表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/122

41話 予感

 俺は気を失っていたらしい。

 我空を意識すると、夕方だ。

 他人を治療しようとして、自分が倒れるとか。とんだ間抜けだ。


 ふと気が付くと、ベッド脇の椅子に、ラムダが腰掛けたまま寝ている。

 窓から差し込む陽が逆光となって彼女を照らしている。頬の産毛がまだ幼さを留めている。心配を掛けっぱなしだな。


 このまま、見続けていたかったが、そうもいかない。


「ラムダ…ラムダ」

 んん…。


「ラムダ!」


 ん?

「あっ。シグマ。気が付いたんだね」

「ああ。こっちの館に来たのか。心配掛けたな」


 意識がはっきりしたのか、顔を背けて口の周りをチェックしている。


「うん。エレさんが、ここに来たいって言うので、アンジーの転移結晶でね。すぐシグマが倒れたって聞いたからさあ…驚いたけれども。疲れて気を失っただけって聞いて安心したんだけど…少し熱はあったし…」

「ごめんな」

「昨日も寝るの遅かったでしょう。何やっているか知らないけれど、謝るくらいなら、夜更かしは控えてよ」


 そう言ったラムダは、顔を俺の顔に近づけた。

 額同士が接触した。


「熱はもう無いね…ちょ、ちょっと…あっ。あん…う、うん…」





「お取り込みのところ恐縮ですが…」


 身を預けていたラムダが、離れる速さは見たこともない程だった。

 壁際に女シーフが立って居る。


「ア、ア、アンジー!」

「キスや抱擁ぐらいで、止める気は無かったのですが、こちらは侯爵様の御館なので。できますれば、それを超える行為は、お二人ともご自重頂きたく」


「もうぅぅ。何時から居たのよ」

「シグマ様が、お目覚めになる寸前位からですが」

「全く悪趣味よぅ。前にもやめてって言ったよね」

「見られて困ることをしなければ良いのです」


 全く悪びれるところがない。

 ラムダは、まだぶつぶつ言っている。


「それで、何かを知らせに来たのでは無いのか?」

「そうでした。あちらの部屋の御曹司も気が付いたようです」


─ 天眼てんげん ─


 ヨーゼフ君の部屋は、ここから2つ隣の部屋だ。部屋を出て、そちらに向かう。

 ノックをすると返事があったので、中に入った


 もう死臭はしなかった。


「シグマ様」

 傍らに座っていた、エレが立ち上がった。侯爵と家宰頭のターガスも立ち上がる。

 俺たち3人が部屋に入ると、侯爵が歩み寄ってきた。


「我が息子を、救って頂き感謝の言葉もない」

 手を取って両手で、力を込めて握手された。後ろでターガスも最敬礼している。

 

 ベッドの脇まで進む。

「魔術士のお兄さん。僕を治してくれたんだね。ありがとう。今とても気分が良いんだ。さっきは食事もたくさん食べられたし。ね!ベルン先生」

「ああ、後はゆっくり養生すれば。また外で遊べるようになる」

「本当?」

「ああ」


─ 修慧しゅえ ─


 もう一度、彼を診る。

「確かに、かなり良くなった。先生や周りの人の言うことを良く聞くんだぞ」

「うん。お友達を連れて来てくれた、姉上もありがとう」

 エレは、とても嬉しそうな顔で、何度も頷いていた。


 食事をと促され、ベルン医師を含め食堂へ通される。

 途中で老メイドとすれ違った。

 席に付くと、開口一番ベルン医師に質問攻めに遭わされた。


 侯爵も苦笑いしつつ、ワインで乾杯したが、攻撃が止むことはなかった。

 まあ、無礼講だと侯爵が言っており、拍車を掛けたのだろう。

 その一環で、普段は食卓を囲むことなどないと、恐縮したターガスも席を連ねている。



「儂も魔法治療では、余人に劣るところではないと思って居たんだかなあ。全く脱帽だ…侯爵様に聞かされたが、原虫とは何だ。寄生虫の類いか」


 そりゃあ、聞きたいよな。立場が逆なら俺も聞きまくる。


「ええ、近い物です。ただ非常に小さく単細胞です」

「単細胞…アメーバのようなものか」


 さすが先生、ご存じかと、脇から聞こえる。


「それで、医師から見て、ヨーゼフ君はどうですか?」

「ああ、さっき彼に言ったことは嘘では無い。原因までは分からなかったが、肝臓が病んでいることは明確だった。しかし、急に呼び出されて来てみれば、すっかり良くなっている。魔法で見える黒い影が無くなっておった。おどろいたのう」


「そうですか、それは良かった」

「ところで、さっき医師から見て、と言ったが、本当に君は医学の心得は無いのか?」

「ええ、普通の魔術士です」


 普通ね…と、アンジェラのいる左横から聞こえてきたが無視だ。


「そうかあ。見ればまだ若い。医師にならないか。少なくとも診断技術や魔法治療は、儂より上だろう。あとは、普通の医術と薬学を学べば良い。なんなら我が家にも娘が居る。どうじゃ」


 なんか、ラムダのいる右横から熱が来たが…。


 ターガスが身を乗り出した。

「ベルン先生。もう酔ってらっしゃるのですか?上の娘さんは、この前嫁入りされたばかり、真ん中の娘さんは確か今年10歳位ではなかったですか?」


「いやあ。儂の妻も9歳年下じゃ、5年もすれば問題ない」


「歳で言えば、私はいかがですか?シグマ様」

「エレクトラ…」

 伯爵が、思わず腰を上げ掛ける。


「ヨーゼフが本復する見込みとなれば、私が婿を娶る必要もなくなったということ。この上強制するとおっしゃられるなら、また修道会に戻ります」


 うーむと唸った。


「侯爵様。私が、ヨーゼフ君を診たいと言った心のどこかに、お嬢様が意に沿わない婚姻をされなくて済まされる道がないかとの考えがありました」

「シグマ様…」

「だからと言って、恐れ多くもお嬢様を我が嫁に欲するということではありません」


 誤解を受ける前に言っておかないとな。

 エレは座ると、にやりと笑った。


「そうか…ベネディクトも、貴族同士の婚姻はあまり良い顔はしない。エレクトラの婚姻の件は白紙に戻す。今後は許す。好きにせよ」


 うーむ。この侯爵。なかなかの人物だな。

 エレが破顔している。余程嫌だったのだろう。

 ベネディクトと言えば、内務卿のブルーム侯爵のことだろう。家格も同じであるし繋がりがあるのだろう。



 ううんとベルン医師が咳払いした。

「さて、ご縁談話は収まったようなので…真面目な話だ。ヨーゼフ殿の症例は全く知られていない。王都で報告すれば、学会が騒然となると思うが」


 そうではあろうが…。

「いえ、あの原虫は魔術で変異させた物です。もう発生することはないはずです。発表の必要は無いかと」


「そうだな。先生。我が家の恥にもなること、他言無用に願いたい」

「そうでした、侯爵様。あの娘がねえ…」


 若いメイドの方が、バルドーに弱みを握られて送り込まれた刺客だったそうだ。俺が気を失っている間に、取り調べは終わっていた。まあ刺客と言っても、渡された水をヨーゼフの飲料水に混ぜることだけだったらしいが。


 その後は、和やかに晩餐が終わった。


────────────────────


 俺たちは馬車に乗って、ルイス子爵の私領に向かっている。サマルードから見て湖畔の町のフェイエ側に大分戻ることになる。馬車で半日の行程だが、徒歩で兵が付いてくるので、遅々として進まない。夕方になったので野営することにした。


 俺は、一人で向かうと最初提案したのだが、ラムダが絶対ダメ!としがみつかれた。次案としてアンジェラが目的地に行ったことがあるので、転移結晶で主張したが、二人に大反対の上、倒れた俺を心配して、休み休み向かおうということで、押し切られた。


 宿泊は、当然のようにコテージだ。

 付いてきた警備兵に見られるのは嫌だったが、仕方ない。


「もう取ってもいいよね」

「ああ」


 ラムダは、仮面を外した。

 今日の朝、出掛けに渡した物だ。

 随行する兵達に、俺たちの正体を見せたくないので、急遽土魔術で作ったのだ。目と鼻を隠す物で、口は露出している。なかなかの造形で悪くない。


「口元だけ、日焼けしてるぞ…」

「嘘、嘘だよねーー」

 と軽い冗談を真に受けて、洗面所に飛んでいった。




 就寝時間となったが、俺にはやることがある。

 実は魔獣島に居る頃から、コテージには手を加えた。

 床に紋章魔法を施して、別室を作ったのだ。地下室をイメージしたが、実際のところその部屋がどこにあるかは分からない。亜空間だからだ。


 ここには、リスィ村の鉱山と王都の館地下室にある物と同じ、ジェットミル装置が設置されているが、今日はもう出番がない。

 

 作業台の上には、青色転移結晶が15個とプリズムのようなガラス塊が並んでいる。

 ラムダに怒られたが、夜鍋して作ってきたのは、これだ。


 さて、準備はできた。

 何をやるかといえば、紫夢幻晶の生成だ。


 紫夢幻晶は、大気中の魔素を逆エントロピー変換で、魔力を作り出して供給できる物体だ。要するに劣化のない大容量魔力バッテリーと言える。しかも勝手に魔力充填する。


 製法は、大雑把に言えば青色転移結晶4つの融合だ。

 その融合時点で玄天魔術が必要となる。しかも、それを俺は会得していない。

 カーラさんと約束した、玄天魔法の魔水晶は作らないことを遵守しつつ、紫夢幻晶を生成するにはどうすれば良いか。


 魔水晶は、どういう役割を持つか。

 網膜に神聖文字列を映すことだ。

 それが紋章に変換されて、魔術が会得されるのだが、魔水晶の役割はその前段階だ。


 別手段でできれば良いのか?

 光魔術を使えばと言う発想は、すぐに湧く。

 独自魔法で組み立てて見た。

 神聖文字22種類を光の鏡像刻印に変える魔術モジュール群と文字列から各モジュールをコールするマクロ魔術。

 そして、暗号化するチェックコードである挙句を生成するモジュール。そのアルゴリズムは、原典の知にあった。

 計30以上のオリジナル魔術からなる、光刻印魔術。


 やるぞ。


─ 光創ひかりあれ ─


 右手の先から光が放たれた。それがガラスの塊で反射され網膜に像を結んだ。


────────────────────


 コテージの自室に戻ると、ラムダが居た。


 沈黙。

 互いを見つめ合ったのは何秒だったか。

 何の表情も浮かべていない。


「どこへ行ってたの?」

「済まない」


「謝らなくて良いわ。シグマは何時だって正しいもの」

「そんなことはない…行っていたのは、亜空間にある作業部屋だ」

「そう…」


 また静かになった。


「ねえ。明日引き返さない?」

「なんだって?」

「さっき夢を見たの。どんな夢は良く憶えていないけど。シグマとボクと、それから…。とても嫌な予感がするの。だから、明日行くの止めない?」


 どうした。

 あんなに快活なラムダが、別人のようだ。


「侯爵と約束したんだ」

「そう。もう決めたんだね」




「ドミトリー伯爵領に戻ってから話すつもりだったことを、今言っても良いか?」

「いいわ」


 何だか様子が変だが、受け答えはまともだ。


「………」

「どうしたの?話したくないなら、またでも良いよ」


「…いや。他ならぬ、ラムダ。おまえのことだ」

「ボク?」

 俺を真正面から見つめる。


「ラムダ。おまえと俺は幼馴染みじゃない」

「何?」

 …

「嘘、嘘だよね。意味がわからないよ」

 流石に、取り乱している。


「ならば聞くが。俺がリスィ村に戻る前のことを憶えているか?」

「もちろんだよ」

「俺たちが初めて会ったのは?」

「シグマが、ドミトリー城下の寄宿舎学校に来たとき。ボクが8歳の頃だよ。シグマが寂しそうにしてたから、学校の裏庭で声を掛けたよね」


 えーと。8年前か。ちょっと異常なまでに克明な記憶だ。


「初等科の生徒は7人しか居なかったからさ。入学式で偉そうにしてるヤツが居るって思ってたんだけど」


 無論、俺は体験していない。


「わかった。ラムダに記憶があることはわかった。だけど、その時の俺は、今の俺じゃない。途中で俺が、入れ替わったんだ」


 ラムダが、大きく目を見開く。

「何言ってるかよく分からないよ。この顔も。しゃべり方も、大人みたいな考え方も。初めて会ったときから変わってないよ。どうしたの?昨日倒れたときに頭を打った?」


 うーーむ。周到に矛盾がないように組み立てられている。

「いや。俺は別の世界に居たんだ。由良史久真と言う日本人で…」

「ちょ、ちょっと。ユラと言うのは思い出した真名?」

 にわかに慌てだした。


「そうだが、いや違うか…」

 微妙に違うが、そんなことはどうでも良い。

 本題を言おう。


「言いたいことは、俺とお前は、幼馴染みじゃない。だから、俺を好きと思っているかも知れないが、それは誰かに植え付けられた記憶だ。だから…」


 ラムダに抱きつかれた。

「シグマの言う通りかも知れない。もし、そうだったとしても、この思い出はボクの物だよ。誰かがくれたっていうなら、感謝するよ。でも、もうボクの物。誰にもあげない」


 腕に力が籠もった。


「ずっと一緒に居て良いよね?」

「それは…」

「じゃあ、なんでボクにキスしたの?」

皆様のご感想をお寄せ下さい。

ご評価も頂けると、とても嬉しいです。

誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ