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48話 希望

 ── ハンス視点 ──


 私の名前は、ハンス。

 ペリドット家の家宰を勤めている。


 御館様であるシグマ様が、王都から戻られて3週間が経った。

 お戻りになった時は、体調を崩されており、肝を冷やしたが。2日で復調され、3日目に床上げとなった折には、妻アンナと共に抱き合って喜んだ。


 それから、ゼノン商会への莫大な預かり金の話や、王都に館を買われたこと、お城にてラムダ様を娶られることになったこと、そのラムダ様が伯爵様のご養女になったことなどを御館様からお聞きした。


 目の回る心持ちとはこのことか。

 どれもがなかなか信じがたい話しだったが、少なくともお金の話は商会からの連絡を既に受けていたので、信じざるを得なかった。


 その後もラムダ様がここに来られ、館の脇にコテージという面妖な建物が知らぬまに建って驚いたが、それを平然と受け入れられるラムダ様達にも驚いたものだ。


 ご先代のラルフ様を尊敬し、何度も感心して臣下として惚れ込むことがあった。

 が、シグマ様は、何というか、時の流れさえ違ってしまうようだ。

 それを夕食後に独りごちていると…。


「何を言っているの。あんた。シグマ様はそりゃもう利発な子だったじゃないですか。もっともっと立派な御館様になります。このアンナが、請け合いますとも」

「違いない」


 とは言え、まだお若い。我々がお支えしなくては…。


 御館様が、廃坑跡で何かをされていることは、知っていた。前にお一人お戻りの時も仰られていたしな。一度訊いてみたが、時期が来れば話すとのことだったが。


『ハンスにやっと見せられるようになった。今日の昼に鉱山事務所に来てくれ』


 お言葉にしたがって来ては見たが。


 敷地の鎖の鍵を外しつつ、御館様はどうやって中に入ってみえるのだろうと疑問に思う。


 中に入って、歩く。

 往事は人通りの絶えなかった、しかし今では人っ子1人居ない坑道に続く大通りを…。

 何度ここに来ても残念でならない。

 仕方なかったのだ。


 左に鉱山事務所が見えてくる。

 その時、正面玄関が開いて、偶然御館様が出てこられた。


 慌てて私は、走り寄る。


「来たなハンス。中に入れ」


「あのう。御館様」

「なんだ?」

「い、今、玄関へ出てこられたのは、私がこちらへ参ったのを察知されてですか?」

「ああ」


「魔術、魔術でですか?」

「そうだが。それがどうかしたのか?」

「い、いえ。凄いと思いまして…」


 そんなことを話していると、西北角の部屋についた。

 先代の御館様の執務室だ。


「扉が…」

 変わっていた。以前はマホガニーの木製扉だったが、今は…。


「これは、錫?」

「そうだ。流石だな」


 重々しい音がしたが、御館様は軽く開いた。

 通り抜けると。独りでに閉まった。


─ 閉敷 ─


 カシュゥゥーー。

 空気の抜ける音がした。


「えーと…」

 御館様が、私の顔をまじまじと見られた。


「中型で合いそうだな……これを顔に着けてくれ」


 おっと。虚空庫だ、これは見たことがある。それはともかく、机に置かれた物を見た。陶器か?ひしゃげた球を半分に切ったような物から筒の金属が生えている。そして、紐が結ばれている。


「これは…なんですか?」

「防塵マスクという物だ。俺と同じようにすればいい。この凹んだ部分に鼻から顎までをつっこむんだ。そう。短い方が上だ」


 習って、顔を着ける。

 おっ。息ができる。何となく吸気と呼気は別の経路で呼吸できているようだ。

 御館様はマスクを外した。


「それで紐が輪になっているから、頭の後ろに回して紅い方を引けば締まって…そうだ。もう一つも同じように…できたな。装着完了だ」


 こーほー。

「これで、空気中の細かい塵を吸い込まずに済むのですか?」

 マスクを着けていても、声が外に出た。会話できる。


「そうだ。その正面の筒の中にフェルトが入っていて、空気中の微粒子を漉し取るんだ」


 私は思わず涙を流していた。

「これで、これで、また鉱山が、採掘できます。これを着ければ。できるんですね。御館様」


「ああ。うん。そのつもりで作ったんだが。少し話が変わってしまってな」

「えっ」


 思わず涙が引っ込む。

「と、言いますと?」

「うーん。その目で見た方が早いな」


 壁のキャビネットを開くと、中に水晶球が安置されている。

「このオーブを触れ。坑道の中に転移する」


「えっ。これですか?」

「ああ、別に危ない物じゃ無い。転移ゲートと同じだ」

「はっ。はい」


 恐る恐る触った。

 その時!


 目の前が虹色に輝き、一瞬からだが軽くなったかと思ったら、辺りが暗くなっていた。


「ここはどこだ」

「点灯!」


 御館様の声がすると、眩く光った。

 目が慣れてくると、周囲が見えてきた。

 鉱山事務所では無い。どこの坑道だ?見覚えが無い…。


「ここは、東第2坑道のさらに下。50m付近だ」


「そうだったんですか。いつの間に」


 掘ったのか?と問いまでは到らなかった。私は驚きながら、周りを見回した。壁の色が、突き固められているような感じだ。


「あれは!」


 坑道を照らす眩い光源の向こうで、何かが動いた。


「お、御館様。逃げて下さい!魔獣がいます。あ、あそこです!」

 岩で出来た巨人が動いている。

 私が慌てる横で、平然として居られる。


「御館様」

「あれは採掘用のゴーレムだ」


 すたすたと、歩いて行かれる。付いていくと、全貌が見えた。

 なんだ、これは!


 熊を倍くらいにした、岩の人型。ゴーレムという物らしいが。

 坑道の切羽きりは、つまり最先端部に2頭居た。腕には、何列も放射状に棘が付いている。


「チーフ!」

 御館様が呼んだ。誰か別に居るのか?


 おわ。

 壁際から人影が立ち上がったが、人では無かった。

「これは?」

「これもゴーレムだが、掘削ではなく管理用だ」

 

 人形のように、つるっとした身体。頭部に顔の造作が無い。

 なんだか少し怖い感じだ。


「ようこそ。東第3坑道へ。ご主人様」


 しゃべった。甲高い声で、人間のように。

「ああ」

「こちらの方は?」


「ハンスだ!お前達の上司だ」

「上司…認識しました。全ゴーレムに通達します。よろしくお願い致します。ハンス様」


「あ、ああ。よろしく頼む」

 直接話しかけられ、どきどきしながらも、何とか答えた。

 人形、いやチーフと呼ぶべきだろう。


「ご主人様。御用がありますでしょうか?」

「ああ、掘削のデモをやってくれ」


 デモ?とはなんだ?


「承りました」

 チーフの頭がうっすらと輝くと、大型のゴーレムが動き出した。


 一歩、二歩と歩む。

 ギュゥイーーーン

 棘棘の腕が回り始めた。


 ドガガガガガ……

 耳を劈く音が坑道に響く。

 回る腕を壁に押しつけたのだ。岩がグズグズと崩れ鉱石となっていく。


 私を耳は抑えながら、その光景を見ていた。

 凄まじい勢いで掘削していく。

 すごい。人なら数十人分の働きだ。

 

 おお、別のゴーレムが来た。こっちは腕の先が、篭のようになっている。それで掘れた石を掬い上げると。後方に運んでいく。


「止めろ!」

 信じられぬ程の音量で、御館様の声が聞こえた。

 何か魔術を使ったに違いない。


 全てが止まって、静かになった。

 まだ、耳が残響している。


「うーん。俺は減衰させているが、やはり耳栓が必要だな」

「御館様。このゴーレムを使って採掘するということですか?」

「そうだ!だから、鉱夫はそれほど要らない」


「あっ、でもどうやって鉱石を外に運び出しますか?あの小さいゴーレムを使うなら、相当数が…」


「それについてはこっちだ」


 15m程後方に戻ると平たい箱が有った。


「中を見てみろ」


 言われた通り中を見ると、虹色の何か水面のようなものがうねっていた。


「これは転移ゲートのような」

「その通りだ。外のヤードに繋がって居る」

 そう仰った御館様は、私の腕を掴んだ。


─ 玄天移 ─


 またも浮遊感が有って、一瞬のうちに違う場所に居た。


「ここは?」


 がらんとした丸い建物だ。内側の直径は100m程もあるだろうか。

 中央には小山のような鉱石の山が出来ていた。

 壁の上部には明かり取りの窓があって、明るい。


「ここは、さっきの簡易転移ゲートの移送先だ。あそこから、天井に繋がっていてな。あそこからこの山の位置に落ちてくるんだ」


 もはや、私の常識が崩れていた。信じられないが。鉱石が溜まっている以上、本当のことなのだろう。


「まあ、そういったわけで。ここでは、余り鉱夫を雇う必要がなくなった。防塵マスクも必要数は激減だ。はははは。どちらかと言えば必要なのは鉱山技師だな」


「それが、私だということでしょうか?」

「うーん。そうだが、ハンスは全体の管理人を勤めて欲しいのだ。他の人員は何とかなるか?」


「承知しました。昔の伝手を当たって、集めます。精錬も昔使っていた炉が使えますので」


 私は、気付かず涙していた。こんなに嬉しいことが重なるとは。そして一つの決心をしたのだ。


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