39話 本土へ
魔獣島生活5日目。
気が付くと朝だった。
取りあえず気分は悪くない。以前の、普通の目覚めだ。
普通とはなんと幸せなことか。
俺は、カーラさんに胸を触られてすぐに気を失ったので、その後のことは憶えていない。が、胸の痣ができた頃の状態に戻っているということは、彼女が対向呪を強化したに違いない。
「おはよう、シグマ」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
今朝は、アンジェラもコテージに居る。
だが、カーラさんは居ない。感知魔術の慧眼にも感はない。
「シグマ、身体は…どう?」
「ああ、大丈夫だ」
「そ、そう…なら、いいけど。ボク達は、仲間だよね。具合が悪いなら言って欲しいんだ。シグマが男で、ボクは…女だけど…その…」
「悪かった」
「えっ?」
「ドミトリー城下に戻ったら、折り入って話したいことがある」
「はっ、はい?」
ラムダの顔が、みるみる赤くなった。
ん?なんか盛大に勘違いしてないか?
「お嬢様。どうやら、愛の告白ではなさそうですよ!?」
「えっ、えっ?そ、そっそんなこと、最初から思ってないよ。思ってない」
そうか、それは良かった。
半笑いのアンジェラが身を乗り出してくる。
「それで、シグマ様。魔獣島での目的は全て達しましたよね」
「ああ」
「では」
「食事を済ましたら、転移結晶で本土へ戻ろう」
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黄色い転移結晶を使って転移した。
規模が大きい城塞を見て、ラムダがこちらを振り返る。
「あれ?ここってフェイエの町じゃない!」
「はあ。ルイード侯爵領府サマルードですね」
ラムダは、こちらを見た。
「まあ良いけどさあ」
そう言いつつも、むっとしているのがわかる。
ともあれ入域の関所の待ち行列に並ぶ。出る方は大勢だが、朝だからだろう、入域の待ち人は少ない。すぐ俺たちの検査の番になった。
官吏に促されて、黒貂のローブの下から、石札の身分証を差し出す。
「シグマ・ペリドット士爵殿…少々お待ち下さい」
そう、宣告すると奥へ引っ込んでしまった。
後ろに並んだ人たちがぶつぶつ言い始めたが、知ったことではない。
官吏は数分で戻ってきた。
「えーと。士爵様とそのお連れ様、計3名ですね。あちらのテントでお待ち頂きたく」
列から隔離され、大きなテントに入って待つこと数分。
ざっざっざと足音が聞こえる。
どう聞いても、兵隊だ。しかも、歓迎とは思えない。
慧眼に拠れば20人くらい近付いて来ている。
アンジェラが色めき立つのを、手で制する。
「出ろ!」
乱暴な声が掛かった。
俺達は顔を見合わせた。
「とりあえず。様子を見よう、手を出すな」
テントを出てみると、完全武装の1個中隊規模に囲まれていた。手にした長槍をこちらに突きつけられた。
門の周りの通行人は遠巻にこちらを窺っている。
「これは、どういうことだ」
「やかましい。引っ立てろ!」
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極めて無骨な部屋に引き立てられた。
3人とも木製の手枷を填められ、俺にはさらに、上半身を縄で何重にも戒められている。
ローブは剥がされた。捨てるなよ。結構気に入っているんだ。
大柄の熊に似た厳つい男が、俺たちの前に仁王立ちした。
「俺は北門警備隊長のジェイクだ。ははは。新任早々手柄となった。ペリドット士爵とその一味。おまえ等はどんな罪を犯した。言って見ろ!」
脳まで筋肉。略して脳筋。
まさしくそういうヤツが出てきた。
「ひとつ聞くが。この門では容疑を知らぬ者を捕縛するのが流儀なのか?」
俺の前に来る。
「黙れ若造。逃がさぬようにせよとお達しだ、それで十分だ」
逃がさぬようにせよと捕縛せよは違う気がするが…。まあ、その言に嘘がなければ、誰かが我々を引き取りに来るのだろう。
ジェイクが、ラムダ達の元に歩む。
「それにしても、女2人は随分美人じゃないか」
「隊長殿、こちらはドミトリー伯爵家家宰のご令嬢だ。狼藉が有れば只では済まぬぞ」
アンジェラと、警備隊長が睨み合う。
「ふん、きつい女は嫌いじゃないが。お前は別だ」
ゴンゴンと重いノックがあって壮年の男が、部屋に入ってきた。
隻眼。顔に刀傷が刻まれた貫禄のある男だ。
ジェイクが踵を合わせて、気を付けの体勢をとる。
「隊長、これは?」
一つの目で、ギロッと睨む。
「警備司令殿。手配のありました、一味を引っ捕らえました」
上官のようだな。
「外せ」
「はあ?しかし、この者は」
「外せと言うのが聞こえないのか!」
「失礼する」
女の声だ。
司令と呼ばれた男の後ろだ。
颯爽とした細身の女剣士。
「鬼夜叉サラ…」
警備隊長ジェイクが呟いた。
そう、フェイエの街で別れたサラだ。
「これは、どういうことだ。ダゴン殿。なぜ、シグマ殿達が囚われているのか」
キッとした視線を司令に向ける。
しかし、男はどこ吹く風と受け流す。
「さあてな。小官も驚いた。逃さぬようにお引き留めせよと命じたはずだが」
がたっと音がすると、アンジェラがラムダの手枷を外して床に落としていた。無論自らのも外してある。
「シグマ殿の戒めも外して差し上げろ」
─ 青嵐斬 ─
カマイタチ魔術を行使して、俺を縛る縄と手枷をズタズタに切り裂いた。
「ほう、これは…命拾いしたな、ジェイク。シグマ殿にその気があれば、お前は…いや北門警備隊は、その縄のようになって居ただろうよ。警備隊長を続けたければ、指令をしっかり聞くことだな」
ジェイクは直立不動で敬礼した。
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同行したくはなかったが、都市の門に手を回すくらいだ。断れば今回以上の厄介が回ってくる。そう考え、迎えの馬車に乗った。
真面目な顔で謝罪されたが、まあちょっとした行き違いだと赦した。
「で、ボク達はどこに行くわけ?」
久々にラムダの声を聞いたな。
ああ、あのムキムキ警備隊長と口を利くのも、いやだったと言うところか。
「お嬢様の館に向かいます。ラムダ殿」
「侯爵様のでは無くて?」
「そちらが良かったですか?」
「いや助かるよ、ボクは堅苦しいのは好きじゃないんだ」
サラがもじもじとする。
「それなんですが。恩人の皆様に申し上げるのは心苦しいのですが、こちらの領内では、主エレクトラに対しまして、そのう…」
「分かった。礼を尽くすとしよう」
「シグマ殿。助かります」
程なく、俺たちはとある邸宅に着いた。
物々しい警備兵が、門の他、何人も歩哨に立っている。
そこを通り抜け、玄関に馬車が横付けされる。
「へえ、これはまた」
侯爵家の建物としては、こぢんまりしてる。王都にある俺の屋敷くらいだし、よく手入れはされているものの、素朴というか質素だ。
「こちらは、お嬢様の母方のご実家。元は子爵家のお館です。ただ、今では残念ながらこちらの住人はお嬢様だけでございますが」
ふむ。確かに母親は、エレを産んですぐ亡くなったと言っていたな。
玄関の扉が開き、中から若い娘が出てきた。エレのもう1人の従者セリーヌだ。
「シグマ…こんにちは、また…会えて…嬉しい。お嬢様達がお待ちなの」
達?
いやな予感が倍増した。ここに来たのは間違いだったか…。
玄関に入ると、ホールがある。
「シグマ…は…ここで…少し待っていて」
セリーヌが少し、顔を赤らめつつ、壁脇のベンチを指し示した。
そして、ラムダとアンジェラをどこかに伴っていく。
10分後。
「着替えたのか…」
「うん」
2人とも、裾が広がった薄手のローブだが、ラムダの方が青く派手だ。アンジェラは濃い紺色で落ち着いて見える。
「このドレス。エレさんのだって」
なぜ着替えたのかは、言うまでもないだろう
そして、応接間と思しき部屋に通される。
中央のソファに座っている2人は──。
「初めて御意を得ます。ルイード卿。シグマ・ペリドットです」
片膝を床に落とし、礼の姿勢を取る。
ラムダは達も優雅に両手でスカートの裾を摘み挨拶をした。
「エレクトラの父だ」
ふと違う人物?を思い浮かべたが、必死に表情を引き締める。
家族だけのくつろぎの場であったのだろう、ベストを脱ぎ、生成りのチュニックっと7分丈のズボンに、ホーズと呼ばれる白い靴下の姿。
上級の貴族の姿だ。
ほう。良く見れば、ぴんと張ったカイゼルヒゲが印象的な壮年男性。エレに良く似て、ハンサムだ。
「シグマ様。お久しぶりです」
「はっ」
純白のローブで、襟ぐりが大きく、キュっとウエストを絞って、ただでさえ大きい胸元を強調している。
エレにも挨拶を受け、頭を下げた後、再び立ち上がる。
「そちらに座られよ」
促されて腰掛けると、ルイード侯爵、エレ、そして壁際に1人男が立って居る。
俺の右横にラムダが座った。
「こたびは、我が娘の命を救ってくれたとのこと。礼を申す」
「はっ。お言葉痛み入ります」
軽く会釈する。
エレの顔を見ると、何とも微妙な面持ちを湛えている。
後ろに居た謹厳実直そうな男が進み出た。
「私は、ルイード家家宰頭のターガスだ。そなたが、お嬢様襲撃の犯人を、ルイス子爵様麾下のバルドーと突き止めてくれた件も、礼を言う。まあ、我らもそれを聞いて、まず最初に疑ったからな」
「ああ、1年程前にどのようにしてか知らぬが、弟の家に取り入ってより、古くからの家臣が暇を出されておったからな」
ターガスも頷く。
…一年程前?
「それはともかく。そなた達の腕を見込んで頼みがある」
来た。
「この程、ルイス子爵様を、このサマルードにお呼びしたのだがな。拒否した上、自らの館に立て籠もられてな…」
「まさかとは思うが、我々にその一党を始末しろとでも?」
話が見えてきたので、機先を制する。
図星だったと見えて、ターガスはむっとした表情した。
「無論、ルイード家の私兵で一蹴できる勢力ではあるが、一族で相争っては、公儀の覚えが目出度くない」
要するに、公儀、王国政府に内乱扱いされて、喧嘩両成敗となりかねないというわけだだ。それは、十分理解できるが、わざわざ部外者の俺に頼むのはどうなんだ。
「今、申されたことは、そちらの都合であり、何ら我らの関知するところではない」
「断ると申すか。元はと言えば、お嬢様が襲われた時にバルドーを捕らえるなり、始末しておけば、このような仕儀にはならかったのだぞ。その責をどう心得るか」
「ターガス殿!」
エレは眦に怒りを込めて家臣を呼ぶ。
「お嬢様のお言葉とは申せ…」
「ターガス!」
はっ。
侯爵の一喝で、家宰頭は3歩下がった。
「家臣の申し様は、無礼であった。謝罪しよう。しかし、曲げて頼みたい」
ふむ。
「…それでは、御意に沿うとしましょう。ただし、条件があります」
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