幕間 尋問
──エレクトラ視点
父上とシグマ様達が連れ立って、弟ヨーゼフが静養しているセリムの別荘に向かってから、2時間が経った。昼食を摂ったがいらいらが止まらない。
「エレクトラ様」
「サラ、なんです?」
切れ長の目が少し困った色を漂わせている。
「少しは落ち着きなさいませ」
「うう。ですが、落ち着いて居らませぬ」
馬車は父上達一行と、主治医のベルン殿を迎えるため出払い、我々は我が家に留守番となってしまっていた。
それにしても、我ながら現金なものだとは思う。
ここ数年、ヨーゼフが意識に浮かんだのは数えるほどだ。最近、還俗しろと言われて、その理由がヨーゼフの病臥と聞かされて気になり始めたが。
弟とは言え、腹違いだということもあるが、一緒に暮らしたこともなければ、年に数度会うだけでは、情の移りようもない。
だが、その弟をシグマ様が診るとなると、心が粟立つのを抑えられない。
「シグマ殿は医師ではないですよね」
つい、何度も訊いたことを口にしてしまう。
「ですから、そのようにラムダ殿も申されているではありませんか」
「ならば、なぜ。弟を診たいなどと、シグマ様は申されたのか?」
自重せねばならないと思いつつ、きつい視線をラムダさんに向けてしまう。
それに気が付いたのか、凛々しいくも美しい唇が開いた。
「シグマは普段口数が少なくてさ、いっつも何をしたいか、よく分からないんだけど…」
何?
「…ボクは信じてる。シグマは正しい…っていうか、無駄なことはしないってね」
ふむ。恋は盲目というが。この娘は、かなりぞっこんのようだ…。
「私も、そう信じたいところなのですが」
「エレ様」
ん?
「なんでしょう。アンジェラさん」
「確認ですが。我々が、ここに居るのは、単純に使える馬車が無いからですよね…」
頷く。
「…そして、弟君がいらっしゃる別荘には、以前行かれたことがあるのですね?」
「その通りですが」
何が言いたいのか、この者は。
「私。シグマ様から、このような物を預かっております」
彼女が突き出した手の上には、黄色い石が有った。
「転移結晶!」
「これを使ってはいかがでしょうか?」
────────────────────
ふう。少し魔力を使ったが、無事セリムの別荘前に転移できた。
黄色転移結晶をなど高価な物を、しかも連れに持たせているのか?
そのような、疑問が浮かぶが、今はそれよりやりたいことがある。
驚く警備の兵を手で制し、玄関から入って廊下を早足で東南の部屋に向かう。
向こうから小走りで誰か来た。
「ターガス殿、そのように血相変えて、いかがした」
「若様のお部屋で、シグマ殿が気を失われて…」
「なんと」
「部屋は?」
ラムダさんは金切り声になっている。
「突き当たりにございます、ああベルン先生が診ております」
ドレス姿の4人が、小走りに扉に取りつき、中に入る。
「ああ、あのシグマは?」
「大丈夫。ただ魔力が底を着いて、気を失っただけじゃ」
ふうぅ。
「もう。すぐ無茶するんだからぁ」
ラムダさんの声が落ちる。
「さて、娘さん達。手伝ってくれ、この恩人殿を別の部屋に運ぼうと思うが」
恩人?それに父の満面の笑みに、疑問を感じた。
ラムダさんが、すうと前に出ると、シグマ様の脇に肩を入れた。
えっと思う間もなく、軽々と持ち上げた。
目を丸くした父上に案内されて、そのまま部屋を出て行った。
「いやあ。あの娘、可愛い顔をして、すごい怪力じゃなあ。今日は2度びっくりじゃ」
「そうですね。あっ。それより弟は、弟はどうなんでしょう?」
「それがなあ」
「はっ、はい」
「儂も信じられないことじゃが、良くなっておる」
「はっ?」
「あの若者が気が付けば、何をやったか、つぶさに訊いてみるつもりじゃが。少なくともヨーゼフ殿はすぐ亡くなることはない」
「やっ×××ーーーっ」
何を言っているか理解するまで数秒。そして、思わず叫ぼうとしたところ、ベルン医師に口を塞がれた。
「病人が寝て居るのでの。済まんが、喜ぶのは廊下で頼む」
口を押されられたまま、2度頷いた。
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「では、その原虫というものを、ヨーゼフは盛られたということですか?」
父上が頷いた。
「それを、シグマ様が駆逐されたと」
「今でも信じられませんが…」
「その原虫自体も、我々は知らなかった訳だからな」
「まさにメシア様のお導きに違い有りません」
そう言いつつ、改めて考えると、あのシグマと言う男は本当に途方も無い。
只、強いだけなら何人も見てきたし、学者も教団に何人も居た。
その上、私を身体を張って助けてくれた、あの姿は…。
うーー。年下なのに気になるわ。まあ、年下と言っても、同い年みたいなものだし…だからなんなの?
「それにしても、あのメイド達のいずれが、若様にその原虫を…」
「えっ?ターガス殿。もう犯人が分かっていると申されるか」
「ええ、シグマ殿が若様付のメイドのいずれかと申されまして」
「ほう。その者達は?」
「シグマ殿に眠らされましたので、別室に縛ってあります。そろそろ気が付いて居るやも知れませぬ」
眠らせた…
私の使う魔術にも同様のものがあるが。
……やめよう。シグマ様に常識を当て嵌めても詮無いようだ。
「尋問はまだということですか。では、私に任せて頂きましょう」
私は立ち上がった。
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別室に移動したところ、縛って寝かされているメイド達は、既に目を覚ましていた。
猿ぐつわを填められて、うーうー唸っている。
「さて、お前達。なぜ縛られているか分かりますか?」
年配の方はすぐ首を振ったが、年若と言っても私よりは歳上だが、その者はぐっと詰まったあと、気が付いたように首を振った」
はあぁ。もう判ってしまった。詰まらぬ。
「サラ。この者は犯人ではありません。そなた済まなかったな。別室に連れて行ってくれ」
サラは年配のメイドの縄を解くと、こちらに何度も礼を言いながら出て行った。
一緒くたに犯人扱いしたのだからシグマ様が悪いのであって、私は礼を言われることはしていないが。
「さて、お前が我が弟を害したことは判りました。王国の法に拠れば主筋を弑せば、一族もろともに死罪の場合もありますが…」
完全に戦いている。それならば最初からやらねば良いのだ。
「それで、誰に頼まれたのですか?」
何度も首を振る
「言わぬ積もりですか?申せば、命だけは助けてやらぬことも無い」
しかし、首を振るだけで答える気は無いようだ。
─ 山梔子香漂 ─
甘い香りを、若いメイドは吸い込んだようだ。
猿ぐつわを外してやる。
数分後。涙を浮かべていた目がとろんとなり、口が半開きとなった。
風属性の自白強要魔術。
「誰に頼まれたか申せ」
「……わ、わかりません」
「なんじゃと?」
「…黒い姿の男に…水筒を渡され…それを若様に飲ませました…」
ふむ。
「その黒い男とは誰のことじゃ」
「……知りません。町に行った時、いつの間にか、その男に身を任せており、言うことを聞かねばならないと…」
卑怯な。
「その者の顔は見たのか?背丈は?」
「…顔は、顔は…判りませぬ。背はかなりございました…ごふごふ…」
魔術士だな。背丈も…バルドーに違いあるまい。
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