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40話 代償行為

 侯爵に出した交換条件を果たしてもらいに、侯爵領府を出て郊外にやってきた。

 峰々の裾野に広がる丘陵を登る緩やかな路を走る。針葉樹の木立に包まれた清々しい空気が、キャビンにも入ってきた。

 着いた先は、ちょっとした城だ。石造りの館は小綺麗で、お伽噺に出てくるようだ。


 大理石の廊下を歩き、南向きの角部屋の前に辿り着いた。


 死臭──

 このところ、自分でも感受性が上がっていることに驚かされることがある。

 扉の隙間から漏れ来る何か。

 俺がガキの頃、時々嗅いだ──そこを忌避させる匂い。


 侯爵は立ち止まり、眉間に指を当て、難しい顔を自らの意思で和らげた。

 彼が頷くと、遂行の者が扉を開ける。

 

「ターガス…それに父上…」

 10歳前後の少年が、ベッドの上で起き上がろうとした。

「おお、ヨーゼフ。元気そうだな。ああ、父が来たからと言って起きなくとも良いぞ」

 侯爵が歩み寄る。廃嫡を考えては居ても親子だ。


「はあ…済みませぬ。父上…」

 ごほごほ…

 美少年だな。心なしかエレと似てる。腹違いながら姉弟だな。

 それにしても、顔だけでなく白目まで黄色い。黄疸か。

 一目でこの子は長くないと思えた。

 

「…そちらの方は」

「よろしいですか?」


 侯爵が頷くの見て、俺が少年の前に出る。

「あなたの姉君の友人で、シグマと申します。お見知りおき下さい」


「エレクトラ姉様の…。姉上は、お元気でしょうか。随分お会いしておりませんので…お会いしたいなあ」


「お元気でしたよ。失礼」

 彼の額に手を当てる。


 我空がくうを意識すると、ヨーゼフの情報が流れ込んでくる。

 我空は自らを診る感知魔術だが、直に接触していれば、他人のことも同じように分かるようになった。


 なんだこの違和感。

 多臓器不全…特に肝臓がやばい状態になっているのは分かる。しかし、身体中になんだか、魔力的な存在感がある。


 病原体?細菌?ウイルス?

 この間得た知識ベース、原典の知に反応している。

 いずれにしても、血の中に何か潜んでいる。


「恐れ入りますが、この館にある最も強い酒、できれば蒸留酒をもってきて貰えませんか?」

「酒房にスピリッツが会ったはずだ、持ってくるのだ」


 はいっと返事をした年配のメイドが、部屋を出て行く。


─ 青木香せいもっこう ─


 そちらに注意を向けておいて、風属性催眠魔術を行使。


「父上。済みません。僕、何だかとてもね・む・く…」


「ふむ、随分汗を掻いているね。メイドさん。何か拭くものを」

「わかりました。取って参ります…」


 若いメイドも部屋を出て行った。


「上手く人払いしたものだな。貴公…」

「ターガス殿。ばれましたか。このグラスを拝借します。」


「ああ。で、若様に何をするつもりだ」

 それを聞いた侯爵が色めき立つ。


「まずは検査をします。腕に傷を付け、血をほんの少し採取します」


「それを、若様に刃を向けるのか」

「ええ。採血したら、跡の残らぬように魔術で治療しますので、ご心配なく。ああ。後、メイドが戻ってきますが、俺が眠らせます」


「なんだと?」

「しぃ」


 こんこんとノックされ、若いメイドが戻ってきた。

 真新しい、手ぬぐいを持ってきている。


─ 青木香 ─


 若いメイドが倒れそうになって俺が支える。


「なぜ眠らせた?」

「理由は後で説明します。手を貸して下さい。彼女を隣の部屋へ」


 何事もなかったように、メイドが移動された。


「お酒をお持ちしました」

「そちらのテーブルへ」


 はいと返事をして、示したところに瓶を置いた。

 それを見計らって、同じように眠らせた。


「では、説明して貰おうか」

「2人のメイドは、ヨーゼフ君を害した容疑者です」


「馬鹿な」

「それより、まずは検査をさせてほしい」


 スピリッツの瓶を持ち蓋を開ける。匂いだけで強い蒸留酒であることが分かる。

 手ぬぐいを酒で濡らし、少年の肩の皮膚を清拭する。

 さらに、懐からクリス・ダガーを取り出し、そちらも拭いておく。


 刃を肩に当て、すうっと引く。

 みるみる血が滲んでくる。

 血液を数CC採取した。


─ 竜涎りゅうぜん ─

 宣言通り、治療する。まあ過剰だがな。


「この通り、血液が採取できました。これから分析を致しますので、しばらく声を立てないで頂きたい」


 2人が頷くのをみて、ガラス板の上に一滴落とす。


─ 肉眼にくげん ─

─ 修慧しゅえ ─


 電子顕微鏡に匹敵する程の、微小事象を感知する魔術と鑑定魔術を行使して、血液を見ていく。医者でもないのに、原典の知のお蔭か、見ているものが分かる。


 原虫──

 黒頭病──

 変異──


 次々と脳裏に知識が浮かび上がってくる。

 原虫…単細胞生物で細胞核を持つ真核生物。不明な単語を意識すればその意味も浮かんでくる。

 すごく便利ではあるのだが、これは全て俺の記憶から出ているのか、外部に依存しているのかまではわからない。それはとても気になることだが、今は別の課題の方が重要だ。


 黒頭病は本来、七面鳥や鶏のような家禽の病気だが、魔術で人に感染するように変異させたのか。

 血液中に原虫が潜むが、対象の臓器は、オリジナルと同じく肝臓周りで間違いない。黄疸が出ているのはその所為だろう。

 変異に使った魔術の系統は…水かあ。


 ならば、対抗すべき魔術は火属性だな。

 肝臓の温度…一般に41℃程度か。

 だが、小さい火、火力の小さい火が必要だ。

 火属性ではないのかも知れんが。


─ 燐火 ─


 ガラス板の下、5cm程に小さい炎を翳す。

 肉眼で超拡大しながら、修慧で温度をモニタしつつ、わずかな血液を暖めていく。

 27℃、30℃… 41℃、43℃、44.5℃、45℃──


 45℃で原虫が死滅した。

 燐火を解除。


 ふう。50℃で殺せなければ、あきらめざるを得なかったが…。45℃か。賭けてみるか。

 しかし、人体をどうやって暖める。


 先ほどのように火で炙るのは論外だ。

 湯に浸ける──

 ダメだ、恒常性ホメオスタシスが体温上昇を邪魔をする上に、芯まで温まるまでに時間が掛かり過ぎて体が持たない。静脈血を暖める…のも同じか。


 原虫を生き残らせぬよう身体全体を、できるだけ短時間で、できるだけ均等に、45℃に加熱…。


 そんなことが…できるのか?医師でもない俺に。

 だが、この少年を救えるのは、俺だけ──


 ふっ。俺は自分の右の口角がつり上がるのが抑えられない。

 そう言う性分なのだ。

 困難に直面した時ほど嗤え。

 笑えば出ない発想も湧き出て来るものだ。


 原点に還れ!

 まずは、これを人間と考えるな。肉だ!タンパク質だ!

 ふむ…そうか、あれなら──


「急に笑い出しおって、如何したというのだ」


 ターガスの声で、我に返る。

「失礼。ヨーゼフ君が何に蝕まれているか、わかっただけです」


「それはまことか」

「大変恐縮ですが、お二人ともこちらに腰掛けて下さい」


 侯爵と家宰頭を並んでソファに座らせる。

「今から、あなた方の額に触り、先程私が視た極微の光景をお見せします」


 我空を強く意識することで、映像を二人に送り込んで、見せることに成功した。




「そなたが言うように、あれが原虫だったとして。後の方で、止まったのはなぜか?」

「血に熱を加えました。それで原虫を駆逐可能です」

「指から出した火のことか」

「そうです」


「見せたのは、まやかしではないのか?このような魔術は聞いたことがない」

「ターガス。気持ちが分からぬ訳ではないが、ペリドット殿がそのように手の込んだことをする必要が、どこにあるのか?」


 言われた家臣はぐっと詰まる。


「ペリドット殿。ターガスはヨーゼフの傅役もりやくでな。最近のことで儂以上に心を痛め、名医と誉れ高い医師を、何人もな、王都からも呼び寄せて診せたのだ」

「…今、御館様が仰られた通りだ。しかし、招いた方々は、皆、手に負えぬと申されてな。原因が分かったとてどうなる。貴公は医師ではあるまい」


「複数の医師に…その方々は、ヨーゼフ君を暖めましたか?」

「暖め…そのようなことはされていない。回復魔術は何度か使われたが、全て一時的にしか…良くはならなかった」


「そうですか。対症療法では本格的な快復は見込めないのは彼らが言う通りでしょう。医師にはできなかったことを魔術士としてやってみましょう」


 侯爵は俺の方を向くと、

「わかった。そなたに任せよう」


「御館様!」


「そろそろ腹を括れ!ターガス。ただ、ペリドット殿にひとつ聞きたいことがある。なぜ我が息子を助けようとしてくれるのか?」


「まずは、襲撃犯のバルドーが仕官したのが、一年程前。ヨーゼフ君が発病したのも、そのくらいの時期と言うのが気になりまして」


「つまり、ヨーゼフが病に陥ったのは、バルドーによって引き起こされたと申すのか?」

「ええ。この病気は鶏などが罹る種で、彼が罹ったのには魔術士の関与があります。彼を治さねば、バルドーの野望を阻止したことにはなりません」


 そう言い切ると、少年を残して別室に退避させた。


──それだけか


 声なき声が、頭蓋内を反響する。


──違うだろう  

──お前は少年と自分を重ね 話すのを厭い 眠らせたろう

──自らを救えぬから よく似た少年を助けたいのだろう


 代償行為の何が悪いのか!

 開き直ったのが良かったのか、不気味な声は聞こえなくなった。


 虚空庫から魔水晶を2つ取り出した。


─ 篆刻×2 ─


 火属性中級魔術・無常波を刻印。残った一つで会得した。


─ 天眼てんげん ─

─ 修慧しゅえ ─

─ 八龍はちりょう ─


 感知、鑑定魔術を発動。障壁魔法をヨーゼフ君に付加し、自分にも行使する。

 準備完了だ。


 集中──

 視野が狭窄し、くらくなる。ガフの間に入った。


─ 無常波 ─


 発振周波数を2.45GHzに──

 湧出点を5箇所、頭頂、胸回り3、足下に配置──

 電界強度、温度モニタリング開始──


 加熱開始…


 周りが明るくなる。

 天眼で見る電界分布は、体表面でほぼ一定になっている。八龍で遮蔽することで、吸収されないマイクロ波を反射させているのが奏功している。

 思ったより温度上昇が早いぞ。

 44℃、44.5、44.8、45…そのままキープ……カットだ。


 手が…。反動が大きく手が痺れた。急に切断したからだな。

 それで、どうだ…。


 ヨーゼフの手を握り、我空を意識──

 原虫の反応はない…。


 よし!!


─ 零陵れいりょう ─


 マイクロ波は、特に眼球と脳に悪い。

 重点的に作用させる。

 後は肝臓と胆嚢と…。


 意識が──


皆様のご感想をお寄せ下さい。

ご評価も頂けると、とても嬉しいです。

誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。


用語解説

・代償行為

本来やりたい行為ができない場合、別のことで欲求を満たそうとして実施する行為のこと。


訂正履歴

2015/11/28 三点リーダ訂正

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