38話 魔獣島(10) 力皇の加護
いつも冷静な、アンジェラが声を荒げた。
「ヘカトンケイルと言えば、巨神種ではありませんか。我々が太刀打ちできるはずなど…」
「ああ、劣化してる」
「は?」
「巨神が唯々諾々と化身に納まっていると思うか?」
やや腑に落ちた顔だ。
「なるほど」
ヘカトンケイルを言うなら、サイクロプスも神話由来で神と言えなくもない。まあ、今ではモンスター扱いのゲームの方が多いが。
「疑似的に作り出された物だ。いくらメガエラ…」
おっと。
「メガエラ?」
「ああ、名高い賢者メガエラ王女でも本物には敵わない。つまり、そんな強敵が化身になる訳ない」
ごまかせたか?いくら伝説の賢者メガエラでも、化身などにできるはずがないと言い掛けたが。それを言っては、アンジェラに何でそんなことを言えるのかと尋問に遭うだろう。
「そうですよね。少し安心しました。それにしても、神名を冠するだけあって強いのですよね?」
「その通りだ、まともに力勝負すれば、圧倒的に不利だ。俺に策がある」
広場に出た俺たちは、第一の化身サイクロプスに向き合った。が、昨日と同じくビーム魔術・煌芒閃一撃で葬った。
「油断するな、現れるぞ」
地響きと共に、大地が揺れ、地中から土埃を立てながら、化身がせり上がってくる。
そのまま、空中に浮かんだ。
多宝如来か!
そうツッコミを入れたくなったが、それどころでは無くなった。
化身の姿がはっきり見えない中で、大きな岩が幾つも射出されてこちらへ飛んで来たからだ。
無論、俺は造作もなく避けることできるが、ラムダはややパニック気味に右往左往している。危ないな。
─ 青嵐斬×2-
風系魔術で、切り刻んでやる。
「ありがとう、シグマ」
手で前を向けと指し示す。
ズゥウーン。
土埃が晴れてきた。
ヘカトンケイル。
伝説では、五十面百臂。
つまり頭部が50あって腕が100本有る巨人とのことだが。この化身は、頭は4つ、腕は6本しかない。個数の少ないのが劣化では無いだろうが。
それでも体長は8mほどはある。
でかい。
足も大型の野獣ほどあるが、何と言うかバランスが悪い。腕が成人程有り、決して細くはないのだが、象ほどもある肩には不釣り合いなのだ。
「あれ?なんか、腕が少ないよね。ショボくない?」
ラムダのその言が聞こえたからでもないだろうが、化身の双肩が鈍く輝いた。それが放射状に延びていき…。
腕!?
光が無数の腕を象る。それらが、手に手に大岩を召喚した。
「ラムダ、岩が来るぞ!」
叫びながら、再び風系魔術だ!
─ 青嵐斬×3 ─
飛んでくる大岩を異なる3つの仰角で切り刻み、全て破砕した。破片がラムダに当たっているようだが、流石は剛皇の加護(中級)、ノーダメージのようだ。
破壊できなかった岩も、鉾槍で斬り飛ばしている。
今度はこっちの番だ。
─ 玄天黒界 ─
玄天魔術。時空に干渉する魔術群だ。
この魔術自体は、特定座標の重力場を歪ませる。媒介中間子に質量を持たせることで極微の時間のみ存在させ、魔術発動時に設定した範囲内のみ作用させることができる…らしい。
「あれ?止まった?」
まるで縛鎖に囚われたように、ヘカトンケイルが静止した。自らが重くて動けないのだ。
ラムダが俺を窺う。
大きく頷く。
全てを理解したラムダは突進していき、魔石に念を込めつつ、渾身の力をもって鉾槍を揮いまくる。
黒光りする皮膚から、紅い血が噴き出す。劣化神にも効いているぞ。
俺はと言えば、玄天黒界が途切れないように供給を持続しつつ、ラムダのMPが切れそうになる度に、中級回復魔術の竜涎を発動して補給してやる。
こんな面倒くさいことをしているのは、力皇の化身たるヘカトンケイルに、ラムダ自身でダメージを与えさせるためだ。そうしなければ、加護が下賜して貰えないのだ。
今は相当効果を抑えている玄天黒界も、本気で行使すれば、魔獣を動けなくするどころか、自重による重力で圧壊させることも可能だろう。
さて、そんな思考を巡らせていく内にも、ヘカトンケイルのHPはどんどん減殺されていく。突き技のみでなく薙ぎ技も連撃となっているようだ。槍術上級は伊達じゃないな。
「ラムダ。がんばれ!もう少しだ」
「了解!」
力を振り絞って、さらに袈裟懸けに斬りつけていく。
それから結末は数分後に訪れた。
劣化神は無音の極低周波の空気振動を発すると、無数の星屑を散らせて消えた。
ふうぅぅうう。
それを見届けた、ラムダは相当疲れたのだろう、鉾槍の石突を大地に突き立て、縋り付いた。その数秒後。
おおぉぉ。
野太い声が上がる。
「どうした」
「力が、力が漲ってきた」
加護が得たようだ。修慧で見ると、確かに力皇の加護が中級に変わっている物理攻撃力のSTRが倍近い…だけじゃない。HPが2割、MPが2倍弱に増加している、これは驚きだ。まあMPは定率ではなく定量が増加したのだろう。元が低かったので率は大きくなっているということだ。まあそれでも魔術士の平均には足りないが。
「良くやったな。ラムダ」
「うん。がんばったよ、ボク。でもシグマとアンジーの助けがなければ、化身を2頭とも斃すことができなかったよ。ありがとう。本当にありがとう」
その目線で、俺の後ろにアンジェラが立って居ることに気が付いた。
「さて、一度コテージに戻ろう」
和やかに話しながら、徒歩で戻るとコテージの戸口に人影があった。
あっ。そう声を上げると、ラムダが駆け出した。
「カーラさん!?」
「おーおう。ラムダ。ずいぶん元気そうじゃの」
大賢者トリニティー・カーラ・ラティスは相好を崩して、ラムダに抱きつかれたままにしている。
「うん。みんなのおかげで、加護が2つ穫れたの」
「そうかあ、それは良かったのう」
「でもなんで?どうして魔獣島に来たの?」
「おぬしに会いに来たと言いたいところじゃが、実はシグマに用があるのじゃ」
「シグマに?うーん。まあいいや。お茶淹れるよ」
俺たちは、コテージに入りお茶で一服すると本題となった。
カーラさんを空き部屋に誘う。椅子を出庫して向かい合う。
「儂がここに来た理由は、察しが付いているであろう」
カーラさんは、ラムダと接していたときとは別人の、締まった表情だ。
「ええ、大体は」
「ほれ、これが儂の手元に来た。15年ぶりのギフトじゃ」
黒い魔水晶を俺に見せた。
「それは」
「玄天魔術のものじゃ。お主が刻印したのじゃろう」
猛禽の目だ。
「…はい」
「そうか、お主は4属性全てを持っているゆえ、いつかはそういうときが来ると思ってはおったがのう。別れて一ヶ月足らずか、呆れて物が言えぬ」
「はあ」
メガエラ始祖賢者から授かった原典の知に拠れば、玄天魔術は4属性黒魔術の内、対となる属性、風と土、火と水の少なくとも1対の上級魔術以上、あるいは2対つまり4属性全てが中級となれば、会得する資格が得られる。カーラさんは3属性上級で前者、俺は後者に該当する。
「お主、賢者と大賢者を分けている条件は、この玄天魔術と知っておろうの」
「へえ。戦略級魔術を使えるかどうかと思っていましたが」
カーラさんは、脚を組み頬杖を突く。
「いいや、例えば王女のメガエラを知っておろう。やつは、戦略級を使えるが、賢者扱いじゃ。理由はそういうことじゃ。口外するでないぞ。玄天魔術の重要さは少しか分かったかの…」
俺は無言で数度頷かねばならなかった。
確かにメガエラ王女の属性は、おそらく風と火だ、それでは対とならない。
「…それと。玄天魔法の呪文を如何にして覚えた」
俺は、化身のシステムのことを話した。
「…そのようなものがの。メガエラはメガエラでも始祖三賢者か」
「俺はもう分かりませんが、玄天移を使えるカーラさんならば入れるはずです。行きますか」
「…いや、行かぬ。儂には必要な無い魔術に知識じゃ」
「そう…ですか」
「お主もじゃ。これより、玄天魔術については、魔水晶の刻印を禁ずる」
「なぜですか」
「このギフトじゃ。お主が覚えた玄天魔術が、儂以外の者の手に渡れば…いや次はきっと渡るであろう…そうなれば、お主の存在は草の根分けて突き止められ、場合によっては軍を持ってお主を葬るやもしれぬ。現政権にとってはそれだけ物騒な魔術と知れ」
ふーむ。
「…分かりました。以後、玄天魔術について魔水晶の刻印はしません」
「そうか、物わかりが良い男は好きじゃ」
「え?」
少し罪悪感を感じた。
「冗談じゃ。どれ、胸を捲って見せるのじゃ。お主の身体の状況は大凡、呪いを通じて伝わって来ておるわ」
俺は、言う通りチュニックをはだけて、胸を露わにした。
「ふーーむ」
カーラさんは、顔を近づけ胸の手形を見つめる。
そして、瞑目した。
「さぞかし、辛かったであろう」
「いえ、特には…」
「嘘を吐け!」
「…まあ、朝起きると、魘されたり、汗を大量に掻いたりとか位はありましたが…」
上目遣いで、睨まれる。
「そのようなことで、済んで居るとは思えぬが」
「玄天魔術の副作用ではありませんよね」
原典の知にも無かった。
「いや、それはない。儂を見よ。お主の容態の悪化は、呪いの進行じゃ。儂の対向呪も健在ではあるが、用心に越したことはない」
「はっ?」
「お主の寝起きする部屋に行くぞ」
「はい」
チュニックを整え、俺の部屋に向かう。
途中でソファに座った、ラムダが無言でこちらを見ている。
「さて、この寝床に寝て、もう一度胸を出すのじゃ」
────────────────────
「ラムダ」
「はい。カーラさん」
「用は済んだ。儂は帰るぞ」
「えっ?もう帰るんですか?…それで…シグマは?」
「今は寝て居る。明日になるまで、起こすでないぞ、よいな」
「…はい」
「心配は要らぬ」
「でも、シグマは朝になると、とても苦しんでいるんです」
「…そうか、気付いておったか…ラムダよ。男を奮い立たせるばかりが、女の為すことではないぞ」
皆様のご感想をお寄せ下さい。
ご評価も頂けると、とても嬉しいです。
誤字脱字等有りましたらお知らせ下さい。
用語解説
・多宝如来
法華経のクライマックスで、地の底から多宝塔となって現れる仏。安土城天守閣の地階に有ったかも?とされる宝塔はその情景を模したものとの説がある。




