44話 最凶の戦い(2) 協力者
呪いを解く、そう言った直後。
ふぐぅう。
腹を、刺された。
「はぁ、はっはは」
激痛に苛まれ始めると、回復魔術が発動した。
─ 零陵 ─
俺の生命維持が危険に晒されると、自動発動するようにしていたからだ。
「へえ、呪いが無くても再生するのか?化け物だね」
「…お前に言われたくない」
俺が地べたに横たわる上に、すうっと浮かんでいる。
「ははは。そりゃそうだね…ああ、ちゃんとVITにMPも減ってるよ。呪いが消えたんだがら感謝してね。でも、これでキミはごく普通の魔術士に格下げされたんだ。わかるかい。くっくくく…あははは」
そう笑う、ジュダの顔がはっきり見えた。
どこかで見た気がする。
「ふん。ボクの顔が見えたようだね。思い出したかい」
何かひっかかるが、思い出すところまではいかない。
「時間を戻すか?」
モーフィングのように、相貌が変わっていき、10歳ぐらいの子供の顔になった。
俺が子供に深く接しているとすれば…。
「お前も病棟に居たのか?」
「ああぁ。これでも、まだ思い出さないか…。それは推理の結果だよね。まあいいや。そうだよ。ボクも病棟に居た」
やはり。
「それで、キミは生き延び、ボクはこうなったよ」
「…こうなったとは?」
幼い顔がにやっと崩れ、そのまま若者の容貌に換わった。
「ふん。高位の存在と言ったろ…」
「なぜ俺を狙う。恨んでいるのか?」
「恨む?ボク達には無縁の言葉だね…」
じゃあ。
「なんてね。嘘だよ、嘘」
ジュダは腕を伸ばすと、何らかの力で俺を立ち上がらせた。
「恨み──否定はしないよ。キミを見ていると、苛つくからね」
ジュダの手が閃いた。
う、ううぅぅむ…。
また腹を刺しやがった。
防御魔術が効いていない。
血が噴き出し白いチュニックシャツが紅く染まっていく。
再び回復魔術が自動発動する。
…怪我は癒えたが、魔力がごっそり減っている。これまでは、散々使っても変化も分からなかったほどなのに。
「ああ、言い忘れていたけど。キミがこれまで無尽蔵に魔術を使えたのは、ボクのお陰なんだよ。呪いの重ね掛けで魔力回復が暴走していたからなんだ」
そうか…。
これまで魔力が減りが遅かった理由はそういうことだったのか。
がぁあぁあ。
全身に電撃が走る。
致命傷一歩手前のダメージを立て続けに受け、その度回復魔術が発動してきたが、魔力が底を付いてきた。
「さて、このままキミの魔力が尽きるのを待つのも、時間の無駄だね。キミの回復魔術は、心臓を抉っても、発動するのかな」
どうやら、ヤツはトドメを刺す気になったようだ。
ならば、最後の魔力で一矢報いるとするか。
ヤツは、俺の左胸に短剣を擬した。
「さらばだ!シグマ」
ゆっくり、ゆっくりと脳内詠唱を続けてきた魔術を…今。
「やめて!!霜野君!」
ジュダに、誰かが体当たりした。
「やあ。痛いじゃないか。でも、やっぱり来たね、ザイン」
ジュダの声が遠く聞こえる。
広場の石畳みに倒れた俺は、柔らかな腕で抱き起こされる。
ラムダ。
君は一体──
「霜野君。あなたがやっていることは。違反行為だわ」
「ふん。それはお互い様だよね。キミこそ、以前からローカルインスタンスに直接干渉しているじゃないか。それから、その名前で呼ぶのは止めて貰おうか、ザイン。それに今はジュダだ」
ザイン?
「ユッドベートでもなくて、ジュダ?」
ユッドベート?
「そうだ」
「32767、32768…解けたわ。これで、シグマへの直接干渉を無効化したわ」
「ふん。無駄なことを!」
ラムダが、俺を揺する。
「なぜ動かないの?」
「はははは。さすがだね。32KBIT暗号を解くなんて。だけど、少し来るのが遅かったね。彼の胸から下は、現実に障害があってね。それを動かしていたデバイスの動力を切った。シグマは二度と動かないよ」
ラムダもジュダと同じ。
ならば、彼女も病棟に居たのか?!
霜野……霜野?
「霜野…大悟。霜野大悟か?」
「ふーーん。ようやく思い出したようだな。由良史久真。で、ラムダのことも思い出したんだろ」
思い出した。
虫食いになった不完全な記憶が、パズルが埋まるように繋がっていく。
松葉綾香。
それが、ラムダの真の名前だ。
美しい少女の顔が、俺の脳裏に蘇る。
顔もどことなく面影がある。
俺は、あの少女を無意識下で、原型にしてたのか?
そして、猛烈な悲しさが堪えられない淋しさが苛んでくる。
「ラムダ…」
「シグマ。しっかりして」
なぜ忘れた。
彼女が、病棟を去って。死んだと聞かされて、あんなに泣いたというのに。
なぜだ。
「なぜ、シグマを助ける。そいつはボクのことも、そして君のことも忘れたんだぞ」
「それのどこがいけないの?」
「何だと?」
「人間は、抱えられない悲しみを癒やすために、忘却という機能を持っているのよ。我々が捨て去ったものだわ」
「ふん。利いた風なことを」
「…ジュダ、いや大悟。キサマは、死んだんじゃなかったのか?」
「ふふふふ。そうだね。まあ死んだと言っても過言じゃないけどね。ボクの肉体は、冷凍保存されているよ…」
どうやら、高位の存在というのは、あながち嘘では無いらしい。
「…BIさ」
BI?
俺を横で支えるラムダが口を開いた。
「電脳実装──人間の思考形態を詳細に再現する脳モデルを電脳上に作る技術。電脳技術で不確定性、真のゆらぎを得るのは困難だけど。高度かつ曖昧な判断処理には、とても有効なの。それを実装するのがBI。シグマ、もう分かっているかも知れないけど」
「君もそうなのか」
ラムダはゆっくりと頷いた。
「彼もボクも、有り余るスループットを使って、LSFを運営しているの。ボクが7番サーバントで…」
それで、ヘブライ語のザイン か。
それにしても。なぜ思い出さなかったのか。
彼女も、自分を”ボク”と呼んでいたじゃないか。
「…彼が12番サーバント」
そう言えば、まだ現実と行き来できた時に見た新着情報に12番サーバーが稼働すると出ていたが…。
「最近稼働したばかりの」
「そうだよ。ボク達はサーバント。この世界では神のような存在だよ」
「神なんかじゃない!」
「あははは。そんなにムキなるなよ。まあね。制約もあるしね。原則、インスタンス内部に直接干渉することはできないんだけど。システム移行の時と、プレイヤーのカベージコレクションの時は別でさ」
「カベージ…バルドーのリソース回収の時」
「そうそう。彼をキミが殺してくれたお陰で、ボクがここに来れたのさ」
「なんで!なんでよ。シグマになんの恨みがあるの?」
「ああ。お前に恨まれる憶えは無いぞ」
ジュダは、振り返った。
「ボクとキミ。どちらかが、電脳世界の存在となることになっていたのさ。多くの被験者から選抜が実施されたんだよ。憶えて居るかい」
得意そうに手を広げて、しゃべり続ける。
「そして、ボクとキミが残り、最後にはボクが選ばれ、高位の存在になったんだよ」
狂っている…が。
「ならば、負けた俺を恨む必要はないはずだ。なぜこんなことをする」
「ふふふ。そうなんだよ。ボクが、ボクこそが、高位の存在に適していた。ボクが勝ったんだよ。ひひひ…。
ジュダの顔が歪んだ。手で額を押さえ、何度か自らの顔を撫でる。
「ボクは選ばれた存在、そしてキミは惨めに死んでいった。そう思っていたよ」
俺の顔を見て、凶悪そうな色を目に湛えた。
「ボクは、サーバー立ち上げ準備で、ゲーム世界を覗いたら。キミが居るじゃないか。今と違って戦士だったけどね。ボクは騙されたんだ、スペクターの奴らに。ボクが優れていた訳じゃなかった。何のことは無い。シグマ、キミは治る見込みあったから、被験者から除かれただけだったんだ。そして何喰わぬかをで生きてるキミは、健常者とさほど変わらない状態で、ゲームをやっていたんだ」
俺の、デバイスを使わなければ動くことも出来ない状態を、そう呼ばれるのは甚だむかつくが。
「わかるかい。ボクが肉体を失っても生きてきた、誇りをキミは奪ったんだよ。この屈辱…」
「はっ。何よ。ただの嫉妬じゃない。シグマは何も悪くないわ。すぐこのインスタンスから出て行って!!」
ラムダは、怒りと共に糾弾する。
「シグマに何かしても、あなたの身体が戻る訳じゃないのよ」
「くくく。ザイン。いや綾香ちゃん。本当に女子てのは残酷だよね。出て行けか?…でもね、このインスタンスでは、ボクの特権レベルが最高位だ。ザイン、キミに退場を願おう…」
ジュダは、得意そうに表情を変えながら、片手を挙げた…。
しかし、何も起こらない。
「ど、どうした。なぜザインが消えない……そうか?SVCでロックしたのか?無駄なことを。たかだか8KBIT暗号なんて、10秒もあれば」
ゴトっ
「それを俺の首に」
はっとしたラムダは、出庫した紫の結晶を拾うと素早く俺の首に当てた。
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訂正履歴
2015/11/28 三点リーダ訂正