6話 ファーストクエスト(後)
休養のため、一旦ポーズする。
ポーズは、完全にゲームと切断するログアウトとは違い、ゲーム時間は経過する。その間、アバターは行動不能で無防備となるので、うかつな場所ではポーズできないが、幸い村長の屋敷が、他者の攻撃が無効化できるセーフティーゾーンだったので、少し寝させてくれと断って、現実へ戻った。
食事後に空気清浄機を起動。仮眠を6時間ほど取った。
すこし気になって。ネットを見る。
おおう。
オンラインゲームの人気ランキング、LSFは1位だった。
正に断トツ。得票率は、2位の3倍以上だ。
圧倒なリアルワールド。
途方も無い自由度。
NPCがとにかく可愛い(イケメン)!
賛辞続く中。
掲示板には、2人ログイン縛りは凶悪!リア充爆発しろ!などの書き込みもある。
まあそりゃそうだよね。
一通り読んで、反響の大きさにほんのわずかしか関わっていない俺も、なんだか誇らしい気分だ。大いなる誤解とは分かっているが。
再びLSFを始めた。
そのときゲーム時刻を進めますかと表示された。と言うことは、ここがLSFの多人数が存在するグローバル空間ではなく、俺しかプレーヤーの居ない独立したインスタンス空間であるということだ。多人数オンラインゲームではあるが、この段階では一人でゲームをしているのと変わらないということだ。よって矛盾の出ない範囲で時間を進めることができる。そりゃあ、ただ時刻が来るのを待っているのは苦痛だからね。今回は時刻を進めず、再開した。
狙い通りVITが全回復している。クエスト期限まで残り45時間余りか。
ん。MPが、わずかに上限値を振り切っている。あまり気にしていなかったが、魔力吸収が効いていたようだ。
それにしても。
紅蓮の連続発動、紅蓮四連は、誤算だった。
なんとかオークは斃せたものの、同じであろうと考えた連撃の場合ほど、ダメージボーナスは増えなかった。物理攻撃の連撃の場合、合計ダメージは、1回の攻撃の回数倍ではなく、重ねた回数が多くなるほど幾何級数的に増える。
しかし、紅蓮四連の効果は精々6倍程度だった。俺はまだ使えないが、βの時に見た低級火魔術・劫烈火より少しマシなぐらいだろう。
10倍は超えて欲しいんだがなあ。
それどころか、個別のダメージ表示から考えると、1回目から2回目は順調に増えたように見えたが、3回目で大きく減り、4回目はほとんどダメージがなかった。なぜだ。
連唱してもあまりVITは減った気がしなかったが、それにしても費用対効果が小さい。それは、物理と魔術は違うというLSF上の設定なのか?何か見落としというか、考え違いをしているのか。
この辺は、俺がこのゲームで魔術士としてプレイしていく、その方針を決めるために重要なことだ。
火魔術は、四大元素の火を呼び出す魔術。古代、火は物質と考えられていたが、LSFでもそうなのか。ならば連唱の効果はもっと有って然るべきだが、そうはならなかった。
現実では、火は化学現象であって、エネルギー、電磁波と熱による流体の振る舞いだ。可燃物と酸素が作り出すもので火という物質があるわけではない。つまり、火魔術は、電磁波と熱を出す魔術なのか、否か。謎だ。
そんなことをぼうと考えていると、土間の方から誰か入ってきた、
「おはよう、シグマ」
ラムダは、先に起きて身支度を調えたようだ。
「ああ。おはよう」
「シグマってさ」
「ん?」
「死んだように眠るよね。全く身動きもしないので、死んじゃったかもとか思って。ビックリしたよ」
またメタなことを。
「ポーズしただけだよ」
「ポーズ?」
我ながら不毛だな。
「それより、どうやって心臓が動いているって確認したんだ」
「そ、それは」
とりあえずは、煙に巻くことに成功したようだ。
「では準備をするか」
「準備?何の?」
LSFは、仮想空間の現実味というかシズル感を上げるために、物理エンジンに力を入れている。例えば、棒の端を持って持ち上げようとした場合、地面と平行に持ち上がるのか、持っていない端がぎりぎりまで地面に付いていて最後に持ち上がるかは、棒の重さや重心位置によって変わってくる。VRMMORPGが出たての頃のように何でもかんでも平行に持ち上がったり、動作が不連続になったりしては現実感が損なわれる。
しかし、こういったことを物体オブジェクト毎に設定するのは、かなりの手間だ。よって、材質や形状に対して自動的に振る舞いを変えるために必要なのが、物理エンジンだ。フルダイブ環境では、手に掛かる反作用がフィードバックされるのだから、必須技術ではあるが、なんちゃって程度の簡易レベルから、現実にかなり近づけたゲームまである。そのなかでLSFは後者よりということだ。
いささか、脱線した。つまり、物理エンジンに力を入れていると言うことは、ゲームクリエータにとって想定外の行動をプレイヤーがしても、理不尽な破綻が起こりにくいということにつながる。
「あの洞穴に入らなくても済ます工夫だ」
「そうか、狭いからハルバートじゃ、戦い辛いもんね」
まあ、それだけが理由ではないが。
「ああ、村長殿」
「へえ、何でしょう」
「悪いが、分けてもらいたい物がある」
「へえ、私どものできる限りのことは」
ラムダとドルスが身を乗り出してきた。
「それはありがたい。表にある牧草と…そうだな麦藁は無いか?そんなに大した量ではない」
ラムダは転けた。
明らかに期待を外したようだ。
「麦藁なら、堆肥の余りが納屋にありますが。そんな物どうするんで」
ぽかーんとしていた、ラムダとドルスが復帰した。
そうそう。聞きたい聞きたいと言う顔だ。
「さっき言ったが、魔獣を洞穴から外に出させる」
「あんな物でどうやって?」
「やつらの好物は草じゃなくて、羊とか山羊ですぜ」
「米は食うかも知れませんが、麦藁じゃあ…」
そういう一同を制して、俺は立ち上がり納屋に向かった。
細かな物を虚空庫に入れる場合は、袋などに入れてまとめましょうと、チュートリアルに書いてあったなあ
藁は切り刻まれているので、このズタ袋に入れよう。草はどうするかと思っていると、若者達が草を綯いながら、それを巻き付けて塊にしていく。
「よく分からないけど、俺たちがやりますんで。兄貴は母屋で休んでくれ、いや、下さい」
「麦藁も詰めときます」
「そうだよ、ドルス達にも何か手伝わせてやってよ。何か役に立ちたいんだよねえ」
「姉御の言う通りっす」
「そ、そうか。悪いなあ」
恐縮しつつ、俺とラムダは母屋に戻った。
木の椅子に腰掛け、虚空庫から本を取り出す。母の部屋から持ち出した魔術書だ。印刷技術の無い、この世界では本は高級品だ。それに相応しく革装丁の重厚な外観になっている。
「うーん。本を読むの?シグマとお話できると思ったんだけどなあ」
「いや、大丈夫だ。話したいことがあれば、しゃべり掛けてくれ」
紙面に手書き、いわゆる写本ってやつだ。ペン書きだが日本語。読みにくい上にめくりにくいが、ぱらぱら繰っていく。
「そうだね…って、そんなに、どんどんめくって、ちゃんと読んでるの」
「ああ、読んでる」
最初は魔術の定義か。
魔術は、術者の体内にある魔力を対象物に放つことで起こす奇跡の技である。魔術は系統の他、規模と効果に応じた、術級がある。初級、下級、中級、上級。術級が上がるほど消費する魔力は増える。
ふむ。当たり前のことしか書いてないな。
魔術を行使した術者は、消費した魔力に応じた長さで硬直期を迎える。この期間中、次の術の行使はおろか回避も不能となることを努々忘れてはならぬ…か。やはり、魔術にもスキル行使後硬直があるんだな。今のところ、実感はないが。
は、は、はあ、へっぶし。
あっ、しまった。
部屋の掃除するの忘れた。
いかんいかん。今度現実に戻ったら確実にやらないとな・
次、魔術の習得方法。魔術を封入した魔水晶を使うことで、適性がある術者に魔術が転写される。なお魔術を習得しても術者の位階が、必要下限に達しなければ、魔術は発動しない。
ん?術者の位階。
術者の位階が上昇すると、ギフトとして魔水晶を天から恵まれる。
位階は、大きく初級、下級、中級、上級とあり、さらにそれぞれ細かく別れている。同じ級の魔術でも、必要下限が前後するので注意すべきこと。
上級の魔術を使える者は、特に賢者と称される場合もあり。
ああ、流石に賢者は知っている。
βの時は魔術士にあまり興味なかったが、それでも賢者は有名だった。
巨獣討伐イベントに参加したときのことだ。
賢者の1人であるメガエラ王女が雷撃魔術を発動する姿を遠目に見た。魔術自体は凄まじい威力だっただが、それより有象無象のβテスターのアイドルになっていて引いたな。
確かにその姿は格好良かったし、掲示板でもしばらく話題になっていた。
まあ、彼女がランペール王国で1番有名な賢者だろうが、その他に確か6人、計7人居たはずだ。まあ、今のところは、全員NPCだろうが。
その賢者となるには、最底限上級魔法を使えないとだめということか。この書き方だと他の条件もあるようだが、賢者になれば爵位、士爵とかではなく、子爵とか男爵も授与されるはずなので、何か国の審査があって然るべきか。
おっと、思考が横道に逸れた。続き続き。
魔術の発動方法。魔術で起こしたい結果をイメージしながら、対象物に手や杖をかざしながら、丹田を強く意識し、魔力を集中する。次に脊髄を通して胸から頭頂に伝えて放つ。これは知らなかったが、βで見た魔術士をポーズを真似しただけでできていたな。本質的には実践できてはいないかも知れない。
後は、魔術の分類と個別魔術の説明か。うーむ。下級魔術までしか書いてないな。
次。
本を入れ替え、読んでいく。
「いやあ、すごいもんだね。その読み方」
「それより、何か話したかったんじゃないのか?」
「うん。あのね」
なんだか、話し難いらしい。
「ああ」
「そのう。シグマは、士爵になりたいの?」
「ん。まあ、正直それほどなりたいわけでもないが。親父が継いで欲しそうに見えたからなあ。口では継がななくともと言ってはいたが」
「だから、継ぐんだ」
「うーん。だからってわけでもないけどな。俺は生まれてこの方、親父にもお袋にも何も孝行できなかったからなあ。息子失格だよな」
ラムダは、隣で脚をぶらぶらさせながら聞いていたが、それが止まった。
「シグマってさ。頭はすんごく良いんだろうけどさあ、案外馬鹿だよね」
文字を追っていた、眼がラムダに向いた。
「ん?」
「だって、親は自分の子供に何かして欲しいわけじゃないよ。子供は生きてるだけで親孝行してるんだよ」
これは驚いた。素で驚いた。
そうなのか。まあそうなんだろうな。
生きてるだけで、か。
「へえ。ラムダは、見た目がかわいいだけじゃなくて、案外賢いな」
「えっ、かわいい?んーー…いや、その前に案外って何だよ」
俺は、わしわしと掴むように彼女の頭を撫でた。
もうっと言って数十cm逃げられた。
本当にNPCの人工知能には見えない。これは、はまるゲーマー続出だろうな。
再び、本を見たが、内容が入ってこない。
ラムダを見たら、何事か呟きながら悶えてる。
かわいいってとか言っている気もするが、良く聞き取れないな
放っておこう。
数分経って、発作が収まったのか、またこちらに躙り寄ってきた。
「話がずれちゃった」
「ああ」
「それで士爵になれたらさあ、その後どうするの」
「とりあえず、賢者になるために、魔術の修行を兼ねて旅に出るつもりだ」
「ああ。やっぱり、魔術士たる者。賢者を目指せ!!だよね」
あの銅像のポーズは、やめろ。笑える。
「ああ、そうだな」
「それから、旅?どこに?」
「さあな。そこまでは決めてない」
そう言いつつ、次の本と取り替える。
「そっか」
「できれば、まとめて魔術を修めた方がいいんだろうが。ギルドに入って、色んなことをやりながら、町に居着いたり。別のところを回ったりも悪くない」
「いいよね。私も王都にまた行ってみたいんだよね」
「王都へは行ったのか」
「うん。お父様と一緒に、何度かね。シグマは?」
うーむ。なんと答えるべきか。βの時に滞在していたが、このキャラではどうなのか分からんが。まあいい。
「去年ちょっとな」
「ああ、魔術士修行とか言って、遊んでたな」
笑ってごまかす。
「ただ旅に出る前に、リスィ村を豊かにする方が先かも知れないが」
「うん、そうできたら良いよね」
ラムダの遠い目を見て、再び視線を下に落とす。
この本も、同じような感じだ。取り替える。
たわいもない会話をしつつ、30分余りで最後の本となった。他の4冊と比べて、えらく薄い。中を見ていく。
「なんだこれ」
日本語で書いてあるが、神話というかおとぎ話のようでもあり、詩のようでもあり、よく内容が理解できない。その中で、この一節が目に残った。
主神は、正なる物と負なる物を別たれた。そして、負なる物はいずこかと去り、この世は正なる物で満たされた。
創世記か?問題はここだ。
神は、主神に習い、正なる物の4つの源を産み、魔法とされた。始原魔術である。
魔法?魔法と魔術は違うのか。謎が多すぎる。
書名は魔法基礎。トリニティー・ラティス著。
これが基礎?面白い本ではあるが、今の段階で理解は不可能だ。一旦放置してておくしかない。
10時頃、丘の中腹、洞穴の前に移動した。
「やはり。1匹も居ないか」
昼間には警戒して、外に姿を現さないだろうと思っていた。見張りが居れば、そいつらに泣き喚かせて、おびき出すこともできたのだが。牧草と麦藁が入ったズダ袋を虚空庫から取り出す。中身を手分けして袋から出した。洞穴の入り口からやや離れた場所に小山が2つできた。準備完了だ。
「なるほどね。そういうことか」
そう。これらを燃やして、煙で文字通り燻り出すのだ。燐火を使おう。結印魔法だから
他の魔術と発動方法が違うが、これは戦士の時もやったことがある。と言うよりも、結印魔法は多くの人が使える。βの時はどのプレーヤーでも使えたはずだ。杖も魔導具も必要ない。俺は右手を前に出して、一度拳を開き、人差し指と薬指を中指に寄せる。これが印だ。そして唱える。
燐火。
唱え終わると、指で作った印が勝手に動く。空中に不可視の壁があるように、架空の表面をなぞる。まるで司祭が信者に祝福を与える動きのようだ。印が止まった瞬間。右手の先に、小さな炎が灯った。
空気以外無いように見える空間に、炎が存在している。何が燃えているんだ。考えが填まりそうになって、今は行動の時だと切り換える。
燐火の炎を近づけ、麦藁の山に何カ所も火を付ける。黄土色の麦藁が白い煙を上げつつ、山の表面が黒く炭化していく。
「よし、草を乗せてくれ」
しばらくすると、濛々と上がる煙が、黄色っぽく変わっていく。うむ。目に来る。煙の刺激が強くなった。何となく、くしゃみを催すが、花粉や異物では無くて、この香ばしすぎる臭いが原因だろう。
─ 烈風 ─
俺は風魔術を唱えた。
煙が強く棚引いて、洞穴へ流れ込む。
「よし」
何度か烈風を唱え、煙を余すところなく、流れ込ませる。
すると遠く離れた、てっぺん付近から煙が上がる。
成功だ。ドルスの連れは、この丘のてっぺんから煙が出ていたと言っていた。しかし、ここは中腹だ、そこから推理されるのは、この洞穴が、ここから、てっぺん周辺に通じているという事だ。まあそういう通気のある洞穴でなければ、酸欠になるからな。
すると、げほげほと咳き込みながら、コボルトが出てきた。
俺とラムダは、それを片端から斬り伏せていく。理想的な各個撃破だ。
ラムダは、良いねとばかり、こちらへサムズアップする。
俺は、口角を上げて答える。
次はオークだ。俺が紅蓮、ラムダが唐竹割りを食らわせ、瞬殺。
そこへ中から棍棒が飛んできた、俺とラムダが飛び退く。
しかし、それこそが敵の狙い。
残りのオークが血道を拓く。
「そう、うまくは行かないか」
ラムダの軽口に、ああと応えた。
ゆっくりとオーガも出てきた。
ちっ。今日はスケイルアーマーを身につけている。
総力戦の始まりだ。
そして、現れた瞬間、オーガが俺へラッシュを掛かる。
どどどと山津波のように土煙を上げた突進は、一拍で間合いを詰める
鼻の奥がつんと来る。
次の刹那、丸太のような腕が広がる。
両手での動きは、まるで大きな鋏。
これが閉じた時が獲物の最期。
幾度も哀れな敵を屠ってきた手練の技。
両脇から、うなりが上がる。
しかし、俺はその光景をコマ送りのように観ていた。
集中したのか観察力が上がったようで、オーガのスケイルアーマーが継ぎ接ぎだらけの代物と見えてくる。、人間用にこのサイズは無いよな。
ふっと息吹を吐く。
オーガの膝、肩を踏みつけて飛び越える。
─ 【紅蓮四連】 ─
術を放ち、オーガの後背に降りた。
がぁーーー。奴は吠えた。しかし、スケイルアーマで身を固めているために、火勢がそれほど上がらない。オーガは、大きな掌でを自らをはたき、火を消していく。
ふん、やはり大したダメージは与えられないか。
とは言え、オーガも警戒が必要と認めたのか、互いに出方の探り合いに陥る。
よーし。
背後でラムダの声がした。オークを斃したのであろう、足音が近づく。
「残るは、こいつだけだね」
「ああ。だが、俺に考えがある。ラムダは手を出すな」
「へえーー。やっぱりシグマも男の子だねえ。いいよ。任せるよ」
いや。別に意地を張っているとかではないが。
にらみ合い。
彼我はわずか3m。明らかに向こうの間合いだ。
俺は、杖を突きつける
奴は背から、棍棒を取り出す。これでリーチが倍になりやがった。
オーガは、右に回りつつ、じりじりと間合いを詰めてくる。
重そうな棍棒が右から飛んでくる。
遅い。最小限の動きで避ける。
頭上を劫とばかり塊が通り過ぎた。
有り余るAGIで全く脅威に感じない。とは言え、当たれば大ダメージだ。
瞬間移動で懐に入って、連撃はどうか。
だめだ。4連撃まで突き込んでも、まともに攻撃は通らない。露出した部分では奴に致命傷を与えられない。その後の硬直でやられてしまう。
オーガは、棍棒を両手に持ちなおして振り下ろしてくる。
背中に、クリスをたたき込む。が、火花を上げて弾かれる。
ふふふ。戦士の頃ようにはいかない。
紅蓮四連は通じない。向こうの大振りも当たりはしないが、一撃必殺。
五分。いや、向こうが有利か。
またも両手で棍棒のスイング。
首筋に一撃をと振り被るが、視界の端に猛烈な違和感-。
裏拳…右手を離して逆旋。
間一髪で避けるが、二撃、三撃と畳み込まれる。
俺はトンボを切って、間合いを外す。
今のは、ちょっとやばかった。
しかし、よくあれで筋肉ぶち切れないものだ。
「シグマ!」
心配そうな声音が含まれている。
さすがにオーガも肩で息をしていて居る。
確信はないが、試してみるより他はない。
グォォォォ。
突進。
肩を怒らせ、こちらへ迫る。黒い塊が。
─ 紅蓮 ─
ぶつかる寸前、顔面にたたき込む。
奴の動線がずれていく。
おれはバックステップで距離を取る。
クリスダガーを右手に。杖を左手に突きだして構えた。
紅蓮…。
炎が右手から熾る直前に、風魔術イメージを脳内に呼び出す。
風が左手から興る直前に、再び火魔術を…。
右手から紅蓮。
左手から烈風。
それらが次々迸っていく。
風をわざと、オーガのやや左に逸らす。
火球だった炎が、風に巻かれ大きく燃え上がる。
オーガの身体のそこかしこに点いた火が、瞬く間に一つとなって、その巨体を焼いていく。
紅蓮四連では熾せなかった灼熱が衰えることなく、周囲の空気をも熱し、凄まじい上昇気流を産む。
もはや風の供給は無用だ。俺は、紅蓮のみを次々打ち出す。
燃焼は留まるところを知らず、眩い焔が渦巻いて、さながら昇竜のように天を衝いてゆく。すべてを巻き込み焼尽くさんとする、まさに火の竜巻。
火災旋風。
現実では、そう呼ばれる現象を火魔術と風魔術の並行連唱で、俺は起こした。
阿鼻叫喚の醜い悲鳴を上げつつ、奴は踊るように煽られていたが、完全に焔で姿が見えなくなった。その刹那、断末魔と共に光の筋が空に伸びた。
ようやく死んだか。
頭の芯がわずかに痺れ、俺は発動を止めた。
火竜は、空へと舞い上がり見えなくなった。
足下にぼとっと何かが落ちて来る。
キャプションが独りでに開き、オーガの牙と示した。
よし。これで、クエスト完了条件達成だ!
金も、427ディール増えた。
《 システムアラート!ただいまの戦闘にて、発動した魔術が新スキル外魔術と認定されました。このスキルを名付けますか? はい/いいえ(予約名【紅蓮旋風】) 》
ああ、別にそれで良いんじゃない。
いいえ。
《 新スキル外魔術、【紅蓮旋風】が第一人者不詳で登録されました 》
「シグマ。さっきの…は」
心なしか怯えの微粒子が乗っている。
「紅蓮旋風。紅蓮と烈風を混ぜた」
「混ぜた?えっ。魔術って混ざるもんなんだ。で、それが紅蓮旋風なの?初めて見たよ」
確かに。
βで魔術士ともパーティを組んだが、魔術を連続で唱える者など居なかった。混ざる混ざらない以前の話だ。
紅蓮旋風は、新しい魔術では無くて、謂わば合成魔術だな。
「ああ。紅蓮を連続して唱えたが、失敗と言ったろ」
「うん」
「あれは、炎の周りの酸素が足りなくなって、途中から威力が伸びなかった」
「うーーん。ボクには時々よく分からない言葉があるけど…要は、火を扇ぐと勢いが増すってこと、だよね」
「そうだ。この世界の魔術は物理法則を超越するが、自然を味方に付けた方が有効に働くと言うことだな」
空気を供給すれば、効果は上がる。
要するに魔術紅蓮は酸素を供給せず、可燃物と発火に必要な熱を、どこからか供給しているということだ。
「この牙を伯爵に届ければクエスト完了だな」
ラムダは、クエスト?と問を発したが。無視して帰路についた。
皆様のご感想をお寄せ下さい。
誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。
訂正履歴
2015/04/18:誤字脱字訂正,オーガの鎧の表記を訂正加筆
2015/04/26:タガー→ダガー
2015/08/10:戦闘時のセリフ、呻き声、擬音を更新