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50話 帰省

 王都ではあるが、館の周りの環境は良く、清々しい朝だ。


「あっ!おはようございます。シグマ様」

「おはよう。スーリア」


 俺が、6時過ぎに厨房へ行くと、既にメイドの一人が仕事を始めていた。


「その姿は、今までお出かけだったんですか?」

「ああ」

「その黒いローブ。魔術士様だったんですね。あっ、済みません。まだお食事の準備ができていません。何か食べられる物…」


「いや。まだいい。それよりスーリアに頼みがあるんだ」

「はい。何でしょう?」


「これで、タンドリーチキンを作ってくれ」


 虚空庫から1m立方の陶器の箱を出庫した。

 内部に口を細らせた直径45cmほどの陶器の筒を立て、外箱との間には砂を積めたものだ。


 スーリアは、蓋を開けて中を見た。

「まさか……昨日の今日で、タンドール窯を造られたのですか?」

「そうだ」


「ふふふ。シグマ様は、メイド長の仰る通り、食いしん坊なんですね」


 俺が年下という気安さからか、結構心を開けているようだ。


「スーリアさん。私は食道楽と申し上げたのですよ」

「おっ、おはようございます。メイド長。そ、そうでした食道楽でした」

「おはようございます。シグマ様。スーリアさん」


「おはよう。マーサさん。食いしん坊も否定はしないが。ただ、今回はある人への土産に使いたいのだ」

「し、失礼しました。お土産ですか…あっ。でも、そんなに日持ちしませんが。大丈夫でしょうか?」


「そうだな。俺が使う虚空庫は、中に入れておくと時間が経たないのだ。作ってすぐ入れれば、何日か後に出しても出来立てのままだ」

「そ、そんな便利な魔術が…お野菜とか入れて欲しいです」


「スーリアさん!」

 マーサに窘められる。


「あ、あ、ああ。済みません。つい」

 眼前で手を合わせた。


「いや、旅に出たらそういう使い方をしてるからな、それでだ…」


「分かりました。鶏肉の在庫がないので、これから買って参ります」


「ああ、それには及ばない。買ってきた」


 朝の散歩?飛行がてら、西街区の王都大市場に行って来たのだ。

 虚空庫から、毛の毟られた鶏肉6羽を平台の上に出した。


「これは…軍鶏しゃも落としじゃないですか」

「ほう?」

 そういう名前なのか。


「軍鶏と王都地鶏の掛け合わせで、おいしいって評判なんです」

「そうか。知り合いに紹介してもらった鶏肉店で、お奨めのヤツを買っただけだが。良かった」


 まあ、俺でも軍鶏系位は判るが。


「あ、あのう」


 何だか目の輝きが違う。


「土産は4羽分で良い。後はまかないで、使って貰って良いぞ」


「よろしんですか?シグマ様」

 マーサさんが、やや驚いた表情だ。

「ああ」


「ありがとうございます。スパイスとヨーグルトはまだたくさんありますし。すぐ火を熾します」


「ははっ。食いしん坊は、俺だけじゃなかったな。明日出掛けるから、料理は今日中にな。出来たら直ぐに保存するから、呼んでくれ。よろしくな」


「畏まりました」

 スーリアは、胸前で手を合わせる東方風の挨拶をした。


「スーリアさん任せましたよ。では、朝食は私が用意致しましょう」


 タッっと微かに音が…。

 ん?廊下に誰か居たようだ。感知魔法、慧眼えげんを意識する。

 ココか…。厨房から走って遠ざかっていく。


「ふーん」


────────────────────


 次の朝。

 旅支度を整えた俺たちは、見送りは要らない、館の者達に明日には戻ると告げて外へ出た。


「ラムダ、俺の頸に手を回して」

「んもう。シグマったら。いくらアンジーが別行動でもさあ…」

 目的地を告げたところ、アンジェラは付いて来ないと宣言した。


 どぎまぎした表情で何だか紅くなっている。


「何を考えているか知らないが、必要なことだ」

「ん?ボクとくっつきたいとかじゃなくて?」


 だから、上目遣いするんじゃ無い。


「…移動するために必要なんだ」

「ああ、そう。転移結晶使うんじゃ無いの?」


 言葉がぞんざいになり、それでも不機嫌そうに頸に手を回した。


─ 泡影ほうよう ─

─ 玄天翔げんてんしょう ─


 光学迷彩と飛行魔術を発動し、ラムダの腰に手を回す。


「ちょ、ちょっと」

「飛ぶぞ」

「飛ぶ?」


 いやあぁっぁああ…。

 ラムダの悲鳴と共に宙に舞い上がった。


 ぎゅっと目を瞑っていたラムダはゆっくりと瞼を開ける。

「と、飛んでる。ボク飛んでるよ!」

「ああ」


 館の上空200mまで一気に上昇すると、水平飛行に移る。


「凄い凄い。空を飛べるんだ」

「ああ」


「…ああ。って、このこのこの」

 肘でぐりぐりとしてくる。


「地味に痛いよ。馬鹿力」

「ああぁ!馬鹿って言う方が馬鹿なんですぅ…って、あれ?結構な速さで飛んでるのに会話できるね」


「ああ、ある程度周りの空気ごと飛んでいる」

 風を感じる程度には循環している。

 対気速度で300km/h以上出してるから、その領域が無いと、まともに息すらできないからな。


「素敵」

「ああ、良い景色だな」

「そうじゃなくて…」

「ん?」


「一緒に空を飛ぶのが素敵…ってこと」

 ラムダが上気している。

「ああ、その通りだな」


 物を運んだ時もそうだったが、ラムダの方もあまり重くは感じない。反重力が作用しているのか?


「ラムダ。俺の右手を、お前の左手で握って」

「う、うん」


 ラムダの身体を離し、手を繋いだ状態で胴体を平行になるようにした。


「あぁ。何だか自分で飛んでるみたい。気持ちいい」

「そうか。それは良かった」




 街道上空を飛ぶと、あっと言う間に王都が後ろに消え、メーリル川に差し掛かったと思えば、シャラ湖が見えて来た。


「降りるぞ」

「ええ?もう?」

「目的地に着いたからな。じゃあ、帰りも飛んで帰るか」

「うん!」


 飛行速度を落とし、湖畔に降り立った。

 林の切れ目から奥へ入っていくと、館の屋根が見える。

 さらに歩いて近付くと、玄関の前に老婆が立って居た。


 何だろう。

 ここは、田舎の親戚の家という感じがするんだよな。

 前世も、病院にずっと入院していた俺は、そんな体験をしたことはないのだが。

 妙に落ち着く。

 また帰って来たいと思わせる場所だ。


 ラムダが駆け寄っていく。


「カーラさーん」

「良く来たのう。ラムダ」

 歳の割りには皺の少ないカーラさんだが、このときは目尻の笑い皺が深く刻まれた。




「シグマも居るよ」

「わかっておる。あやつと婚約したのか?」

「うん」

 ラムダの笑顔が良いな。

「そうか、良かったの。おめでとう!」

「ありがとう…シグマぁ!」


 俺も寄っていく。

「おはようございます」

「うむ。元気そうじゃな」

「おかげさまで」


「まあ、中に入るが良かろう」




 昼間は、菜園の畑で農作業を手伝い、ちょっとした土木工事をした。

 それから夜になったので土産で持ってきたタンドリーチキンを振る舞った。


 今、ラムダは入浴中だ。

 別棟に土魔術で天然温泉を引いたのだ。

 既に、カーラさんには入浴しており、かなり喜んでもらった。造った甲斐があったな。


 俺とカーラさんは居間に居る。


 カーラさんが切り出した。

「ちょうど良い。胸を見せてみよ」

「はい」


 俺はチュニックをはだけた。

 カーラさんはしげしげと見ている。


「ふむ。確かに、大いなる呪いがすっかり消えて居る。よかったの…儂も肩の荷が下りた心持ちじゃ」


「はい。この御恩は一生忘れません」

「大げさじゃの」


 カーラさんは椅子に深く掛け直し、俺は襟元を整えた。


「して、どのようにして呪いを解いたのじゃ?呪いの主は見たのか?」


 俺は、バルドーの戦いから始まり、ジュダこと第12番サーバントを封印した顛末を話した。

 カーラさんは、顎に手を持って行って考えて居るようだ。


「シグマの話しではあるが…なかなか信じがたいのう。まずはこの世界じゃ。別の世界の人間が作ったものと申したの」


「その通りです」

「では、この世界は偽物というなのか?」

「いいえ。アレフに拠れば、本物の世界です。誰が作ったかではなく、そこに居る者が、世界だと思えば、本物の世界だという説を本に書いていました」


「何やら哲学問答のようじゃ」

 確かにデカルトっぽいな。


「まあ、この世界は、神が作った信じられて居たのじゃ。神の名前がアレフだったと考えれば辻褄が合わぬことも無い」

「はあ…」


 流石は魔術士。分からぬことに良く折り合いを付けるな。


「そして。その神の仲間と、お主は幼馴染みだったと申したの」

「はい」

「そういう、お主は何者じゃ」


「前に居た世界では、少し変わってはいたでしょうけれども、人間の範疇でしたよ。ここでもそうですが」


「ははは。少しのう…まあ、儂以外にその話をするのは控えた方がよかろう。メシア教会の者には敵となろうし、他の者には狂人としか思えぬからの」


「…分かりました」


「どれ、もう少し良く診てやろうぞ」

 カーラさんは俺の額に手を翳した。


「魔力上限は儂を少し超えた辺り…でもないな。んん、よくわからぬぞ」

「今のところ、見えている魔力上限の4倍を使うことができます」

「それでは上限と言わぬのでは無いか…体内に入れた紫夢幻晶とやらの働きなのか」


 そのことはジュダを倒したときの下りで話していた。今では紫夢幻晶を4つ体内に入れていることも。


「まだ、7つ結晶を入れることができそうですが」

「それは、あまり勧められぬの。大きすぎる力を持てば、人は往々にして自滅する」


 その言葉は、俺の心に響いた。


「俺も、何だかそんな気がしてました」

「まあ、それほど魔力を必要とすることは、余り考えられぬがの」


 今は、魔力が上限の20%を下回ると自動的に補填される。

 あとは、魔力にも消費効率がある。


 原典の知にも明記されていたし、実感もある。

 先程カーラさんが、自分と魔力上限が同じと言っていたが、きっと俺より、少ない魔力で同じ効果を生み出す気がする。所謂INT、知性の項目が俺より高い。


「はあ。肝に銘じます」


「ところで、お主が儂の弟子という噂が、王都で流れているようじゃ」

「俺も聞きました。つまり、カーラさんが流した情報ではないのですね?」

「ならば、お主でも無いのか」


「ええ。誰でしょうかね?何が狙いでしょうか?」


 お互い考え込んだ。


「分からぬの。お主が如何に強くなったといえども、用心はしておくのじゃ。よいな」

「はい。上級偽装魔術を常時発動しておきます」




「はあ、気持ちよかった」

「おお、ラムダ。上がったか。さて儂ももう一度湯浴みするかの」


────────────────────


 メシア教会ランペール王都支部の暗い一室。


「ただいま戻りました」

 貫頭衣の男が入ってきた。


「ご苦労。首尾はどうだ」

「工作は成功です。我々の思惑通りに運びました。内務省の方も書類が受理されたとの連絡がありました」


「そうか。バルドーという手駒を喪ったが、計画の挫折は許されぬ。何やり様はまだまだある」

「それにしても…」

「どうした?」

「いまだ、バルドーに渡した魔獣が、あのシグマという魔術士一人に斃されたという話が信じがたいのですが」


「どう斃されたかは、この際問題では無い。だが、その魔術士と彼の家が良好な関係が築かれることは、我々の計画の蹉跌となる。芽は早めに摘んでおかねばな」


「はっ」


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