幕間 ゼナ塩湖にて
月日は数ヶ月遡る。
ルイード侯爵領からリスィ村に帰って、数週間後のこと。
既に紫夢幻晶を埋め込み、体調は万全に戻っていた。
夢幻晶作りにも飽きて、俺は気分転換に近所を散策しようと思ったのだが。あいにくというか、好都合というか、ラムダとアンジェラはどこかに出掛けており不在だった。
では、今まで気にはなっていたが、行ったことがないところに行くとしよう。
俺は飛行魔術を使い、その上空まで来た。高度は1000m程。
リスィ村から25km程北西に行ったところ。
ゼナ盆地というところだ。
皓い。
周りの大地から数十m低いであろう、差し渡し30km程ある盆地一面がキラキラと太陽光をはね返す。
これは塩の白さだ。
そして低そうな部分に、点々といくつも、天然の物とは思えない青白い水辺がある。
塩湖、ゼナ湖だ。
雄大な景色だ。
よくみると蟻の行列のように、黒い点がいくつもあって、湖水の周りから一筋の路を作り出している。
不可視魔術を使って、高度を200mまで下げる。
塩湖の周りで、人と牛馬が、水を含んだ塩を引き上げ、一旦乾燥させた後、2頭立ての馬車に積んで運んでいる。
精々600kgをやや超えたぐらいだろう
さらに高度を下げる。
気温が…
30℃を超えているだろう。
中秋を過ぎ、リスィ村では肌寒いこともあるが。ここは盆地で、太陽光の照り返しもあるからだろう。
再び、高度を上げると、行列の途中に石造りの建物があることに気付いた。
その近くに降りて、不可視を解除する。
俺自身は、ローブに施した、温度調整紋章魔術で暑くは無いのだが。見た目が不自然なので、脱いで虚空庫に収納する。
建物に近付くと、ゼナ湖現場事務所と看板が掛かっている。
そこには、顔以外の全身を白い布で覆う装束の荷役作業員と、多少身成の良い役人らしき男達が荷である塩の状況を検めている。
そちらに寄って行くと、思いがけなく声を掛けられた。
「これはペリドット士爵様ではないですか」
声の方を見ると、建物の日陰に入っている男が、手を振っている。
役人の中で、一番高位なのであろう、椅子に掛けている。
筋骨逞しい男で、肌が灼けている。その顔には見覚えがあったが、名前は分からない。
そこに集っていた男達の眼が、一斉に俺を見た
「ああ、父の葬儀に来られていた」
「そうです。ここの監督官のマルフォイと申します。そちらは暑いので、どうぞ中へお入り下さい」
日陰に入ると、少しは過ごしやすい。
「いやあ。お父上には昔、大変お世話になりましてなあ。お水をどうぞ」
「そうか…」
ぐいっと喫する。ただの水だが、この場所では貴重だ。
「ええ、惜しい方を亡くしました……ああいや、私の話などどうでも良いことでした。ここへはどんな御用で?」
「ああ。このほど、伯爵様の取りなしで、婚約したのだが」
「ええ、聞いております。お相手は家宰様の娘様だそうで」
「そうだ。それで、何か恩ある伯爵様のお役に立てることはないかと思ってな」
「それは、またご奇特なことで」
厳つい顔だが相好崩すと、人懐こい。
「いやいや。まだ何ができるかは分からん…ところで、王都ではこのゼナ塩湖の塩は大層評判が良かった」
「はあ、私もそう聞いております」
そう言いつつも、マルフォイは嬉しそうだ。
「ただ、出荷量が需要に足りていないそうだな」
「ええ。家宰様にも言われているのですが。人が集まりませんで。今は2000人程使っていますが」
「作業員は、この辺りの者を雇っているのか?」
「いえ、今は1割程です。他は王国内、国外からも雇っております」
「理由を教えて貰えるか?」
「はい。ここは、夏から秋に掛けては大層暑いのですが。冬は冬で、積雪はないものの風が強くて、塩の採取ができません。今年も後2ヶ月程で終わりです。したがって、雇用は季節毎にならざるを得ず、安定しません。さらに作業は過酷で、特に2年目に来るものは極少数となってしまいまして。賃金は通常の1.5倍以上払っていますし。無理を言って作業員を集めていますが、現状維持が精々というところで」
「なるほどな。1.5倍と言うと40ディールぐらいか?」
「それぞれで違いますが、おおよそはそこまで行きません」
すると、日当30ディールとして、年間の作業員の人件費は720万ディール程か。その他にも人は居るだろうから800万ディールとするか。
「そうか。それで作業とはどんな感じなのだ?」
「採取と運搬です。採取は塩湖水際から、掬い上げ、5日程乾燥させた後で、荷駄として、盆地のすぐ外にある蔵へ運びます」
見たままだ。
そこからは各商人に売るのだろう。
この世界の塩は高い。1kgの売価で0.5ディールぐらいなので、原価で0.3ディールくらいだろう。
馬車180ディール、馬車500台で1日2往復させて、18万ディール。
年間1400万ディール程度の儲けか。
一大産業であることが改めて分かる。
しかし、疑問もある。
「水際だけでなく、その周辺からは採れないのか?」
「採れないこと無いのですが、何しろ硬くて能率が落ちます」
「そういうことか。この湖の塩は底から湧いてくるそうだが。1年にどの位採っても大丈夫なのか?」
「おそらく今の3倍くらいまでは大丈夫なはずです」
20万トンくらい大丈夫ということだな。
なかなかの量だ。
全てゴーレムで置き換えるとすると、50体は居るだろう。
「ふむ」
「何をお考えで?」
「いかにすれば、必要な人員を減らせるかと思ってな」
「いやあ、本当にご先代に似てらっしゃる」
また、にっこりと笑われてしまった。
「俺など、まだまだだ」
「いえ。なんと言うか、お若いのに頼り甲斐があるというか、訊かれると思わず答えてしまいます」
マルフォイが何度も頷いている。
その顔を見ると、何とかしなければならない気がしてくる。
「まあ微力を尽くすとしよう」
「楽しみにしております」
俺は、事務所にあった大甕をなみなみと水で満たしてから帰った。
その日から、塩湖作業用ゴーレムの構想を練り始めた。
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