5話 ファーストクエスト(中)
程なく、見回りの衆は帰ってきた。
では解散と元気の良い声が、外から聞こえてくる。
「おおう、姉御…じゃなかった。ラ、ラムダお嬢様。お、お久しぶりです」
村長がにらんでいる。
「元気そうだね。ドルス」
「痛い、痛いですって」
ラムダが肩を叩いている。その手の強さで、関係性が分かる。
「で、こちらは?」
腕っ節が強そうな若者が、恐縮した姿で尋ねる。
「うん。シグマ。魔術士だよ」
俺が答える前に、ラムダが紹介する。
「魔術士…シグマ…。ああ、リスィ村の」
「ああ。シグマ・ペリドットだ。早速で悪いが訊きたいことがある」
事情を話す。
「魔獣共が出るのは、主に夜です。が、最近は昼でも我が物に出てくる奴らが居まして。本当に忌々しい。昨日はベスのところの、山羊が5頭もやられたんっすよね」
「ふーーん。何でやっつけないの?」
ラムダ、なかなか言うなあ。
「いやあ、そりゃあゴブリンとかだったら、俺達でも何とかなるんですが、オークとか、それにオーガが居るんじゃあ、とてもとても」
そうだろうなあ。オークとなると、まともな装備を持たない農民だと苦しいだろう。さらに、凶暴なオーガでは。
「じゃあ、ボクとシグマでちゃっちゃとやっつけるからさあ、どの辺に居るのか教えてよ」
村長の家から、南へ4kmほど離れた丘が怪しいらしい。
「どうして、その丘が怪しいと言える?」
俺は意地悪にも訊いてみた。
「襲われた場所を考えると、あの丘が中心ぐらいなんですよ…」
言葉尻から、ドルスも理由が弱いなと思っているようだ。そこで別の若者が、近づいてきた。
「そういえば、うちの親父があの丘のてっぺんから煙が出てたって言ってた…いや言ってました。あの辺りには、誰も住んでないはずなのに」
良い答えだ。いや感服した。もちろんこの若者にではなく、このイレギュラーな発言に答える選択肢を用意していたLSFのシナリオライターにだ。
「てっぺん」
「へい。確かにてっぺんって言ってました」
「みんな、ありがとう。二つ合わせるととても良い情報だ」
俺のことを誰だ?って見ていた少年達も、褒められると悪い気はしないようだ。
場所はその丘に違いない。決戦は昼間に挑むにしても、根城の確認は夜間にしなければ、突き止められないだろう。夜行性のようだからな。
一旦仮眠を取った俺たちは、腹ごしらえをして探索の途についた。今宵は十六夜、松明や照明魔法を使わなくとも、視界は良好だ。俺にラムダ、ドルスと数人の若者の一行は、灌木に覆われた丘の古径を登っていく。確かに、人家は見えない。まもなく。
「臭うね」
ラムダがささやいた。饐えた獣臭。
「ああ、コボルトの臭いだな」
それから数分。中腹に至ったところで違和感が見つかった。
「これ、新しくできた獣道だな」
最近踏み分けられた跡が見える。
「この上か」
しぃ。
俺たちは若干戻って、脇に入った。すると聞き分けられない鳴き声をあげながら、前方から何かやってくる。
遠目には2足歩行で地面に付きそうなほど手が長い。
明らかに人間では無い。
体毛が少なく、青黒い肌。1mあまりの体長に、ぎょっろと大きな目、尖った耳と長い鼻。
コボルトだ!
裸足の足音をぺたぺたと立てながら、近づいて来る。
鼻を突く饐えた臭いと生臭い臭い。
三匹で何やら動物の死骸を運んでいる。白いところを見ると山羊だ。
この陽気だ。すでに腐り始めているし、蠅も集っている。
後ろで、ドルスが飛び出そうとしてのを、ラムダが抑えた。先ほどの獣道を上がっていった。
「姉御。何で止めるんですか!?」
「住処の確認が先決。斃すのは後だ。行くぞ!いや、行くのは3人にしておこう」
俺は、小走りに追いかけ始める。
「シグマの言う通りだ。ドルスは付いて来な。おまえ達は、ボク達以外がここに来ても、隠れているんだよ」
俺たち3人は、コボルト達の後を追い、背よりも高い灌木を掻き分けつつ登っていく。すると、やや広けた場所に出た。寸前に手で制して後続を止める。姿勢を低くして、転がっている岩の影に隠れる。そっと頭を出し先を窺う。
洞穴だ。入り口の前で、何事か叫ぶと、中からわらわらと出てくる。コボルト達が、篝火を持っているおかげで、よく見える。
オークだ。人間で言えば相当な偉丈夫の身体に、猪の頭が乗っている。下から生える牙が凶暴さを示し、体毛が透明に近いのか地のピンク色の肌が見える。複数居るが、人間から鹵獲したのだろう、丈があっていない不揃いの胴を付けている。
おおよそオーク6頭、コボルト30匹というところか。
そいつらが何事かしゃべっていると、奥から大きな影が出てきた。オークを二回りほど大きくしたヒグマのような巨体。バランス的には脚が長い。
まるで赤鬼だ。
背や下半身は熊のように毛むくじゃらだが、上前面の毛は薄く、赤黒く堅そうな皮膚が露出している。
キャプションにボスオーガと出た。
なかなかの迫力だが、βでは何度も余裕で屠ってきた対象だ。恐怖は感じない。まあ、正式サービスでパラメータは変わっているかも知れないし、ボスというだけあって、普通のオーガよりは強いかも知れないが、所詮同じ種。さほどの違いはないだろう。
振り返るとドルスが、ぶるぶる震えている。まあそういう反応が普通だな。
オーガは一言二言しゃべると、魔獣全体が呼応して手を上げる。オーガは手を振ると、中に戻っていった。登ってきたコボルトが、獲物を持って後に続く。
後に残ったオークとコボルト達の一部が、こちらにやってくる。ラムダが、ドルスの口を手で塞いだ。ここで決戦かと緊張が走ったが、俺たちに全く気づくことなく、横を通り過ぎていく。
二番目を歩くオークが、鼻をフガフガしていたが、コボルトの体臭に紛れているようで、こちらを見つけるには到らず、後ろのオークに小突かれると、元来た道を下って行った。
「シグマ。これからどうする?」
うっすらかいた汗が、ラムダの顎を流れ落ちる。
「せっかく戦力を分散してくれたんだ。ここは後にして、今行った奴らをやるぞ。どうせ、人里を襲いに行くんだろうしな」
俺たちは、オーク一行を追いかけ始めた。獣道を過ぎて小径に出た。
「姉御」
ドルスの仲間達が脇から出てきた。
「どっちへ行った?」
「左です」
村とは逆だ。
「よし。後はラムダと二人で行く。おまえ達は村へ戻れ」
「そんなあ」
「シグマの言うことを聞け」
「行くぞ。言い争っている暇はない」
俺は、駆け出す。
「シグマ」
ラムダは、しっかり付いてきているようだ。集団の後端が見えた。全部で10匹を超えている。こんな時に、領域魔術が使えれば良いのだが。まだ習得できてない。
ギィーーー。
俺が突き倒した、コボルトは断末魔を上げると、光粒子のエフェクトとなって消えた。 うーむ。クリスダガーを使った突きだが、貫通力が以前に比べて段違いに弱い。まあ覚悟していたが。
俺の脇を、黒い塊が吹き抜ける。
うぉぉぉおらっ。
ラムダは、ハルバートを大きく一閃させると、2匹を屠る。
この攻撃で、集団が一斉に振り返った。
炎弾をイメージして、左手を突き出しつつ、脳内で唱えた。
─ 紅蓮 ─
目の奥が微かスパークした。
昏い。一瞬周りが固まるように営みを止める。
杖の先に無から刹那に火球が生まれ、放たれた。
─ 紅蓮 ─
暗さが明けると杖から2つの火球が迸って飛んでゆく。
投擲の弾並の速度だが、敵は避けもせず命中した。
2匹のコボルトが燃え上る。
初めて黒魔術を使ったわけだが、他者の行使に比べれば、まるで別の行為かと思えるほど、すさまじい発動速度だ。その後の弾着までの速度がイマイチだが。
まあ所詮初級魔術、こんなものか。
そして、鑑査の時にも見えた微かな瞬きが見えた。魔術行使と関係があるのだろう、瞬くと発動しているようだ。
燃えたコボルトの霊切る悲鳴に気が付いたのか、先頭を歩いていたであろうオークが出てきた。
やぁぁぁあっ。
ラムダが袈裟懸けに切り結ぶも、棍棒で受け止められる。
俺の方にも、別のオークが猛然と向かってくる。
─ 紅蓮 ─
この世界の魔術士は、詠唱なしに念じるだけで魔術を発動する。パーティで壁役が居るの状態でも無ければ、長々と詠唱なんかしていたら、その間に攻撃される。
それはともかく。杖の先に火球が生まれ、石を投げる位の勢いで飛んでいった。
しかし。オークは棍棒で魔術火球を防いだ。焔が弾け、胸の辺りで点々と燃え広がったが、火力が足らない。大したダメージとはならなかった。意に介さず突っ込んでくる。棍棒を大上段に振りかぶると、全体重を乗せて振り下ろした。
ぶぉーんと、派手な風切り音がして、俺を砕き地面に穴を作るまで振り抜いた。
そんな大ぶりに当たるかよ。ぶち抜いたのは残像だ。常人を遙かに上回る反射神経とAGTが可能とする瞬間移動。俺はオークの右に出ると、がら空きになった首元に、三連撃をねじ込んだ。
オークは低く唸ると、光粒子となって消えた。
俺の得意技。連撃。
短時間に同じ敵の同じ部位に攻撃を加えると、スキル外剣技として評価され、攻撃数倍を大きく上回るダメージを与えることができる。
それに2連撃の積もりで打ち込んだが、余裕でもう一撃突き込めた。回避と言い連撃と言い、遅延フィルタを外した効果は絶大だ。連撃のモーションに入ってから、魔術発動と同じく、オークとは別の世界…時間が凍るような感覚に襲われる。
だが、俺は肩で息をしていた。VIT値が結構持って行かれている。戦士の時は、こんなことはなかったが、致し方ない。この身体では多用はできないということだ。
「すげーー」
声の先にドルスが居た。帰れと行ったのに。まあ、警告はした。巻き込まれても責任は自分で持つが良い。
ちぃ。
頭が命じても、身体が動かない。
スキル反動の硬直時間だ。
予想以上に長いな。
神経はともかく、骨格や筋肉がついてきていないのだろう。
まずい。
唯一動く首を巡らせると、ラムダがオークに挟まれているではないか。
ようやく硬直が抜ける。
後背から、大斧を振り下ろそうとしているオークに、紅蓮を浴びせて間に割り込む。
「だいぶ手こずっているようだな」
ラムダと背中合わせに、敵と対峙した。
「どうってことないよ。それよりさっきの技は何?シグマは魔術士じゃないのかよ」
「見てたのか」
「うん。後でちゃんと教えてもらうからねっと」
ラムダが逆袈裟に鉾を跳ね上げ、うぉーと吶喊を始める。
俺は、こっちのオークに集中だ。
大斧を正眼に構えてやがる。
うーむ。相手に隙が無いと、連撃は厳しそうだな。しかも、ここで多用すれば、オーガ戦に支障が出かねない。魔術もなあ。紅蓮では大したダメージが与えられん。
どうするか。
背後から切り結ぶ金属音が、五合、六合と響き渡る。
そうか、一発でダメなら手数か。横薙ぎの斧一閃を紙一重で交わす。さすがのオークも体勢を崩した。今だ。
ラムダは、オークの棍棒を跳ね上げ、返す鉾で脳天を砕いた。声もなくオークは、粒子と消えた。よーし。シグマはの方はどうなった。
─ 紅蓮・紅蓮・紅蓮・紅蓮 ─
振り返った視界に炎の筋が迸る。
「えっ」
オークは至近距離で火炎放射を浴び、生きたまま劫火に包まれた。何秒かもがき苦しんだが、不快な断末魔を上げながら、後ろにゆっくり倒れて行く。そのまま光と散った。
コボルト達が、集団の中核を失い、算を乱して潰走していく。
1匹が、元来た道を戻り掛けたが、突然脇から出てきた槍に突き伏せられた。
ドルス達だ。
一段落、だな。
脳内にファンファーレが響き、戦闘が終了した。
チャリと音がして、100ディールと表示される。オークが現金を持っていたようだ。財布の中で銀貨10枚が増えていることだろう。
ダイアログが開く。
《 システムアラート!ただいまの戦闘にて、発動した魔術がスキル外魔術と認定されました。名付けますか? はい/いいえ(予約名【紅蓮四連】) 》
要らん。
《 スキル外魔術、【紅蓮四連】が第一人者不詳で登録されました 》
それにしても、この程度で、新魔術なのか?確かに、連唱を重ねるにしたがって、魔術を継ぐタイミングに留意する必要は感じたが、さほど困難とは感じなかった。効果がそれなりだったとは言え、誰も行使したことがなかったというのは驚きだ。
「姉御、大丈夫ですか」
へたり込んだラムダに、ドルスが駆け寄る。
「平気平気」
クリスダガーを払って、鞘に収める。
魔獣の群れの一角を殲滅したが、心が晴れない。
ラムダに歩み寄る。俺の手を取ってラムダは立ち上がった。
「シグマ。さっきの魔術は何?あんなの、伯爵家のお付き魔術士でも使っているところを見たことないよ」
「そ、そうですぜ。炎が、なんて言うか、そうだ。炎でできた棒でしたよ」
「なんて魔術なの?」
「ああ、紅蓮だ」
「嘘だあ。紅蓮じゃないよ、あれは。紅蓮は、最初跳ね返されてたやつだよ。あんな長い棒みたいじゃなくて、玉になって飛んでいくんだよ」
「いや紅蓮だ。まあ、その話は追々だな」
「えー」
ラムダ達は、魔術については門外漢だ。俺が断言すれば、不承不承ながら納得せざる得ない。
「あのう」
ドルスだ。
「シグマさんのこと、兄貴って呼んで良いですか?」
兄貴?
そりゃあ、この中では俺が年長のようだが。
「いいよ、いいよ。そう呼んじゃいな」
ラムダ。なぜ、お前が認可する。
彼らが喜んでいるので、俺はため息混じりに同意した。
「それにしても。兄貴はすげーよな」
若者達が、口々にすげーすげーと囃す。
ラムダよ、したり顔で頷くな。
「そりゃあ、あの魔術もすげーけど。剣の方もすげー。傭兵上がりのアニトニー先生も真っ青だ」
アントニー?
俺の表情を察したのか。解説が続いた。
「月に一度、自警のために、伯爵家が派遣してくる剣の先生だよ。結構強い」
なかなか奇特なことしてるな伯爵。
「だって、オークもひと突きで倒したもんなあ」
「いや」
俺は首を振った
「うん。シグマの言う通り。ひと突きじゃないよ。あれは連撃だよね」
「ああ」
「2回、いや3回は突いてたよ」
流石に、剣術の方には見る目があるようだ。
「まっさかぁ…えっ…そうなんですかい。兄貴、魔術士なのに」
悪かったなあ。確かに若干後悔してるよ。でも、そのおかげで魔術の方もヒントを掴めた。
「で、これからどうします。魔獣達の洞穴にとって返しますか」
「うーーん。ボクはちょっと」
あの狭そうな穴の中では、ハルバートは思うように振るえないだろうしな。
「今日のところは、村に戻ろう」
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訂正履歴
2015/4/26:タガー→ダガー
2015/8/10:戦闘時のセリフ、呻き声、擬音を更新