54話 東奔西走(後)
伯爵は昼食を食べて行けと仰ったが、丁重に断って城を出た。
再び黄色転移結晶を使って、今度はルイード侯爵領に飛び、玄天移で城の前に出る。
門番に、家宰頭のターガス殿に目通り願いたいと告げると、間もなく館の一室に通された。調度の質から言って、応接間だろう。
10分程待つと、謹厳実直そうな顔にさらに皺を寄せたターガスが入ってきた。
「ペリドット殿、一別以来だ。こちらに来られたのは、やはり…」
渋い表情をした男の顔を見ていると、大体の状況が伝わってきた。
「俺の婚姻公示について、ご当家より異議申し立てをされましたが。どうやらターガス殿の意向ではないようですな」
「な、なぜ?それを」
「侯爵様の独断というところですか?」
さらに渋面となった。
「済まぬ。リューク様は果断なお方だが。我ら下々の話しをよく聞いて下さるのだ。しかし、今回はな…エレクトラ様とヨーゼフ様を救って頂いた、ペリドット殿に申し訳ない」
ふむ。やはりそうか。
「ところで、メシア教会との折り合いはいかがですか?」
「んん?その話しとどんな関わりが…まあ、他ならぬ、そなただ。状況は相変わらずだ。余り良くは無い。司教のドートウィル様は、我らの顔を見てもな芳しい反応はされぬ。だが…」
「だが?」
「ああ、だが。王都より大司祭様が来られてな。上手く行けば、仲介を頼めるやも知れぬ」
「その、大司祭様はローソンと申されませんでしたか?」
「ローソン…たしか、そのようなお名前だったはず」
「そして、その大司祭を連れてきたのは、バルバラ商会の者ですか?」
「し、しばし、待たれよ」
ターガスは、部屋から出て行き、5分後に紙束を持って戻ってきた。
かなり興奮している。
「ペリドット殿、ペリドット殿。確かに、大司祭のお名前はローソン。連れてきたのは、バルバラ商会の番頭であった。しかし、何故、当家の来客のことを知っていらっしゃるのか?」
「同じ2人が、ドミトリー伯に目通りされた…そのようなことがあれば、ターガス殿は、どのように考えられる?」
「面妖な…」
押しが足らないか。
「我が領主の恥を露わにするようで、気が引けるが。その2人に会った後に、ドミトリー伯は、私を一族に迎えることを独断でお決めになったそうだ」
「ま、待たれよ!で、では、そなたに関する決定は、リューク様についても、その2人に唆された結果と仰るか」
よしよし。理解して貰えたな。
「よろしければ、侯爵様にお目通りし、確認したいが」
「いや、しかし…」
「お疑いであれば。全ての装備を、ここに置いていく…」
「いやいや、そうではないのだ」
ターガスは苦笑しながら、手を振った。
「ペリドット殿を疑うなど…ははは。某は生まれてこの方、このルイード家にお仕えし、大過なく務めて参ったが。ヨーゼフ様が御夭折されてしまったら、某は殉死する所存であった」
「ほう」
思わず、俺の右眉が吊り上がった。
「したがって、ペリドット殿はな、ヨーゼフ様だけではなく、某の命の恩人でもあるのじゃ。その恩人殿を疑うなど思いも及ばぬ。が、しかし、リューク様とそなたと相争うことなど有っては成らぬゆえ」
なるほど。それが心配だったのか。
「ターガス殿の仰ることは分かりました。まあ、私を信用頂きたいとしか言えませんな」
「…わかりました。お任せしましょう。どのようにされるのですか」
「もちろん侯爵様の了解を得ることが前提ですが、催眠魔術を使うことになると思います」
ターガスに付いて行くと、衛兵が守っている部屋があった。
クロスする鉾槍が解け、中に入ると、ルイード侯が机に座って書き物をしていた。
傍らに秘書官らしき女性がこちらを見た。
「ターガス、まだ何かあっ…」
侯爵が顔を上げたところで、言葉が止まる。
「ペリドット殿!」
秘書官の方を向いたが、彼女は首を振った。俺が来る予定があったかと問い合わせたのだろう。無論予約は取っていない。
俺は跪いて礼の姿勢をとる。
「い、いかがされた」
声に不審の色が重なっている。
「おはようございます。侯爵様」
「ああ、も、もう体調は戻ったようだな。何よりだ。して、今日は何用であろうか」
「私に、エレクトラ様との縁談があると聞き、訪問致しました。侯爵様の御本心でしょうか?」
「このようなことは、座興で申せることではないわ」
「失礼言葉が足りませんでした。私を巡り、他家と競う心のみで決められたのではないですか?」
やや詰まった。
「そ、そうであれば、如何するのじゃ」
俺は瞑目し、ゆっくりと10数えた。
「御当家と伯爵家を相争わすことはできませぬ。私はいずこの地へか去ることになるかと」
「ま、待つ…」
「待たれよ!!」
侯爵の言を、ターガスが遮った。
「それでは、当家は次期御当主を救った者を追い払う、忘恩の徒と成り下がってしまう」
「しかし…」
「ふっ。ははははっは」
突然侯爵が笑い始めた。
「負けた。儂の負けじゃ。降参する」
予想外の反応で、呆気にとられる。
「そなた達、示し合わせたであろう」
「いえ、決して、そのような…」
ターガスが懸命に否定する。
「うん。ターガスの申す通りじゃ。我が家はな、国父初代ランペール王の恩に報いたことで藩塀として取り立てられた家じゃ。それが、儂の代で忘恩の徒とならば、祖先子孫に顔向けできぬ」
「リューク様」
「済まぬ。儂も年甲斐もなく、無用な競う心根が出てしまった」
やっぱり、この人は度量がでかいね。感心するわ。
「そこでじゃ、そのように知恵の回るペリドット殿のことじゃ。ドミトリー伯も、我が家も双方の面目が立つ策を、きっとお持ちと思うが、いかがじゃ」
前言じゃなくって、前考撤回だ!
人が悪いぞ、この人!
「この期に及び、双方が痛みを分けず、状況を収拾することは適いません。が。あくまで今後の果実に繋がるものでなければなりません」
「ほほう」
「ご両家には親戚になって戴きます」
「親戚じゃと!?」
伯爵とターガスが顔を見合わす。
「ドミトリー伯息女ラムダ、ルイード侯息女エレクトラ。いずれも私の妻とします。これにより御両家のより強い結び付きを創ります。我が一族の出処の地では、雨降って地固まると申す。これが私の案にございます」
「はっははは。大貴族の息女2人を同時に妻とするか。正気とは思えないが…確かにそれならば両家の顔をつぶさずに済むな。どうじゃ、ターガス?」
「よろしいかと存じます。お嬢様が何と申されるかは、分かりかねますが」
「それは、ペリドット殿次第じゃ」
丸投げしたよね。今。
「後は、王国法によれば配偶者の数の制限はありませぬ。ドミトリー伯はご承知なのでしょうか?」
「いかがかな?」
「さて。これからですな。私に任せるとは仰られたので、違えることはありますまい」
「わかった。では当家もそなたに任そうと思うが、この後どうする?」
「御当家から出された異議申し立ては、目的を達したとして、お取り下げ頂きたい」
「ターガス。今の内容で書状を作成せよ」
「ありがとうございます。書状は、私の出頭と行き違いとなっては面倒ゆえ、私にお預け下さい」
「そのように」
「後は伯爵様に、私への子爵叙爵の申請を取り下げ頂きます」
「待たれよ」
「はい?」
「なぜ叙爵を断られる?」
そう来たか。
「2つ理由がございます。まずは、私が功を挙げたわけでもないのに、叙爵されるのは不本意であること。後は伯爵様との関わりが深くなり、侯爵様に御不興を買うかと」
「儂の話はともかく。今言われたことは爵位世襲の否定じゃ」
そう来るか。
「それに、功はあるぞ。ペリドット殿は、壊れかけた両家の仲を修復された。これは、我らのみならず、王国としても大きいはずだ。自覚なされよ。そなたの意図はどうあれ、我らの異議申し立てにより叙爵が妨げられてはならぬ。その件、儂は不承知じゃ」
「わかりました。では、叙爵申請について、私は手を出さないことに致します」
そこで、俺はターガスを見た。
「何じゃ、何かあれば申せ」
「では、お言葉に甘え…」
ルイード侯に、魔法暗示が掛けられた可能性を告げた。
もちろん、ドミトリー伯がそうであったことも話す。
承諾を得て、催眠魔術を行使した。
やはり、メシア教会の大司祭に、暗示を作用させられていたことを思い出した。
「つまり、儂はあの大司祭に操られておったということか…」
「侯爵様の心に引掛かることを入り口にして暗示を掛け、両家に亀裂を入れることを狙う。ローソンという男の狡猾なところです」
「慰めは良い。それでドミトリー伯も同じだったということか?」
「はい」
侯爵が渋い思案顔になった。
「これは、そなたに訊くことではないが…」
「これまで、ご当家に起きた一連の凶事が、その者によってもたらされたか、否かですか?」
侯爵は、驚いた表情でこちらを見た。
「ペリドット殿は、魔術だけではなく、他人の考えも分かると見える…いや、そんな軽口を言っている場合ではないな。ルイスの反乱も、エレクトラを襲ったのもそうなのか?」
「ええ。付け加えるなら、転移ゲートの件も。もしかするとペルル銅山で起こっていることも、そうかも知れません」
「なぜ、そのことを?」
「申しておりませんでしたが。ゼノン商会がご当家に納めた、転移結晶は私が…」
「な、なんじゃと」
在庫の青色転移結晶を出庫して2人に見せた。
彼らは顔を見合わせる。
「ワイバーンを斃したと聞き、賢者に勝るとも劣らない魔術士とは思っておったがな。まさかな。ペリドット殿が我が婿になるのは心強いの」
「はっ。それはさておき。ローソンの件ですが」
「そうであったな」
「その男、真に大司祭かどうか…おそらく違うでしょうが。メシア教会が関与しているとは思えませんか?」
「ま、まさか」
「しかしな。教会が当家の危機に援助を渋ったのは、間違いが無いぞ。無論量が足らなかったのもあるだろうが…」
「疑わしいということですな」
「どうされる?」
「私共でも調べてみます」
「そうじゃの。我が領内のことは…ところで、ルイスは。儂と同じように操られていたのか」
「バルドー共々、その線が…」
「そうじゃの」
必要なことを指示した侯爵は、いつもの快活さを失って、痛々しい程だった。無論弟のルイス子爵を思ってのことだろう。
ターガスの書類作成を待って、再びドミトリー城に戻った。
ルイード侯爵との交渉結果と、2人の妻を迎えると宣言し、大笑いした伯爵に承諾を得た。
さて、王都の館に戻ろう。なんとも気が重いが。
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