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47話 客が多い日(3章開始)

新章突入です!

 ルイード侯爵領から戻って1ヶ月が経った。


 彼の地における反乱は、速やかに収拾したと認められ、王国政府の侯爵家に対する咎めは実質なく、戒告で済んだ。

 俺が治療を施したヨーゼフ君は順調に回復しているようだ。ターガスからの手紙にそう書いてあった。


 俺はと言うと、リスィ村の館で静養していることになっている。

 もちろん、帰り着いて3日ほどは、文字通り休んでいたのだが。粗方疲れの取れた4日目からは、昼は鉱山跡、夜は在る部屋に入り浸り、作業をしていた。


 何をしていたのかと言えば、紫夢幻晶を精製していたのだ。

 魔力回復がおぼつかない状態で、1個目を作り上げるまでは8日掛かった。


 始祖三大賢者メガエラ・アメリウスが遺した膨大な知識、原典の知に拠れば、人体には11のセフィラと呼ばれる座、まあ経絡秘孔みたいなものあり、そこに夢幻晶を納めることで様々な強化ができる。


 俺が、ジュダに無力化されて、紫夢幻晶を納めたのは、玄初の座、あるいは首の座「知識ダァト」で首に相当する部分だった。

 これで、俺が魔力を取り戻し、原典の知を従前に利用でき、この世界の管理者、神にも等しい者ジュダを封印することができたのだ。


 ただ、ジュダの呪いが解けて生命の危機が去ったのは良かったが、破格の魔力回復速度も喪われた。


 これは、面白くなかった。俺の魔術は手数重視だからだ。


 それで、さらに夢幻晶を埋め込むこととして、半月を掛けて最高峰の紫夢幻晶を作っていたというわけだ。


 作った夢幻晶は、今のところ4つ埋め込んだ。

 第1は、首の座「知識ダァト」。

 第2は、脳の座「智慧コクマー」。

 第3は、心臓の座「理解ビナー」。

 第4は、胸の座「ティファレト」。


 第2以降で、それぞれ、魔力(MP)上限、生命力(HP)上限、行動力(VIT)上限が強化された。特にMP上限は通常の魔術士の10倍を超えている。


 加えて、第2から第4の座が玄初の座を取り巻くことで、無限の玄天魔術を強化できるようで、それぞれの快復力が飛躍的に上昇した。


 しかも、そこに最高の紫夢幻晶を埋め込んだことにより、周囲から魔素を取り込んで魔力に変換蓄積し、俺が普段魔力を取り出す玄初の座の魔力が枯渇しそうになった時点で自動的に補給してくれるという、空恐ろしいことになっている。


 つまり、俺は魔獣島に居た頃よりも、魔術を多用できるようになった。

 半月を使って、恐るべきレベル上げをしたと言えるだろう。




 それから、ラムダだが。

 ドミトリー領へ帰ってきてから、呼んでも居ないのに4日目にリスィ村にやってきた。

 臥せっていると思っていたらしく、ようと挨拶した段階で、なんだか怒っていた。


 が、婚約を申し入れたいと告げると機嫌は一気に改善された。そして、無論改めて求婚もした。

 まあ、その時のことは、またいつかということにしておこう。


 その後、ラムダは一旦ドミトリー城に帰ったが、翌日再度こちらにやってきて、そのまま居着いた。

 伯爵令嬢なのに、いわゆる押し掛け女房状態だ。


 アンナによれば、俺の母も子爵令嬢なのに押し掛け女房だったそうなので、血は争えないと言っていたが、それは女房側の問題だと思うのだが。


 それはともかく、村人の目もあるので、コテージを館横に出庫して、そこに住んで貰っているが、気に入っているようだ。

 アンジェラと一緒だが。


 まあそれも、婚約が正式には発効していないからだ。

 家督が関係ない養子縁組みは届け出制だが、伯爵となると婚姻は、内務省の審査がある。まあ、ほとんどは承認されるそうだが、時間は掛かる。


 アンジェラは、ドミトリー城に帰還し、やれやれ、お守りも終わったと喜んで居たそうだ。が、引き続き伯爵令嬢の護衛を命じられ、こちらに転移してきたときには、乏しい表情の中にも憮然とした成分が混入していた。


 それから、客人はまだ居る。というか、昨日来た。


「おはようございます。シグマ様」

 朝の散歩がてら、庭に出ていると妙齢そうな女性の声が掛かった。


 もう1人の客人だ。

「やあ。シーナさん。おはよう」


 絵図面を持っている。

「こちらですか、敷地は?」

「ああ」

 後ろに作業員を2人連れている。


「なかなかの地相とお見受けしました」

「そうか」

 風水もやるのか?


「ええ。ここでしたら良いお館となるでしょう。ラムダ様との新居となるのですものねえ。羨ましいなあ…」


 住んでいる館も、嫌いでは無いのだけど。やや手狭ではあるし。嫁を迎える身というよりは、今後の活動のことを考え、館を新しくすることとした。


「ところで、婚約の件はここに来る前に知っていたのか?」

「ええ。大貴族の婚姻は事前に王都で公示されますから。ところで、大賢者ラティス卿の弟子というのは本当なんですか?」


 ふむ。単なる悪意というよりは、誘導する意図を感じる噂だな。


「どこで聞いた?」

「それも王都です。噂なんですけどね。最近ラティス卿が、ペリドットという名前の弟子を取ったと…本当なんですね?」


「弟子では無い。大切な知人だ」

「知人…そ、そうなんですか?でも…」


「でも?」

 片眉を上げてやる。

「い、いえ。何でも無いです」


 ぎりぎり踏み留まったな。


「”でも”から後は、聞かなかったことにする」

「はい」

 ふうっと息を吐いている。


「ああ。それより、館の件だが」

「もう移築する館は、2、3、目星を付けていますので」


 つまり、建物は新築すると時間が掛かるので、移築するのだ。この世界ではよくあることらしい。まあ普通は、ある程度解体して運ぶらしいが。


 それにしても、流石にやることに抜け目ないな。

 抜けてるところは有るが、基本はできる女だ。


「それにしても。虚空庫魔法で本当に建物が運べるのかと思いましたが、あのコテージを拝見して、納得しました」


「そうか?…そう言えば、なぜ普通の物流で虚空庫を使わないんだ?」

「あははは。本気で仰ってます?」


「ん?」

「あんな大きい物を入れられるのは、シグマ様ぐらいです。普通は大きなリュックサックぐらいが限界ですから、荷馬車の方が効率が良いんです」


「そうか」

「そうなんです。いかにご自分が破格なのか、そろそろご自覚頂いた方がよろしいかと。私も第二婦人とまで行かなくても、お妾で良いので、囲って貰いたい位です」

 にやっと笑っている。


「やあ、ラムダ。おはよう」


 ひっ!

 シーナが、飛び上がった。


「はははは。冗談だ、冗談」

「いや、あのう。寿命が縮まりますから…やめて下さい」

 涙目だ。


 先にふざけたのは、あんたじゃないか。


「では測量が終わりましたら、王都に戻ります。建物の下見はともかく、服の方は期限がありますので、なるべく早めにいらして下さい。昨日頂いた寸法で、手配は進めておきますので」


「ああ、明後日の午前中には館に着くようにしよう」

「では、職人と生地見本をもって、お昼過ぎに御館へ向かいます」


────────────────────


 夕餉の時間。


「明後日。王都に行くことにした」

「えっ、王都!なんで?」


 封筒を見せた。


「10日後に、非公式だが内務卿主催の士爵叙爵式典がある」

 王都の政庁で、予告されていた件だ。


「式典って。もうシグマは士爵だよね?」

「ああ、別に式典に欠席しても、取り消される訳では無いが。叙爵の手続きをしたときに内務卿の秘書の方に勧められたからなあ」


「ふーーん」

 そう言いながら封筒を手に取った。


「そこでだ、配偶者もしくはそれに準ずる者の列席を推奨ということで」

「確かに。祝宴も有るんだ。だから正装で書いてあるよ」

 ラムダは、そう言うと見ていた便箋をアンジェラに渡す。


「むう」

 アンジェラが唸った。


「で?一緒に行ってくれるか」

「はっ?行かないって選択肢ないけど」


「お嬢様は、まだ夫人ではありませんが。これは列席すべきでしょうね」


「じゃあ、ドレスを取りに、ボクは城に戻らないとね!」

「まあま。奥様になられるまでに、ボクはやめて下さいまし。ラムダ様」

 アンナが食堂に入ってきた。


「うううむ。分かったよ。アンナさん。あっ、その鍋重そうだね。ボクも手伝うよ」


 アンジェラが、手で顔を覆った。


「あのう、御館様」

「さっきのお話ですが。館が大きくなりますと、流石に私だけでは、手に余ります」


「そうだな。誰か雇うか…」

「それについては、わたしに心当たりがあります」

「そうか。アンナに任すよ」


────────────────────


 次の朝。ラムダ達は、ドミトリー城に帰っていった。

 王都に行く準備があるそうだ。


 俺の方は、特にやることがない。

 廃坑跡には、やや大きめの作業主体のコテージを設置した。お陰で採集の能率が随分上がった。しかも、ジェットミル装置の動力を紫夢幻晶にする実験も旨く行き、俺は圧縮系だけで済むようになった。それで、調子に乗って生産していたため、青色転移結晶の在庫は200を超えている。これを一気に流せば、確実に市場崩壊するだろうな。


 そんなことを考えていると。応接間にアンナが入ってきた。

「御館様。お客様です」

「ああ。どなた?」

「それが…名乗られないのですが、とにかく外で待つと」


 不審に思いながら、表に出た。


「あんたが、シグマか」


 髭面の40がらみの男だ。使い込んだ革鎧を着込んだ身体は、筋骨逞しく、如何にも戦士だ。


 半分無意識に鑑査を行使すると、アントニーと出た。

 ああ、あの。傭兵上がりのと言ってたな。


「ああ、そうだ」

 うわーー。睨んでるね。


「そうか。俺はアントニーという者だ。ラムダから聞いているかも知れないが。ドミトリー様の下で、用心棒みたいなことをやっている」


「はあ。それで、お城の武術指南役殿が、何の御用でしょうか?」

 まあ、この殺気。大体察しが付くが。


「ふん。何。時間は取らせない。あんたは魔術士だそうだが、アンジェラから剣もなかなかやると聞いたのでな」


 こちらに、木剣を放った。片手で受け止める。


「弟子の夫に相応しいか見極めたくてな」

「なるほど」


 障壁魔術の八龍を意図的に止める。


「受けるかね?」

「ああ、1分ほど待ってくれたらな」

「1分?」


─ 奔流錘ほんりゅうすい ─


 水流を細く細く絞って勢いを上げ、ウォータジェットとした。

 それで、木剣を短く切って、短木剣にした。魔術士にロングソードは扱えないからな。


「待たせたな」

「いくぜ」


 疾い。

 ずんぐりした体型から、信じられないほどのダッシュ!


 ガシっ!

 重い打ち込みを、受け流す。

 真正面から受けると力で押し切られるのでそうしたが、ジュダっぽい動きになってしまい、我ながらやや幻滅した。


 脚を止めての、打ち込み合い。

 袈裟懸けから胴打ち。

 下手からの斬り上げ。


 木剣といえども、当たれば大怪我だ。

 間一髪で避けながら、数手を短剣で受け流す。

 防戦一方だ。


「あなたたち。なんです。なにしてるんです」

 アンナだ。

 半狂乱になってる


「騒ぐな。訓練だ」

 俺の言葉を受けたアンナが、へなへなとその場に崩れる。


「ははは。訓練か。なかなか骨があるな。しかし、なぜ魔術を使わん」

「使ったら、負けても納得しないんだろう?!」


「ふん。負けたときの言い訳か」

「ああ、魔術を使わなかったから、手加減してやったとでも?」

「お前、かわいげがないな」


「そう言うあんたこそ、専門は槍なんだろ」

「ちっ」


 戦術を変えるか。

 中国の雑技を意識して、短剣を片手に柔らかく持ちつつ、手刀に蹴り技を織り交ぜる。

 掠るかに見えた、剣は肩当てに弾かれた。


「おっと危ねえ、しばらくぶりに当てられたぜ。こっちも奥の手だ!!」

 木剣を身体の後ろに隠すや、頭から突っ込んで来る。

 まるで体当たり!


 右か!左!どっちに避ける──

 さぁっと頭が冷え、俺も突っ込んだ。


「なにぃーー」


 俺は無意識の内に上に飛び、アントニーの肩を蹴って背後に降りた。

 佇立する俺の喉笛に木剣の切っ先が突き付けられた。


「ちぃ。久々に負けた」


「そうですね。肩を蹴られた段階で負け…そう言わざるを得ないでしょう」


 虚空からそう聞こえると、何もなかった空間が歪み、そこにアンジェラが現れた。

 まあ、そんなことだろうと思っていたが。


「ならば、アンジェラ。城内にそう触れ回れ!ラムダの婚約者に、このアントニー様が負けたとな」


「承りました」

「わざと負けに来て頂き、痛み入ります」

 無論嫌みではない。


「ちっ。本当にかわいくねえな。ラムダを泣かすようなことがあれば、いつでも来るからな。覚悟しておけ」


 愉快そうに口角を上げ、去っていくアントニーに、俺は頭を下げた。


「アントニーさんは、引き分けるぐらいのつもりで来ていたと思いますがね」

「どのみちアンジェラが、けしかけたのだろう?」

 俺を試す資格があるとすれば士爵かアントニーで、一番強いのも彼だから、それでも敵わなければ、嫉妬に狂った不届き者は出ないとでも言ったのだろう。


 彼女の一瞬目が見開き、すぐに戻った。


「アンナがへたり込んでいるから、助けてやってくれ」

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