示している。
「で、同行者は?」
「そうだね、それらしい人は居ないね。知り合いなら良いけど」
確かに辺りを見回しても、門番以外はラムダと俺だけだ。そう見えたが、なんだか右から視線を感じる。外壁柱の向こう。そちらに顔を向ける。
「見つかってしまいましたか」
ぼうと、外壁が歪み、何者かがぼんやりと浮かんでくる。
「誰」
ラムダが誰何すると。
「失礼しました。伯爵の命により、シグマ殿とラムダ殿に同行させて頂くことになった者です。アンジェラとお呼び下さい」
すっかり露わとなった姿は、妙齢な女だ。茶髪を背後で括った髪型、良く焼けた肌に精悍な面差し。切れ長ながら大きめの眼、紅く小さめの唇。華やかさはあまりないが、芯の強そうな美形だ。鈍い紺のマントで良く体型は見えないが、如何にも身軽そうだ。そして表情や物腰から、自分よりやや年上に思える。
シーフか。戦士プレイの時に暫定パーティの時を思い出す。
─ 鑑査 ─
アンジェラ。19歳、ドミトリー伯爵麾下、シーフ。
やはりな。
「なんで、若い女なのよ。伯爵様?いや、お父様に違いないわ。もう」
背後から怨嗟が聞こえてくる。
が、君の父上の差し金に間違いは無いが。それは考え違いだ、ラムダ。君の親父さんは、君の身を案じているのだから、男を同行させて危険を増やすわけがない。まあ、女性にしたのは十中八九それだけではなかろうが。
「シグマ・ペリドットだ。急なことだったろうが、よろしく頼む」
軽く会釈しておく。
「ボクはラムダ・アイオライト。あなたを城で見かけたことないけど」
口調が刺々しいなあ。
「ええ、私もありませんわ」
「何よ」
「何でしょう」
「あー。取り込み中悪いが。もうすぐ、王都に飛ぶ時間だ。中に入ろう」
女達の他愛のないいがみ合いで、男がどちらかの肩を持つのは地雷だ。何回も小児病棟で経験したよ。そのくせ、女同士は仲直りするのも早いから、逆にこちらの立つ瀬がなくなる。
それにしても、アンジェラからパーティ加入要請がなかったが。それで良いのか?まあ、何か支障が出てからでの遅くないか。
身分証を見せ、各々料金の20ディール払うと、ゲートの前に出た。ある意味、都市の玄関であるので、部屋は内装に大理石をふんだんに使った豪奢な作りとなっている。ゲートはもちろん魔導具だが、それ自体は3段程高くなった床に立っているアーチだ。アーチの内は何もないが、水面のように揺らめいて虹色にほのかに光っている。その界面を歩いて通れば、転移地のゲートから出る。
アーチの大きさは、人1人がようやく通れる程度だ。普通の大きさの荷車は通れない。アーチの段の下には係員が居て、大きな砂時計で時間を測り、側面から突き出たレバーで、行き先を切り換える。なお、一方通行で同じゲートを通って戻ることはできない。したがって発着それぞれゲートが用意されている。見ては居ないが、ここドミトリー城もそうなっているのだろう。もちろん防衛のため、それぞれのゲートは別室に設置されている。
「では俺から」
βの時にも何度か通ったが、やや緊張するな。段を上りアーチを通り抜けると、数秒の間があって、向こうに出た。
何事もなく段を下りたが、先ほどまでいたところとは明らかに別の部屋だ。こちらの大理石はオレンジ色掛かっており、床もすり減っている。振り返ると、ラムダ、アンジェラの順で降りてくる。
身分証を見せ、無事外に出られた。
王都パラス・ランペール。
ドミトリーの城下町もなかなかだとは思ったが、流石王都。段違いの町並みだ。
石畳の大路には数多くの人が歩き、荷車や馬車もひっきりなしだ。転移ゲートの建物を出ると百メートル程先に凱旋門、その先にはやや霞んで、王宮が見える。
なつかしいな。
ちなみにβプレイの時には、延べ1週間ほど王都に滞在したことがある。
大体は郊外で狩り、王都内で宿泊だったので、それほど土地勘が有るわけではないが、おおよそはわかる。
王都は直径8km程の丸い領域で、外周には石造りの城壁が囲んでいる。中央には凱旋門広場が有り、ここを起点に南北東西に向いた幅100m程の王都幹線大路、通称大路が貫いている。大路は中央が緑地で、両端に方向が分離された石畳みの車線が挟む構成になっている。さらに大路は城壁との境には四大門があって、その内側には門前広場がある。無論、城壁の外は国内を貫く幹線道路と伸びている。さらに、凱旋門広場を中心に直径3km程の位置に内環路、6.5km程の所に外環路がある。内環路の内側は中央街区と呼ばれ、王宮や政府機関の官公庁がある。内環路と外環路の間には、それぞれ大路を中心に、東西南北の4街区がある。まあ街区と言っても、5大公園の他、外環路の外は緑が多く、一部を除いては、とても住みよい都市というのが、パラス・ランペールの概要だ。今のところはこれぐらいにして、詳しい話は追々していこう。
「ん」
通行人の一部に、頭上に緑色の円錐が浮かんでいる。プレーヤーだ。と言うことは。見上げると、当たり前だが俺の頭上にも有った。ふむ、他プレーヤーの干渉を防ぐためのインスタンスマップを抜けて、グローバルマップに出たわけだ。ようやくMMO、大人数参加型の本領発揮ステージに移行したわけだ。
少し達成感を感じていると。
「やーだ。シグマ。きょろきょろしてる。お登りさんみたいだよ」
いや、お登りさんだよ、俺たちは。むしろお登りさんで何が悪いんだ。そう思って見たラムダの頭上には何もない。アンジェラの上にもだ。そりゃあ、NPCだからだが、それで良いのかな。プレーヤーは2人連れが多い。LSFのログイン2人縛りが効いているからだろうが。ラムダが、ダミーってバレないか。そう不安になったが…良く見てみれば、円錐が浮かぶプレーヤーが1人の場合も3人以上の場合も稀には居る。なぜ一人なのかと聞かれても別行動してるで何とか言い訳できるだろう。
「さて、内務卿の政庁に出向くことが第一目的ですが、もうすぐ閉庁の時刻です。今日のところは宿を取った方がよろしいかと」
さすが世間慣れしてるな。アンジェラ。
「そうするか」
「そうね」
そこからダウンタウンへ歩き、宿を取った。王都の相場はやや高く、1泊12ディールと朝食代1ディール50センクだ。夕食はせっかく王都に来たので、お洒落なリストランテで(ラムダ談)ということで、それぞれが個室に入って着替えることにした。
「さてと、魔術をインストールするか」
椅子に座り机に向かうと、虚空庫から、魔水晶を取り出す。
赤、緑、青、黄と並べる。
まずは黄色から摘み。光あれと念じる。
ジェムに亀裂か走った発した瞬間閃いた。
אלוהים אני דורש את זה ומדבר …
─ 下級火魔術 劫烈火 を憶えた ─
ちょっと目が痛い。
呪文か。
閃光は、脳に文字を刻みつけるように描かれた。
意識にそれらの文字が、浮かんだ。
אלוהים אני …
ヘブライ文字か。
LSF以前に、VRMMOゲームをやっていたときに、オカルト本も読んだことがある。カバラの項とかは、面白くて何冊か読んだ。それはともかく。
アルフ、ラメド、ヴァヴ…か。
文字列は憶えたが、流石に呪文であろうヘブライ語の意味はわからない。
凝ってるなあ。なんだか、面白そうだ。
しかし、LSFは魔術の習得を、どうして魔水晶のギフトという形で与えるのかな?
天から与えられるなら、別にファンファーレと共に憶えました!で良いよな。普通のゲームはそうなんだし。
なんで、わざわざワンクッション置くのかね?なにか意味がある?外連味?わからないなあ。ああ、そうか。売買できるからか。いや、違うか。
考えても分からないことは、棚上げして。他の魔術も憶えながらインストールしてみるか。
次は緑の魔水晶だ。
─ 下級風魔術 旋風牙 を憶えた ─
あれ?文字列の最初の方は同じだ。途中から変わったが。
青、黄と同じようにやってみる
─ 初級水魔術 滂沱 を憶えた ─
─ 初級土魔術 地槍 を憶えた ─
なんだか、初級の方は呪文が短い。
火と風は下級魔術だ。なんか今日伯爵に答えたことが、遺憾ながら嘘になってしまったが、仕方あるまい。それにおそらく俺の適性が低いであろう、水に土魔術も憶えるとは、大盤振る舞いだな
最初のは定型句みたいなものか。
分析…したかったが、時間はあまりない。
次に現実へ戻ったら調べてみよう。
着替え、着替え。
『シグマ、そのローブのままはやめて』
そう言われていたので、こぎれいなチュニックを腰で折り込み。下はロングパンツとした。うーん。十字軍の兵士っぽい。貴族の正装もあるが、タイツぽい長靴下は気恥ずかしいよな。
隣の部屋をノックすると、着飾ったラムダがしずしずと出てくる。
おお。可愛さがいや増している。白いブラウスの胸を押し上げるハイウエストのボディス、そして白く透けた付け襟。下はレイヤースカート。レイヤーと袖にふんだんにレースがあしらわれているので、清楚さが倍増している。
たっぷり見惚れたので嫌がられると思ったが、あに図らんや、ラムダは上機嫌のようだ。
「俺の方は、これでいいか」
うんと頷いた。大丈夫らしい。
「ああ、アンジーは、なにか用を済ませて、後から来るって」
「そうか、じゃあ行こうか」
「この筋の角の店だからね…腕」
「ああ」
肘を曲げると、ふふっとラムダが腕を組んできた。
それにしても、街を歩くご婦人達はしっかり着飾ってるね。前も思ったけど、文化程度は大航海時代前なのに、服装は数百年は後だよな。まあ中世の服装は、かなり地味だったそうだから、そのままだと女性ユーザーのウケは良くないよな。考証とどっちを取るかは、客商売だから自明だな。
「ねえ」
「ん」
「ボク達はどう見えてるんだろうねえ?」
おおっと。今後の好感度に影響しそうな設問だ。
「仲の良さそうな、若夫婦」
一瞬にへらーとした気がするが。
「そうだよね。ボクの歳だと結婚してても不思議じゃないよなあ…」
遠い目をするんじゃない。
「だけど、シグマのお母さんが、結婚したのは21歳だと言うし」
「そうなんだ」
「えー。自分の親の話なのに」
この世界だと晩婚なのかも知れないが。コメントしづらいわ。
「ここか」
レストラン・ヒュアキントス。
いらっしゃいませ。
扉を押し開くと、ウエイターに出迎えられる。魔法灯が穏やかに照らす、アイボリーの壁面が品が良い。戦士の頃は主に酒場で、こんな店には入ったことなかったな。
後から一人来ると伝えると奥の窓際の席に通され、ラムダが窓際、俺が左横に座る。テーブルクロスが敷いてある。前近代ではかなり格調高いと言えるだろう。五分の入りというところか、皆着飾っているがラムダは負けてない。
ウェイターが差し出すメニューを見ると、日本語だ。
大きくめくって、後ろの飲み物のページを見る。
「料理は、後にして…ピーノの赤をもらおう」
ラムダも頷いている。
LSFでは未成年の飲酒はOKだが、システム上18歳になるまで酔わないようになっているが、1リットル以上飲むと、口に含めてもどうしても飲み込めなくなる制約がつく。
甕と厚手のグラスを持ってきた。注いでもらう。
「乾杯」
「二人の夜に、乾杯」
いやいや。もうすぐ三人に増えるから。
ふむふむ。なかなか良い酒、かなりフルーティーな味わいだ。LSFの文化程度ではコルク栓はまだ考案されておらず、数年を超えるような熟成はできないらしい。したがって、仕込んで2年ほどのワインしかない。それ以上経つと酢に変わるらしい。
15分ほど、会話を楽しんでいると、アンジェラがやってきた。
「悪いが先に始めてる」
「はい」
ベージュのドレスに、大きなショールを羽織っている。俺の対面に座るとそれを取った。
「ちょっと、なによそれ」
ラムダと、同じような服装だが、大きな違いは、ブラウスがオフショルダー、つまり襟がなくて肩が出ている。胸元が露わで、巨乳と言って良い谷間が完全に覗けている。
褐色の双球が俺の視線を誘引しようとするが、気合いで耐える。
「何でしょう。ラムダ様」
「なんだじゃ、ないでしょ。胸を出し過ぎよ」
「そうでしょうか、シグマ様」
ことさら突きだして、こっちに話を振るな。
「少し寒そうだな」
「そんなことないですよ、外では1枚羽織っていましたから」
「そういう問題じゃなくて、ふしだらな格好って言ってるのよ。ここはいかがわしい店じゃないんだから」
目を吊り上げるラムダを、どこ吹く風と受け流すアンジェラ。
「あら、嫉妬ですか。これは成熟した大人じゃないと似合わないですからね」
「なんですってぇ」
「ふふふふ」
火に油を注ぐなよ。
「メニューを」
呼んだウェイターがやってきて、ようやくラムダが座る。
はあ。
山鳩のローストと香草野菜のサラダを頼んだ。
「改めて乾杯だ」
俺とラムダ、俺とアンジェラはグラスを合わしたが、二人は無視し合う。
やれやれ。
食事は、和やかに摂ろうぜ。
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訂正履歴
2015/11/28 3点リーダ訂正